仮面ライダースカル ──鳴海荘吉の肖像──   作:なら小鹿

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ドーパント1体を倒して1話簡潔にすると言ったな。

『──ライアー!』ドゥイィィン(変身音)

あれは嘘だ。

いやね、作者がハイドープ化とかほざいてたら字数が大変なことになってしまって、これは1話に収まらないということで、前編として切りました。

ちなみにですが、ライアー・ドーパントの能力は相手に嘘を信じ込ませることです。



Mに気をつけろ / 二人の依頼人

 

 その日、鳴海探偵事務所には二人の依頼人が来ていた。

 

 一人目は龍之宮憧克(たつのみやどうかつ)。年齢は28歳。仰々しい名前に反して、本人はこざっぱりしていた。住まいは東京だそうだが、わざわざ取材のために風都まで足を運んだという。

 そして、問題となるのは彼の職業だ。

 

「作家をされている、と?」

「ええ、推理作家を」

 

 龍之宮はコーヒーをひと口すすった。ブラックのままだが、苦い顔ひとつしない。

 

「ですから是非とも取材させていただきたいのですよ、鳴海荘吉さん」

 

 龍之宮の銀縁眼鏡が光る。マスコミ関係者とはまた違った知的好奇心、それも本物を見なければ気が済まないと眼が語っている。しかし、と鳴海荘吉は首を振った。

 

「ご期待には添えないと思いますが」

「おや、それまたなぜ?」

「俺は……失礼、私は確かに私立探偵だ。しかし、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロとは違います」

「椅子に座って推理を巡らすような探偵ではない。そうおっしゃりたいのですね」

「ええ、そうです」

「注釈しますと、ホームズもポワロもいわゆる安楽椅子探偵ではありませんよ。彼らは事件現場に赴き、眼で証拠を探し、耳で証言を聴きますし……おっと失礼、鳴海さんがおっしゃっているのはそういうわけではないのでしたね」

「ご理解いただき感謝します」

 

 荘吉からすれば探偵という職業に求められるのは推理力よりも決断力と行動力。そして、背中に銃口を突き付けられても動じない度胸だった。

 

「なるほど、なるほど……」

 

 龍之宮は深々と頷いてから、

 

「素晴らしい! まさにこの龍之宮憧克が求めていた人物像だ!」

 

 両手を挙げて歓喜しだした。まるで朝目が覚めたら枕元にプレゼントが置いてあった子どものようにソファから立ち上がって喜ぶ。

 

「僕も鳴海さんのご活躍については事前に少々調べさせてもらったのですが、これがまた実にハードボイルドだ。依頼人に危害を加えようとした暴漢五人を単身で撃退されたというエピソードは私のお気に入りでしてね。リスクよりもプライドをもって行動するその矜持、まさに次回作の主人公に相応しい! そうは思わないかい、黒実(くろみ)くん?」

「はい、龍之宮様のおっしゃる通りです」

 

 そこでようやく二人目の依頼人が口を開いた。

 

 黒実りえ。女性に年齢を尋ねるのは無粋だが、本人から24歳だと名乗られてしまった。艶のある黒髪が華奢な肩の上で揺れている。丸みを帯びた輪郭は若々しく、黒真珠のような瞳が荘吉を見つめている。

 

 そして、こちらも問題なのはその職業だ。

 黒のロングドレスに白のエプロンを合わせたメイド服。しかも秋葉原の喫茶店にいるようなミニスカではない。本格的なヴィクトリアンメイドなのだ。いわく「龍之宮様にお仕えするメイドでございます」とのことらしい。

 

 一応コーヒーは二杯淹れたが、黒実は事務所へ入ってきてからソファの斜め後ろに控えて立ったまま。座る気配すら見せない。

 

「それで肝心の依頼ですが、引き受けていただけますか」

 

 作家というだけあって執筆関係のことには真剣なようだった。銀縁眼鏡の奥で龍之宮の眼が鋭くなる。

 

「私を次回作のモデルにしたい、という趣旨は理解しました。しかし、何度もお伝えしているように、先生の書かれるミステリーに登場するような推理をする探偵は演じられませんよ」

「滅相もない。鳴海さんはありのままのご自分でいらしていただければいいのです。推理するのは彼女ですから」

 

 と龍之宮は後ろに控えた黒実を手で示す。

 

「……彼女が?」

「はい。これは編集部でもごく一部の人間しか話していないのですが……次回作はダブル主人公にしようと思いまして」

 

 龍之宮は眼で笑った。いかにも楽しくて仕方がない、といった風だ。

 

「それはつまり、私が彼女とバディを組んで日々の調査に赴くということですか?」

「そうなりますね。本物に触れなければ本物は書けない。それが僕の座右の銘でして」

「…………」

 

 荘吉は椅子に座り直した。

 決断というより判断は既にしている。あとは遠路遙々ここまで足を運んで来てくれた依頼人にどう言葉をかけるか。そこが悩みどころだった。

 

「もちろん、ご依頼主のプライバシーは順守します。私が知りたいのはあくまで探偵・鳴海荘吉の仕事ぶりですので。それから依頼料のことでしたらご希望の金額を支払うつもりでいます。こう見えても私、人気作家ですから」

「そうですか。わかりました」

「ん~~ん、そうおっしゃっていただいて感謝感激です。では早速──」

「お断りします」

「……はい?」

 

 龍之宮は蝋人形のように固まった。それまで饒舌に話していたのが、まるで舞台下に隠れた人形師で、今ソファに座っているのはただの人形でしかないような有り様だ。

 

「……今、なんと?」

「お断りすると申し上げたんです」

「なぜゆえですか」

 

 この男は今までの人生で人から断れた経験がないらしい。少なくとも荘吉を見る眼はそう語っていた。

 

「探偵業は危険と隣り合わせです。身内の恥を晒すようで気が進みませんが、ここ風都は現在犯罪が増加傾向にあります」

「ええ、存じていますよ」

「痴漢や不倫の調査ばかりが探偵の仕事ではありません。場合によってはナイフや銃を持った相手とやりあうこともある。そんな死地に素人をお連れするわけにはいきません」

「わたくしのことならお気になさらず」

 

 その時、初めて黒実が自発的に口を開いた。

 

「わたくしは龍之宮様の忠実なメイドでございます。そしてメイドの本分は滅私奉公。仕え使われてこそのメイドでございます」

「さすがは僕自慢のメイドだ。さて、本人もこう言っていますし」

「お断りします」

 

 荘吉は再度そう宣言した。

 

「私は調査のためならこの身がどうなろうと構いませんが、それを他人に強要する気はありません」

 

 語気を強めて言う。しかし、それすら龍之宮の眼には次回作のキャラクターにぴったりという風に映ったらしい。

 

「それに俺にはもう相棒がいますので」

「その方は今どちらに?」

 

 龍之宮がわざとらしく事務所内を見渡す。

 

「……今は休暇中です」

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その日の午後、鳴海荘吉は河川敷を見下ろす道路にいた。

 数日前から依頼されていた件で、橋の下に不良少年がたむろしているので、なんとかしてほしいとのことだった。普段なら交番勤務の刃野巡査の出番だが、依頼人が気がかりなことを言っていた。

 

「その不良たちなんですがね、魔法の小箱がどうのこうのと言っていまして。もしかしたら、ドラッグの隠語じゃないかと思って──」

 

 ドラッグよりタチが悪い、とは言わなかったが、荘吉はその言葉で依頼を引き受けた。

 

 魔法の小箱。

 ある時から風都ではそう呼ばれるものが風都で秘密裏に取引されるようになった。その小箱を使えば超人に、いや神にすらなれる。そんな噂が広まった。

 

「ちっ、なにが神だ……」

 

 吐き捨てるように荘吉は言った。事実、その小箱がもたらすのは破壊、そして使用者自身の破滅だ。

 

「ここがそうか」

 

 疾風川(はやてがわ)を挟む河川敷。風都大橋が真夏の日光を遮ってできた影に数人の不良が確かにたむろしている。明らかに未成年者だが、手には紫煙を昇らせるタバコがある。

 

「やれやれ、背伸びしたガキどもが。世話を焼かせ……ん?」

 

 河川敷へ降りていこうとした荘吉は足を止めた。

 不良たちが動きだしたからだ。しかし、彼らが見ているのは荘吉とは逆の方向。

 

 目を凝らすと風都大橋の向こうから誰かが歩いてくる。

 歩みに合わせて揺れる黒髪。川面を撫でた風が黒と白のエプロンドレスをふんわりと膨らませる。遠目にも見てとれるその姿は──。

 

「黒実りえ!? あいつ、何をして……!」

 

 荘吉が駆け出すよりも先に事態が動いた。不良たちに何か注意しているような素振りを見せる黒実。それにキレたらしい不良の一人が黒実に殴りかかった。

 

「おい待て、お前ら……」

 

 荘吉が割って入ろうした時だ。

 

 ──どさっ!

 

 不良が地面に突っ伏していた。

 黒実が流れるような動きで拳を避け、殴りかかってきた不良の背に一撃を入れたのだ。

 

「ご安心ください。急所ははずしてありますので」

「ちっ、舐めやがって! このクソアマ!」

 

 仲間がやられたことで不良たちの闘争心に火が点いた。残っていた五人が黒実を取り囲む。

 

「覚悟しやがれ!」

「ボコボコにしてやる!」

 

 まず打って出たのは左右に陣取っていた二人だった。お互いに拳を握りしめ、黒実に襲いかかる。

 

「……」

 

 黒実はさっと身を屈めた。不良二人は一瞬呆気にとられるが、既に踏み込んだ勢いは殺せない。

 

「お足下、失礼いたします」

 

 ロングドレスの下から鋭い蹴りが不良二人を襲った。足を大きく回転させ、柔道でいう足払いの要領で不良の軸足を蹴り倒す。

 

「うおっ!?」

「ああぁっ!?」

 

 バランスを崩した二人はよろよろと握った拳をお互いの顔にめり込ませ、河川敷に倒れ伏した。

 

「あとは三名、でございますね」

 

 一瞬の出来事で、さすがに喧嘩慣れした不良も動揺したようだった。

 

「おい何してやがる! とっとと押さえろ!」

「わ、わかってら!」

 

 次に動いたのは背後をとっていた一人だった。素早く忍び寄って、黒実を背後から羽交い締めにする。

 

「…………っ!」

 

 両腕を封じられ、黒実の顔がわずかに強張る。

 

「調子に乗りやがってよ、このコスプレメイドが!」

「二度と表通り歩けねぇようにしてやんよ!」

 

 身動きのとれない女に不良二人が何をするのかなど考えたくもないが、激昂した二人はただ相手を痛め付けることしか頭にないようだ。

 一人は顔に拳を、もう一人は腹に蹴りを入れようとして──。

 

「はっ!」

 

 エプロンドレスが宙を舞った。黒実が地面を蹴り上げ跳躍したのだ。ちょうど鉄棒で逆上がりをするような姿勢。

 そして両腕が塞がれても両脚があるといわんばかりに一人目の拳を脚で挟み込む。そのまま腰をよじって腕をひねりあげる。

 

 ──めきっ!

 

「あぎゃあっ!? う、腕がぁ!」

 

 そして二人目の蹴りは黒実を羽交い締めにしていた三人目の腹にクリーンヒット。

 

「うごぁ……!」

 

 運悪く鳩尾(みぞおち)に入ったらしい。体を『く』の字に折り曲げて、尻餅をつき、そのまま動かなくなった。

 

「最後はあなたですね」

「お、お前、何者だ……!」

 

 羽交い締めから解放された黒実はエプロンドレスに付いた汚れを払い落とす。その態度はボクシングのチャンピオンが挑戦者に見せる余裕に似ていた。

 

「ひとつ訂正させてくださいませ」

「な、何をだ」

「わたくしのこれはコスプレではありません。立派な仕事着でございます」

 

 さっき不良の片割れにコスプレメイド呼ばわりされたことが気になっていたらしい。

 

 だが、仲間が倒されていき一人残った不良にとっては、そんなことどうでもよかったろう。むしろ、目の前にいる女がタダ者ではないという事実に恐怖するばかり。

 

 そして、恐怖とは時として感じた者に危険すぎる行動をさせる。

 

「だったらよ……望み通り冥土に送ってやるよ!」

 

 半狂乱になった不良が抜いたのは折り畳み式のナイフだった。犯罪都市となりつつある風都では護身用に携帯する者も少なくないが、その反面こうした不良同士の喧嘩の道具になっているのも問題だった。

 刃渡りは十センチほど。それでも十分な殺傷能力がある。

 

「料理をするには、少々もの足りませんね」

「舐めるのも大概にしろよ、このアマァ! おらぁぁぁ!」

 

 握ったナイフを滅茶苦茶に振り回しながら不良が突っ込んでくる。素人に刃物を渡すと往々にしてこうなる。

 達人の洗練された動きなら先が読めるが、素人がむやみやたらに振り回すナイフはどう斬りかかってくるか読めない。

 

「おらっ! おらっ! おらぁぁ!」

 

 斜め上から、斜め下から、右から、左から。縦横無尽にナイフが黒実に襲いかかる。

 

「そのように……闇雲に……振り回して……いては……手をケガ……しますよ?」

 

 左へ身を躱しては、右に体を反らし、また左へ避けて。黒実はまるで風に揺れる草花のように自然な動きでナイフを躱していく。しかし、それでも防戦一方なのには変わりない。

 

 ──どんっ

 

「おや」

 

 黒実の背中が風都大橋を支える竪壁(たてかべ)に当たった。もう退路がない。

 

「死に晒せぇぇぇ! このクソメイドがぁぁぁ!」

「おい、やめろ!」

 

 荘吉が叫ぶ。だが、不良の耳には聞こえていない。

 両手で握りしめたナイフを腰に構え、黒実へ向かって突進する不良。あの至近距離では避けられない。あんなもので刺されたら──。

 

「はっ!」

「ながぁ!?」

 

 次の瞬間、不良がのけ反って後ろへ吹っ飛んだ。

 ロングドレスをめくりあげて繰り出されたハイキックが、不良の顎を打ち抜いたからだ。バク転に失敗したような姿勢で河川敷に倒れる最後の不良。

 そのすぐ横に宙を舞ったナイフの剥き身が突き刺さった。

 

「いかがでしたか、鳴海様」

 

 不良五人を徒手空拳で倒したメイドが、黒真珠の瞳をこちらに向けた。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 荘吉は先に倒れた不良五人の容態を確かめた。

 全員、息はある。気を失っているやつが大半だが、たむろしているところを注意されて逆上したのだ。自業自得と納得してもらう他ない。

 

「俺の目があると知ったうえで見せていたのか」

「はい。これでわたくしが足手まといにならないと、ご理解いただけたかと存じます」

 

 荘吉は顎をかいた。

 

「ひとつ尋ねたい」

「何なりと」

「お前はどうして、あの龍之宮瞳克という男にそのまで仕えるのだ」

 

 従順さだけでいえば弱みでも握られているのか心配になるほどだが、黒実の眼には脅迫されている人間特有の恐怖はない。むしろ、その瞳は澄んでいる。

 

 すると黒実は恭しく礼をしてから、

 

「わたくしが、龍之宮様のメイドだからでございます」

 

 そう答えたのだった。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

「あの鳴海様」

「なんだ」

「本日の調査は尾行だとお聞きしていたのですが」

「ああ、そうだ」

「では、なにゆえブティックにいらしたのでございます?」

 

 荘吉と黒実は風都中央ショッピングセンターにテナントとして入っている婦人服量販店に来ていた。

 河川敷での一戦のあと、荘吉は何度もこの女を振りきろうとした。しかし、どこまでいっても黒実はあとを尾けてくる。これでは今日の調査にも支障をきたす。だから、着いてくるなと何度も言って聞かせたのだが。

 

『ですから、探偵助手にしていただくまで、わたくしは離れませんと先程から申し上げて……』

『ああ。わかった、わかった』

 

 同じやりとりを五回も繰り返して、荘吉は諦めた。この女は見かけに反して頑固だ。今のまま勝手に着いてこられて調査中にケガでもされたら──。

 

 それは依頼人に傷を負わせたことになる。

 

 依頼人に血を流させるやつは探偵として最低最悪だ。だから荘吉は折れたのだった。

 

 しかし、仮の助手にするにあたって問題なのは黒実の格好だ。ショッピングセンターに入ってから異様に人目を惹いている。単純に美人だから、というわけではない。

 

「どうかされましたか、鳴海様」

「お前、その格好で尾行するつもりなのか」

「いけませんでしょうか」

 

 真顔で小首を傾げられた。

 どうやら、この女とのコンビは骨が折れそうだ。荘吉は選んでやった婦人服一式を放り投げて言った。

 

「ヴィクトリアンメイドに尾行されたら、バカでも気づく。探偵の助手をするなら相応しい格好に着替えろ」

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

「いいか。俺の指示には必ず従う。勝手な行動はしない。この二つは順守してもらう」

「心得ております」

 

 道すがら頷く黒実は見違えるような変貌を遂げていた。といっても首から下だけだが。

 白いブラウスに、黒地に白のドットのスカート。少しは休日のOLらしく見えるかとコーディネートしたが、本人の言葉遣いが荘吉の努力を水の泡にしている。

 

「あの方がターゲットでございますね」

「ああ、そうだ。わかったらもう少し身を引っ込めろ」

 

 商店の脇から身を覗かせた荘吉が睨む先では若い男が喫茶店のテラス席で商談をしている。

 もう夏だというのにグレーのスーツを着こなし、話を進める仕草にも淀みがない。商談は無事まとまったのか、間もなくして相手は握手をして男と別れた。ターゲットの男は会社に電話を入れると、伝票を手に席を立った。

 

「ターゲットが動きました、鳴海様」

「言われなくても見えている」

 

 動こうとする黒実の頭を押さえ、荘吉は前に出る。

 

「俺が先に行く。お前はあとから着いてこい。もし俺が合図したら全力で逃げて隠れていろ。いいな」

「心得ました」

 

 その言葉がどこまで信用できるかはさておき、荘吉は溜め息を圧し殺して商店の影から進み出た。

 

 ターゲットは喫茶店から最寄りのバス停で市営バスに乗り込み、夕凪町で降りた。荘吉と黒実もさりげなく降車し、あとを尾ける。

 繁華街を出たので、人気はぐんと減る。わずかな通行人にまぎれるのは困難なため、荘吉は──あまりいい手ではないが──民家の塀や電信柱に身を潜め、ターゲットが角を曲がるなり、その背中を追いかけるという作戦に出た。

 

 夕凪町はT字路やL字の曲がり角が多い。ターゲットが曲がったT字路もそのうちのひとつだった。足音を殺して、その角を曲がった荘吉は思わず声を漏らす。

 

「なっ!? 消えた……!?」

 

 角の先は袋小路だった。大型のゴミ箱が設置されている他は何もなく、路地に面した窓はどれもはめ殺しで、人間の隠れられる場所はない。

 

 ──ギギギィ

 

「ゴミ箱の中にはいらっしゃらないようです」

「そうか」

 

 鉄製のゴミ箱の蓋を開けて出てきた黒実。頭に付いたミカンの皮を取ってやっていると、黒実が「あっ」と声をあげた。

 

「どうした」

「鳴海様、あれを」

 

 黒実が指差したのは路地の突き当たりだった。ブロック塀以外には何もないように見えるが、目を凝らしてみると──。

 

「本か」

 

 真っ黒なハードカバーが一冊、落ちている。捨てるのであれば、きちんと分別して資源ゴミに出すべきだし、そもそも読まないのなら買うなといいたいところだが。

 

「妙だな」

「何がでございます?」

「見てみろ」

 

 荘吉は拾った本を黒実に手渡す。

 

「表紙に背表紙、それから裏表紙。どこにもタイトルが載っていない。著者名もだ」

「本当でございますね」

「黒一色の本か。以前関わった依頼で、飴の色で連絡を取り合う輩がいたが、あの密売組織は壊滅させたはず。だとすると……」

「鳴海様」

「なんだ、今は考えごとを──」

「タイトル、ございました」

「ん?」

 

 黒実が表紙をめくったハードカバーをこちらへ向けてくる。遊び紙の次のページ、ちょうどタイトルが印字されているところには──。

 

        『Mystery(ミステリー)

 

 そのワンフレーズだけがあった。

 

(タイトルだけだと? 普通なら著者や出版社の名前もここに……)

 

 荘吉の頭にはレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』その最初のページが浮かんでいた。あれと比べると、目の前にある本はあまりにも味気ない。手抜きにすら感じる。

 

 ぺらり、と細い指がページをめくった。すると、そこには──。

 

 登場人物

  鳴海荘吉……私立探偵

  黒実りえ……探偵助手兼メイド

 

「なんだ、これは!」

 

 それは推理物によくある登場人物の紹介文だった。

 しかし荘吉自身、推理小説に出演を許可した覚えはない。仮に同姓同名だったとしても黒実まで同じ作品にいるなんて確率的にあり得ない。

 

(何か、途轍もなく嫌な予感がする!)

 

 荘吉の行動は迅速だった。黒実の手からハードカバーを奪い取るなり、ブーメランのように遠くへ投げ捨てる。

 あれを近くに置いいるのは危険だ。直感がそう叫んでいる。

 

「……っ!」

 

 だが遅かった。ぐらあああ……と目眩が襲ってくる。平衡感覚が狂って、とても立っていられない。

 

「に、逃げ、ろ……」

 

 絞り出すようにして声を紡いだ。視界が飴細工のようにねじ曲がり、上と下が目まぐるしく入れ替わる。アスファルトが頬を撫でる。そして荘吉が最後に見たのは……。

 

「なる、み……さま……」

 

 同じように倒れ伏した黒実の姿だった。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

「……鳴海様、……鳴海様」

 

 誰かが肩を揺すっている。バーでウォッカをしこたま飲んだ翌朝のような気分だった。目を開けると、ぼやけていた視界が次第に焦点を結ぶ。

 

「……黒実か」

「お目覚めになられましたか」

「ああ、お陰さまでな」

 

 荘吉は上体を起こす。気に入っている白の帽子は廊下に落ちていた。そう、廊下だ。

 まるで古風で洒落たホテルだった。等間隔に並んだ窓の外に目を向けると、草原が広がっている。他に見えるものは何もなく、断崖のごとく途切れた緑の奥からは、かすかに波の音が聞こえた。

 

「ここは……」

 

 誰にでもなく問う。答えたのは黒実だった。

 

「わかりません。ですが、気を失って介抱のため運び込まれた、というわけではなさそうです」

「そのようだな」

 

 仮にそうだしたら、二人はカーペットの上ではなく、もっと上等なベッドに寝ていないと説明がつかない。となると、考えられる可能性はひとつしかない。

 

「どうやら、まんまと敵の術中にハマってしまったらしい。俺としたことが油断した」

「敵とおっしゃいますと?」

 

 この際だ、黒実にも話しておくべきだろう。不良たちの依頼で話題に挙がった魔法の小箱のことを。

 

「ガイアメモリ、というものを知っているか」

「ええ」

 

 迷いなく黒実は答えた。意外だが今は非常事態だ。説明が省けるのは助かる。

 

「メモリは使用者を怪物に変貌させる。そしてメモリにはそれぞれ違った能力がある。『マグマ』なら超高熱、『アイスエイジ』なら極低温といった具合にだ。そして、恐らくこのメモリは」

 

 荘吉の脳裏には既に、あの黒いハードカバーに記されていたフレーズが浮かんでいた。

 

「『ミステリー』だ」

 

 その言葉が意味するのは謎、神秘、不可思議と多岐に渡るが、文学においてはまた違った意味合いをもつ。

 

「それも推理小説としてのミステリーに違いない」

 

 お前の雇い主が得意なジャンルだ、と言いかけて、唸り声がそれを遮った。人間の声ではない。もっと獰猛な獣の唸りだ。

 

「グルルルルル……」

 

 声の主はすぐに見つかった。

 廊下の奥からのっそりと、その巨体が姿を現す。

 

「犬……にしては大きすぎるな」

 

 体長は二メートルを優に越えていた。その眼は爛々と輝き、口から吐く息は青白い炎になっている。そして全身を覆う体毛がぼんやりと不気味に光っていた。

 さながらシャーロック・ホームズに登場する『バスカヴィル家の犬』のようだった。そんな魔犬が廊下の角を曲がって、じりじりと迫ってくる。

 

(こいつがドーパント……なのか)

 

 ガイアメモリは人間を化け物に変える。その変身体は必ずしも人型とは限らない。

 

(いずれにせよ、降りかかる火の粉は払わせてもらう)

 

 黒実を背後に庇いながら荘吉はロストドライバーに手をかける。

 

「下がっていろ」

「…………」

「おい、聞こえなかったのか」

「いいえ、聞こえております」

「だったら……」

 

 振り返って荘吉は思わず目を剥いた。自慢ではないが、荘吉は黒服の男五人が一斉に銃を抜いたって憮然としていた男だ。

 だが、いま目に映っている光景はその非ではない。

 

 黒実がブラウスを脱いでいたのだ。

 

 黒い下着に隠された──意外にというと失礼だが──豊満なバストが窓から射す光を浴びて陰影を作り出している。飾らない美というのか。自然体であるはずなのに扇情的ですらあった。

 

 しかし、問題はそこではない。

 

「はしたないですが、何卒ご容赦ください。こうでもしないと挿せないものですから」

「お前、それは……」

 

 黒実りえが手にした魔法の小箱を起動した。

 

『──メイド!』

 

 ねっとりとした声に応じて、右胸に蜘蛛のようなタトゥーが浮かび上がる。生体コネクタだ。細い手が、そこにガイアメモリを挿す。

 

 変身は一瞬だった。黒のボブカットにホワイトブリムを乗せたようなマスクが頭を、鋼鉄でできたエプロンドレスが痩身を覆っていく。

 漆黒と純白のコントラスト。フリルのひとつひとつまでもを丁寧にかたどった造形は美しくすらあった。

 

「──黒実りえ、参ります」

 

 鋼鉄のメイドとでも形容すべきか。変身した黒実、もといメイド・ドーパントは手にした箒型の専用武器、戦箒(バトル・ブルーム)を構えた。

 

「グルルルルル……!」

 

 魔犬は変身した黒実に警戒しているのか、獲物を狙う豹よろしく身を低くして唸っている。

 

「お前……ドーパントだったのか……」

 

 だが、これでガイアメモリを知っているかと訊いて即答したのにも納得がいく。黒実自身が所持しているのだから知らないはずがない。

 

「ドーパント、とは今のわたくしのことをいうのですか」

 

 黒真珠のようだった瞳は、今や目全体が深紅に染まっている。魔犬を睨んだまま黒実、いやメイドは問い返してくる。

 

「少なくとも俺はそう呼んでいる」

「作用でございますか。では、わたくしも今後はそのように」

「…………」

 

 この女といると、どうにも調子が狂う。

 しかし、今は目前に迫った危険をどうにかするのが先決だ。

 

「グルルルルル……ガウッ!」

 

 緊張の糸が弾けた。廊下の奥から駆けてくる魔犬。速い。十メートルはあった距離がみるみる縮まる。

 

 ──カシャン!

 

「標的、捕捉しました」

 

 メイドは戦箒(バトル・ブルーム)を、まるでライフル銃のように構える。見ると柄の部分からはスコープとトリガーが出ている。

 

「撃ちます」

 

 ──ドドドドドドッ!

 

 今しがたライフル銃のようにと形容したが訂正しよう。正しくはマシンガンだ。

 箒の穂先から高速連射された光弾が魔犬めがけて降り注ぐ。合金鉄板でもものの数秒で蜂の巣にしてしまいそうな弾数と威力だ。

 

「ガウッ! ガウガウッ!」

 

 だが、魔犬の毛皮は防弾仕様らしい。連射された光弾はすべて命中しているが、同時にすべて火花を散らして弾いてもいる。その間も魔犬はこちらへ疾走してくる。

 

「ガウッ、ガウッ……ガアアアッ!」

「……っ!」

 

 助走を付けた魔犬が跳び上がった。よだれを垂らす大顎。鋼すら噛み砕きそうな牙。それらがメイドの喉笛を噛み千切らんと襲いくる。もはや回避は不可能。

 

「今だ! 口の中を狙え!」

「!」

 

 ──ダンッ!

 

 銃声と魔犬の哀れな鳴き声は同時だった。

 血──とおぼしき赤い液体──を吐きながら魔犬は体勢を崩し、そのままメイドと荘吉の後ろへと転がった。ぼたぼた、と斑点模様がカーペットを汚す。

 

「ハウ……ハウ……ハウ……グルルルルル……」

 

 息も絶え絶えといった弱々しい声に続き、威嚇するように魔犬が爛々と光る目を剥けてくる。

 

「なるほど。毛皮は防弾仕様でも口の中に毛は生やせない、ということでございますね」

「そういうことだ。だが、敵はまだ息絶えていないぞ」

 

 

 再び戦況が膠着しかけた時だ。

 

「──うわああああああああああ!!」

 

 男の悲鳴が耳をつんざいだ。魔犬が現れた廊下の奥からだった。荘吉もメイドもわずかに意識がそちらへ引っ張られる。生じた一瞬の隙。

 

「……ガウ」

 

 手負いの魔犬は好機と悟ったのだろう。身を翻し、悲鳴とは逆方向へ走る。

 

 ──ドドドドドッ!

 

 その背中へメイドが戦箒(バトル・ブルーム)を見舞う。だが、またしても光弾はすべて毛皮に弾かれる。

 

「ガウッ」

 

 跳躍する魔犬。はめ殺しの窓を破り、草原へ飛び出した巨躯はそのまま陽炎のように消えしまった。草を踏み潰した足跡だけが、その存在が幻でなかったと訴えている。

 

「逃げられました」

「見りゃわかる。犬っころより今は悲鳴だ。行くぞ」

 

 荘吉は床に脱ぎ捨てられたブラウスをメイドに投げ付ける。

 

「だが、その前に変身を解除して服を着ろ。いいな」

「心得ました」

 

 黒実の声を背に、荘吉は走った。状況が混沌としていて対応が後手に回っている。そもそもガイアメモリの破壊者である自分が、ドーパントに変身解除を命じて悲鳴のあった現場に駆けつけるなど……。

 

「ちっ、頭がどうかしそうだ」

 

 廊下の角を曲がる。そこからは一本道だったので迷うことはなかった。廊下に腰を抜かした男がへたり込んでいる。尾行していたターゲットだ。顔中に脂汗を浮かべ、表情を恐怖にひきつらせている

 

「おい、どうした。何があった」

「あ、あぁ……」

 

 男の言葉は要領を得ない。しかし震える人差し指が示す先がすべてを物語っていた。

 

 両開きの扉には大きなガラス窓があった。その奥は食堂室らしく、テーブルクロスの敷かれた食卓がレストランのように並んでいる。

 

 お客は一名のみ。シャンデリアから垂れた毒々しいまだら模様の紐。それが首に巻き付いて両足を宙に浮かせていた。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

ドーパント・データ

名 称:メイド・ドーパント

メモリ:メイドメモリ / 女中の記憶

身 長:175cm

体 重:秘密

特 徴

 黒実りえがメイドメモリで変身したドーパント。

 荘吉から鋼鉄のメイドと称されたように頭にホワイトブリムをし、エプロンドレスを着た姿をそのまま鋼鉄で再現したような姿をしている。

 身長が仮面ライダーや他のドーパントの変身体に比べて低いのは黒実りえ自身の身長が元々そこまで高くないから。全身を鋼鉄の鎧が覆っていて重そうだが、体重は秘密とのこと。

 能力は黒実りえ自身が格闘術の心得があるのに加えて、専用武器の戦箒(バトル・ブルーム)による攻撃がある。作中では機関銃のどこく敵を射撃していたが、長柄武器として扱い、打撃による近接攻撃もできる。また全身を覆うエプロンドレスには装甲としての役割もあり、防御力も高く、攻守のバランスのとれたドーパント。

 





これ完全に偶然なのですが『ミステリー』も『メイド』も両方イニシャルは『M』なんですよね。書いてて気づきました。
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