仮面ライダースカル ──鳴海荘吉の肖像──   作:なら小鹿

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「俺に傷を付けていいのは、局長だけだ」
(CV:福山潤さん)

うわぁぁぁぁぁあ! 福山さんボイスの新キャラだぁぁぁぁあ! きちゃぁぁぁぁぁぁああ!!

こんな感じで劇場で大嶋凪 / オーシャン・ドーパントが好きになった作者が書いたエピソードです。
大嶋や舞台になるビルの設定は九割九分が作者の妄想です。地球(ほし)の本棚にアクセスできれば調べられるかもなんですけどね。

それからあとがきには、映画本編のネタバレがありますので注意してください。




Oの男 / 傷を付けていいのは局長だけ

 

 その島には何もない。

 

 海面から隆起した岩山のような島で、わずかな停泊設備があるのみ。あとは雑多な緑が生い茂っている。

 

 ただし、それは偽装された表向きの姿。

 

 風都港を発った貨物船が夜の水面を突っ切り、島へ向かっている。その船体にビリビリと電撃のようなものが走る。まるで不可視の結界をくぐっているかのように。

 

 すると、景色は一変した。

 

 何もなかったはずの島に高層ビルが建っている。満月を背負ったその建ち姿は異様な恐怖を孕んでいた。

 

 そのビルをある男──園咲琉兵衛(そのざきりゅうべい)──は『楽園』と呼び、またある男──鳴海荘吉(なるみそうきち)──はのちに『地獄』と呼んだ。

 

 これは、表と裏でまったく意味合いが違ってくるコインのような場所での一幕。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ビル最上層にあるホテルのスイートルームのような一室。そこで大嶋凪(おおしまなぎ)は携帯端末を手に主人への報告を行っていた。

 

「──前回の実験体におけるガイアメモリと実験体の適合率は88.7%。メモリの限界を突破した力を発揮しているとは言い難い状況ですが、12.5%はそれに近しい結果を出しています。ただ、高い適合率を見せた実験体は、いずれも経過観察中に死亡が確認されています」

「適合率だけなら上がってきてはいるけど、過剰適合者となるとまだまだ険しい道のりね」

 

 スイートルーム備え付けのバスルーム。そのスモークガラスにシャワーを浴びる女のシルエットが映る。

 抜群のプロポーションは社長業と現役のモデルを兼業していると言っても信じてしまいそうなほど。

 

 本人は「別に気にしないわよ」と言っているが、それでも大嶋はスモークガラスに背を向けている。すると、また麗しい声がした。

 

「やっぱり、過剰適合者になるのはひと握りの人間だけ、なのかしら」

「恐らくは」

 

 大嶋は淡々と続ける。

 

「適性は実験体ごとに違ってきますので、今後は導入する実験体の人数を増やすことも視野に──」

「うふふ、相変わらずね、大嶋」

「はい?」

 

 バスルームの扉が開く音がして、湿った足音が出てきた。パーテーションの向こうから髪を拭く音が聞こえる。

 

「私はね、これでも褒めているつもりなのよ。だって、あなたが来るまでは実験体に合うメモリを選ぶのもひと苦労、実験してみても適合率は50%を下回っていたぐらいなのよ?」

「恐れ入ります、冴子様」

「ここでは『局長』と呼ぶように。いつもいっているでしょ」

「はは、そうでしたね『局長』」

「もういいわよ」

 

 パーテーションから出てきた美女、園咲冴子(そのざきさえこ)に大嶋は振り返った。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 大嶋が冴子の秘書になったのは三年前だ。

 元々は風都でガイアメモリの密売人をしていた身だったが、その手腕のよさを認められ、冴子に召し抱えられるかたちでこの島へやってきた。

 

 それからもガイアメモリ関連実験で好調に結果を残し、気に入られた冴子から「あなた、私の秘書にならない?」と誘われたのだ。

 

 指先でイヤリングを弾く。それが大嶋の癖だった。

 

 水のしずくを模したサファイアのイヤリング。大嶋が秘書になった記念に、冴子から贈られた品だ。以来、肌身離さず付けている。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 携帯端末に部下から連絡があったのは定期報告を終えた大嶋がスイートルームを辞そうとしている時だった。

 

「……なに? ……そうか。……わかった。警戒レベルを3に引き上げろ」

 

 通話を切り、大嶋は静かに息を吐いた。

 まさか我が麗しの主人にこんな報告をしなければいけないとは。今日は厄日かもしれない。

 

「悪い報せ、みたいね」

 

 冴子はシャンパンを開けて夜景を眺めていた。その眼下には今夜入港したばかりの貨物船が停泊している。

 

「ええ、実は……脱走者が出ました」

「脱走者? あははは! もしかして実験体の中から?」

「笑っている場合ではありませんよ、局長」

「でも実験体の中からなのでしょ? 逃げたなら逃げたで、どれだけ生き延びられるか見物ね」

「はは、相変わらず局長らしいですね」

 

 ガイアメモリによる実験に際し、この島には風都を中心に国内各地、それでも足りない時は海外からも実験体を運び込んでいる。劣悪な環境に耐えかねて逃げ出す者が現れるのもやむなしだ。しかし、今回はわけが違う。

 

「でも不運ね。私が島にいる時に逃げ出すなんて」

 

 そう微笑む冴子の手には『T』のイニシャルが刻まれたゴールドのガイアメモリがあった。

 

「そのことなんですが、局長」

「なにかしら」

「どうやら、ただの実験体ではないようですよ」

「え?」

 

 冴子の顔が若干険しくなるのを大嶋は見逃さなかった。

 

「以前、中東のテロ組織から実験体を調達したことがありましたよね。どうやら、そこの残党が同胞の仇討ちを企てていたようです」

「それってつまるところ……」

「局長への報復。暗殺です」

「あははは!」

 

 冴子は腹を抱えて笑った。危うくシャンパンがこぼれそうになり、グラスをテーブルに置いた。

 

「その暗殺者を『ミュージアム』が集めてきた実験体に紛れ込ませたわけね」

「ええ」

「是非とも会ってみたいわ、その暗殺者に」

「中東では腕利きとして、有名らしいですよ」

「名前はわかっているの?」

「いいえ。ですが、その筋ではこう呼ばれています」

 

 ──『aの女』と大嶋は告げた。

 

「『a』? なにかのイニシャルかしら」

「だと思いますよ。いずれにしろ、局長はここで湯上がりのシャンパンを楽しんでいてください」

 

 大嶋はスーツの襟をただし、身支度を始める。といっても報告資料をまとめるぐらいだが。

 

「え? もしかして、あなたが行くの?」

「いけませんか。敵の狙い目は局長です。ここは秘書あたりが出ていくのが妥当じゃありませんか」

 

 うーん、と冴子は顎に指をあて思案顔になる。その顔もまたいい、と大嶋はひとり思う。

 

「そうね。なら、ひとつ命令よ、大嶋」

「なんなりと」

「暗殺者は生け捕りにしなさい。きっといい実験体になるから」

 

 大嶋は口角を吊り上げた。

 

「はい、必ずや」

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ビル最下層に設けられた実験エリアは物々しい雰囲気に満ちていた。各地から連れてこられた実験体たちを黒服たちが囲い、まるで奴隷のようにして歩かせている。

 

 大嶋の姿が見えると、その黒服たちが一斉に背筋を伸ばした。

 

「も、申し訳ありません、大嶋さん……現在、総力をあげて捜索中でして、今しばらく……」

「ああ、構わないよ。俺が来たから」

 

 ぞわり、と空気が震えた。

 大嶋は元密売人という立場もあってか、戦闘員にすぎない黒服たちにも鷹揚(おうよう)だった。慕っている黒服もいるぐらいだ。

 

 だが失態を犯した状況下で、こうも笑みを浮かべる大嶋は黒服たちにとって最悪無比の恐怖だった。とはいえ、真に『恐怖』と呼ばれている男は今、風都の邸宅にいるのだが……。

 

 そんな黒服たちの心境を知るよしもない実験体たちは、ある意味で幸福だった。

 明らかな動揺に周囲を見回し、その中のひとりが集団から飛び出す。開いた扉が目に入ったのだろう。一目散に逃げようとして、黒服たちが一斉に群がられ取り押さえられる。

 

「感心しないな」

 

 床に押さえ込まれた実験体のそばに大嶋が歩み寄る。

 

「君は身なりがいいし、列に並んで歩くことぐらい簡単にできると思っていたんだけどね」

「ひっ、ひぃ……」

 

 脱走未遂という罪を犯した実験体は次にくる罰に怯えていた。しかし、大嶋は片膝を着いてそっと囁きかける。

 

「……今このビルには怖い怖いお姉さんがいるんだ。うろちょろすると殺されてしまうかもしれないよ」

「……!」

「列に戻せ」

「はっ!」

 

 黒服に引き起こされた実験体が連行されていく。

 

「脱走者にメモリは」

「まだ……」

「そうか。だが油断はするな。敵は手練れだ。発見次第、俺に報告しろ」

「しょ、承知しました……」

「ああ。それから、もうひとつ」

 

 やっと解放されると思っていたのか、黒服はびくりと肩を震わせた。

 

「絶対に、殺すなよ」

 

 黒服の内ポケットからは銃のグリップが見えていた。それを大嶋は指でぐいっと押し込んだ。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その黒服は地下一階にいた。ビルは地下三階まであり、そのすべてが実験エリアになっている。

 

 大嶋から脱走者の捜索は常に三人で行動せよ、と命令があったので、他二人と一緒に電源設備周辺を見回っていた。

 打ちっぱなしのコンクリート。薄暗い闇に光る配電盤。目を凝らした先に人間の気配はない。

 

「異常なしだ。戻るぞ」

「おう……、お、おい!」

 

 振り返ると同時にもう一人の黒服が声をあげた。最後尾にいたはずの黒服の姿がない。

 

「単独行動……じゃないのか」

「大嶋さんからの命令だぞ」

 

 その命令を反故にするなど、一介の戦闘員である自分達がするはずがない。黒服は手にメモリを握った。

 

『──マスカレイド!』

 

 首に挿すと顔全体が黒く覆われ、鼻筋にムカデのような骨が這う。

 

「おい、何してる。お前も早く……」

 

 振り返ると、またさっきまで一緒にいたはずの黒服の姿がない。

 ぶるり、と体が震えた。ガイアメモリは肉体を強化し、精神に全能感を与える。だが、それを以てしても恐怖が抑えられない。

 

「ほ、報告だ……大嶋さんに報告を……!」

 

 震える手でも無線はすぐつながった。

 

『どうかしたか』

「ち、地下一階の配電室です……!」

 

 命令の順守は褒められるべき行動だが、そのせいで視野が狭くなっていたのではいただけない。連絡に夢中になるあまり黒服は、天井を這う配管から下りてくる人影に気づかなかった。

 

『配電室がどうかしたのか』

「脱走者です……、脱走者が……っ!」

 

 そこまで言って、黒服は首の折れる音を聞いた。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

『aの女』は絡み付いていた獲物を放した。

 天井の配管に両手でぶら下がり、両脚を蛇のように首に巻き付け、頸椎をへし折ったのだ。

 

 死んだ獲物は武器を持っていたが『aの女』には必要ない。手足があればそれで十分。この体そのものが暗殺のための武器だった。

 

(園咲冴子……ここの最上階)

 

 怨みはない。だが依頼された。依頼人は相当ご立腹だったらしく、多額の前金を積んできた。

 

 そんなことをせずとも『aの女』はひと声、あいつを殺してくれ、と言われれば動く。

 

 この暗殺武器として改造してきた肉体を使えるのなら、それに勝る幸福はない。

 

(できれば、これ、使いたかったけど……)

 

 その機会はなさそうだ。

 

『aの女』と呼ばれるようになったのは数年前からだ。それまでも裏稼業に身を置いてきたが、ブラックマーケットで手に入れたある品が運命を変えた。

 

 極東の島国にある地方都市から流れ着いたらしい。売人は『魔法の小箱』と呼んでいた。

『a』のイニシャルが刻まれた、どす黒いUSB。あばら骨を模した意匠を見た時、絞めあげてへし折りたい衝動に駆られた。

 そして挿してみて、確信した。

 

(ああ、このメモリ……自分のモノ……)

 

 以来、暗殺は金を稼ぐ仕事から快楽を得る手段へと変わった。楽しかった。心地よかった。快感だった。

 

 獲物の数も随分と増えた。それまでは鳴りを潜めて、地元の闇組織から目を付けられないよう立ち回ってきた。個人では組織に敵わない。少なくとも当時はそう考えて疑わなかった。

 

 けれども、ある日、試してみたくなったのだ。

 

 その翌日、地元の闇組織が壊滅した。幹部の全員が殺されたからだ。頭目は特にひどく、全身を粉砕骨折していたと誰もが口々に噂していた。

 

 今でもあの時の感触は忘れられないでいる。骨が軋みをあげて折れていき、血管と内臓がはち切れるあの快感。

 

(ああ……堪らない……)

 

 いつしか天井を這う配管に跨がったまま悦に浸っていた。いけない、いけない。今この身は『aの女』──比類する者なき暗殺者だ。楽しみは園咲冴子を絞め殺す時まで取っておこう。

 

 こつん、こつん、と足音が歩いてきたのはその時だった。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

「──おや、妙に静かだと思ったら」

 

 無線が途切れたので、不審に思って配電室に足を運んだ大嶋が見つけたのは床にできた三つの灰の山だった。

 

「残念だ。仕事ぶりは真面目だったのに」

 

 マスカレイドは下位のメモリだ。敗北すると使用者は自爆して灰になる。死体処理の手間が省けるという意見も中にはあるが。

 

「さて、お前のことは調べさせてもらった。『aの女』という異名で中東をはじめ各国で恐れられている暗殺者。察するにメモリの中毒になって仕事が趣味になってしまった、といったところだろ」

 

 姿は見えないが、確かにいるであろう相手に向かって大嶋は語りかける。

 

「そろそろ一般人や下位のメモリ相手に遊ぶのは飽きてきた頃じゃないのか」

 

 返ってくる言葉はない。

 

「隠れんぼは好みじゃないんだ。こちらも力ずくでいかせてもらう」

 

 ドスを効かせた声。大嶋はシャツのボタンをはずして左胸を露にする。そして──。

 

『──オーシャン!』

 

 渦巻く海流が『O』のイニシャルを刻むメモリ。それを左胸に浮かんだ生体コネクタに挿し込んだ。

 

 同時にびしっとスーツを決めていた大嶋は一瞬にして変貌を遂げる。青白く筋肉質な肉体。にんまりと笑った口からはサメのような歯が覗く。そして仮面のように目元を覆い隠す黄金の珊瑚。腕や胸にも同じ色の珊瑚があしらわれている。

 

「さて、いつまで隠れている気だ。──下りてこい」

 

 大嶋の、いやオーシャン・ドーパントのひと声で天井の配管が音を立てて破裂した。

 

「……ッ!?」

 

 息づかいだけの悲鳴。落下してきた人影は女のそれだ。しかし、その唇がコンクリートにキスすることはないかった。

 配管から伸びた半透明の触手が、女を縛りあげて宙吊りにしているからだ。

 

「ひどい格好だな。風都の裏路地にいるネズミでももう少し小綺麗だぞ」

 

 女の顔を覗き込みながらオーシャンは言った。

 年の頃はまだ15歳か16歳ぐらいではないか。それぐらいの少女の顔をしている。肌は褐色で、継ぎ接ぎだらけのボロ布を包帯のように体に巻き付けている。

 

 滅多に掃除しない場所を這っていたからだろう。髪も体もホコリまみれだった。

 

 だが、オーシャンは惑わされない。みすぼらしい格好に目が行きがちだが、その肢体は筋肉自体が人体破壊の凶器になっている。

 

「おまえ……始末、する……」

 

 片言の日本語を口にし、女が身じろぎした。ほんの一瞬。だが、手練れの暗殺者にはそれだけで十分だったらしい。

 

『──アナコンダ!』

 

 足の指に挟んだメモリには、とぐろを巻いた大蛇が鎌首をもたげて『a』のイニシャルを形作っていた。

 女は中国雑技団めいた関節の軟らかさで尻に浮かんだ生体コネクタにメモリを挿す。

 

「シャアーーッ!」

 

 同時に女を縛っていた半透明の触手が千切れ飛んだ。床に飛び散った触手は形を失い、元の海水に還る。

 

 その立ち姿はさっきまでとは見違えるほどだった。

 

 浅黒い肌を蛇の鱗が覆い尽くしている。

 そして目を惹くのはその髪だ。ボサボサだった短髪はしなやかな長髪になっており、それは途中からひとまとまりになって大蛇(アナコンダ)へと変貌している。

 身をくねらせる髪の大蛇と、浅黒い女の顔。それぞれにある黄色い目、縦に裂けた瞳孔がオーシャンを睨みつけている。

 

「ふむふむ、なかなかパワーのあるメモリのようだな。だが、ひとつ教えておいてやろう」

 

 また頭上で配管が破裂する音が鳴る。同時に四ヶ所。破裂してでした穴からはまたあの半透明の触手が這い出てきている。

 

「ここの配管には外から汲み上げた海水が通っている」

 

 オーシャン──海水を自在に操るドーパントはそう語った。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 さっきまで自身の巣であった場所が、今では敵の支配下になっていた。

 配管を突き破って半透明の触手が這い出てくる。四本の触手は目が付いているかのように女、アナコンダ・ドーパントへ襲いかかった。

 

「シャーッ!」

 

 一本目は後ろへ飛び退いて躱した。二本目は手刀を食らわせ叩き切った。三本目は触手をつかみ返し、噛み千切ってやった。しかし──。

 

「シャッ!?」

 

 四本目が腰に巻き付く。所詮はただの水と侮っていたが、かなりのパワーがある。力ずつでは振りほどけない。

 

 ──パチン!

 

 オーシャンが指を鳴らす。それを合図にアナコンダの痩身(そうしん)が猛スピードで宙を舞った。眼前にコンクリート壁が迫り、咄嗟に受け身をとる。

 

 ──ドガッ!

 

「ぐがぁ……!」

 

 衝撃が全身を貫いた。壁面に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。だが、海水の触手はまだアナコンダを手離さない。

 

 ──パチン!

 

 再び体が宙を舞い、真新しい壁面が迫る。

 

 ──ドガッ!

 

「がぁ……ッ!」

 

 また衝撃が全身を貫いた。

 

 ──パチン!

 

 また指が鳴った。壁面に叩きつけられる。

 

(このままだと……一方的にやられる……だったら)

 

「シャアーッ!」

 

 声を発したのアナコンダ自身ではない。その頭髪がまとまって蛇体になったヘアースネークだ。大口を開けたその大蛇がしぶとい触手に食らいつく。

 

(噛み……千切れ……!)

 

 触手を噛んだままヘアースネークが大きく蛇体を振り回す。肉を食い千切るような動作。耐えきれずに触手はぶつんと切れ、海水を撒き散らす。

 

「シャーーッ!」

 

 解放されたアナコンダは、振り回された勢いでオーシャンに飛び蹴りを叩き込む。

 

「ふっ」

 

 だが、そこへ無事な三本の触手が割って入る。右腕、左腕、右脚。一斉に触手が巻き付いてくる。

 

「邪魔っ!」

 

 空中で身を回転させ、触手を三本同時に引き千切る。飛び散る海水の飛沫。

 

「無駄だ。水は変幻自在。そもそも決まった形をもたないのだからな」

「シャーッ」

 

 その言葉通り、海水の触手は千切れた端から再生していっている。無尽蔵、というこの島国の言葉が頭をよぎった。

 

(なら……供給、絶つ……)

 

「シャッ」

「ん?」

 

 アナコンダは自分から触手へ向かっていった。腕に巻き付いてきた触手を逆につかみ返し、縄を引っ張るようにして天井の配管に跨がる。そして両の脚に力を込める。

 

「ふん……ッ」

 

 ──べこっ、ぼこっ、ぼこっ!

 

 歪な音をたてて配管が、まるでアルミ缶を潰すようにひしゃげる。跨がったまま身を一回転させれば、ねじれた配管は完全に塞がった。

 

「なるほどな。それが全身粉砕骨折の死体を量産した技か」

「シャーッ」

 

 すぐさま次の配管も跨がる。さらに今度はヘアースネークを別の配管に巻き付かせ、二本同時に。

 

 ──べこっ、ぼこっ、ぼこっ!

 

 どこ配管に海水が通っているかは触手の出所をたどれば一目瞭然だった。性懲りもなく襲ってくる触手を手刀で叩き切る。海水の飛沫が散った。だが、もう再生することはない。

 

 海水の供給源はすべて絶った。

 

「残った海水は、これだけか」

 

 オーシャンは自身の足下に目をやっていた。

 コップの水をこぼしたような、わずかばかりの水溜まり。ここにある海水は、それだけだ。

 

「仕方ないな」

「?」

 

 オーシャンが両腕を広げると、足下から海水がその青白い体躯を昇っていく。

 腕を、胸を、背中を、海水の膜が覆う。まるで水でできた背広を、配下の者に着させているかのような光景。

 その証拠にオーシャンは襟をただすような仕草をする。ぴしゃっ、と水滴が飛んだ。

 

「どうした? かかってきていいんだぞ?」

「舐めるな、海坊主」

「ふん、中東出身とは思えない日本知識だな」

 

 アナコンダは配電盤に拳を叩き込む。鉄板を貫通した手で内部に走る電気配線をデタラメにつかみ、力任せに引き千切る。

 

 ──バツン、バツン!

 

 配電室を照らしていた頼りない照明が次々と光を失っていく。天井の配管に跳び乗ると、瞬く間に闇がアナコンダの身を包み込んだ。

 

 間もなくして、二人のドーパントの視界は完全に閉ざされた。

 

 しかし、アナコンダには見えていた。

 

 ビット器官というものがある。

 端的にいえば、蛇がもつ熱を見る眼だ。

 

 変身者が人間である以上、ドーパントにも体温がある。赤外線探知器官であるビット器官はその熱を察知し、暗闇でも獲物の居場所を把握することができる。

 

(これが……アナコンダ……『aの女』の力……)

 

 足音すらたてず闇の中から迫り、自慢の絞め技で全身を粉砕骨折。それがアナコンダの戦い方だ。

 

 既に配管を這ってオーシャンの背後をとっている。

 敵はこちらの動きに気づくどころか、さっきから棒立ちだった。いかに強力なメモリであろうと、戦う相手の姿が見えなければ無意味。

 

 頭髪がひとまとまりになったヘアースネークを配管に巻き付ける。そこを支えにしたアナコンダは、異国の踊り子の魅せる舞いのようにゆっくりと配管から身を下ろす。

 

 無茶な姿勢だが、頭髪がすべて筋繊維になったヘアコンダの力は強靭だ。震えひとつ起こさないままアナコンダは青白い背中に狙いを定める。そして──。

 

 ──がしっ!

 

「死ッねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 両脚で敵の腕と胴体をがっちりと挟み込んだ。そこから間髪入れず必殺の絞め技を繰り出す。背中をのけぞらせ、全身をひとつの凶器にして胴を締め上げる。

 

 人間だろうとドーパントだろうと関係ない。抵抗する間もなく、骨が砕け、内臓を吐き出す。その人体の壊れる感触が、アナコンダは何よりも好きだった。だから期待していのだが……。

 

「それがお前の全力か」

「シャアッ!?」

「言い忘れていたが」

 

 

 

「──俺に傷を付けていいのは、局長だけだ」

 

 

 

 スパッと両脚の肉に鋭利な感触が走る。痛みは一瞬遅れてやってきた。耐えがたい激痛。両の太股が深々と切られ、血がドバドバと垂れている。

 

「あがぁぁぁぁぁ! あッ、脚が……!」

「ほう。てっきり床に這いつくばって、のたうち回ると思っていたが」

 

 足技は解いたが、ヘアースネークを巻き付かせた配管は離さなかった。宙吊り状態のままアナコンダは斬られた太股を押さえて悶える。

 

 しかし、痛みよりも疑問だった。脚による絞め技は相手に密着する関係上、外側からしか攻撃できない。なのに斬撃は脚の内側から飛んできた。なぜた。

 

「俺は海水を自由自在に操れる。それともお前の生まれ育った国にはウォーターカッターなんてものはなかったのか」

「ウォーター……カッター……」

「水を超高圧・超高速で噴射し、対象物を切断する装置だ」

 

 言いながらオーシャンは海水の背広の襟をただした。

 

「おまえ、まさか……!」

 

 この男はアナコンダが足技をかけたタイミングで、体にまとわせていた海水を刃のように走らせたのだ。密着していたアナコンダの太股はそれにざっくりとやられたというわけだ。

 

「水は鋼鉄だろうと、ダイヤモンドだろうと斬る。覚えておけ」

 

(このまま……まずい……!)

 

 最大の武器を殺されてはアナコンダに勝ち目はない。ヘアースネークを操って天井の配管裏へ逃げようとして。

 

「おいおい、どこへいく」

 

 足首をつかまれた。ぐいっと引っ張られる。配管にしがみついて抵抗したが、配管自体がへし折れて、アナコンダは今度こそ床に転がった。

 

「商売道具を奪って悪いな。だが、脚の健は避けておいたぞ」

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

「この薄汚い小娘が『aの女』?」

「はい。局長の指示通り、生け捕りにしました」

 

 動物園、という施設にいる蛇になった気分だった。

 椅子に両腕と両脚、さらに首まで縛り付けられたまま『aの女』は目だけを動かす。

 

 ビルの最上層、なのだろう。ガラス張りの窓から見える月の位置が高い。調度品の類も高価なものばかりで、以前に一度、仕事をした高級ホテルの一室を思い出した。

 

 その部屋の女主人、園咲冴子が『aの女』を品定めするような目で見てくる。

 暗殺対象が目前にいるというのに手も足もでないのは歯がゆかった。噛みつこうにも口には猿ぐつわを噛まされている。

 

「でも妙ね」

「妙とは?」

 

『──アナコンダ!』

 

 園咲冴子が手にしたアナコンダのメモリを起動させる。尻には生体コネクタが浮かんでいることだろう。

 

「『アナコンダ』は一般流通させているメモリのひとつでしかないし、さほど強力なものでもない。そもそもドーパント体になっても頭から蛇が生えたりはしないわ」

「しかし、監視カメラの映像にも……」

「別に大嶋の報告を疑ってるわけじゃないわ」

 

 園咲冴子はにんまり、と笑った。

 

「この小娘、過剰適合者なんじゃないかしら」

 

 かじょう……てきごうしゃ……、と聞こえた言葉を口の中で転がす。知らない言葉だった。

 

「実験体としては、かなり優良よ。大嶋、しばらくあなたが面倒を見なさい」

「俺が、ですか?」

「局長命令よ。だって私、蛇は嫌いだから」

 

 大嶋と呼ばれたオーシャンの男が眉を『ハ』の字にしている。

 よくわからないが、どうやら死ぬことだけは避けられたらしい。『aの女』はそう理解した。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 あれから三ヶ月が経った。

 

 ビルでの生活は『aの女』が十数年間生きてきた中で比べものにならないほど快適だった。

 

 貨物船に紛れて侵入した実験エリアと呼ばれる場所以外に治療エリアがあり、一ヶ月目はそこで寝ていた。

 いつか寝込みを襲った大富豪の寝室を思い出す。ベッドは柔らかく、微かに花の香りがした。あと二度寝が癖になった。

 

 二ヶ月目は運動エリアだ。オーシャンの男、大嶋に付けられた傷も癒え、落ちた筋力を取り戻すためのトレーニングを始めた。本来はドーパント化させた実験体の力を測るための施設らしい。

 

 キックマシーンに大嶋の顔写真を貼り付け、毎日蹴りを打ち込んだ。ドーパントの膂力にも耐えられるはずらしいが、蹴っているうちに壊れてしまった。

 黒服たちは大嶋にどう報告するか頭を抱えていたらしい、とあとから知った。

 

 そして三ヶ月目にはすっかり元の力を取り戻していた。最近はこのボルダリングというのにハマっている。本当はパンチマシーンやキックマシーンを使いたかったのだが、

 

『頼むから、これ以上設備破損を出さないでくれ』

 

 と頭を下げられたので遠慮した。

 けれども、これはこれで楽しい。今までは天井の配管に跨がって暗殺を行っていたが、今後は岩肌にも張り付けそうだ。そうなると蛇ではなく蜥蜴のようになってしまうが。

 

「なかなか好調なようだな」

 

 背後──天井へ逆さに張り付いているから眼下というべきか──から聞き覚えのある声がした。

 

「そこまで回復しているのなら、もう戦線復帰させてもいいだろう」

 

 大嶋だ。園咲冴子の秘書であるこの男も、本来であれば暗殺の障害物として始末すべきなのだろうが……。

 

(まだ、勝てる気、しない……)

 

 この男があそこまでの実力者なら、仕えている園咲冴子はいったいどれほどの力をもっているのか。少なくとも無策で挑むのは無謀だと判断できた。

 

(……そういえば)

 

 さっき黒服たちが慌ただしく動いていたのを思い出した。一応伝えておこう。

 

「おまえ、黒服が探してたぞ」

「お前じゃない、大嶋だ」

「大嶋」

「呼び捨てにするな。俺を呼び捨てにしていいのは、局長だけだ!」

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

ドーパント・データ

名 称:アナコンダ・ドーパント

メモリ:アナコンダメモリ / 大蛇の記憶

身 長:160cm

体 重:48kg

特 徴

 中東出身の暗殺少女『aの女』がアナコンダメモリで変身したドーパント。

 全身の浅黒い肌を蛇の鱗が覆い尽くし、目は黄色く、瞳孔は縦に裂けた蛇のそれ。また長い頭髪がまとまって大蛇の姿になっている。ただし、作中でも示唆されたように頭の大蛇、ヘアースネークは『aの女』が過剰適合者であるために見られたもので、他の人間が変身してもこうはならない。

 メモリの記憶がアナコンダなので、蛇のドーパントだが毒はもたず、肉弾戦を得意とする。蛇としてのアナコンダが獲物に巻き付いて絞め殺すように、このドーパントも絞め技を得手とする。『aの女』が変身前から暗殺でしてきたようにヘアースネークで天井からぶら下がり、強化された脚力で敵を全身粉砕骨折にして絞め殺すのが必殺技。

 ちなみにドーパントの中でもかなり小柄な部類に入るのは変身者である『aの女』が年齢15、16歳の少女だから。

 





ネタバレ! 作者のここ好き! 大嶋凪ポイント!

・変身解除させられた冴子に真っ先に駆けつける。
→デキる部下だけあるだけでなく上司想い。ポイント高い。

・水の上を歩いて登場!
→変身前から能力が使える。大嶋ハイドープ説。

・スーツの左胸をはだけさせてメモリを挿す。
→セクシー! 男女問わず心のメモリブレイク必至!

・ドーパント体でも人間体と同様にイヤリングを弾く癖。
→変身しても人間味がある。私の好きな演出です。

・「この海に……散れ!」
 「俺に傷を付けていいのは、局長だけだ」
→ハートわしづかみの決め台詞。シンプルにカッコいい!

・海水で形成した竜の頭に乗って戦う。
→海戦特化型メモリ。少年心をくすぐられる。

・冴子からもらったイヤリングに「ずっと大切にします」
→もう上司部下とか忠義とかを越えた愛の告白だよ。

・メモリブレイク後、黒服がイヤリングを拾ってくる。
→闇組織の人間なのに珍しく部下から好感を抱かれている。



あとこれは大嶋と関係ないんですが。
配電室くん、このエピソードではアナコンダちゃんに配線ブチブチされて、映画ではファングメモリくんに配線ガブガフされて、踏んだり蹴ったりですね。
別に恨みとかはないんですよ。ただちょうどかったというか。
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