他の男と仲良くしておいて今更幼馴染の俺に告白してきても遅いんだと言いたかったが手遅れなのは俺だった   作:古野ジョン

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第53話 再会する

 一夜明け、俺は再び病院を訪れていた。今日は平日なのでもちろん授業があるが、思い切ってサボることにした。どうせ昨夜の警察の件で怒られることは確定しているんだし、ここまできたら貫いてしまおう。

 

 洋一たちからは「授業が終わってから行く」という連絡を受けている。だがそれは恐らく建前で、実際には俺と朱里に気を遣ってくれたのだと思う。朱里にとって、何人もの人間と会うのは負担になるからな。

 

 廊下を通っていき、病室に入った。ベッドの横に置いてあった椅子にそっと座り、朱里のことを見つめる。まだ目覚めていないようだが、昨夜よりも顔色は良いようだ。

 

「ただいま、朱里。戻ってきたよ」

 

 返事はないと分かっているが、それでも帰ってきたことを報告したかった。目が覚めたらなんと言おうか。「初めまして」か? 「おはようございます」か? それとも――「あなたが好きです」か?

 

 まあ、一番最後のは無しだな。怪我から目覚めて最初に愛の告白をされてもわけが分からないだろう。実際、朱里がどこまで覚えているのかは分からない。最初は手探りでコミュニケーションをとることになる。

 

 枕元をちらりと見ると、歪なガラス玉があった。昨日の晩、俺が置いておいたものだ。家族が気を利かせてくれたのか、テープでしっかりと補強されている。朱里のことだ、きっとガラス玉のことも家で話していたのだろう。

 

 時計の針は八時半を指していた。俺が死ぬはずだった時刻から、既に七時間が経過したことになる。なんだか二度目の人生を送っているかのような気分で不思議だな。いや、本当に二度目の人生を送るのは――朱里の方か。

 

 もう朱里が俺のことを「しまちゃん」と呼ぶことはないのかもしれない。そもそも、俺という人間に対して好意的な印象を持ってくれるのかも分からない。幼馴染を名乗る不審者。そう思われたって仕方ないだろうな。

 

 この一か月のことは、朱里にどう説明すればいいのだろう。神という名のクソジジイに振り回され、運命に抗おうとしたこの日々のことを。……いや、今はまだいいか。俺たちに必要なのは明るい未来なんだ。辛く悲しい記憶は、少しずつ伝えていけばいい。

 

 全て一からやり直す。およそ十四年に渡る思い出は全て無くなってしまった。だけど、ここからやり直していければ。いつかはまた、俺と朱里が縁で結ばれることだってあるだろう。四人を悲劇に巻き込んだ悪縁ではなく――希望を含んだ良縁でな。

 

 すっかり立場が逆になってしまったな。この一か月、朱里だって努力していたのだろう。俺をなんとか振り向かせようと、知らないところで頑張っていたのかもしれない。今度は俺の番だ。何があろうと、必ず朱里の心を掴んでみせようじゃないか。

 

「ん……」

「あ、朱里……?」

 

 その時、朱里の目がゆっくりと開いた。思わず立ち上がり、枕元の方に顔を寄せる。本当に運命は変わったんだ。朱里もこの世界に留まることが出来たんだ……!

 

「大丈夫か、朱里……!」

「ん……!」

 

 朱里は顔に装着されたマスクを必死に取ろうとしている。何か伝えようとしているのだろうか。

 

「ちょっ、勝手に取っちゃ駄目だって……!」

「はあっ、はあっ……!」

 

 止めようとしたのだが、朱里は無我夢中でマスクを取り外してしまった。俺が慌てていることに気が付いたようで、看護師や医師がバタバタとやってくる。

 

「梅宮さん、大丈夫ですかー!?」

「信じられない、まさか意識が戻るなんて……」

「先生、血圧も戻ってきてます!」

「何が起こったんだ……?」

 

 やはり朱里はもう長くないと思っていたようで、皆驚きを隠せていなかった。そりゃあ、まさか神が縁を結んだおかげとは思うまい。

 

「梅宮さん、落ち着いてー! 深呼吸しましょうかー!」

「はあっ、はあっ……」

「朱里、大丈夫か!?」

 

 苦しそうな姿を見て、俺は思わず包帯を巻かれた右手を握ってしまった。そのことに気がついたようで、朱里はこちらに視線を送る。

 

「は……あなたは……」

「朱里、俺だ! 分かるのか!?」

 

 僅かな望みを託して、必死に呼びかける。もし、奇跡が起こるなら。もちろん命が助かっただけでも御の字だと理解している。それでも俺は信じていたかった。だが、神の言ったことは嘘ではなかったようで――朱里は、きわめて単純な疑問文を返してきた。

 

 

「あなたは……誰ですか……?」

 

 

 ――その言葉を聞いた途端、膝から崩れ落ちそうになった。だがそれでも、握った両手を離すことはない。そうだ、俺は記憶を失った朱里と共に生きていくと誓ったんじゃないか。これくらいで挫けてはいられない。先はずっと長いのだからな。

 

「あ、朱里……!」

「え……」

 

 もちろん、辛いものは辛い。こうして現実に見せられると、やはり悲しみで心が覆われてしまう。俺は右手を握ったまま、気づけば大粒の涙を流していた。ごめんな、朱里。しっかりしないといけないのは俺なのに。

 

「どうして、泣いているんですか……?」

「う……梅宮朱里さん。初めまして、嶋田周平と言います」

「えっ……?」

 

 俺は空いた手で涙を拭いながら、()()()の挨拶をした。第一印象は大事だもんな。こんなことで躓くような男じゃ、朱里の隣にはいられないもんな……!

 

「俺は……俺は……!」

「あの、あなたは私の――」

 

 ああ、結局こうなってしまうのか。でも、自分の感情には素直でいた方がいいもんな。ここ一か月で学んだことだ。そう、人間がいつ死ぬのかなんて――誰にも分からないのだから。改めて右手を強く握り、はっきりと声に出した。

 

 

「幼馴染です。俺は――あなたを世界で一番愛しています」




 お読みいただきありがとうございます。
 次回、最終回となります。
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