さぁ、お前の
今さら数えられるか!(数えたら全体で約3万字でした)
事件は終結した。解決、とは言い難いかたちでだが。
ミステリーのメモリが砕けてから間もなくして、あの孤島は消滅し、鳴海荘吉と黒実りえを含む面々は夕凪町のT字路に戻ってきた。路地の隅に目をやると、あの黒いハードカバーが独りでに灰になるところだった。
奴自身がそうであったように死体は帰ってこなかったからだ。今頃はあの孤島の海をひとり漂っていることだろう。これからもずっと。
しかし、問題はそこではない。
依頼人へ報告書を書く手間は省けたが、また違った面倒事が鳴海探偵事務所に転がり込んできたからだ。
「鳴海様、コーヒー豆が切れそうでございます。こちらの『
「……お前、本当にここに居着くつもりか」
黒実りえである。依頼で訪れた時のようにヴィクトリアンメイドの格好でキッチンを掃除、もとい物色している。
「龍之宮様の犯罪が明らかになった今、東京の住まいへ戻るわけにもいきませんので」
確かに知らず知らずとはいえ殺人鬼と暮らしていた場所へ戻れとはいえない。しかし、なぜここなのだ。荘吉は孤島での一幕を回想する。
◆ ◆ ◆
「……なぜ、わたくしを助けたのでございますか」
巻き付いていたまだらの紐をほどき捨て、メイド・ドーパントが深紅の眼差しを向けてくる。
「俺が憎んでいるのはガイアメモリだ。メモリに魂を売って魔道に堕ちたとはいえ悪人とはいえ、好き好んで殺しているわけじゃない」
「では、もしわたくしがメモリの力を悪用したら、どうなさるつもりだったのでございますか」
この女はいつからこうも意地の悪い質問をするようになったのだ。スカルになったままの荘吉は手を出した。
「メモリを寄越せ。今は俺がお前の雇い主、なのだろ」
「……はい」
変身を解いた黒実が、排出されたメモリを手渡してくる。スカートを摘まんでお辞儀するメイドが『M』のイニシャルを刻んでいる。それを──。
──バキッ
スカルは握り潰した。粉微塵になった外装や基盤を崖下へ捨てる。荒波が岸壁にあたって砕けた。
「あの、鳴海様」
「今後の身の振り方は自分で考えるんだな。ただし、次にメモリを持っていた時には容赦しない」
ロストドライバーからスカルメモリを抜くと、ぐらあああ……と目眩が襲ってきた。あの黒いハードカバーに閉じ込められた時と同じ感覚。それは黒実も同じだったらしい。
倒れかけた黒実を支えて、荘吉も意識を失った。
◆ ◆ ◆
「身の振り方を自分で考えるようおっしゃられたのは鳴海様でございますよ?」
「言ったが、なぜウチなんだ。よそへ行け、よそへ」
今はまだ相棒が盆休みで墓参りに帰っているが、帰ってきた時のことを考えると今から頭が痛かった。
「そうはおっしゃいますが、ホテル暮らしの宿泊費はバカになりません。何よりこの町には他にもメモリ使いがちらほらいる聞きます。正直なところ、女の身で外泊するのは心細いと申し上げましょうか」
お前なら生身でもドーパントと互角に渡り合えそうだ、とは言わなかった。
しかし、あの体術なら治安悪化の叫ばれる風都でも暴漢に怯えずに寝られるだろう。むしろ知らずに襲った暴漢が不憫なくらいだ。
「どうぞ」
黒実がコーヒーをデスクに置く。淹れ方が上手いのか、カップから昇った湯気からは芳醇な香りがした。
これなら適当な喫茶店の厨房でバイトでもすればいいだろう。そう思いながら荘吉はカップに口を付けた。
「…………」
「いかがですか」
尋ねられて荘吉はカップを置いた。
考えてみれば雇い主を奪っておいて、行くあてもないままの女を放り出すのも可哀想だ。
「相棒が帰ってくるまでだ。それまでに住む場所を探しておけ」
その言葉の意味を理解するのに数秒要したらしい。黒実は二度、三度と瞬きした。
「はい。心得ました」
そう応じ、黒実りえは恭しく
◆ ◆ ◆
ドーパント・データ
名 称:ミステリー・ドーパント
メモリ:ミステリーメモリ / 謎の記憶
身 長:200cm
体 重:100kg
特 徴
龍之宮憧克がミステリーメモリで変身したドーパント。
ハードカバーの開いたページから洋館が建っている異形の頭部をしており、身体は洋館の見取図が刺繍された長衣で隠されている。両手の指には万年筆のペン先を模したアーマーリングがはめられている。このアーマーリングには後述する攻撃手段であるトリックが封じ込められている。
能力は黒いハードカバーを読んだ者を異空間に取り込むこと。この異空間内はドーパントが意のままに舞台設定ができる。さらに万年筆のアーマーリングにはそれぞれ推理小説のトリックをモチーフにした様々な攻撃手段が封じ込まれており、最大で10種類の攻撃手段をもつ。
『バスカヴィル家の犬』(コナン・ドイル)
巨大な魔犬を呼び出すトリック。牙と爪は鋼鉄をも貫き、毛皮は弾丸を弾く。さらに巨体に見合わない俊敏性を誇り、本体が弱いこのドーパントにとっては貴重な戦力。爛々と光る眼、炎の吐息、おぼろげに光る体毛は同名の小説で語られる伝説に登場する魔犬から。
『まだらの紐』(コナン・ドイル)
自在に動く、毒々しい色の紐を出現させるトリック。紐の宿命として刃物には弱いが、引っ張る力には滅法強く、一本で人間ひとりを軽々と持ち上げられる。首に巻き付いての奇襲、
『黄金虫』(エドガー・アラン・ポー)
飛翔昆虫の黄金虫を群れで呼び出すトリック。黄金虫は爆弾であり接触と同時に起爆する。単純に飛来する昆虫爆弾としてだけでなく、作中で見せたように同士討ちさせて爆炎で煙幕を張るなど応用が利く。
『占星術殺人事件』(島田荘司)
空を覆うほどの星座文字盤を出現させるトリック。数字の代わりに黄道十二星座のシンボルが浮かび、それぞれが巨大なエネルギー光弾となって敵へ降り注ぐ。その威力は空爆にも等しく、爆心地には巨大なクレーターができる。星座の文字盤は『占星術殺人事件 改訂完全版』の表紙に描かれている。
やっっっっっと終わったぁぁぁぁぁ!!
『Mに気をつけろ』はこれにて完結です。これもすべてミステリー・ドーパントとかいう奴が悪いんですよ。
何はともあれ、長らくお付き合いくださりありがとうございました。次のエピソードからはもう少し短くまとめられると思います。
え、黒実さんですか? いつまで鳴海探偵事務所にいるかは不明ですが続投です。そのうち再登場します。作者のお気に入りなので。