キヴォトスの塵塚さん 作:装甲アッサム春雨
本日、晴天なり。
そうとしか言えない空の下、二人は何時も通りオート三輪に乗り込み見慣れた町を走り、今日の仕事現場であるシスターフッド敷地内の廃品回収と設備整備に向かう。その筈だった。
「たいちょー、すっごいオフィス街ー」
「ミレニアム感あるな」
二人が眺めるのは見慣れた古い町並みではなく、ビル郡。DU地区、キヴォトスを統括する連邦生徒会が鎮座する場所だ。
「しかし、依頼変更とは……」
「エデン条約とかで、サクラコさん達が居ないからね」
今回のシスターフッドからの依頼は、最低でもマリーやヒナタの立ち会いが必要になる区画にあり、その全員が急に出払ってしまった。
これについては当直のシスターから謝罪と謝礼を貰い、後日正式な謝罪と依頼に追加報酬も出るから、二人からは特に言いたい事は無い。
しかし、本日はシスターフッドの依頼で一日を終える予定が狂ってしまった。
なので、どうするかと御手洗がモモトークの〝塵塚ダストシュート〟のアカウントのDM欄を覗いてみると、一つ依頼が舞い込んでいた。
「連邦捜査部S.C.H.A.L.E、ねえ?」
「なんだか凄く近未来SF感あるね。ほら、この前観た映画の」
「あれ、途中で寝ちゃったじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
DU地区のコンビニの駐車場で味気の無いカロリーバーを齧り、それを安い茶で流し込む。
見上げる世界はゲヘナやトリニティの繁華街、ミレニアムの町並みとも違う。どこか無機質な印象がある。
「ショウコ、依頼内容は?」
「シャーレの廃品回収、なんか要らなさそうなものがいっぱいあるって」
「載るかねぇ……」
塵塚がオート三輪を見る。自分達とミレニアムで改造された愛車は通常より積載量は多い。
しかし、車体自体が小さくそこまでの貨物は積めない。
「まあ、行ってみれば判るか」
「そだね」
カロリーバーと茶を飲み下し、ゴミ箱に放り込む。御手洗が、背筋と腰の右の翼を一度伸ばしてから助手席に乗り込み、塵塚は左とは少し違う色の右目を軽く擦ってからキーを回す。
目指すは連邦捜査部S.C.H.A.L.E。軽い仕事だと助かると思いながら晴天の下、二人は目的地へと向かった。
「いや、ごめんね。急な依頼出しちゃって」
「いえいえ、こちらこそご依頼いただき有難う御座います」
中肉中背、高くもなく低くもなく、太くもなく細くもない。良く言えば普通、悪く言えばあまり印象に残らない。
凡庸、そう纏めるのが正しい。そんな風体の大人が連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの先生だった。
「それで、ご依頼の品は」
「ああ、こっちだよ」
ついてきて、と先生に招かれるまま二人はシャーレのオフィス内を歩く。
しかし、ビル一棟丸々だとは連邦生徒会も羽振りがいい。DU地区と言えば、様々な企業や公共機関が立ち並ぶキヴォトスの心臓部とも言える地区だ。
そのビルを一棟宛がうとは、余程の期待があるのか。
それとも、この先生に何かあるのかのどちらかだろう。
「リンちゃんの話だと、連邦生徒会所有の倉庫みたいな扱いだったみたいで、ちょっと色々ありすぎてさ」
「え、持ち出して大丈夫なんですか?」
「大丈夫、機密とかそういうのは事前に回収してもらってるから。二人に頼みたいのは、使いそうにない机とか椅子とかだよ」
言いながら開けた扉の奥には、愛車に積めるかギリギリの量のオフィスチェアやデスクが並んでいた。
「隊長、これなら載る?」
「まあ、どうにか」
「ごめんね。せっかくだし、手伝うよ」
先生が塵塚の右側にある椅子を持ち上げる。
「いえ、依頼人に手伝わせるのは我々の信条に反しますので、お気持ちだけいただきます」
「いや、でも……」
「先生もお忙しい身、我々にお任せください」
やんわりと椅子を元の場所に戻させ、塵塚は先生を退室させる。
「先生」
「どうしたの? やっぱり手伝う?」
「いえ、……お気遣い感謝します」
「いいよ。何かあったら遠慮なく言ってね。ショウコもね」
「はーい」
先生が自分の執務室に戻り、塵塚は溜め息を吐く。
「隊長、気付かれてるよね?」
「油断できん人だ。よし、仕事を始めるぞ。ショウコ、念の為にデスクの引き出しはチェック」
「はいはーい、隊長は?」
「アタシは先に椅子を下に運ぶ」
「ふぅ、なんとか載ったね」
「ああ、ヴァルキューレや正実に見付かると面倒だがな」
オート三輪の荷台は隙間無く満車となり、若干前輪が浮いている様な気もしなくはない。
だが、荷物が載ればこちらの勝ちだ。
「あ、お疲れ」
カッターシャツの袖を捲った先生が、コンビニのビニール袋を片手に現れた。
「先生、終わりましたよ」
「あ、これ、回収したデスクに残ってた書類」
「わっ、有難うね。それじゃ、私からはこれ」
ビニール袋からペットボトル飲料を二本、二人に手渡す。
「甘いのがダメならお茶もあるよ」
「いや、申し訳ありません。このようなお気遣いを」
「いいよいいよ。私は結局なにもしなかったし、これくらいはね」
「先生ー、私甘いのがいい」
「ショウコ、お前な?」
遠慮無くミックスジュースを受け取る御手洗に、塵塚は眉間を押さえる。
「アヤコは?」
「……はぁ、ではそちらの紅茶を」
溜め息を吐いて、塵塚はペットボトルの紅茶を選んだ。
「そうだ。二人共、時間あるかな? ちょっと話そうよ」
今は夕方前、これからの予定は食事をしてトリニティに戻るだけ。
飲み物の礼も兼ねて、二人は先生の案内でシャーレ内のカフェテリアの席に座る。
「それで先生、話とは?」
「そうだね。二人共、この仕事は長いの?」
「まあ、本格的にならまだ一年は経ってないですね」
「中等部の頃から似た様な事はしてたけどね」
「そうなんだ。で、本題なんだけど……」
先生が少し言い難そうに言葉を詰める。
だが二人、特に塵塚には判っている。
「学園に戻らないのか。ですか?」
「……うん。私は二人に何があって、どうして学園を離れたのかは知らない。だから、君達に対して無責任に学園に戻りなさいなんて言えないし言う気もない」
だけど、
「君達がもし、学園に戻ろうとするなら、そんな時が来たら、私は全力で君達の手助けをする。……まあ、そうでなくても手助けはするから、気軽に連絡してよ」
「そうですか。……話は以上で?」
塵塚の答えと御手洗の表情で、大体の事は察した。
となれば、これ以上の無理強いは出来ない。
「本題はね。あとはテキトーに話そうよ。悩み事とかあったら遠慮なく言ってね」
「悩み事かー。今日の夕飯とか?」
「ショウコ、お前な?」
しかし、御手洗の言う通りに塵塚もこの辺りの事は何も知らない。
シャーレにもナビ頼りに来ただけで、この辺りにどういった店があるのか。全く情報が無いまま来てしまった。
今からトリニティに戻っても、まともな飲食店は閉まっている時間帯になる。ゲヘナに寄り道するという手もあるが、最近のゲヘナはいつにも増して騒がしいので、出来れば避けたい。
「夕飯か……。うーん、そうだね」
先生は少し頭を悩ませる。
先生もキヴォトスに来てから、まだ半年も経っていない。連日多忙を極め、遊びに出歩く事も少ない上に、食事の大半はシャーレ内にあるコンビニで済ませてしまっている。
さて、どうしたものか。悩む頭に一つ、ふいにある店が浮かんだ。
あれは確か、キヴォトスに来たばかりの頃に立ちよった店だ。あそこなら大丈夫だろう。
「二人共、魚は大丈夫?」
「さて、先生が言うにはここらしいが」
「閉まってる?」
シャーレを後にした二人が出向いたのは、如何にも町の定食屋といった風体の一軒家だった。
ビルとビルの間に挟まり、ひっそりと息を潜めて周囲の時間から置いていかれた様な木造家屋。
トリニティではまず見ない建築様式は、確か資料で百鬼夜行特有のものだと読んだ覚えがある。
「準備中の札はない」
「なら、やってる?」
「入るか」
いい加減に空腹が限界だった二人は、磨りガラスが張られた引戸に手を掛け引く。
カラカラと軽い音を立てて扉を開くと、木造のカウンター席、そこから見えるキッチンだけのシンプルな店内。
「いらっしゃい」
そして、そのカウンターの影から出てきた犬頭の店主が、愛想がいいとは言えない態度で二人を出迎えた。
「ご注文は?」
「さば味噌定食で」
「同じく」
「あいよ」
席に着くや否や、二人は迷わず先生のおすすめを注文する。
「そういえば、今日の話ってさ。やっぱりサクラコさんかな?」
「ミネさんかもしれないが、多分サクラコさんだろうな」
「私達の事はいいって言ったのに」
「一応はシスターフッド直属みたいなもんだったんだ。放っておくには、アタシらは厄介なんだろうさ」
セルフサービスのお冷やを飲み、店内の壁に貼られたメニューを見る。先生の言う通り、ここは魚を中心にした定食屋の様だ。
「でもさ、退学届けも出したし」
「あれ、サクラコさんの方で休学扱いで止められてる」
「サクラコさんも無茶するなぁ……」
御手洗が呆れ顔で、半ばまで減ったコップの縁を指でなぞる。
もういいのに、どうしてこうも気に掛けてくるのか。
溜め息を吐いて、二人はコップの水を飲み干す。
「……あいよ、お待たせ」
本日の夕食
さばの味噌煮¦脂の乗ったさばの半身を丸々、たっぷりの味噌で煮込んだ白米の友。重く香ばしい香りが食欲を誘う。
味噌汁¦非常にシンプルな豆腐とわかめだけの味噌汁
漬物¦大根ときゅうりの浅漬け、すごくシンプル
小鉢¦ほうれん草の煮浸し、たっぷりの出汁と醤油をちょっぴり
白米¦これが無かったら始まらない。湯気が立つ山盛り白米
「「いただきます」」
二人は箸立てから箸を取り、手を合わせて早速さば味噌を割る。
しっかりと煮込まれた身は、ほろりと崩れながらも箸で確かに掴める固さを保ち、噛めば味噌の複雑な濃厚さと魚特有の脂の甘さに旨味が溢れる。
「ん!」
「んん!」
二人はさばを一噛みすると、その味の津波に対抗するべく白米を掻き込む。
すると、さばとは違う甘さと熱さがさばの津波を受け止め、新たな旨味の嵐になる。
旨い。これは米を食う為のものだ。
小鉢のほうれん草の煮浸しも、口に含めばほうれん草が吸った出汁が舌に残る濃厚さを洗い流し、独特の苦味と風味が口内を引き締める。
「……なかなか食うな」
「腹が、減ってたんで」
「そうか」
言うと店主は二人の皿に半身のさばを追加した。
「……ちょいと煮過ぎた。気に入らねえなら残していい」
「いや、有難う」
「やったー! ご飯は?」
「要るなら言え」
問うなり御手洗が空になった茶碗を差し出し、次いで塵塚も茶碗を差し出す。
店主は黙って山盛りの白飯を盛り、二人に手渡す。
漬物を齧り、味噌汁を啜る。
優しい味が口内を癒し、二人は再び旨味の嵐に挑む。
今度は割った身を煮汁に漬け、煮汁をたっぷり含んだ身を白飯に乗せて掻き込む。
もう二人は止まらない。さば、米、ほうれん草、漬物、味噌汁と平らげ、ふとさば味噌煮が載っていた皿を見る。
「……気にするな。そういう食い方をする客も居る」
「じゃあ、お願いします」
「ほら」
茶碗に半分程の白飯が盛られ、そこに大根の浅漬けも二切れ乗せられ、二人はその白飯にさば味噌の煮汁をぶっかける。
身とは違うダイレクトな味噌とさばの全てが染み出た旨味の塊を、白飯と一緒に流し込み飲み込む。
その中で大根の浅漬けが爽やかな塩味と辛味で引き締める。
「「はぁ…、ごちそうさまでした!」」
湯気の立つほうじ茶を飲み干し、二人は一息吐いて勘定に席を立つ。
「お粗末様」
支払いを終え、立ち去る二人の背に店主の声が聞こえたが、もう姿は見えない。
カウンターの影から細い煙が出ているので、そこで待つのが彼のやり方なのだろう。
「はー、食べたー」
「結局、三杯食べちゃったな」
「こっち来たらまた行こうよ」
「そうだな」
荷台が満載の愛車に乗り込み、二人は月が登り始めたDU地区をトリニティ向けて走り出す。
暫くして、信号待ちをしていると
「……んー」
「寝るなら素直に寝とけ」
「んー」
助手席の御手洗が瞼を擦り、身を丸める。
「窓、ちょっと開けるから」
「んー」
窓を開けると、冷めた風が頬を撫で、塵塚の僅かにあった眠気が覚める。
見れば、御手洗は完全に眠っている。
「……最悪、トリニティから離れるか」
塵塚の色の違う右目と御手洗の翼の無い左腰を、窓越しの月と街灯が照らし、塵塚のそんな呟きが風の中に消えていった。
次回
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