仮面ライダースカル ──鳴海荘吉の肖像──   作:なら小鹿

4 / 8

ミステリー、作者もほしいメモリです。
あとスタッグフォンくんが活躍します。



Mに気をつけろ / ラスト・トリック

 

『──ミステリー』

 

 鏡の前でガイアメモリを起動させる。

 

 すると、舌に蜘蛛のようなタトゥーが浮かんだ。

 手は商売道具だから真っ先にNGを出した。足は下品なのでボツ。胸や腹は服を脱がないといけないので却下。顔は論外だった。

 

 だから舌に決めた。手を縛られても口にメモリを咥えれば挿せるし、メモリを奪われてたとしても生体コネクタを発見されにくい。

 

(もっとも、そんなヘマはしないが)

 

 メモリを挿す。変身すると同時に手の中に一冊の本が現れた。

 黒いハードカバーだ。

 タイトルも著者も、本として記すべきものが一切欠落した一冊。表紙を開くと『ミステリー』の文字だけがある。さらにページをめくると、登場人物の紹介文が載っている。

 

 登場人物

  鳴海荘吉……私立探偵

  黒実りえ……探偵助手兼メイド

  浅沼圭介……客人

  早乙女岬……客人

  大路櫂人……第一の犠牲者

 

 そのページを手で撫でると、まるで手品のように新たな登場人物の名前が追加された。

 

  龍之宮憧克(たつのみやどうかつ)……ミステリー・ドーパント

 

「ん~ん、堪らないね」

 

 いつ読んでもうっとりとする。シンプルかつエッジの効いた紹介文。我ながら名文だ、と龍之宮ことミステリー・ドーパントはページを撫でる。

 

「本当はもう少し人数を増やしてから殺していくつもりだったが」

 

 我慢できなかった。このミステリーメモリを手にしてから創作意欲が間欠泉のように湧き出してやまない。

 

 メモリとの出会いもまたミステリー的だった。

 

 龍之宮は東京在住だが、風都をモデルにした連載作を書いて以来、何度となく足を運んでいる。その日も取材旅行だった。原稿が裏路地で男が殺されるシーンに差し掛かっていたので、ちょうどいい舞台を探していた。

 

 そして、龍之宮は本物の殺人現場に遭遇する。

 

 セールスマン風の男がうつ伏せに倒れていた。アスファルトには血が広がっている。凶器の果物ナイフはすぐそばに転がっていた。

 

 ページの上ではありとあらゆる方法で人を殺してきたのに、その時の龍之宮は震えて声も出せなかった。

 

 同時に悟った。今日まで自分が書いてきたものは偽物だったと。微動だにしない被害者も、猛烈な血の臭いも、現場に立ち込める死の空気感も、何もかもが初体験だった。

 

 だからだっなのか──、と今更ながら龍之宮は回想する。

 

 心の底から知的好奇心を刺激された。本物に触れなければ本物は書けない。龍之宮はすべて味わった。

 死んだ人間の肌触り、アスファルトを濡らす血の味、殺人現場に吹く風。その時だ。セールスマンが手に何かを握っているのを見つけた。

 

『M』のイニシャルが刻まれたメモリだった。

 

 あとになって判明したことだが、殺害されていたのはガイアメモリの密売人。違法かつ高額な商品を大量に持っていたので転売目的で狙われたらしい。そして、捕まった犯人のイニシャルは『M』だった。いわゆるダイイング・メッセージというやつだ。

 

 その後、龍之宮は別の密売人と接触し、生体コネクタのスロットを打ち込んだ。

 以来、龍之宮の著作は飛ぶように売れた。有象無象から大人気の新人作家へ華麗なる転身。それでも初心を忘れたことはない。

 

 本物を見なければ、本物は書けない。

 

 だから、龍之宮は筆を執る前には必ず人を殺した。この黒いハードカバーの中に舞台を設定し、トリックを用い、龍之宮自身が犯人を演じた。

 

「さて、悦に浸るのも程々にして、そろそろ執筆に取りかからないと」

 

 ミステリー・ドーパントは手にした黒いハードカバーをめくる。そのページには本の中で起きたことが文章として現れるようになっている。

 

 ダブル主人公の次回作は既にハードボイルドな探偵がメイドを助手にするシーンまでを書いている。

 

「んん?」

 

 たった今更新されたばかりのページ。まだ半分ほどしかうまっていないが、その最後の一文にミステリーは読む手を止めた。

 

 晴れ渡る青空を背景に、紅蓮の炎が洋館の屋根を舐めた。

 

「大炎上……最終章のタイトルにもってこようと取っておいたのに」

 

 ゆらゆら、とミステリーは頭を揺らす。

 

「鳴海荘吉、あなたは探偵としては一流のようだが、ミステリーの登場人物としては三流だ。センスの欠片もない」

 

 ぼとり、と黒いハードカバーが床に落ちる。そこにもうドーパントの姿はなかった。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

「洋館に火を放つとは、どういう意味でございますか」

「どうもこうもない。額面通りだ」

 

 数分前のこと。荘吉は空になったポリタンクを玄関へ放り込んだ。石油ストーブの燃料は今や洋館の廊下から壁にいたるまで満遍なくまかれている。

 

「この島は脱出不可能な監獄だ。アルカトラズ島(ザ・ロック)も目じゃない。同時にドーパントにとってはコレクションルームだ。この手の輩は自慢のコレクションを傷つけられると頭に血がのぼる」

 

 荘吉はジッポライターの火を点ける。浅沼から借りたものだ。

 

「ところで、ひとつ確認しておきたいんだが」

「なんでございましょう」

「雇い主がこの騒動を引き起こしたドーパントだったら、お前はどうする」

「…………」

 

 口をつぐんだ黒実の瞳は、揺らいでいるように見えた。

 

「食堂室で死んでいたやつだけじゃない。このドーパントはかなりの人数を殺しているはずだ。初犯にしてはメモリの扱いが上手すぎる」

 

 黒実は首筋に手をやる。さっきまだらの紐が巻き付いていたのを思い出すように。

 

「それでもお前は雇い主に従えるか」

「……なぜ、わたくしにそのようなことを」

「お前のそれは忠誠というより盲目だからだ。雇い主からの指示なら何でも従う。探偵の助手になるよう命じられて俺に取り入ったようにな。まさか崖から飛び下りろと言われたら、その通りにする気じゃないだろうな」

「メイドは主人に従うもの、でございます」

「…………」

 

 本来ならドーパントのメモリは使い続けると、使用者はその毒素に犯され、理性を失った怪物となる。

 

 だが、この女にはそれがない。メイドのメモリが特殊なのか、それとも元来の性格なのか。滅私奉公が服を着て歩いているような。荘吉はそう感じた。

 

「鳴海様はどう思われるのですか。龍之宮様のことを」

「俺がどう思っていようと関係ない。今の雇い主に付いていくか袂を分かつか。決断は自分でするものだ」

 

 黒実りえという女が失っているのは、まさに自分だった。命じられたことを忠実にこなすだけの、生きた人形といってもいい。

 

「俺はどっちを選ぼうと止めないが」

 

 振り向くと、いつの間にか黒実の瞳から迷いが消えていた。

 

「今は鳴海様がわたくしの雇い主でございますよ?」

「助手の次は雇い主か。勘弁してくれ」

 

 どちらも承諾した覚えはないが、ただ命令に従うだけのメイドよりはずっと好感がもてた。

 

「離れていろ」

 

 灯油まみれの床にジッポライターの火を落とす。燃え上がった炎が廊下を走っていく。窓から見える内装がみるみる変貌し、そこかしこから煙が昇る。そして数分と経たずして。

 

 晴れ渡る青空を背景に、紅蓮の炎が洋館の屋根を舐めた。

 

「──いいシーンだね」

 

 草原に拍手が鳴り渡る。余裕の現れとでもいうべき拍手だった。しかし、手を叩いているのは人間ではない。

 

 開かれたハードカバーのページから、いかにも殺人事件の起きそうな洋館が建っている。それが頭なのだから驚きだ。

 首から下は長衣によって隠されている。その布地には洋館のものとおぼしき見取図が刺繍されている。そして拍手する両手の指先は万年筆を模したアーマーリングが光っている。

 

「君たち二人のやりとりだよ。さっきの台詞、是非とも次回作に使いたいんだが」

 

 異形頭の怪物、ミステリー・ドーパントは両手を広げた。

 

「その依頼は断ると言ったはずだ、龍之宮憧克。ドーパントからの依頼ならなおのこと」

「つれないな。せっかくだし、なぜこの期に及んで取材拒否するのか、理由を訊いても?」

「お前の作風には決断がないからだ」

「ん~? タイプは一字一句が決断の連続だが?」

 

 そうじゃない、と荘吉は首を振る。

 

「あの洋館で襲ってきたのは過去の有名作だ。それ自体はいい。俺も古典は好きな身だからな。だが、それだけだ」

「んん? 言っている意味がよくわからないな。回りくどすぎる言い回しは読者から嫌われるぞ」

「なら簡潔に言ってやる」

 

 荘吉はミステリーを指差した。

 

「お前、自分のオリジナルを書いたことがあるか」

「……はぁ?」

「そのメモリの力なら、この異空間を自由自在にできるはずだ。だったら、名作の猿真似ばかりしていないで、お前自身のトリックで仕掛けてきたらどうだ」

 

 あの洋館で感じたもの。それは過去作への憧憬や先達たちへの敬意でもない。ただただ古典的名作をなぞっているだけ。

 

「新機軸への挑戦もなければ、書き手の決断なんてものはまるで感じられない」

 

 これが、まだ若くて臆病な書き手なら叱咤激励(しったげきれい)してやるところだったが、あの洋館から感じるのはそれですらない。

 

「龍之宮憧克、お前にあるのは二つだけだ」

「二つ?」

「怠惰と、そして傲慢だ」

 

 自分では何ひとつ新しいものを創りだそうとはせず先達の猿真似をし、その癖こうしておけば読者は喜ぶと傲り高ぶった姿勢が見受けられた。

 

 だから、荘吉は改めてその依頼を断ったのだ。

 

「…………」

 

 ミステリーは異形の頭をうつむけたまま、小刻みに肩を震わせていた。全身を覆う見取図の長衣がそれに合わせて揺れる。

 

「……たった今、次回作のプロットを練り直した」

「ほう、どんな風にだ」

「鳴海荘吉、次に死ぬのは……お前だ!」

 

 万年筆のアーマーリングをはめた指先が荘吉を指差す。ぎらりと光った指先は、まるでナイフを向けてきているようだった。

 明確すぎる殺害予告。推理作家なら、もう少し凝った言い回しをしたらどうだ、と言いかけて荘吉は自虐的に笑った。

 

「次に死ぬか。あながち間違ってはないな」

「なんだと」

「俺にとって変身することは……少しの間、死ぬことだ」

 

 言いながら荘吉はハットを脱ぐ。そしてガイアメモリを構える。髑髏の横顔が『S』のイニシャルをかたどったメモリ。

 

『──スカル!』

「変身」

 

 ロストドライバーにセットされたメモリが再び『スカル』の名を告げる。無風だった草原に灰色の風が吹く。

 白一色のスーツを、黒い装甲が覆っていく。胸には肋骨のような鋭角。風にたなびくは古びたスカーフ。髑髏を彷彿とさせるマスクには赤黒い眼窩が光る。

 額を駆ける火花が『S』のイニシャルを刻む。

 

「風都の、骸骨男……! ただの都市伝説ではなかったのか」

「取材不足だったようだな、推理作家の先生」

 

 ハットを被り直して、男は名乗る。

 

「冥土の土産に教えておいてやる。俺の名はスカル。さぁ、お前の罪を……数えろ」

「あいにく推理作家は人を殺すのが仕事なんでね。転がしてきた死体の数なんて、いちいち覚えていない! 『バスカヴィル家の犬』!」

 

 ミステリーが人差し指を天に向けて突き立てる。指先にはめられた万年筆のアーマーリングがぎらりと光った。それを合図に青かった空が一気に曇る。

 

「グルルルルル……アオォォォォォン!」

 

 曇天に轟く魔犬の吠え声。何もなかったはずのミステリーの背後から、まるで手品のように現れた魔犬は人の背丈ほどもあった。

 

「廊下で襲ってきた時よりデカいな」

「こいつは僕のお気に入りでね。少々手を加えさせてもらった」

 

 廊下では全長を二メートルと目測したが、今の魔犬は三メートルを越えている。

 

「さぁ、魔犬よ。呪われた伝説のようにやつの喉笛を噛みちぎ──」

『──メイド!』

 

 ──ドドドドッ!

 

 連続する銃声が台詞に割って入る。機関銃のごとく発射された光弾が魔犬の毛皮を撫でた。

 

「どういうつもりだい、黒実くん」

 

 魔犬を盾のように寄り添わせたミステリーが尋ねる。横目を向けると、背後では黒実がメイド・ドーパントと化し、戦箒(バトル・ブルーム)を構えていた。

 

「露払いをしようと思った次第でございます」

「君は僕の忠実なメイドだったはずじゃないのかい?」

「でしたら、こうお返ししましょう。飼い犬に手を噛まれる、と」

 

 再び戦箒(バトル・ブルーム)が火を吹く。狙いはミステリーのようだったが、大型化した魔犬の巨躯がそれを阻む。

 

「魔犬の相手はわたくしが」

「……お前こそ、犬に手を噛まれるなよ」

「心得ております」

「いいね、いいね。まるで長年連れ添った名コンビだ。だからこそ、残念でならない」

 

 グルルル……とうなった魔犬がメイドのもとへ駆けていく。無防備になったミステリーは両腕を広げていた。

 

「鳴海荘吉、いやスカルの男。君を始末しなくてはならないのが非常に残念だよ。──『黄金虫』」

 

 風もないのに長衣が翻った。その下から羽音を鳴らし、金の黄金虫が無数に飛び迫ってくる。すぐさまスカルマグナムを引き抜く。

 

 ──ダンッ、ダンッ、ダンッ!

 

 連続してトリガーを引く。光弾が命中するたびに黄金虫が炎を吹いて爆ぜた。

 

(触れると起爆する飛翔昆虫か)

 

 ──ダンッ、ダンッ、ダンッ!

 

 再びスカルマグナムを連射。爆ぜた黄金虫が一面に炎のカーテンを引き、一瞬視界が遮られる。

 

「……!」

 

 燃え盛る炎を突っ切って一匹の黄金虫が飛来してきた。一直線にスカルの心臓を狙う。

 

 ──ドッカーン!

 

 黒い装甲に触れた黄金虫が、轟音を鳴らして盛大に炸裂した。

 

「はははっ、その一匹にも魔犬同様に手を加えさせてもらった。見かけが同じだから威力もさほどないと踏んだのが命取りだったね」

 

 ミステリーは濛々(もうもう)と立ち込める黒煙に向かって種明かしする。威力でいえば洋館一軒を吹き飛ばすほど。並大抵のドーパントであれば──。

 

「な……っ!」

 

 焦げた芝生を踏みしめ、黒煙の中からスカルが歩み出てくる。その胸に這う銀の肋骨にはヒビが入っていた。しかし、スカルは悠々と歩いてくる。

 

「なぜだ! 死なずとも相当なダメージが……!」

「言わなかったか。俺にとって変身するのは少しの間、死ぬことだ」

「……例え話じゃなかったのか」

 

 ハードカバーのページに建った洋館の顔が歯噛みするように震える。

 

「推理作家は殺すのが仕事といっていたな。だったら、ひとつ教えておいてやろう」

「なに……」

「骸骨は、それ以上殺せない」

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 戦箒(バトル・ブルーム)のトリガーを引くと、連射された光弾がまたしても魔犬の毛皮を撫でた。体表を滑るようにして弾かれる光弾。魔犬はジグザグに左右に跳びながら駆けてくる。

 

「やはり射撃は効きませんか。でしたら……」

「ガウ、ガウ、ガウ……ガァアッ!」

 

 魔犬が跳躍し、襲いかかってきた。だが大口を開けることはない。前肢の鋭利な爪がギラリと光る。

 

 黒実りえこと、メイド・ドーパントは戦箒(バトル・ブルーム)のトリガーモードを解除、ロッドモードに切り替える。そして、鋼鉄の穂先を──

 

「はっ!」

 

 魔犬の頭へ振り下ろす。

 

 ──ガチン!

 

「ガウッ!」

 

 遠心力をつけた打撃がクリーンヒット。魔犬が情けない子犬のような悲鳴を漏らし、叩き落とされるように草原に転がった。

 しかし油断はできない。メイドは再び戦箒(バトル・ブルーム)を構えると、瞬時に体勢を立て直した魔犬が牙を剥く。

 

「グルルルルル……」

「脳天に命中させたはずですのに。意外と頑丈なのでございますね」

 

 鳴海荘吉ことスカルはミステリーの放った黄金虫を次々と撃ち落としているところだった。

 

「グルルルルル……ガウッ!」

 

 魔犬が地を蹴った。迫り来る巨躯。メイドは再び戦箒(バトル・ブルーム)を構えて──。

 

「……あれは」

 

 視界を黄金色の何かがよぎった。ミステリーの爆弾黄金虫だ。Uターンした黄金虫がメイドへ狙いを定めた。あれはスカルですら装甲にダメージを負った一撃だ。ゆえに注意が逸れたのがまずかった。

 

「グガァァァ!」

「しまっ……っ!」

 

 眼前まで迫っていた魔犬が前肢の爪を振り下ろす。

 

 ──ガギギギギギッ!

 

 耳障りな音。魔犬の爪が、装甲を兼ねる鋼鉄のスカートから火花を散らす。その爪が脚に達する寸前、メイドはバックステップで距離をとる。すると──。

 

「…………」

 

 ヴィクトリアンメイドを模したエプロンドレスに中華服のようなスリットが入っていた。

 

「……気に入っておりましたのに」

 

 また羽音がした。飛来した黄金虫だった。標的が動きを止めた瞬間を狙ってきたのだろう。

 

「先ほどから、目障りでございます」

 

 ──バシッ!

 

 飛来した黄金虫を握りつぶす。指の隙間から漏れる爆炎。少々手の装甲が焦げてしまったが、些細なことだ。

 

「グルルルルル……!」

 

 魔犬は牙を剥き出しながら攻撃の機会を窺っている。あるいは次はどこを切り裂こうか思案しているのかもしれない。だとすれば思い知らせてやらなければならない。

 

「仕置きされる覚悟はできておいでですね」

「グルルルルル……ガウッ!」

 

 炎の息を吐き、再び魔犬が駆け出す。その爪が引き裂くのは胸か脚か。

 

(どちらであろうと関係ありませんゆえ)

 

 メイドはバレリーナのごとくその身を高速回転させた。その速さに鋼鉄の強度と重量をもつスカートが花のように広がる。そして花開いたスカートの下から飛び出てくるのは。

 

「ガウッ!?」

 

 鋭利な鉄針が飛んだ。ピンの抜かれた手榴弾が転がった。無数のロケット弾が発射された。どれも吸い寄せられるように魔犬の元へ集結し──。

 

 ──ドドドドッカーン!

 

 赤黒い爆炎が立ち昇り、灼熱が頬を叩く。草は焦げ、地面は陥没していた。

 

「グルルッ……アオォォォォン!」

 

 だが、それらを吠え声が貫いた。炎に身を焼かれながらも魔犬が襲い来る。大きく開かれた顎。シャーロック・ホームズの原典においては魔犬は犠牲者の喉笛を噛み千切ったと伝えられている。その伝説を再現する気なのだろう。

 例え戦箒(バトル・ブルーム)を撃ち込まれようと食らいつく。爛々と光る眼には、そんな自滅覚悟の意思があった。

 

「ガァァァァァ!」

 

 飛びかかってくる魔犬の大顎。そこへ──。

 

「はっ!!」

 

 ──ドスッ!

 

「ガァ……ッ!」

 

 渾身のハイキックを見舞う。黒い三日月の軌跡を描いた鋼鉄の爪先が顎にめり込み、衝撃が脳天まで貫き通る。牙が砕け、脳は揺れ、飛びかかっていた魔犬は制御を失い、そのまま地に伏した。

 

 重厚な鉄のドレスを纏っていては、ここまでの威力はでなかっただろう。魔犬がスカートを割いたために脚部の可動域が広がったから……つまるところ魔犬の自滅である。

 

「ガウ……ガウ……ガウ……」

 

 魔犬はすでに虫の息だった。その目は未だ戦意を喪失していない。同じく誰かに仕える者として、そこだけは評価できた。

 

「ですが、これまでです」

 

 メイドが戦箒(バトル・ブルーム)を構えた時だ。

 曇っていた空が、一瞬で満天の星空と化した。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 スカルマグナムのトリガーを引く。紫の光弾は飛来する黄金虫の群れを無視し、見取図の長衣を翻すミステリーを撃ち抜いた。

 

「ぐはっ!」

 

 すると手品のように爆弾黄金虫たちが次々と地に落ちていく。

 

(どうやら、手先よりも操っている本体を撃つのが手っ取り早いらしい)

 

 再びスカルは銃口をミステリーに向ける。だが、さすがにやつも読んでいたらしい。

 

「くっ『黄金虫』!」

 

 長衣の下から飛び出た黄金虫の群れが空中で互いにぶつかり合い、爆炎の煙幕をこしらえる。

 

「小狡い真似を」

 

 おおよそ奇襲か大技を仕掛けてくる気なのだろう。スカルは銃口をそのままに距離をとる。

 

「無駄だよ。地に足が着いている限り、星空からは逃れなれない」

「なんだと……」

 

 その時、空を覆っていた暗雲が突如として晴れた。

 曇る前はまだ日が高かったはずだが、今あるのは満天の星空。そこに天球を覆うほどの金の文字盤が浮かんでいる。ただし、刻まれているのは数字ではなく、黄道十二星座を表すシンボル。その図像たちがギラリと邪悪に煌めく。

 

「僕のとびきり好きな有名作でね。その輝きを以て死ぬがいい! 『占星術殺人事件』!」

 

 十二のシンボルが、巨大な輝きとなって降ってきた。

 牡羊座のシンボルが眼前に飛来する。紙一重で躱したかと思えば、牡牛座のシンボルがスカーフを焦がした。シンボルの落ちた先は大地がえぐりとられていた。

 

「まだまだ続くぞ」

 

 魚座が襲い来る。乙女座が降ってくる。躱しきれない。スカルマグナムを撃つ。

 

「はっはっはっ、銃弾ごときで星座が落とせるものか!」

 

 紫の光弾をもろともせず迫り来る星座のシンボル。かすっただけで肩と脚の装甲に亀裂が走った。背後で地に落ちたシンボルが孤島を揺らす。直撃だけは避けなくては。

 

「あっ……!」

 

 黒実の声がした。横目を向けると、メイド・ドーパントが魔犬に組み伏せられていた。不意を突かれたのか。魔犬の頭上には獅子座のシンボルが迫っていた。虫の息の魔犬が敵を道連れにする選択をしたらしい。

 

「……世話の焼ける女だ」

『──スタッグ』

 

 投げたスタッグフォンは空中で変形。クワガタを模した姿になり、魔犬にその大顎を食らわせる。

 

「ガウッ!」

 

 高周波振動するパワーホーンは鉄パイプすらも切断する。さすがの魔犬も一瞬怯んだ。その隙にメイドは魔犬の前肢から脱出する。

 

「ガァァァ……!」

 

 逃げ遅れた魔犬の巨躯を、獅子座のシンボルが砕いた。まだシンボルは残っている。だが、それらを回避する手ならある。スカルは草原を蹴って駆ける。目指すはミステリーの懐だ。

 

「な、なに……行けっ『黄金虫』!」

 

 もう見飽きたトリックだった。スカルは飛来する爆弾黄金虫を無視して走った。

 

「ふんっ!」

「うがっ!」

 

 ハードカバーのページに建った洋館の頭に右ストレートを打ち込む。受け身もとらずにミステリーは草の上に転がった。同時に残っていたシンボルも消える。その背後では断崖に当たった波が砕けている。

 

「エピローグだな。ミステリーなら犯人の独白が入るんだろうが」

「……二時間ドラマと僕の愛する推理小説を一緒にしないでもらえるか」

 

 スカルマグナムにメモリをセットする。一撃必殺の銃口を向けられてもなお推理作家は抵抗をやめなかった。

 

「『まだらの紐』!」

 

 それも見知ったトリックだった。種が割れている以上、脅威にはならない。見取図の長衣の下から毒々しい色の紐が三本伸びる。だが、その端がスカルに巻き付くことはなかった。

 

 ──しゅるるるる!

 

「あっ!」

 

 斜め後ろへ一直線に走った紐の先から短い悲鳴がした。そこからは一瞬だった。巻き取られた紐に引かれるようにして簀巻きにされたメイド・ドーパントがミステリーの腕の中に落ちる。

 

「人質とは芸がないな。三文芝居にもほどがある」

「黙れ!」

 

 激昂するミステリーは今しがた軽蔑した二時間ドラマの犯人役そのものだった。小者臭い、と言い換えてもいい。

 しかし、自身に向けられた銃口が火を吹かないと判断するに、ミステリーは余裕を取り戻した。

 

「さて、黒実くんを返してほしくば変身を解除してもらおうか」

「ぐっ……鳴海様……」

 

 まだらの紐がメイドの首にきつく巻き付く。生き物のように動く紐はメイドの手足を縛り上げ、身動きすら許さない。

 あれでは橋下で不良相手に見せた体術も使えない。絞め殺されるのを待つばかり、という状況だ。

 

「さぁ早く」

 

 ミステリーが急かしてくる。しかし──。

 

「……な、鳴海様……くっ……どうぞ、わたくしに構わず……撃ってください……」

「黒実くん……?」

「龍之宮様にお仕えしながら……その凶行を見逃してきたのにはわたくしにも責任がございます……うぐっ……わたくしの奉仕が少しでも殺人の片棒を担ぐことになっていたのなら……ぐっ!」

「無駄口はそれまでだ」

 

 まだらの紐がメイドの喉を絞めあげる。ドーパント体であれ絞め殺すのは容易だろう。

 

「……そうか」

「何をする気だ!?」

 

 スカルは手元に戻ってきたスタッグフォンをスカルマグナムに装着させる。銃口から仰々しい大顎が生えたそれをミステリーに向けた。

 

『──スカル! マキシマムドライブ!』

 

 装填されたスカルメモリが三度目の声をあげる。それは必殺の合言葉。

 

「やめろ……! 撃つんじゃない、鳴海荘吉!」

 

 絶叫するミステリー。その腕の中で縛られたメイドは深紅に染まった目を閉じた。

 

「言ったはずだ。エピローグだと」

 

 トリガーを引く。銃口が光り、巨大な髑髏をかたどった弾丸が二人のドーパントへ襲いかかる。ただし、その髑髏は上顎と下顎にわかれていた。

 

 左右に分離した弾丸。その弾道は人質になったメイドを避けて回り込み──。

 

「ぐほぁ……!」

 

 左右から人質を避けてミステリーだけを撃ち抜いた。

 

「こういう手は好かないんだがな。まぁ、ミステリーの中だ。こういうトリックもありだろう」

「この僕が……トリックで……!」

 

 メイドを縛り付けていたまだらの紐がほどける。排出されたミステリーメモリが砕け、龍之宮憧克は断崖の下へ消えていった。

 





トリガーマグナムにスタッグフォンが接続できるのなら、スカルマグナムにも接続できると思うんですよ? そこんとこどうなんですか、シュラウドさん?
エピソード全体を通してスタッグフォンがちょくちょく登場してたのは最後のビームを分割して発射するためです。

あとミステリー・ドーパントが攻撃で使ってくる推理小説は作者の趣味です。
ネタバレにならないように極力タイトルから想像できる攻撃方法にしてます。なので、内容を知ってる人からすると、全然違うじゃんってなるかもですけど、許してクレメンス。
まだらの紐とかも「◯みたいに動く」とは書かなかったのもそのためです。
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