戦になれば赤い肌に黒い角を生やし戦場を平らげた、とある騎士の起源。
怪力乱神。
続きも無い短編です。

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第1話

 血風が吹き荒ぶ戦場の中で、俺はただがむしゃらに手を、脚を、身体を振るっていた。

 正面で袈裟懸けに振り下ろされる大剣を、敵兵の死体から捥ぎ取って着けた小手で弾く。背を剣で浅く切り裂かれた。後ろには下がれない。前へと進む脚は止めず、撃ち出すように土手っ腹を蹴り抜けば、文字通り胴体を膝まで貫通した。断末魔。血飛沫が後続の兵を真っ赤に染める。ソイツの驚愕の表情が眼に焼き付く。

 引き抜くのも手間で、腰骨を爪先で掴み、踏みつけて跳び上がった。目の前の死体とその背後の一人を乗り越えるついでに、両の目玉に指を引っ掛け引き倒す。悲鳴。横から突き出された馬上槍は、左手の円盾をこちらから突き出してかち合わせた。硬い黒鉄樫でできた盾が割れ裂ける。その破片を空で掴み握りこんで振り抜き、槍を突いてきた騎士鎧の首元を切り開く。背中に燃えるような鋭い熱を感じた。細い。槍ではなく矢か。

 落ちた馬上槍の先端を掴みぶぅんと振り回すと、その軌跡の中にあった全ての肉が裂け骨が砕ける。戦い方など教わった事のない無学な農民が、無闇矢鱈に身体を振り回しているだけだ。

 己の内より、生命にまつわる大事な何が流れ出ていくのを、ぼんやりと遠くで認識する。

 痛みなどとうに喪っていた。寒さは無い。熱い。熱い。全身が矢に刺されたかのように、ただ焼けるような熱を持っている。

 こうなってから、どれだけの時間が経っただろうか。

 

 先だって天へと召された友の遺した粗末な槍は、数度突き刺しただけでたやすく折れ、残った柄も力一杯投げた先で敵兵を革鎧ごと3人貫いてどこかへと消えた。

 奴の母の顔が浮かぶ。泣いている。泣かせてしまった。共に帰ると、約束したのに。

 あぁ、なんたる無力か。この身に着けているのは、割れた円盾とかっぱいだ小手と、家に受け継がれた古ぼけた鎖帷子のみ。武器となるのはこの手足と、地に落ち血み泥に塗れた死者の遺物だけ。もしも、もしも満足に剣と鎧を備えていれば、俺たちは何事もなく帰れたのだろうか。

 怒りが頭を焼く。心が燃えて消える。何も考えられなくなる。

 突然連れて来られ、棒に石のついただけの槍を投げ渡され、そして殺し合いをさせられている事に、憎しみだけが積み上がる。

 

 怒号と嗚咽と悲鳴が耳腔を満たす。地が震えているのは、常に幾千の人間が走り踏み締め倒れ伏すからか。

 弧を描き力を載せた長剣が視界の端に映り、反射的に身を屈め首を捻る。尖先が僅かに額を刳り、吹いた鮮血が右眼の視界を紅く染める。周りが見難い。これでは刃を避けられぬ。手傷が増えるだろう。更に血を流してしまう。お前は、俺が生きて帰るのを、邪魔するのか。腸が煮えくり返る。芯から湧き出る熱が、頭から爪先までを躍った。俺は、激昂している。

 振られた長剣の刀身を、半ば無意識に指が追いかけ二指で挟む。

 馬鹿なと、呻くような呟きが兜の中から漏れた。馬鹿は、お前だ。摘んだ剣を引っ張り持ち主を引き寄せ、左拳で兜を打つ。いつか鍛冶屋で聞いた音が響く。力の抜けた相手へもう一度拳を振り抜くと、鹿の脚を外した時のような、肉と腱の千切れる音がして、中身ごと兜が空を飛んだ。空は青く、雲は疎らに浮かぶ。村で見るのと変わらぬ空があった。なのになぜ俺は、こんな地獄に居る。

 

 遠く々で、なにかが鳴った。聞いたことのない音だった。寒い冬の夜に家を吹き抜ける隙間風のような、不吉な音。忌々しい。なぜそんな音を俺に聞かせた。駄々をこねるように足で三度鎧を踏み砕く。馬車に轢かれた蛙のように、鎧は平に変わった。

 僅かに後退った敵の頭をただ掴み、隣に立つ者へ打ち付ける。椎の実の如く砕けた。食えもせぬ椎の実になんの価値がある。無意味な肉の塊に、嫌気が差して力を籠めて投げる。当たった憎たらしい敵どもが、同様に吹き飛んでゆく。まるで並べて立てた石のように、順番に倒れ起き上がる事は無かった。当たり前だ、石が己から起き上がるものか。

 

「馬鹿者! 逃げるな! 持ちこたえよ!」

 

 馬上にて豪華な飾りを付けた騎士鎧が、死ぬ間際の鳥の様に喚く。煩い。見ればその兜は、鳥のように嘴が付いていた。鳥か。足元の小石を掴み投げると、丁度目の隙間を抉じ開け穿ち、水音が鳴る。滑稽なまでに豪華な鎧がふらと揺れると、鞍から地へと堕ちた。鳥ならば礫で死ね。

 気付けば、あれほど撃ち込まれた矢も、槍も、剣も、何も降ってこなくなっていた。なぜか周りの人間が石になったかのように固まっている。終わっ、たのか。この血塗れの地獄が。すぅ、と魂が、この肉の器から抜けるように緩みかけた。

 化物だ。誰かの声がした。その声に我に返る。化物が居るのか、そうか。当たり前だった。この世の地獄に来たのならば、化物くらい居るだろう。その化物を殺せば、俺は帰れるのか。化物を探す為に、俺はまた動き出す。再びの悲鳴が上がった。

 落ちていた長剣を握る。刃のある剣を持ったのは、産まれて初めてだった。ガキの頃に木の棒を振り回す事はあったが、一振りで折れて飽きた。すぐに畑の手伝いをするようになり、それからは棒遊びなどする暇も無かった。家族で食っていく為に、ずっと働いてきた。

 木から鉄に変わっただけの棒を、乱雑に横薙ぎにする。左腕。胴。右腕。左腕。胴。右腕。六つの赤い円が出来て、二人分の身体に収まっていた血液が破裂した。なんて簡単に殺める事ができるのか。これは人を殺すための物だ。その為だけに打たれた魔の鉄だ。粗末な槍とは違い、ただただ草を摘むように、人の命の火を吹き消す事ができる。

 これを奴に持たせてくれていれば、きっと死ぬ事はなかった。

 ならば、なぜそれをお前らは端から持っているのだ。

 どうしてお前らにあった物を、俺たちは持っていなかったのか。卑怯だ。理不尽に過ぎる。

 頭に登った血が、額の傷から吹き上がる。尽きることの無い灼熱が胸を焦がし、口から僅かに黒い煙が漏れた。鼻腔より取りこんだ空気が肺腑にて焼け、身体の温度が跳ね上がる。腕の皮膚が血に染まってか熱されてか、紅く変色している。

 

 剣を横に振り、返して切り上げ、両断し、逆手にて突き刺す。

 どのように腕を動かしても、その先に居る生き物が呆気無く紅い水へと変わり、地にぶち撒けられ染み込んで消えていく。友もこうして消えたのだろうか。俺はあいつの死に際を見てやる事すら叶わなかった。飛来した矢の恐怖に思わずしゃがみ込み、そうして恐る恐る目を開けば、顔に矢が突き刺さった友がいた。瞬きもしなくなった、口を半開きにした締まりのない顔。友は、とても聡明な男だった。このような顔をするハズがない。

 俺の知らない話を町で聞いては、楽し気に語ってくれた。どこかで戦があった。綺麗な女が居て声を掛けたらけんもほろろに断られた。良い酒をお前と飲みたくて買って来た。魔法が使えれば大金持ちだと木の棒を買ってきて、母親に叱られて小さくなった姿を思い出す。

 のろまで臆病でどうも鈍臭い俺に、お前はいつも嬉しそうに話しかけてくれた。

 

 駆け巡る友との記憶が脳を過る度に、胸の奥が軋んで視界が明滅する。額より吹き出た血が、いつの間にか固まり黒い突起となっていた。

 刀身が曲がりなまくらと化した剣が腹立たしく、思いっきり振りかぶり、遠くへ行ってしまえとただ投擲する。撃ち出された鉄はどうしてか紅く光り、飛刃鳶よりも早い速度で、目に映る限りの人数を貫いて遥か彼方の天幕へと消えた。あんな小さな棒では駄目だ。未だ敵は周囲を埋め尽くすほどに居て、どいつもこいつも俺に震える刃を向けている。友を殺してなお、まだ足りぬと俺を殺そうとする。イカレている。気狂いどもめ。

 胴が平らになった騎士鎧の脚甲を持ち上げ、大剣の如く振るえば先程の何倍もの範囲を割り断てた。泣け叫ぶ声が聞こえる。剣を取り落した兵が、座り込んで地を這うようにして後ろを向き、仲間に踏まれて泥に沈む。もはやこいつらが一体何をしたいのか、俺にはわからなかった。なんなのだ、お前らは。俺をこのどうしようもない地獄の釜の底から、一刻も早くあの村へ帰らせろ。風を切って振りぬきそのまま脚より手を離せば、歪んだ死体は水切りの石のように人波を薙ぎ倒しどこかへ飛んで行った。

 

 目前の人垣が、振り回した死体で吹き飛んでぽっかりと開けた。その空いた場所へ、馬が割り込んでくる。

 馬上にて剛健な重鎧を着込んだ偉丈夫が、面頬を上げてこちらをねめつける。先程の馬鹿馬鹿しい騎兵とは違う。明らかにこの戦を動かす上位者の風格があった。コイツが俺達を巻き込んだのか。

 

「お前が化生か! 黒角を額より生やし、赤い表皮で剣を弾く、千人力にて残虐に人を甚振り殺す化け物め! 外法などで勝利を収めてどうする心算か、ゲールニッヒよ!」

 

 きっと村で聞けば平伏してしまう程に、低く物々しい芯の通った太い声だった。

 騎乗のまま構えられた大槍が、先端より紫光を漏らし輝く。魔法だ。

 

 偉い人なのだろう。

 誰も彼もが頼り崇めて、それらを手足のように動かしているのだろう。

 俺達が馬や牛に鋤を引かせるように、人に指示をして生きて来たのだろう。

 そういう星の下に、産まれ落ちたのだろう。

 いつも通り死ぬ者の事など何も気にせずこの戦いを起こして、俺達を殺そうというのだろう。

 

 あぁ、そうか。お前が化物だったのか。

 

 頬を熱い雫が伝う。気づけば俺は泣いていた。怖くはない。臆病だった俺の心は、臆病でいられた友との時間は、もうとっくにこいつに殺されてしまった。

 喪った者への哀悼と、この地に溢れる死を見ようともせぬ目の前の化け物の醜悪さと、道具のように使い捨てられる俺達の弱さに。

 流れ落ちた涙は皮膚の熱で蒸発し、じぅと音を立てて血生臭い空気に紛れて消えた。

 ただ吐く息が焦げ付く程の激憤だけが、俺の中に残っていた。

 

 駆け出した馬が蹄を鳴らしこちらへと向かい来る。突き出された槍の穂先から、瞬くような雷が放出された。わからないが、これは避けられないと感じた。

 ならば矢を背に受ける様に、剣を手甲で弾く様に、この身にて受けるしかない。

 光を目前に、息を吐き切り総身に力を籠める。皮膚を石のように強張らせ、全身の筋を鋼に変えたかの如く渾身で硬化させる。衝撃。牛に全力で当たられた時のような、弾き飛ばされそうな暴力。だが踏み止まった。足指にて地を捉え堪えきった。ふらつけば容易く殺されると、どうしてか理解できたから。

 もはや目前まで迫った大槍の主が、驚嘆の声をあげる。

 俺の武勇を褒め称えるその言葉で、俺の頭の大事な何かが切れたのが分かった。

 牛馬と共に大地を耕し、土の恵みにて口を凌ぐ俺達を引っ立てこんな場所で戦わせて、何が魔鋼の肉叢か。誰も、誰も、こんな所で雷に打たれたくなど無かったのだ。お前たち以外、好き好んで殺し合いなどするものか。

 はち切れんばかりの憤怒が、炎のように四肢の中で荒れ狂い突き動かす。飛び交う蠅すらも、今や蝸牛より遅く感じる。

 眼球に触れそうな距離に迫った槍を、右手で掴みいなす。俺の頭上から叩き降ろされる馬の蹄に、額の角をかち合わせた。前脚が真っ二つに裂け、嘶きがこだまする。凄まじい早さでぶつかる重厚な軍馬の肉体は、しかし先程の雷よりもよほど軽い。揺らぐことなく堰き止め、馬の腹を両手で抱え頭越しに放り投げる。

 高々と空を舞う馬と重鎧。奪った大槍を右手で構え、左手の示指で狙いをつける。こんなもの、尾長鴨を落とすよりも容易い。振りぬいた大槍は、あやまたず獲物を貫いて切り立つ山の崖へと突き刺さった。

 

 泣き叫ぶ声が戦場中から発せられ、雨の後の濁流のように人が逃げだした。死者や、そして生者を踏む事すらも気に留めず、天幕も引き倒して押し倒し、雪崩を打って逃散していく。

 一体何が起こったのか。後ろを向けば、かなり離れた場所に友軍が呆然と突っ立っていた。確かあの人たちとともに戦っていたはずなのに、なぜ自分一人がこんなに突き出てしまっているのか。どうやら前に出過ぎたらしい。だから周囲の全てから攻撃されたのかと、今になってようやく理解した。

 とぼとぼと、そちらへと歩を進める。額の角が粉になって砕け、風に吹かれ血と屍に紛れた汚泥と同化する。強張っていた皮膚がぱりぱりと乾いた草のように罅割れ、赤みが引いて日ごろと変わらぬ土のような肌色に戻った。同じ村から連れ出された大人たちが、駆け寄って来る。

 俺は泣いていた。うぅ、うぅと嗚咽を溢し、この身を抱き寄せる知人に縋りながら、引きずらるように肩を借りて。

 声をあげて友の死を悼み、村へと帰れる事に安堵した。

 

 

 うちの村を治める代官様よりもっと上の偉い人が、口から飛沫を飛ばしてなにかを捲し立てながら俺の手を握り振り回して、上機嫌で褒美を取らせよと言い残しどこかへと去って行った。死んだ友の事など何一つ言わず、知らないままで。手の中に納まった金の重みが、酷く無意味な物に思われた。

 村の大人たちが言うには、一度村へ帰ったらまたすぐに街へと出て、俺は軍に入らねばならないらしい。残した母や弟妹、そして奴の母親の事を思うと、そんなのはごめんだったが、けれど俺が行けばみなが飢える事無く暮らしていけるのだそうだ。俺が兵となる事で、みなに豊かな暮らしをさせられるのならば、それはもしかすれば。奴への弔いとなるのではないだろうか。

 大金持ちになり村人全員に白いパンを毎日食わせてやると、お前はいつか言っていたな。

 夢を語り、明るく笑い、よく話し、たまに仕事をさぼるが、それも()()()と笑って済ませられたお前が、俺にはとても眩しく見えた。

 俺が、お前の夢を叶えよう。お前のやりたかった事を、俺がやってみせよう。

 そうすればお前は、いつかあの世で会った時に、また笑って肩を叩いてくれるだろうか。

 

 揺れる馬車に載せられた友の亡骸を、泣き腫らした奴の母親へ届け、友を守れなかった事を詫び。

 母親や幼い弟と妹に我が身の無事と、戦働きを見初められ軍への入隊を命じられた事を伝え、涙を流してくれる彼女らに別れを告げて。

 迎えに来た領地の騎士に連れられて、俺は一路街へと向かった。

 

 晴れ渡る空の果てで輝く太陽をじぃと見つめながら、俺はただ想いを馳せる。

 お前を殺した世界に怒りを撒き散らし、全ての兵を千切り捨てて、この身を燃やし尽くし何もかもを灰と血に変えてやる。

 そうすればきっと、もう争いなど起こらないだろう。

 だから、どうかそれまで、この愚鈍な友を、待っていてはくれないか。

 あの輝きにも似た、俺の友よ。


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