仮面ライダースカル ──鳴海荘吉の肖像──   作:なら小鹿

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タイトルにあるようにオリジナルライダーが登場します。
誰が何のメモリで変身するかはいいませんが、ほぼほぼ予想してもらった通りです。



Aの復讐 / あるいはレディ・スカルの肖像

 

 ネオディベロ・コーポレーションのオフィスは風都中央区にある。

 建設業者と聞いて重機や重機の停まった会社を想像していたが、現場作業は傘下の中小企業に委託しており、社屋自体はガラス張りのショウビルだった。

 

 黒実りえは腕時計を確認する。

 服装は荘吉がコーディネートしてくれた休日のOL風。設定は女友達との待ち合わせ……なのだが、そうすると黒実はもう一時間も待ち惚けを食らっていることになる。

 

(さすがに怪しまれるでしょうか)

 

 顔をあげると、駐車場から車が出てくるところだった。

 社用車ではない。ハンドルを握っているのは柄の悪そうな男。自然と守野少年の祖父母を訪ねてきた自称交渉人が頭をよぎる。

 

(あとを尾つけるべき、なのでしょうか……)

 

 迷いは一瞬だった。

 

 ──ズドンッ!

 

 空から飛来した赤い球体が後部座席の窓ガラスを横一線に貫いた。幸い後ろには誰も乗っていなかったようだが、狙いをはずしたとばかりに赤い球体はUターンして再び襲ってくる。

 

 途端に車は逃げるように走り出した。制限速度の標識はとっくに振りきっている。

 

(このままでは昨日の暴走車の二の舞に……)

 

 黒実は手を挙げて通りかかったタクシーを停めた。

 

「あの車を追ってください」

 

 暴走する車をタクシーが追っていく。しかし相手は逃げるのに必死で徐々に引き離されていく。そして例の赤い球は猟犬のごとく追ってきている。

 

 ──ズドンッ!

 

 今度は後ろのリアガラスからフロントガラスを一直線に突き破った。スピードがありすぎて、赤い球は自分自身でも動作をコントロールできていないようだった。

 

 フロントガラスには蜘蛛の巣状のヒビがびっしり走っている。あの割れようでは進行方向がみえているかも怪しい。事実、暴走車は赤信号を無視して横断車両の間を縫っていく。

 

「なんて乱暴な運転だ。お客さん、悪いけどこれ以上は」

「心得ています。ここで降りますので」

「え?」

 

 メーターの表示金額ちょうどを手渡して、黒実はタクシーを出た。

 

 人間の足で暴走車に追い付くなど到底不可能だが、蛇行したタイヤ痕が行き先を物語っていた。

 

 風都中央から離れたそこは農園だった。

 舗装のアスファルトをはずれれば土が剥き出しになっており、樹木に突っ込むようなかたちで、さっきの暴走車が停まっていた。

 

「大丈夫でございますか」

 

 黒実は運転席に駆け寄ったが、既にシートは空だった。その代わりに、ポタポタと血痕が農園の中へ続いている。

 

 たどっていくと、リンゴの木の下に、二つの人影が見えた。ひとりは流血した頭を押さえ、地面に這いつくばる柄の悪い男。もうひとりは見覚えのある小学生の少年。

 

「違う」

「……は、なんだって、ガキ」

「この人じゃない」

 

 守野少年は男の顔を見てつぶやいた。

 

「守野様」

 

 黒実が呼びかけると、守野少年は手に持ったものを慌てて隠した。それから農園の奥へ走っていく。

 

「お待ちください!」

 

 だが追うわけにはいかなかった。

 

「お、おい、あんた……きゅ、救急車……」

 

 頭から血を流した男が手を伸ばしてくる。黒実はすぐさま119番通報した。

 

 しかし、頭の中は守野少年のことでいっぱいだった。

 

(間違いありません。あれは)

 

 リンゴの木の下から立ち去る少年の手にあったもの。

 それは真っ赤なガイアメモリだった。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

『その男は地上げ屋の人間だろう』

 

 電話口から聞こえる鳴海荘吉の声はまるでお転婆娘に頭を抱える父親のようだった。

 

『ネオディベロ・コーポレーションの傘下には建設業者だけじゃなく、怪しい業者も入っている。恐らく祖父母に立ち退き交渉に来た男もその手の人間だ』

「では、あの赤い球はオフィスから出てきた被害者を、その交渉人と間違えて襲った、ということでございましょうか」

『だろうな。見るからに柄の悪そうな男だったせいで勘違いされたんだろう。それで……少年がメモリを持っていたというのは間違いないのか』

 

 荘吉が声を低くして言った。

 

「間違いございません。わたくしも、かつては所持していた身ですゆえ」

『…………』

「鳴海様、今回の事件、やはりあの少年が犯人なのではございませんでしょうか」

『あの坊主が赤い球のドーパントに変身して地上げ屋を襲った、か。状況証拠としてはそうだな』

「でしたら」

『黒実、お前はもう手を引け。誰かさんに強制入院させられてから事務所はそのままだ。いつものように掃除してくれないと、依頼人が来た時に面目がたたないだろ』

「そうでございますね」

『あとは俺の方で引き継ぐ──』

「お断りさせていただきます」

『……なに?』

「鳴海様はいま動けない身でございます。さらに相棒の方も不在。でしたら、わたくしが対処するしかございません」

『橋下にたむろした不良を追い払うのはわけが違うんだぞ。敵は……ドーパントだ』

「存じ上げています」

『お前にその相手が務まるとは到底思えない』

 

 ドーパントに対抗できるのはドーパントのみ。荘吉はそう考えているのだろう。

 黒実の持っていたメモリはスカルになった荘吉が砕いてしまった。しかし、今は別のメモリが手元にある。

 

『……黒実、まさかとは思うが』

「決断は自分でしろ。そうおっしゃったのは鳴海様でございました。ですから、これはわたくしの決断でございます」

『メイドは雇い主に忠実なんじゃないのか』

「それを否定されたのも、鳴海様でございますよ。では」

『おい待て、まだ──』

 

 黒実はスタッグフォンの通話を切った。入院患者に長話させるのも悪し、なにより決断は既にしていた。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 守野少年の祖父母から鳴海探偵事務所に電話があったのはその日の夕方だった。

 

『孫が家に帰っとらんのです。昼間には農園に車が突っ込む事故もありましたし、まさかとは思いますが、例の交渉人とかいう男んとこ、ひとりで乗り込んでいったんやないかと気が気でなくて』

「かしこまりました。では、その交渉人の方が置いていった名刺などに住所の記載があるものはございませんか」

『あった、ありました。場所は──』

 

 黒実は住所を聞くと、荷物を持って急いで事務所を出た。

 

 向かった先は夕凪町。そこにある立川ビルの二階にテナントとして入っているのが、件の地上げ屋だった。

 

 風都中央とは打って代わり、このあたり一帯はどこか雰囲気が違った。善くない連中がいる。そんな気配があった。

 間違っても11歳の少年がひとりで来る場所ではない。見た限りではそらしい姿は見えないし、もしかしたら本当に単身で地上げ屋へ乗り込んだのかもしれない。

 黒実の胸に最悪の予感がよぎった、その時だった。

 

 ──ガッシャーン!

 

 立川ビル二階の窓ガラスに割れた。猛スピードでボールを打ち込まれたように、蜘蛛の巣状のひび割れの中央に風穴が開いている。

 

(あの攻撃は……!)

 

「な、なんだ、こいつは……うがっ!」

「おい、大丈夫か! うわっ、く、来るんじゃねえ!」

 

 割れた窓ガラスから男たちの悲鳴が漏れ聞こえてくる。その時、既に黒実は階段を駆け上がっていた。ノックをすっ飛ばし、扉を開ける。

 

「な、なんだ、てめぇは!」

「説明はあとでございます。早くお逃げください」

 

 事務所の中は穴だらけだった。窓に開いた穴はもちろん、壁や床、天井がボーリングボールで殴ったように窪んでいる。

 血を流して倒れている男も含め、全員が柄の悪い男と形容されても文句はいえないような風貌をしていた。

 

 やっていることも悪どいようで、真っ二つに割られたテーブルの周りには立ち退き合意書とそれぞれ苗字の違う印鑑が大量に散らばっている。

 

「立ち退き合意書に偽の認印を捺していたのでございますね」

「──その通りだよ」

 

 変声機を通したような歪な声と共に、くしゃくしゃと紙を丸める音がした。

 

「ようやく、突き止めたぜ」

 

 横倒しになったコピー機の影から赤い球体が浮かび、姿を見せる。それはボーリングボールほどの大きさでありながら、黒実もよく知ったものだった。

 

「リンゴ……でございますか」

 

 赤い球体──恐らくはドーパント──の正体は巨大なリンゴだった。

 ただし、真っ赤な果実には三日月のような口が備わっており、それがずらりと並んだ牙を覗かせながらニタニタと笑っている。

 

「さすがにこの姿を見たらメモリの正体もお見通しってわけか」

 

 口の中に何かが見える。散らばった立ち退き合意書を口に入れては歯で書類をビリビリにして吐き出している。まるで行儀の悪いシュレッダーだ。

 

「お姉さんはここの地上げ屋連中とは関係ないみたいだし、見逃してあげるよ」

「お心遣い感謝します。ですが、立ち退くわけにはいきません」

「?」

「あなたのせいで自動車が暴走し、危うく無関係な方が被害に遭うところでした。その罪は、償っていただきます」

「このボクを見て逃げも驚きもしなかった時から薄々気づいてはいたけど、ひょっとしてお姉さんもドーパント?」

「元、でございますが」

「だったら……」

「そして今から再び舞い戻ります」

「ん? なに、それ?」

 

 黒実の腰にはOL風のコーディネートから明らかに浮いたベルトが装着されていた。

 メタリックなデザインで、バックル部分にはL字のスロットが備わっている。そして、黒実自身の手には──。

 

『──スカル!』

 

 荘吉の留守中にこっそり拝借してきたメモリがある。

 

「黒実りえ、参ります」

 

 スロットにメモリを挿す。『スカル』と再び声をあげるメモリをスロットごと押し倒せば、それが合図となる。

 

「変身」

 

 散らばった偽の立ち退き合意書を吹き飛ばし、冷たい風が吹く。その中心に立つ黒実の姿を黒い装甲が覆っていく。

 

 ただし、出来上がっていくシルエットは荘吉の変身とは違っていた。

 

 全体的に女性的なボディライン。

 胸を守る銀の肋骨は双丘に沿って膨らんでいる。ロストドライバーを巻いた腰は細くくびれ、尻から脚にかけては魅惑的な曲線を描いていた。

 

 そして頭を覆うマスクは水晶のような半透明。荘吉の変身体にある『S』のイニシャルもない。

 

「骸骨……女?」

「あまり変な呼び名を付けられますと、本来の持ち主に叱られてしまいます。ですので、訂正させていただきます」

「ん?」

「わたくしのことは、どうぞ、レディ・スカルとお呼びくださいませ」

「レディ・スカル……」

「さぁ、あなたの罪、数えていただきましょうか」

 

 その言葉に呼応して、首に巻かれたスカーフが、ふわりと風に舞った。

 

「罪だって? それはここの地上げ屋連中でしょう。土地目当てにボクの農園に不当な立ち退きを迫って」

 

(やはり、このドーパントの正体は守野少年、なのですね……)

 

 どうやら、自分はどこかでその推理がはずれていてほしかったらしい。

 

 年不相応に行儀よかったからか、それとも両親の次に祖父母の土地まで失いかけている境遇に感情移入してしまったからか。

 

 とはいえ、ドーパントであるのなら倒す他ない。あの少年の手が血で汚れる。そのことの方がよっぽど辛かった。

 

「でも、ここの連中の味方するなら、お姉さんにも消えてもらうしかないねッ!」

 

 赤い球のドーパント、アップル・ドーパントは床を跳ねると、宙を駆け、猛スピードで突進してきた。車やその運転手を文字通りボコボコにした技だ。

 

(直接触れるのは危険、でございますね。でしたら……)

 

 レディ・スカルは腰に携えたスカルマグナムを抜いた。

 華奢な変身体には不釣り合いなほど大柄な銃身。瞬時に狙いを定め、トリガーを引く。

 

 ──ダンッ、ダンッ、ダンッ!

 

「うがっ、あがっ!」

 

 発射された紫の光弾が飛来するアップルを撃ち抜く。失速したアップルはもはや脅威ではない。

 

「はっ!」

 

 回し蹴りを叩き込む。横っ飛びになったアップルが壁面にめり込む。すかさずスカルマグナムを見舞う。

 

 ──ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ!

 

 四発の紫弾が宙を走る。壁もろともを巻き込んでしまった射撃に、舞い上がった粉塵がアップルの姿を隠す。

 

(これは……いけませんね)

 

 あまり褒められた方法ではないが、スカルマグナムでビル正面の窓をすべて割る。吹き込む風が徐々に粉塵を晴らしていく。

 

「カッコつけてるけど、お姉さん、素人でしょ」

「…………」

「初めの三発はうち二発しか命中していないし、次の四発だって一発は壁にそれて煙を巻き上げてたよ」

 

 確かに以前のメイドメモリほど、このスカルメモリは馴染んではいない。

 格闘戦なら元々体術の心得はあるが、銃撃戦となると、戦箒(バトル・ブルーム)ほど上手くはいかない。

 

 相手のドーパントにどれだけメモリが馴染んでいるかは警戒すべき事項だった。

 

「でしたら、早急に決着をつけさせていただきます」

「それはボクの台詞だっ!」

 

 スカルマグナムの紫弾を回避するようにアップルが跳ねた。天井の蛍光灯を割り、床を窪ませ、上下にギザギザと高速移動しながら迫ってくる。

 

 ──ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ!

 

「あたらないね、あたらない! そんな狙いじゃ、ボクに傷ひとつ付けられないよ!」

「くっ」

 

 連写された四発の紫弾が撃ち抜いたのはすべて残像だった。単調な上下運動だと侮っていたが、これは……。

 

「かなりのスピード……でございますね」

 

 レディ・スカルは一歩退いた。

 

「そうだよ! このボクの超スピードに着いてこられるかな、骸骨お姉さん!」

 

 ──ガツッ!

 

「ぐっ……!」

 

 頭上からハンマーを振り下ろしたようなアップルの体当たりを間一髪で回避。しかし直後、床で跳ねたアップルのアッパーが顎先をかすった。わずかによろけるレディ・スカル。

 

 だが、それが蹂躙の合図だった。

 

 ──ドンッ、ドンッ!

 

「!?」

 

 天井、そして背後から壁の砕ける音がする。

 

「背中がガラ空きだよ!」

 

 ──ドカッ!

 

「ぐはっ……!」

 

 天井と壁で跳ね返ったアップルが死角から体当たりを食らわせてきた。直撃したレディ・スカルは前へよろける。

 

(このドーパント、見かけによらずパワーが……!)

 

 足を踏み出して床に伏すのだけは避けたが、そこへ再び壁にぶつかって跳ねたアップルが再加速して襲ってくる。

 

「そらっ、もう一発!」

 

 ──ドガッ!

 

「ぐふっ……!」

 

 腹にストレートパンチを打ち込まれたような衝撃。しかも拳はボーリングボール大だ。レディ・スカルの体が『く』の字に折れ曲がる。

 

「くっ……なんの……!」

 

 腹部を押さえながら、スカルマグナムを撃つ。

 

 ──ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ!

 

「あはははは! どこを狙ってるの、お姉さんっ!」

 

 ──ドカッ!

 

「ぐっ……!」

 

 四発撃った紫弾はすべてはずれ。一方でアップルの一撃はレディ・スカルの右胸に見事命中。

 

 狙いを定めようと再びスカルマグナムを構えた。しかし、アップルは壁や床、天井を跳ね回り、部屋を縦横無尽かつ超高速で飛び回っている。

 

 狙いを付けようにも、スカルマグナムを向けた時には既に残像になっていた。銃口は右往左往するばかり。それどころか──。

 

「こっちだよ、骸骨お姉さん!」

「っ!?」

 

 ──ドガッ!

 

「ぐっ!」

「あはははは! よろけてる暇はないよ!」

 

 ──ドガッ!

 

「がはっ!」

「レディ・スカルなんて大層な名乗りしてたけど、これじゃ生煮えの骸骨だよ!」

 

 ──ドガッ!

 

「ぐふっ!」

 

 背中に腹、肩に脚。アップルの体当たりが叩き込まれるたび、レディ・スカルは体を折り曲げた。

 

 背後からの一撃によろけて倒れかければ、正面からの一撃に殴り起こされる。それはまるで歪なダンスを踊っているような光景だった。

 

(狭い密閉空間は、このドーパントの独壇場……!)

 

 思い返せば赤い球体が人を襲ったのも車内──立派な密閉空間──でだ。

 

(外へ……出なくては……!)

 

 壁から跳ね返ってきたアップルを身をよじって避ける。超高速の赤い球体が胸を守る銀の肋骨を削り、火花を散らす。

 

(今でございます!)

 

 レディ・スカルは痛む体に鞭打ち、床を蹴った。一直線に撃ち割った窓へ。その窓枠を蹴って宙に躍り出た時だった。

 

「逃がさないよっ!」

「っ!?」

 

 すぐ横をアップルが疾走していった。

 スカーフを舞い上げた赤い軌跡は向かいにあるビルの外壁にぶつかり反射。再加速して──。

 

「食らいなよっ!!」

 

 ──ドガッ!

 

「かは……っ!!」

 

 渾身の一撃が腹にめり込んだ。

 

 体が二つ折りになり、勢い任せにレディ・スカルはビルの中へ叩き戻された。背中から突っ込んだキャビネットがひしゃげ、壁面に蜘蛛の巣状の亀裂が走っている。

 

 それでも、とレディ・スカルは膝に力を入れた。

 

「へぇ、そんな状態になってもまだ立ち上がるんだ」

「当然で……ございます……これは……わたくしの決断でございますから……」

「そういうの、減らず口っていうんだよ」

 

 確かにそうだ。既にこの身は満身創痍だった。

 

 黒い装甲は散々打撃され、そこかしこに亀裂が走っている。特に未だ痛みの引かない腹部はひどく、あと一撃でももらえば耐えられないことがハッキリとわかった。

 

 そうでなくても、レディ・スカル自身、立っているのがやっとだった。

 

「言っておくけど、油断したところを一撃必殺しようとしても無駄だよ。ボク、油断しないから」

 

 またしてもアップルが縦横無尽に跳ね回る。あっという間にトップスピードに達し、実体が残像になる。

 

(せめて、どこから攻撃が来るのか、予測できれば……うぐっ!)

 

 腹部に鋭い痛みが走る。

 ああ、これはあばら骨をやられている、とレディ・スカルは感じ取った。もはや一歩ですら、ここを動くことは敵わない。

 

 背を壁に着け、スカルマグナムのグリップを握る手に力を入れる。

 

(次の一撃は、どこから……)

 

 すると、数日前に鳴海荘吉からいわれた言葉が脳裏に蘇ってきた。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 アップルは超高速で室内を跳ね回っていた。

 上へ下へ、右へ左へ。あまりの速すぎるため、実はアップル自身も動きを完全にコントロールできないでいた。

 

 しかし、レディ・スカルが察したように狭い密閉空間であれば、その弱点も克服できる。相手は逃げ場がなく、自分は狙いを定めやすい。

 

 壁や床を文字通りボコボコにしながらアップルはレディ・スカルを見た。左手で腹部を庇いながら右手は仰々しい銃を握っている。

 

 あれの紫弾は意外に効いた。果実の身がそげ落ちるようなダメージだった。

 

(だけども、あたらなければ問題じゃない!)

 

 アップルはさらにスピードを上げた。空気を裂き、風切り音すら遅れてやってくる。ぶつかった壁面に走るヒビが一層ひどくなる。

 

(本当はさっきの一撃で決めたかったけど)

 

 レディ・スカル、なかなか頑丈なメモリ使いらしい。

 

(だったら、これで名前にある頭蓋骨を砕いてあげるよ、骸骨お姉さん!)

 

 アップルはトドメの一撃を放つ。予測不能な軌跡を描きながら壁を跳ね返って狙いを定める。

 

 それは水晶のように半透明な頭蓋骨、レディ・スカルの頭部だ。本人から見れば右斜め上からの急襲。しかもスピードは今まで以上の最高速度。運動エネルギーの暴力が、その頭蓋骨を砕こうとして──。

 

『──スカル! マキシマムドライブ!』

 

 こちらに向けられた銃口が光った。

 

「!?」

 

 紫の髑髏をかたどったエネルギー弾が、アップルの身を撃ち抜いた。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

「ど、どうして……ボクの、軌道が……わかっ、たの……」

 

 果実の身を髑髏に齧りとられたアップルは床に転がったまま口を動かす。牙は折れ、舌を動かすだけでもひと苦労だった。

 

「浅い角度の球は浅く跳ね返って、深い角度の球は深く跳ね返る」

「……?」

「ビリヤードでございますよ」

 

 言われてアップルはハッとした。超高速はコントロールが効かないので、壁にあたって跳ね返るに任せていた。

 しかし、それはまさしくビリヤードの球がテーブルを囲うレールで跳ね返るのと同じ。

 

「入る角度と出る角度は同じになる。それを計算して()けばいいだけだ、とある方から教えていただきました」

「それ、を……あの一瞬で……」

 

 射撃の腕は素人に毛が生えた程度だと侮っていたが、まさかあそこで一撃必殺をぶちかましてくるなんて。レディ・スカル、恐ろしい女だ。

 

 アップル自身、もう先が長くないことはわかっていた。レディ・スカルにもそのことは伝わったらしい。

 

「メモリの力に頼らずとも、あなたの無念は晴らして差し上げます、守野様。なにせ、これだけ証拠があるのですから」

 

 アップルはリンゴ農園の立ち退き合意書をビリビリにしたが、他にも合意書と偽造認印はたくさんある。けれども、アップルは笑ってしまった。

 

「どうかされましたか」

「お姉、さん……ひとつ、大きな……勘違い、してるよ……」

「はい?」

 

 悪徳業者どもの行いが暴かれるとわかって安堵してしまったのがいけなかったのか。急速に意識が薄れていく。

 

 体内に溶け込んでいたメモリが分離され、排出されかかっているのがわかる。

 

「だってボクは……」

 

 こちらを覗き込むクリスタルの髑髏を最後に見て、アップルは意識を手離した。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

 レディ・スカルは信じられない光景を目にした。

 

 削れたリンゴの実から排出されたメモリが砕け散る。そこまでは前の雇い主の死に際でも見たものと同じ。

 

 しかし、メモリ排出と同時に変身解除されたドーパントの体が急速に肥大化し始めたのだ。あっという間に人間の背丈を越え、その表面を硬い樹皮が覆っていく。

 

「これは……」

 

 ──ずしん……

 

 突如として部屋に出現したのは横倒しになった巨木。根を晒し、青々とした枝葉には赤い果実が実っていた。その幹には生体コネクタが刻まれている。

 

「リンゴの木、でございますか」

 

 木の人相など見分けられる自信はないが、どことなく守野少年がメモリを手に走り去った、あの木に似ている気がした。

 

 割れた窓から吹き込んだ風が救急車のサイレンを耳に届ける。それで気が抜けてしまったのか。

 変身が解除され、レディ・スカルは黒実りえへと戻る。

 

「そう、だったので……ございますね……」

 

 体から力が抜ける。両膝を着いた黒実は、リンゴの木の幹に身を預けた。最後に感じたのは、頬に触れる滑らかな樹皮の感触だった。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 事件は解決しつつある。

 赤い球による襲撃事件をきっかけに始まった警察の捜査により、ネオディベロ・コーポレーションが地上げ屋を含む複数の悪徳業者と手を組んでいたことが明らかになった。

 

 手口としては、守野少年の祖父母が被害に遭ったのと概ね同じ。地上げ屋が偽造した合意書で地主を土地から追い出し、そこをネオディベロ・コーポレーションが再開発するというものだった。

 

 警察としても立ち退き合意書と認印を偽造はかなり悪質であり、物的証拠もあってか守野少年が相談した時のように無下には扱わなかった。

 他にも同様の被害に遭った地主は大勢いたようで、当面風都署の電話は鳴りやまないだろう。

 

 そして、ここ風都総合病院の一室でも──。

 

「俺の退院と同時にお前が入院とはな」

「お心遣い、感謝します」

「半分は見舞いだが、もう半分は叱責に来たんだぞ」

 

 黒実は病室のベッドで包帯とギブスに巻かれていた。片腕と片脚にいたっては吊るされている。

 

 スカルメモリは黒実の体に完全に適合していなかったらしく──荘吉いわく、変身するには覚悟がいるとのこと──、頭が半透明なレディ・スカルは不完全な変身体だったと説明された。

 そのせいで装甲なども荘吉のスカルには劣り、アップルの打撃をもろに食らった黒実は救急車で搬送後、即日入院を言い渡された。

 

「まったく、勝手に俺の入院届を出したかと思えば、ドライバーとメモリまで持ち出していたとはな」

 

 もう少し厳重に保管しておくべきだった、と荘吉は悔やんだ表情を見せる。もっとも今回は不意打ちで入院させたので、変身道具一式を隠す余裕すら与えなかったともいえるが。

 

「その点については、申し訳ございませんでした」

「ケガ人でなかった殴っているところだ」

 

 荘吉は見舞いの品に持ってきたリンゴを剥き始めた。

 

「鳴海様」

「地上げ屋の事務所にリンゴの木が出現した理由については適当に誤魔化しておいてやった。お前は老夫婦から行方不明になった孫を探すよう頼まれて、事務所へ乗り込み、地上げ屋連中に返り討ちにあった。他は何も知らない。それでいいだろ」

「ありがとうございます」

 

 探偵助手としてはひどい有り様だが、独断行動の末の辛勝だったのだ。甘んじて受け入れるしかない。

 

「にしてもリンゴの木がドーパントの正体だったとはな」

 

 荘吉が言う。その点は黒実も予想外だった。

 

「人間以外がドーパントになることなど、あり得るのでしょうか」

「あり得るも何もお前がその目で見たんだろ」

「はい」

「ひとつ付け加えるなら、ある組織の幹部には猫のドーパントがいるそうだ」

「キャット・ドーパント、ということでございますか」

「いいや。猫がメモリを挿してドーパントになるんだ。もっとも自力では挿せないから飼い主の手を借りてだがな」

 

 想像するとなかなか微笑ましい光景である。しかし、荘吉によれば処刑人ならぬ処刑猫だそうだ。

 

「となると、アップルのメモリを挿したのは」

「あの守野という少年だろうな。お前の目撃した、メモリを手に走り去っていく姿は木が変身解除した直後。こいつじゃない、という発言ももしかしたら木に聞かせるためだったんじゃないのか」

「リンゴの木に耳はございますのでしょうか」

「それこそリンゴ農家の老夫婦にでも訊け」

 

 アップル・ドーパントが意思をもち、しゃべっていたのはドーパント化に伴って、そうした能力が与えられたからだという。

 例えば人間は空を飛べないが、仮にバードメモリがあれば、使用者は翼と飛行能力を得る。それと同じだ。

 

「あの少年は、どうなるのでしょうか」

 

 黒実が最も気がかりだったのは守野少年の処遇だった。

 

 本来であれば弱い者を守ってくれるはずの警察や町の探偵からも相手にされず、自分の手で祖父母のリンゴ農園を守ろうとした。

 賢そうな少年だったし、子どもの力では大人に太刀打ちできない。そう考えてガイアメモリに手を出してしまったのかもしれない。だとすると、尚更やるせない。

 

「メモリの使用は重罪だ。もっとも殺さずに救えるのなら越したことはない」

「どういう意味でしょうか」

「この町でメモリの存在を認知している人間は少ない。警察内部には恐らくまだいない」

「では」

「あの少年自身は誰も襲っていない。それにアップルの襲撃でも死傷者はでていない」

 

 不幸中の幸いだ、と荘吉は剥いたリンゴの皮を屑籠に入れる。それから黄色い実にナイフを入れていく。

 

「警察に呼ばれるとしたらネオディベロ・コーポレーションの被害者としてだろう。だが、探偵事務所にはまた足を運んでもらう必要がある」

「とおっしゃいますと」

「メモリは密売人から買う。だが、ガキの小遣いで手が届く値段じゃない」

「では、祖父母のどちらかが出資したのでは」

「だったら、その祖父母がメモリ挿しを担当していたはずだ。あの老夫婦は孫にメモリを触らせるような人間じゃない。剥けたぞ」

 

 皿に並んだリンゴはどれも歪な三日月型をしていた。ところどころ赤い皮が残っていたり、芯が取りきれていなかったりする。

 

「なんだ、文句があるなら食わなくてもいいぞ」

「いえ、いただきます」

 

 ギブスのされていない手で剥かれたリンゴを取って口に運ぶ。ひと口齧ると、甘い味がした。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 ディガル・コーポレーションは数多くのIT企業を傘下に収める大組織であるが、それはあくまでも表の顔でしかない。

 

「例の小学生に渡したメモリはどうなったの?」

 

 園咲冴子。ディガル・コーポレーションの女社長であり、同時に『ミュージアム』の幹部だ。

 

 ディガル・コーポレーションに属する人間は多かれ少なかれ園咲の息がかかっている。それでも、今社長室にいるこの男ほどの深入りしている人間はいない。

 

「ドーパントとそのデータは録ってあります。ご覧になりますか、冴子様」

 

 大嶋凪。冴子の秘書をしながらガイアメモリに関する実験にも手を貸している男だ。実験データをまとめた資料を手渡すと、しずくのイヤリングが両耳で揺れた。

 

「実験の結果は……上々といったところね」

「懸念されていた植物への生体コネクタ手術は従来の方法で成功しました。また、メモリの着脱を繰り返しても異常は発生していません」

「リンゴの木にアップルのメモリなのだから、適合率もよかったんじゃないの? ねぇ?」

「測定された適合率は89%。複製した同じメモリを人間で試しましたが、あれほどのスピードとパワーは発揮できませんでした」

「そう」

「気に入りませんか」

 

 尋ねられて冴子はしばし考え込む。

 

「そうね。お父様が目指しているものとは、ズレてしまっているもの」

 

 植物もドーパント化できるという観点は興味深いが、人類の進化に貢献するとは思えない。

 

「では、この実験はこれまでということで」

「そうね。でも、データはしっかり保存しておきなさい。ガイアメモリの可能性はいくつあってもいいから」

「はい。冴子様」

 

 大嶋は返された実験資料を手に社長室をあとにした。

 

 

 

          ◆ ◆ ◆

 

 

 

ドーパント・データ

名 称:アップル・ドーパント

メモリ:アップルメモリ / リンゴの記憶

身 長:21cm

体 重:10kg

特 徴

 守野少年が祖父母のリンゴ農園に植わった木にアップルメモリを挿して変身させたドーパント。

 変身体はボーリングボール大のリンゴの実で、悪魔のような口と牙が備わっている。

 能力は超高速とそれによる飛行。シンプルな能力ながらも猛スピードで飛来するボーリングボールと表現すると、かなり凶悪。特に車や部屋の中などの狭い密閉空間では身軽さを活かして跳ね回るだけで驚異になる。そのスピードは変身して強化されたレディ・スカルの動体視力を以てしても残像しか捉えられず、打撃力は不完全なスカル・クリスタルとはいえ装甲を砕くほど強力。

 もっとも、これらのパワーは変身者がリンゴの木で、メモリとの適合率が高かったために得られたもの。七色の髪をした誰かさん曰く『自分に合った鼠は合わない獅子よりも遥かに強い』とのこと。

 





アップルメモリ自体は『風都探偵』11巻で出紋大騎(でもんだいき) / ディープ・ドーパントの話でチラッと出てきたものを拝借しています。
本当にチラッとしか出てこないので、ガイアメモリ一覧とかで調べてもらった方が早いかもです。イニシャルは三角形をリンゴの形にくり抜いた『A』です。

ドーパントとしての姿と能力については完全にオリジナルです。だって誰も挿してないんだもん……。

本編でも猫とオウムがドーパント化しているので、動物がいけるなら植物もいけるやろう、というので生まれたのがアップル・ドーパントです。
人型じゃないのは作者の趣味です。ゾーン・ドーパントのピラミッドに目玉の付いたデザインとか大好きです。


レディ・スカルは鳴海荘吉が初めて変身したスカル・クリスタル(不完全な変身体)を参考にしています。
名前の通り頭が半透明で、パワーやスピードも本来のスカルから数段落ちていています。

レディ・スカルは黒実りえ自身がスカルメモリの適性があまりないので、スカル・クリスタルさらにパワーダウンしたという設定にしてあります。装甲がボロボロになったり、変身解除して重傷だったりしたのはそのためです。まさに生煮えの骸骨お姉さん。
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