他の男と仲良くしておいて今更幼馴染の俺に告白してきても遅いんだと言いたかったが手遅れなのは俺だった   作:古野ジョン

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第29話 新幹線に乗る

「わ〜、綺麗な富士山!」

「よく晴れてるなあ」

 

 俺と朱里は二人して窓を覗き込み、遠くにそびえる日本最高峰を眺めていた。東京駅を発車した列車は快調に東海道を進み、静岡県に入っていた。帰りの新幹線に乗るのは外が暗い時間帯だからな。……こんなに美しい富士山を見るのは、人生で最後かもしれない。

 

「あはは、二人とも楽しそうだね」

「……」

 

 向かいの席に座るのは近江と洋一。俺たちは二人掛けの席を向かい合うように並べて座っているのだ。窓側に俺と洋一、通路側に朱里と近江という配置である。

 

「よいしょっ」

 

 窓側に身を乗り出していた朱里は自分の席に戻り、今度は手持ちの鞄からガイドブックを取り出した。忙しないな、どれだけ楽しみにしていたのか。

 

「しまちゃん、どこ行きたい?」

「奈良公園かな」

「やっぱ鹿さんだよねー!」

 

 朱里はパラパラとガイドブックをめくった。よく見るとおびただしい数の付箋が貼られており、そうとう気合いを入れていることが分かる。まさかこれが俺との最後の思い出だとは、夢にも思うまい。……俺だって、夢だと信じたかった。

 

 それにしても、奈良公園か。あそこにいる鹿は神の使いだと聞く。恋の神に仕えている奴はいないのだろうか? いたらいくらでも鹿せんべいをくれてやる。そうしたら恋の神とやらに運命を変えるよう交渉してきてもらえないだろうか。

 

 もう一度、富士山を眺めてみる。やはり美しい。そういや京都や奈良に行ったことはなかったな。日本人なら一度は……なんて言うけど、本当に一度きりになるとは思わなかった。

 

 新幹線は高速で目的地へと向かっていく。二泊三日の修学旅行が終わってしまえば、俺の人生に目ぼしいイベントは残っていない。そうなれば後は死を待つのみ。既にXデーまで一週間を切っているのだ。修学旅行が永遠に続いてくれればよかったのにな。

 

「周平、ぼーっとしてどうかしたのか?」

「修学旅行が終わらなければいいのにな」

「始まったばかりなのに何言ってるんだよ」

 

 洋一は呆れたように口を開いていた。考え事をしていたらトイレに行きたくなったな。

 

「すまん、お手洗いだ」

「いってらっしゃーい」

 

 朱里の声に見送られ、俺は席を立った。

 

***

 

「ふう……」

 

 小便を済ませ、トイレの扉を開けて通路に出る。座席に戻ろうと歩いていくと、デッキのところに人影があった。壁にもたれかかるようにして携帯をいじくり、気だるげにしているギャル。またコイツか。

 

「……何してるんだ?」

「アンタが妙なことしないかなって」

「なんだよ妙なことって」

「どーせ梅宮と二人きりになったら返事するんでしょ?」

「それは……そうだけど」

「だから見張ってんの」

「はっ?」

「悪く思わないでよ。……じゃ」

 

 近江はそう言い残すと、一足先に席へと戻っていった。どうやら俺の気持ちが変わらないと見て、そもそも返事をさせないという方針にしたらしい。だが何をされようとも俺の為すべきことは変わらない。朱里に最後の別れを告げる。ただそれだけなんだ。

 

 俺もデッキから座席の方に戻っていく。他のクラスメイトたちも、各々の席で盛り上がっているようだ。やはり修学旅行というものは皆の心を高揚させるらしい。

 

「おかえりー、しまちゃん!」

「ただいま」

 

 笑顔の朱里と、何事もなかったかのように座っている近江。洋一は洋一でわざとらしい笑みを浮かべている。なんだこの空間。表面上は楽し気な四人組だが、あと一週間で死ぬ奴と、元カノ元カレと、何も知らない幼馴染。滅茶苦茶である。

 

「……」

 

 気を紛らすようにして、窓の外を見やる。高速で流れていく景色はまるで走馬灯のよう。って、これじゃあ気が紛れないじゃないか……。

 

「しまちゃんは富士山が好きだねえ」

「別に、好きってわけじゃ――」

 

 思わず天井を見上げると、網棚のカバンからガラス玉のキーホルダーがぶら下がっているのが見えた。あのデートの時に買ったものだ。朱里、ちゃんとつけてくれたんだな。

 

「どうしたの?」

「……なんでもないよ」

 

 制服の胸ポケットに手を突っ込み、キーホルダーを握りしめた。お揃いだとからかわれるのが恥ずかしくて、俺はカバンにはつけずにこうやって持ち歩いているのだ。そうだ、走馬灯がどうとか言っている場合じゃない。朱里のためにもしっかりしなければ。

 

 四人それぞれの思いを乗せて、列車は西へと進んでいく。俺にとって、その目的地は人生の終点駅。朱里を途中で降ろし、俺だけが――最後まで走り抜けるのだ。

 

 最後の旅が、始まった。

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