ツアーとして行く為には100~140万くらい掛かるみたいだけれど、んまー……少なくとも一人で行きたいとまではならないかな。
とある谷底には、更に地底より掘り進められた穴がひっそりと開いている。
真っ暗闇な穴を進んでいけば、そこには青白い光を放つゼノ・ジーヴァの繭を光源として、干からびた、食い荒らされたガイアデルムの死体と、それを今日も食べ進めていく小さなネルギガンテの数匹、そして留守番を任されている荒鉤爪ティガレックスが一匹。
留守番を任されているとは言え、特にやる事もない。こんな場所に連れて来られた当初だったのならば、ネルギガンテの子供も殺して、青白い繭も強引に引き裂いて中身を確かめていたのだろうが、そんな様子はもうない。
……一匹で生きる事にはどうしても限界がある。そんな事も気付かないで、ただひたすらに孤独に上を目指し続けているのは馬鹿でしかない。
自分よりも種族的にも、そして積み上げてきた努力も上かもしれない古龍達にそんな事を諭されようとも、ティガレックスはそれを完全に受け入れられた訳ではなかった。
そうやってこれまで自分はずっと生きてきたのだから。
自分が死ぬまでに、どれだけこの世界で高みを目指せるのか。ティガレックスにとって自分の竜生とは、ひたすらにそれを目指すだけのゲームだった。
その先にあるのがつまらないものだと先んじて示されてしまった。
本当につまらないものなのか? という疑念に対しても、多分そうなのだろうと思う位の確信もある。
ただ、従えるかと言われるとそれもまだ踏ん切りがつかない。
そもそも、それ以外の生き方を知らないというのもあった。誰かと共に暮らしている自分も、子育てをしている自分も想像も出来ず、恐ろしくも見える。
けれど……その恐ろしさの正体を理解してしまえば、更に恐ろしくなった。
たった一匹で生き続けて死んだ後に何が残る? 何も残らない。それを承知の上で今までそのゲームをしてきたと思っていた。けれどこんなデカい、古龍にすら災厄をばら撒く古龍ですらもこうして地の底で、誰の目にも触れずに消えていくのを見て、それすらも揺らいでいる。
それを超える方法は、言ってしまえばただ一つ。繋がる事。繋いでいく事。自分が獲得したものを次の世代へと遺していく事。
しかし。それは自分が踏み潰してきた事だった。リオレウスとリオレイアの番を子供と卵もろとも殺して食べた事もあった。黒いディアブロスの腹の中身も食い荒らした事もあった。後から襲ってきたただのディアブロスも返り討ちにして食べて、中身に違いがあった事だけを覚えている。
一匹で生きてきた自分なんぞに踏み潰される程度の存在だったのだから別に良いじゃないか、と思わない事もないが、そんな自分が今更繋ぐ為に動くだなんて、何だろうか……してはいけない気がした。しようとしても、更に大きな力によって踏み潰される気がしてならない。
……ティガレックスは、肉体も十分過ぎる程に優れていたが、地頭も良かった。
だからこそ、荒鉤爪にまで上り詰め、更にその中でも稀な程な強さを誇っている。
だからこそ、ネルギガンテからの言葉を理解し、受け入れる事が出来た。
そして、それらをもたらした地頭の良さが、初めて外界に真っ当に向けられていた。
自分がやってきた事を振り返って、耐えられなくなった。
そんな頭痛すらして無駄に体を動かすティガレックスの事を、少しばかり成長したネルギガンテの子供達は遠巻きに怪訝そうに眺めていた。
*
「……ここが、塩の湖……」
山の上にぽっかりと出来ていた、真っ白な光景。
人がぽつぽつと居たので、人が全く居ないような反対側まで回ってから、クシャルダオラはその湖の縁に降りた。
とにかく、真っ白。雪原と似ているが、雪原のように目を開けていられない程に光を反射している訳でもなく、勿論それ程に寒くもない。
だが、クシャルダオラはその物珍しさよりも嫌悪感を露わにしていた。
『……ここまで来たのだから、少しは歩いてみようと思ってはいたが……。この近くに居るだけでも、海水に浸かるのとは比較にならない程に体が錆びていく気がしてならない』
クシャルダオラの影響を受けた俺もそのような感覚を覚えていない訳でもないが、とても僅かだ。
「ただ、ここまで来て何もせずに帰ったら、それがずっと引き摺る事にならないか?」
『それもそうだとは思うが…………別に後悔もしなさそうでもある』
……郷土料理だからと言ってゲテモノが出てきたら食わないでも良いかって思うようなイメージだろうか。
「……んまあ、俺は少し入ってみますよ」
『分かった。ひとまずここで待つ』
塩、塩、塩。とにかく塩。少し舐めてみたけど本当に塩だった。雨が降ると、湖全体が鏡のようになるらしいから、ちょっと降らせて貰えるだろうか。
クシャルダオラが嵐じゃなくてただの雨を降らせられるのか、そもそも知らないけれど、まあ多分出来るだろうし。
……でもまあ、クシャルダオラから対等な言葉で話すように言われても、ぶっちゃけ俺から渡せるものがそこまで無いっていうのが、ちょいと気がかりで。だから、そんな我儘を聞いて貰うのもなー。
そんな事を思っていると。
『人間は、こんな塩の湖が出来た理由を推測出来たりするのか?
古龍の力の残滓のようなものを探してみているが、どこにも見当たらない』
「……山の上で、貝の化石を見た事とかはあったりするか?」
『ああ、あるが』
「長い歳月を掛けて、元々海だった場所が山になったのではないか? という仮説がある」
『……俄には信じ難いが。有り得ないとも思わないな。
この星そのものに莫大な力があるのは、私自身理解しているし、私もそれを良く利用している』
龍脈、か。
『それに、あのネルギガンテが追っていた古龍も地震を引き起こして、地形すらも好きに変えてしまうような奴だったとか。人はアン・イシュワルダとでも名付けたのだったか?』
「そうだな。ただまあ……実際にそれを見た訳でもないけれど、きっと海だった場所を山にするという事までは出来ないだろうな」
『その、きっと私などよりも遥かに長い一生を賭けたのならば、出来るかもしれないがな』
「…………」
そんな、俺の踏んでいる大地すら怪しくなるような事は言わないで欲しかった。
*
何だそんな、やつれたような顔をして。
…………。
要するに、自分が踏み躙ってきたものがかけがえのないものだと気付いたのか。
……いや、そこまでお前が聡いとは思わなかったな。うむ。
そういう点は、あのバカが手下に出来ると踏んだ理由でもあるのか?
では、さて。俺がお前に新たな疑問を授けてやろう。
お前は、それ以上にアプトノスやらケストドンやら、ケルビやらポポやらを食ってきたはずだ。
子を腹に宿す母親を喰らい、逃げ惑う子供を喰らい。無謀だと分かりきっているのに角を向けてくる父親を喰らい、そうして命を賭けても守りたかった家族諸共を、お前は数え切れぬ程に喰らってきたはずだ。
そこには、リオレウス、リオレイアやディアブロスとの違いはあるのか?
お前はそこには何も思っていないのか?
…………。
……………………。
……全く。
聡いから考えさせようと思ったが。考えさせているとその内狂いそうだな。
仕方ない。
言ってしまえばな。お前が感じているものは、人の言葉で言うと『価値』という。それは、人の世界では絶対的なものだが、俺達の世界では常に相対的なものだ。
……もう少し噛み砕いて言えば、ポポの親から見た、ポポの子の親としての愛情の重さと、貴様から見た好物としてのポポの重さは異なるという事だ。
お前はな、今まで無意識にリオレウスやディアブロスの命を、ポポやらの命より重いと感じていた。
まず最初に、だ。
それは別に悪い事ではない。俺も同様の事をしている。
数が少ないから価値があるだとか、親しいから価値があるだとか、自分にとって有益だから価値があるだとか、俺のこの爪先にすら満たぬ大きさの虫ですらやっている事だ。ジンオウガが雷光虫を侍らせて、雷光虫もジンオウガと共に居る事を望んでいるようにな。
そして誰ですら、その誰かの価値を踏み躙らないと生きていけない。
お前も俺も、生命をこの身に取り込まないと生きていけないのだからな。
それが何を意味するかと言うと、全ての生命は、全てがそれぞれ重要に思う事を押し付け合って生きているという事だ。
お前がしてきた事もそれだ。貴様は強かったから、押し付けられる事なく、一方的に押し付けてきた。
そして今、バカ共……クシャルダオラだったり、ネルギガンテやそして俺に押し付けられている。
…………。
それも一つの答えだな。
強い奴には、他の誰も押し付けられない。強い奴は何を押し付けようが自由だ。
だが、その上で、だ。
俺や人間達は、それでも許すべきではない、抗わなければいけない対象があると考えている。
それは、己の為だけに、他の全てを利用する事しか考えないような輩だ。
特に人間達は、自分達の命を犠牲にしようとも止めにかかる。俺もそうする。
何故だか分かるか?
…………。
近いが、もう少し踏み込んで言うのならば、それらを野放しにした後に残るものは、何も無いからだ。
飢餓に陥ったイビルジョー、もしくはガムートが通り過ぎた後には何も残らない。草木が再び生えるにしても相当後の事になる。
喰うよりも殺す事を好むイャンガルルガやラージャンが作るのは死体だけだ。そして、今までのお前も、な。
更には古龍の中には生まれついてそういう性質の輩も居たりする。あのミイラなんてその筆頭だな。
……お前が死んだ後も、俺が死んだ後も、世界というのは続いていく。無情にも、俺達の事など誰も知らなくなった後もな。
だからこそ、俺達は遺す必要がある。遺したものは、消えずに受け継がれていくからだ。
……帰ってきたと思えば、何小難しい事を延々と喋ってんだ? あんな一気にまくし立てて分かるはずも無えだろうに。……何だあの納得したような顔。分かるはずも無えよな? いや、頼む、そう言ってくれ。俺があのティガレックスより馬鹿だったら流石に堪える。
*
クシャルダオラは結局、数歩だけ塩の上を歩いただけで、さっと湖からは出て、もう踏む事はなかった。
俺も程々にして、けれどやっぱり。
「雨を降らせたりは出来るか?」
『……何故だ?』
「ここで雨が降ると、凄い事になるらしいんだ」
『ふむ……』
クシャルダオラが空を見上げる。からりとした天気。雲も余りない。
ただ、ここまで来てすぐに帰ってしまうという事に何かしら思っていたのはクシャルダオラも同じようで。
『少し手間取りそうだが、出来ない事もない。
帰った後にでも上等な鉱石を集めてくれるのならばやってみせようか』
どの位? と聞きたくなったが、聞いたら聞いたでふっかけられる気がしたので端的に返す。
「……じゃあ、それで」
そう言うと早速上空に凄い勢いで飛んでいく。
瞬く間にクシャルダオラが点程に小さくなれば、そこでくるくると周回して、これも瞬く間に雲が形成されて、黒くなり……。
ぽつ、ぽつと雨が降り始めたかと思えば、すぐにざあざあというまでの土砂降りになった。
「俺もあいつが古龍だって事忘れていたんじゃねえかな……」
思わずそう呟く程の、超常現象と言うに相応しい、力の開放。
そして十分な量の雨を降らした後に再びクシャルダオラがくるくると周回すれば、そんな雲も一気に霧散して戻ってきた。
『これは……』
「ああ、凄いな」
湖の一面が鏡のように空を映し出している。
言ってしまえばただそれだけなのだが、平坦な塩の上に溜まった水は風以外で揺らめかず、純粋そのもので。
反射しているその光景は余りにも空そのものだった。
『久々な程に体が震えているのを感じる』
「……美しい景色そのものを求めて山登りとかしてきた訳じゃないけれど……。これは……うん、凄いな。凄いとしか言いようがない」
湖に座り込んでぼうっと眺めていると、クシャルダオラも恐る恐るというように再び湖に足を踏み入れ、そして湖面に映り込んだ自分の姿を眺めたりしていた。
「……もう少しここに居るか?」
『……そうだな。夜になると、また別の顔を見せてくれそうだ』
*
雪解けの季節がやってきたのか、昼になれば至る所から雪が崩れ落ちる派手な音や、水が流れていく音が聞こえてくるようになった。
毎日のように見回りをしても何もなく、やる事と言ったら体が鈍らないように訓練と、新人のお守りと、それから採集くらい。
アオアシラやらが居ても、冬眠から覚めるのはもう少し先だろうし、助けてやったというトビカガチ亜種も見る事がない。ドスバギィもあの男が居なければそんなに村に入ってきて新人いびりをしようとか積極的にはしない。
暇な毎日だが、万一対処しなきゃいけない竜が来たとするのならば、それはまず俺が命を賭ける必要がありそうなヤバい奴だという事で、来ないで欲しくもあるのだが。
それはそれとして暇である。
……と思っていたら、ガムートが近くに現れた。
食い荒らしたりはしていないものの、どうにも落ち着かない様子との事で。
様子を見に行こうとすると、村人達が微妙な顔をした。「何でよりによってこんなタイミングに……」とかそんな声も聞こえてきたのが良く分からなかったが、程なくして意を決したのか村長の元へと連れられて他言無用を前提に、この村がガムート達と取引をしている事を知った。
「……だから、あいつがこの村の専属狩人に誘致されたんですね」
あいつがクシャルダオラと共鳴を結んでいる、というのは、ギルドの上の方には暗黙の了解みたいのようになっているらしい。そのクシャルダオラの実力が、その気になればアマツマガツチに匹敵するような災厄をもたらせるであろう事も含めて。
地方への厄介払い、狩人としての実力、獣竜との内密の付き合いも踏まえての専属。どれもぴったりだ。
「来たのは、色々と想像以上だったがな……」
悩みの種でもある事を隠さないように返しつつ。
「そういう訳で。こちらから武器を構えなければ襲ってこないはずだ。
ただガムートがこんな近くまでやってきた事も、早々にない。何かあったのかもしれない、という事を踏まえて会ってきてくれないか? 勿論、こちらからも二人程連れて行く」
早速赴けば、道中にドスバギィが顔を覗かせてきた。
異変を感じ取っているらしいが、それよりも。
「あんたは村の見回りをしておいてくれ。まあ、あの鱗があれば何もないと思うが、それでも新人二人じゃ心許ない」
そう言えば頷いて行ってくれた。
……さて、何が出るやら。
*
本当に、言ってしまうのならば風景をただ反射しているだけなのに、全てが幻想的だった。
夕焼けの赤も、そして満天の星空も、鏡の如く水面に映し出されるそれと合わせて見るだけで、倍以上……いや、比べ物にならない程に美しく見える。
共感するのに、言葉など要らなかった。
クシャルダオラも、流石に塩湖に座るまではしなかったが、立ってただその光景をひたすらに見ていた。
夜になって流石に腹が減り。試しに携帯コンロに火を付けてそれを遠くから見るだけでも幻想的に見える程。
『……地底なんぞより、こちらに来た方が余程良かったな』
「そりゃあ、まあ……」
ただその場合を考えると、どうなんだ? 変わらず村の専属狩人になる未来に繋がっていたら、クシャルダオラ共々あのティガレックスに殺されていた可能性もありそうな。
それに。
「俺にとっちゃあの時の思い出もきちんと残っているけどな。勿論、良い意味で」
『……数が多いからなのか? 貴様ら人間は、個というより群れの為の意識が強いだろう。
死にかけたのは同じだろうに、私はあの地底での一時は余り良い経験ではなかったと結論している』
「いやー、必ずしもそうではないかと。きちんとした狩人は、有事の際に命を張る覚悟が出来ているってだけで。そんな竜やらと向き合う力の無い人々は、そんな覚悟なんぞ持ってないかと」
『私としては貴様にも命は張ってほしくないがな』
「……それで、出来れば人間社会からも外れてほしい、と?」
『率直に言ってしまえば、そうだな。ただ、人間社会に属している事で大切なものは、貴様にあるのだろう?』
「他人よりは、多分かなーり少ないけどな」
言わない方が良かったか? と後から思えば。
『人間社会から離れても良くなったらいつでも言えば応えてやるからな』
「……まあ、相当に嫌な事がなければそんな事はしない……と、思う」
『そうか』
その残念そうな声にももう慣れたな。
敷いた布の上に寝っ転がる。
「とにかく、まあ。今日はとても良い日だ。そうだろう?」
『そうだな』
原初ゼナ:
努力を欠かさない秀才。
ネルギガンテ:
俺、バカだから分かんねーけどよ、って言ってきちんと本質を突いてくるタイプのバカ。
クシャルダオラ:
頭は良いけど思いつきでヤバい事するアホ。
キリン亜種:
秀才。思いつきで変な事しなくもないけど、クシャルダオラ程じゃない。
ティガレックス:
今まで失敗した事がなかったタイプの天才。
ドスバギィ:
ドスバギィの中ではとても賢い。
この頃一次創作も始めちゃったので、こっちはちょいと頻度落ちます。
まあ、旅終えるまではきちんと書きますが(その後の事も含めてちょいちょい話膨らませちゃってるけど)。
ついでにワイルズで何か書く気も今のところないので。
その一次創作:
エルフの村が焼かれず奪われる時代にて
https://syosetu.org/novel/371043/
端的に言うと、
Wizっぽいような血なまぐさい世界観で、人間♂xリザードマン♀の異種間恋愛を挟みつつ冒険やらする感じ。
読んで貰えたら嬉しい。好みに合ったら更に嬉しい。