他の男と仲良くしておいて今更幼馴染の俺に告白してきても遅いんだと言いたかったが手遅れなのは俺だった   作:古野ジョン

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第21話 チンアナゴに挨拶する

 洋一に案内されるがままに進んでいくと、たしかに水族館の入り口があった。建物全体を見てみると、やはり規模は小さい。おそらく数十分もあれば全て周ることが出来そうだ。

 

 中に入るとチケット売り場の窓口が一つだけあった。いつの間にか洋一が皆の分のチケットを買ってくれており、俺たちはそれを受け取るだけでよかった。本当によく出来た親友である。

 

「水族館って久しぶりかも……!」

「そーだな、俺もだ」

 

 なんだかテンションの高い朱里の背中を押し、ゲートにチケットをかざして館内へと進んでいく。照明は暗めで、どことなく海中にいるような雰囲気だ。非現実的な気分だな、水族館というより映画館に来たって感じ。

 

「由美、足元気をつけて」

「わ、分かってるよ」

 

 俺たちの少し後ろから、洋一が近江をエスコートしている声が聞こえてきた。洋一の気配りは流石だが、どうにも近江が素っ気ない。……っと、コイツらのことを気にしている場合じゃなかったな。

 

「すごーい、おっきい水槽!」

 

 朱里の言う通り、目の前に現れたのは床から天井まである巨大な水槽だった。もっとショボい展示を予想していたけど、意外だな。大小さまざまな魚が気ままに泳いでおり、なかなか見ていて面白い。

 

「わー……」

 

 横にいる朱里は目を見開いて夢中になっている。童心を忘れていないというか、素直な心を持っていると言うべきか。幼馴染の可愛い横顔を拝みながら、ゆっくりと水槽に沿って歩いていく。

 

 ふと、思った。魚といっても十数年生きるようなのは多くないはず。と考えると、俺の人生よりも長く生きるような奴はこの水槽にはいないのだろう。そう思えば自分の人生が贅沢なものに見える。……なんて、慰めにしかならない考えだ。

 

「おい」

「うわっ!?」

 

 背後から唐突に声を掛けられた。そのドスの利いた声の主が誰かなど、語るまでもない。目の前で黒パーカーの紐が揺らめく。

 

「な、なんだよ?」

「梅宮のとこにいてやれよ」

「なんでお前にそんなことを――」

「いいから」

「いでっ!?」

 

 頬をつねられた。痛い。近江はいたぶるだけいたぶって洋一の方へと歩いていってしまった。アイツまで俺と朱里をくっつけようとしているのか? ありがた……いや、ありがた迷惑か。

 

 暗い水族館で、一人立ち尽くす。最近、自分のなすべきことが分からなくなってきた。何も考えずに朱里と付き合えばそれで済む話なのかもしれない。自分が死ぬことを正直に打ち明けるのが正しいのかもしれない。俺が死んだ後に朱里が悲しむ、なんて勝手に考えるだけでも傲慢なのかもしれない。

 

 だが――それでも気になることがあった。「お前はまだ『何も』成しえていない」などとのたまった奴がいる。あのいけすかねえジジイだ。「何も」などと意味深なことを言っておきながらそれが何かは教えてくれない。意地悪な教師のような真似はやめてほしいのだが。

 

 朱里と死。この二つの狭間でもがき苦しむことで何を成しえるというのだろうか。寿命が延びる? ……まさかな。何か別のことだろうか。

 

「……ん?」

 

 近くの壁に身を隠し、そっと小さい水槽を覗く者がいた。一度見たら忘れないピンクのスカート、間違いなく朱里だ。いつの間にか大水槽から移動していたらしい。何やってんだ?

 

「おい、朱里――」

「しまちゃん! こっち来て!」

「えええっ?」

 

 有無を言わさず背中を掴まれ、壁の向こうに引き込まれる。何かと思えば、朱里は再び小さい水槽の方を窺っていた。

 

「な、何してんだ?」

「見て! あれ!」

「あれは……」

 

 朱里が指さしていたのはチンアナゴの水槽だった。穴に引っ込んだかと思えば、俺たちの隙を見て(?)にょきっと現れたりしている。

 

「向こうがあんなだから、こっちも隠れた方がいいのかなって!」

「そんな作法はないぞ」

 

 朱里ってこんなに不思議系のキャラだったかな……。よほどテンションが上がっているらしい。そもそも普段の恥ずかしがり屋が全然出ていないもんな。

 

「あっ、出てきた!」

「ほんとだ」

 

 その時、チンアナゴが全員ひょこっと顔を出してきた。たまたまタイミングが揃ったらしい。へえ、珍しいこともあるもんだな――

 

「ほら、挨拶して挨拶!」

「うえっ!?」

「どうも、梅宮朱里です!」

「し、嶋田周平です……」

 

 朱里に頭を押さえつけられ、チンアナゴにお辞儀。まるでガラスを割った家に母親と共に謝罪に訪れたガキンチョである。いったい何をしてるんだ俺は。

 

 俺たち以外に客がいないからいいものの、恥ずかしいったらありゃしない。けど、それと同時に――さっきまでの憂鬱を忘れていることに気が付いた。朱里のことで悩んでいたのに、朱里が悩みを吹き飛ばしてくれたとはな。なんだか皮肉だ。

 

「お二人さん」

「わわっ!」

 

 後ろから声を掛けられて、今度は朱里が驚きの声を上げていた。洋一が「そろそろ行こう」とのジェスチャーを見せている。すでに近江は出口の方へと歩き出していた。チンアナゴに構っているうちに時間が経っていたみたいだな。

 

「行くか、朱里」

「うん!」

 

 どうしてもっと晴れやかな気持ちでデートを楽しめないのかな。悩ましく思いながらも、朱里と並んで歩を進めていく。さあて、次は何をしようかな――

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