他の男と仲良くしておいて今更幼馴染の俺に告白してきても遅いんだと言いたかったが手遅れなのは俺だった   作:古野ジョン

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第7話 幼馴染に呼び止められる

 恋の神とやらに寿命を縮められた俺は――いつも通りに校門を通過した。あと一か月で俺は死ぬ。幼馴染の運命を肩代わりして、親友との門出を祝福するのだ。だからといって悲しみに暮れたりはしない。最後のXデーまで学校にも通うつもりだ。

 

 遺書の類も書き残さないことにした。せめて両親には何かを書こうかとも思ったのだが、死ぬ前にうっかり見られてしまえば大騒ぎになる。 先立つ不孝をお許しください、なんて書く柄じゃないしな。

 

 死にゆく人間の心理には、「否認」「怒り」「取り引き」「抑うつ」「受容」という五つの段階があるらしい。しかし俺は四つをすっ飛ばして「受容」に至ってしまった。朱里は洋一と結ばれ、俺はのんびりと一か月の短い余生を過ごす。それでいいじゃないか。

 

 教室の前に到着した俺は、ふうと息を吐いて扉を開ける。何人かのクラスメイトにおはようと挨拶をしながら、自分の席を目指した。その途中、例のごとく洋一と会話を交わしている朱里に声を掛けられた。

 

「お、おはようしまちゃん……!」

「周平、おはよう!」

「ああ、おはよう」

 

 二人に返事をして、再び自分の席へと歩を進め始める。朱里は相変わらず頬を赤らめ、恥ずかしそうにしていた。こんなんで洋一とうまくやっていけるのかねえ。もちろん今でも朱里のことは好きだ。だけど今は、二人の行く末を心配する気持ちの方が大きい。なんだか昨日あんなに泣いたのが嘘みたいだ。そして俺は席につき、カバンから教科書を取り出す。遠目に二人を眺めながら、静かに呟いた。

 

「幸せになれよ、朱里……」

 

***

 

「えー、今日は職員会議なのですぐに帰宅するように。では、号令」

「きりーつ、れい!」

「さよならあああああ!!!」

「ど、どうした嶋田!?」

 

 帰りのホームルームが終わった途端、俺は一目散に自分の席を立ち、教室を飛び出していった。「幸せになれよ」などとカッコつけたはいいが、やはり恋焦がれる幼馴染が親友の物になるというのは流石に心に来るものがある。

 

 きっとあの二人は仲睦まじく朱里の家まで行くのだろう。そんなところを目撃してしまえば、余命一か月どころか即死してしまうかもしれないので、俺はさっさと学校を出ることにしたというわけだ。

 

 昨日の夜で、朱里への未練はなくなったはずだった。……それなのに、心に悔しさのようなものを抱えている自分がいて、情けなくなってくる。ああ、穴があるなら入ってしまいたい。いや、一か月後に墓穴には入るのか。笑えないブラックジョークだな。

 

 学校の敷地を出ると、真っすぐ帰宅した――のではなく、駅前の喫茶店へと向かった。理由は簡単。隣の家で朱里と洋一が愛を深めている中、自宅ではとても平常心ではいられないと思ったからだ。夕飯時くらいになるまでコーヒーで粘って、洋一が朱里の家から帰ったであろうタイミングで帰宅する算段だった。心のモヤモヤを解消しようと猛ダッシュしているうち、あっという間に店に到着してしまった。入口のドアを開けるとカラカラと鈴の音が鳴り、女の店員がぶっきらぼうに挨拶してくる。

 

「っしゃーせー」

 

 ラーメン屋じゃないんだからさ。心の中で苦笑いしながら、空いているテーブル席を見つけてそこに腰かけた。例の店員がメニューを持ってこちらにやってきたが、俺はそれを受け取るまでもなく、素早く注文を繰り出した。

 

「ホットコーヒー、ひとつ」

「以上すか?」

「はい」

「少々お待ちくださーい」

 

 店員はメニューを置くこともなく、伝票にサラサラとペンを走らせながら去っていった。サンドイッチの一つでも勧めりゃいいのに、それをしないあたり本当にただのアルバイトなんだろうなあ。コーヒーだけで粘るつもりの立場としては、その方がありがたいのだが。

 

 注文の品を待ちながら、改めて残りの一か月をどう過ごすか考えていた。朱里と洋一のことを考えると落ち着かなくなりそうだしな。

 

 自分が死ぬと分かっている人間は、旅行に行ったり、美味しいものを食べたりするものなのだろう。だがそれは俺には出来ない。そんな行動をすれば「そのうち死ぬんじゃないか」などと勘づかれてしまう。そのせいで身代わりになったことがバレれば朱里に罪悪感を背負わせてしまうから、やっぱりいつも通りに過ごすのがいいだろう。だいいち、平日は学校があるから旅行なんて行けないしな。

 

「コーヒー、お待たせしやしたー」

「はーい」

 

 気だるげに振舞う店員からカップを受け取り、ちびりとコーヒーを口に含む。おや、意外にも苦くない。失恋の味っていうのは案外こういうものなのかな。などと分かったふうなセリフを思い浮かべながら、カウンターに座って携帯をいじくる店員を見ていた俺であった。

 

***

 

「あざしたー」

 

 挨拶の体をなしてない言葉に見送られ、喫茶店から出た。もうすっかり暗くなっており、帰宅中であろうサラリーマンが店の前を多く行き交っている。流石にそろそろ帰ろうかね。

 

 街灯の照らす道を歩いていると、向こうから中学生くらいの男女がやってきた。なんだか妙な雰囲気で、手を繋ごうとしてやめたり、互いに距離を縮めたかと思えば離れたりしている。どうやら初々しいカップルみたいだな。

 

 あはは、俺は幼馴染を取られた挙句に死んじまうんだよ。などと声を掛けたい衝動に駆られたが、不審者に間違われて晩節を汚す真似はしたくない。そんなことをしても誰も得をしないし、俺だって空しくなるだけだ。

 

「ねえー、家こっちじゃないでしょ?」

「遅いから送っていくって言ってるじゃん!」

「もー、別にいいよお」

 

 二人の会話を微笑ましく思っていると、遠くのほうに自宅が見えてきた。おや、家の前に誰かいる。どれどれ、背の高そうな二人組だな……って、朱里と洋一じゃないか!

 

「うわ……」

 

 思わず声を上げてしまう。最悪だ。せっかくコーヒー代(四百円)を支払ってこの時間まで待ったのに、二人に出くわしてしまうとは。しかし今更引き返すのも面倒だし、思い切って行くしかない。

 

「あっ、周平!」

「しまちゃんだー!」

 

 家に近づいたタイミングで、あっさり気づかれてしまった。二人は俺の家の門の近くに立ち、こちらに手を振っている。ちくしょう、気づかないフリをしてやり過ごそうかと思ったのに、あんなところにいたら無理じゃないか。俺はどんな顔をして「事後」の二人に会えばいいんだ?

 

「よ、よお……」

 

 元気なく挨拶をして、何事もなかったかのように帰宅を試みる。しかしその時、朱里の声が俺を呼び止めた。

 

「ま、待ってしまちゃん!」

「えっ?」

 

 思わず振り向いてみると、朱里は顔を真っ赤にしてもじもじとしている。洋一はというと、その後ろに立って優しく朱里のことを見つめていた。いったい何をするつもりなんだ? まさか「菊池くんと付き合うことになった」などと言うんじゃないんだろうな。もう分かり切っていることなのだから、傷に塩を塗るような真似をしないでくれよ――

 

「好きでひゅっ!!」

「……へっ?」

「ずっと昔から、しまちゃんのことが好きでした! つつつ、付き合ってくだひゃいっ!!」

 

 文字通りに思考が停止したのは、人生で初めての経験であった。

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