夜の太陽   作:夜鷹ケイ

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ナタの一戦士

 こだまの子周辺の探索に満足した璃月の商人を、国境ギリギリまで送り届けたウェシルはひとまず師匠や妹弟子が首を長くして待つ懸木の民の集落へと爪先を向けた。あとはもう、ナタの治安向上も含んだ巡回も兼ねてちょっくらぐるっと回って走って帰るだけである。

 他のものの脚ならば幾ら健脚自慢であったとしても早くて数日、遅くて数週間とかかるそれは、ウェシルの脚だと数刻で終わるので自ら申し出た役割であった。

 軽く体のあちこちを伸ばして。ウン、と頷き一つとともに槍を片手にその場から姿をかき消す。誰もが認める敏捷性は、療養中の身であっても健在だった。風の中に、風と共に、いっそのこと風よりも疾く。

 音速も光速も超えてその先を目指すウェシルのストイックさには、シュバランケも目を見張るものがあると言った。「師匠(センセ)ビックリしてくれンの?」 何はともあれ師匠を驚かせる、その一点にばかり注視して目が合うとニカーッと笑ってのけるので彼は師匠にとってはなんとも可愛げのある小生意気な悪ガキである。

 

「あン?」

 

 ビュウビュウと風を切るようにナタ中を駆け回ること数秒。不意に、崖上で転がるライアーを見つけた。

 傍に居るべきはずの主人は見当たらず、ふと小耳に挟んだガイドも付けずに放浪する異郷の詩人が居るのだと情報が過ぎる。村長からも冒険者からもそう言った忠告をしたとも、陽気な言葉で巧みに躱されたのだとも、ウィッツトランの木々を縫って小耳に舞い込んで来てはいた。

 それがおそらく昨日の詩人であることも、なんとなく。だから、昨日は酒の席を共したときには気にかけて、あとは注意喚起の程々にガイドとしての仕事に戻ったのだけど。

 ふうむ、と唸る。ぱっと見で戦えるような闘志を宿した戦士ではなかったこと。あの指や脚は修行をするには軟っこく、異郷よりの刺客やら斥候やらよりかは旅行客の名が相応しかったこと。何よりも純粋にウェシルへと外つ国のことを語って聞かせてくれたことを踏まえても、ナタにとっては良客だったと言えるだろう。

 罪人であったとしてもナタで犯した罪には相応の罰を、生まれ育った故郷で受けてもらうために救命行動をとりはするが。旅客ともなると、どうした門出にしてやるべきだろうな、と痕跡を辿って行く。

 

「待ち伏せ無し。万が一にでもあの詩人の罠ってわけじゃあねェなこりゃ。悲鳴、応援要請、騒音無し。っと、掴みかかった……いンや、掴みかかられた瞬間ライアーだけを放り投げて、後退したってとこか。」

 

 ぽつねんと置き去りにされたままのライアーは一部がひしゃげてドロリと赤の液体を付着させており、痕跡から察するに、崖にしがみつくでなくライアーを投げるためにあえて転落を選んだのだろうと。

 崖下を呑気に覗き込むようなことはせず、躊躇の文字を喪失でもしたのかと言わんばかりの素早さでパッパッと崖を駆け降りる。エクストリームスポーツが得意なウィッツトランの住民だってそこまで素早く動けまいよと言わせしめるだけはある迷いのない動きだった。

 詩人風に言うならば、ライアーに導かれて。暴行のあとを色濃く残すモンドの男を発見に至ったのは、そのような経緯があったのである。

 

「治癒は不得手だが、何にしねェよりかはマシだろう。」

 

 水に浸けた紙を持ち上げるかのような繊細な動きで添え木をつけて腕やら脚やらを巻き上げる。崖上での損傷だとわかるそれを見下ろしてから思う。こうも曲をつま弾くための手も、冒険譚を聞き語るための足も潰れてしまっては、詩人にとって好きなことは出来なかろうに。

 意地でも崖上へと置き去りにされたライアーのことを思うと、それでも連れ添った楽器ってやつは特別な思い入れでもあるのだろう。酒場で見知ったその面立ちは薄っすらとした輪郭しか残らず、まろび出た血肉に誘われて近くまで肉食獣の唸りがした。

 よもや此処で終わるのかと憂慮を抱く詩人の瞳に諦観が浮かぶ前にウェシルは瞳を覗き込む。焦点がわずブレッブレのボヤけっぷり。もう数刻後には、その活動を終わらせてしまうであろうことは戦場に降り立つ戦士の身には理解がある。

 だけども、まだ息がある。瞳は雄弁に語り、遺志(言葉)をのこすことは出来るだろう。初代炎神シュバランケより賜った朱色の槍をくるりと回し、小脇に抱えるようにして一点を狙って駆け出した。

 他の戦士が間に合わずとも、ナタにて最速の戦士であるウェシルなら間に合う。詩人の血と肉を求めて忍び寄る肉食獣たちを一掃し、再びパッと覗き込んで今度は声をかけてやる。安否を確認するのも違うような気がしたが、かける言葉はなく、普段通りに。

 

「無事、なわけねェわな。オイ、意識はあるか。何か言いてェことは。」

 

 ナタに来て、古の名を持つ英雄候補に目を光らせたものの、その歩みや生誕を伺うことが出来なかった今日(こんにち)を詩人はただ惜しむことしか出来なかった。

 だって、もう、物語を語らうための息をやりくりする臓腑も、ライアーをつまびくための手や腕も、伝承を確かめに行くための脚もない。詩人の心のようにポッキリ折れてしまって、大地に横たわるばかりだ。

 せめて出来れば痛みなく平らげてくれないかい、だなんてヒュウヒュウ喘鳴の合間に零せば、一陣の風が俟ったことだけを知覚する。

 

「 っ、 あ 」

 

 息も絶え絶えに大地へ倒れ込んだ男が、晴れ渡る紺碧を見上げる。焦点が合わずともわかる。夜風に煙のように薫り靡くのは、夜の帳のなか降ろした紺碧の髪束がそこにあった。

 一部だけが長く尾のように波打ち、故郷のモンドに帰るための(みち)があることを教えてくれる。その持ち主は、詩人が焦がれた英雄だった。紛れもなく彼は、つまらないばかりの語彙しか持てなかった詩人にとっての唯一無二の存在だった。

 有名な彫刻家が理想の美しき戦士を生み出したらこうなるだろうと思わせる相反する死の静謐と生の鼓動のうつくしさを体現する青年が、刃のごとき眼に嵌め込まれた一対の柘榴を尖らせて死に体の男を見下ろしている。

 

「英雄の話が聞きたい」

 

 今際の際に、モンドの詩人はそう言った。

 あまりに傾倒的な光景にぐらりとしてまろび出た本心だった。言葉を受けた青年は柘榴の瞳をキュルリと丸くする。そうしてコホラ竜の尻尾のような髪をなびかせる頭部をガッシガッシと乱暴に掻き、ウェシルは朱色の槍を抱え込むようにして屈んだ。

 我が身に起きた不運を語る男に強請られて、青年はウェシルと云う戦士のことを語る。シュバランケのことを語ろうとすれば、今際の際に立たされた詩人は予想外の追撃を打って来たからだ。

 あなたのことが知りたいと乞われたからでもあるけれど、ナタでは、古き名を持つものはすべからく英雄だからと詩人の声に納得しての語りだった。何よりも、まずウェシルのことを語るには、ナタにおける戦争を知らねば始まらぬ。

 ナタでは二つの戦争があり、戦士たちは昼夜問わず戦場に身を燃やし続けている。

 一つ目の戦争。帰火聖夜の巡礼では、ナタにおける強者を選定し、選び抜かれた戦士たちは脅威であるアビスなどから国を守ることを宣誓する。そして、最高峰の戦士が確定したことは、ナタがアビスの侵蝕を防ぐために遂行される制度化された二つ目の戦争―――すなわち夜巡者の戦争に赴く者が決まったことを意味するのだ。

 

 ウェシルは古の名が与えられたにも関わらず、その名はあやふやであった。朧月夜に浮かぶ月光の如くふんわりやんわりとした気配で音として呼ぶことは出来ず、結晶の文字も読み取れぬ。

 しかして、夜巡者の戦争に参加することは、ナタ人にとって最高の栄誉で、更には、ナタでは特別な祝福があった。古の名を持つものにしか与えられぬ祝福が。

 それもあってウェシルには二つの選択肢が与えられた。一つは年相応に親の庇護下ですくすく育つことであり、もう一つは戦士として発芽することである。ウェシルが選び取ったのは、双方だった。戦士として目覚ましき活躍を揮いながら、彼は家族や仲間を重んじることにしたのだ。

 古の名を持つものたちへの祝福は、夜巡者の戦争に関係する。夜神の国で惜しくも散った同胞の救済機構。勝利したチームの戦死者を復活させる儀式の対象者になると言うことである。すなわち、ナタで広義的に知られる<反魂の儀>による古の名を持つ勇者たちの復活のことだ。

 古の名を持つのだからと声もあったが、わずか五つばかりで神の眼差しを受けたウェシルは戦士として目覚ましく活躍した。することとなった、と言わなかったのはウェシルが進んで戦士の道を選んだからである。

 

 古くよりナタの戦争では、戦死したナタ人は夜神の国に赴き、やがてその魂は大霊と一体化すると言う。チーム全員が戦死して敗北すると彼らの古名が破壊され、反魂の詩を適用することはできなくなるが、そうして彷徨える魂を大霊は保護する。

 その反対に夜巡者の戦争に挑んだチームが戦闘に勝利し、一人でも生きて帰ってきた場合には、戦死したチームメンバーを反魂の詩で復活させることができるのだ。

 ウェシルにとって自分を英雄と語れる事柄と言えば、最年少ナタ戦士であることと、思いつく限りではもう一つぐらいのことだった。自覚がないんだねえ、と詩人の視線には真剣に語らうウェシルは気づかなかった。

 

「その戦争で、オレァ一度も死んだことがねェ。」

 

 仲間を守るために傷を負ったと蘇った英雄たちから耳にした。満身創痍あるいは無傷の幅はあれども生還するのが、ウェシルの常である。

 自分語りなんざ興味も意味もねェことだが、そんな中でも戦士として何時如何なるときでも最速だと称される物語は、彼にとってちょっとした誉れである。

 ああ、スゴイ。英雄の成り立ちの読み聞かせだなんて豪勢だ。邪魔の立ち入らぬそれは世界でたった二人きり、まるで夢のようだ。指先の一本にも力を込めることの出来ぬモンドの男はそう言って、力無く微笑んだ。

 

「ロマンチック、でしょう……」

「―――どうだろうな。」

 

 異郷の地の英雄の物語を見聞きし、語る。それをロマンだと言われても、ウェシルにはそう言った風情の理解に疎かった。

 男は我が身に起きた悲劇を語った。君ならどうするんだい。吐息のような声の言葉をバッサリ切り捨てる。ウェシルにとって、宝盗団に襲われたことは何の問題もなく解決できることだから、何の脅威にもなり得ないものだったから。悲劇にゃなり得ないのだと。詩人は気を悪くした様子もなく、どちらかと言えば嬉しそうに息を吐き出した。

 夜巡者の戦争には、齢一桁の頃から幾度となく参加したことのある身。すでに、ウェシルは、ただの人間との戦闘は決して脅威足り得るものではない。なにせ、ナタにおける最大の敵は数多のアビスなので。相対する敵と言えばアビスなので。

 とは言っても、アビスの魔術師やら兵器やらもウェシルにとってはもはやそこらの有象無象と変わらぬ。雑草を刈り取るようにその芽を摘んでしまえる存在と表現するよりかはウェシルの速度にアビスが追い付けなくなってしまったと言うべきだろう。

 ナタの最強ですら彼の姿を、残像を、その眼に捉えることが出来ぬのだから。当然だろ、と年相応の顔つきでニカリと笑った。

 

 そんなウェシルが神の目を授かったのは、まだ五つの頃だった。

 神の目を授かった戦士が行う儀式の末、身体の至る所に紋様を描かれたのもほぼ同じ年の瀬の頃である。故に、他の誰よりも迅く、強く、ウェシルは戦士としての自分を磨き続けてきた。

 そうすることが出来てしまった。自然な流れだと言うが、継続する力だって尊敬の念を抱きにあたうものだと本人のみぞが気づかない。

 最強が炎神ならば、懸木の民らしく高密度の伝達速度を上げる方に。―――否、今もなお、修行の身。師匠シュバランケの膝元で、ウェシルは今以上の力を求めて邁進するのみ。

 

「その為の努力は惜しまねェよ、オレは。」

 

 聞かせておくれ。君はどうしてここに? ワタシのところに?

 一呼吸置き、ウェシルは応える。彼がガイドの仕事と一緒に護衛の任務を受けたのは、璃月の商人である。ナタ人の性質上ナタの外へ赴くことは出来ないが、ナタとスメールの国境付近までなら送迎は可能なので本当にギリギリのところまで送り届けた。

 そしてウィッツトランに帰るための道中。テケメカンの谷(こだまの子)の集落に向かう道すがら宝盗団の襲撃を受けたと思わしきモンドの詩人の―――すでに地面に倒れ伏した状態だったが、発見して救援に入ったのだ。

 崖の上にはもの悲し気なライアーがあって見るからにもう手遅れだったが、そんな状態だったとしても戦えぬ者を見捨てるような戦士はナタには居ない。

 戦闘が終わってから手当てでもと見下ろした途端に、モンドの男は詩人らしく今の心の音を語って聞かせてくれた。うつくしきナタの戦士と賛美を受けるのはくすぐったさもあったが、今際の男の為にただ聞き手にまわる。今より深き影の底へと旅立つ男の心持ちを、最後の最期には明るく快活なものであるように。

 

 まるで、

 

 相槌を打つ間が、ふわりと風に消える。

 まるで。その言葉の先に続くものは何なのだろう。ただ沈黙を保ち、ぽっかりと穴が開き、剥き出しになった肺をヒュウヒュウ痛めつける男の目を見つめる。

 人間に寄り添う妹弟子殿ならば、膝をつき、死に行く旅客の手でも握って恐怖心を和らげてやったのだろう。しかし、残念なことに。幸運なことに。詩人の前に居るのは、死をも恐れぬ戦士である。

 その瞳に静謐だけを携え、理性の宿る鋭利な瞳は死者の旅路に導を与えるものだった。おかげで恐怖心は薄ぼんやりと面影を残したままだったけれど、男は比較的に穏やかな心地で自分の状況と向き合うことが出来る。自分の肉体を見下ろしだなんてなかなかできる体験ではないよね、したいとも思うことはなかったのだけれど。

 

 男は。

 モンドから旅行に来ただけの男の人生は。

 ライアーをつま弾く才能もひどく平凡なものだった。憧れのままに酒場で詩ってみても誰もが知る歴史をなぞらえる教本のような言葉しか出て来なかったのだ。

 自分の気持ちすら教科書のような見本の賛美が並ぶ中、しかし、英雄譚に恋憧れ、数多の国を旅歩く根性だけはあったので、遠くの彼方までやって来た経緯がある。

 けれどナタの気候は特殊なもので、ナタ人以外には長期的に滞在することは困難だった。せっかく来たのに精々長期的に滞在できたとしても、体調や体質の関係で最大で一月ほど。根性だけはあったモンドの男は三月ほど戦争の国に滞在し、ナタならではの戦場を見ることが出来た。

 初めて見たナタの戦争。

 <帰火聖夜の巡礼>は同郷の仲間たちと切磋琢磨にお在互いを高め合う文明で、それに勝ち上がった先に見据えるのは<夜巡者の戦争>と言うアビスと相対する生死を賭けた生命の輝きであった。その中に、詩人は蒼穹の風を感じ取り、ウェシルを見た。

 風に尾羽をなびかせる鳥のような竜のようなその人を。ただ一人。青年の形をしたうつくしき戦士(ウェシル)だけを、見たのである。

 風神バルバドスに向けられた目は、男にとって戦う術ではなく遠くを見渡すための目であった。一切合切戦えぬ身を嘆き悲しんだ過去もあったが、代わりに何処でも見ることのできる目を、詩人は英雄の冒険譚を間近で見るためのチケットだと例えて喜び勇んだ。

 ナタの戦士は輝ける魂の集いであった。―――けれども、中でもひときわ輝く、空を駆ける星の軌跡。走っても奔っても追いつくよりも先に、眩さの代償として命を轟々と燃やしながら飛翔する柘榴の瞳。

 彼だけは、もはや別格であった。詩人の運命でもあるライアーに爪痕が残るほど手に汗握り、彼の健闘をその最期まで見届け。再び聖火を灯すためだけに、件の彼はモンドでは―――他国では、ウェシルの出生地であるナタですら思わず唾液を呑み込んで、誰もが前のめりに彼の安否を確認しに駆け寄るほどにありえぬ状態(・・・・・・)で帰還した彼だけは。あれを英雄と呼ばずしてなんと言う。詩人には分からなかった。

 かの戦争でウェシルは、到底不可能だと思わせる風体で生還を果たした。自身の肉体に仲間の大剣をくくりつけて無理矢理くずれそうになる身体を引っ張り上げて、虚ろながら意志の宿った柘榴からも分かるほど疲弊した肉体は力無き足取り。

 原因だろう引き裂かれた腹から零れそうになる血肉を仲間のバンダナで押さえつけ、重傷とも思わせぬ軌跡の如き疾さでナタに帰還してみせたのだ。

 仲間を連れ帰るのだと意志は、彼の肉体を支える大剣やバンダナからも察するものがある。行動一つ一つに直向きな性根を伺えて、凡夫なりの磨き上げた審美眼で英雄の素質を見出した。

 きっと彼は、穏やかな平和の中で生を可能な限り全うするのではなく、アビスとの戦争で見せてくれたように戦にその身を投じ、静寂な火種となってもその生の鼓動を惜しみもなく燃やし尽くすのだろうと。詩人の言葉を肯定する。ウェシルは否定することなく、ただ頷く。

 

「あァ、確かにオレにゃァ戦うことへの忌避感はねェさ。オレの存在意義だとすら思っちゃいる。もちろんアンタが言うように、自分が強くなる瞬間だって好きだ。ナタ人である以上、オレたちゃアビスと全面的にぶつかることは避けられねェモンだからよ。」

 

 他でもなく詩人の言葉を、本人が肯定する。

 詩人は、夜の帳のなか降ろした紺碧の髪束がゆっくりと空を照らし尽くす快晴の如き蒼穹に塗り替わるのを見た。見上げたまま自慢げに喘鳴の合間に笑みを零した。

 そうだろう、そうだろうとも。だって、ここ三月ほどワタシは君の物語を見届けさせてもらったのだから、掠りでもしてなければ詩人としては致命的な解釈である。多少なりとも君と言う英雄の卵のことには詳しくなったのだもの。一ファンとして、君と酒の席を共にしたのだと歓声を上げるほどにね。

 だけど。だけれども、よければ聞かせてくれないかい。ワタシは、ワタシは、まだ分からないことがあるのだ。君と言うワタシが見定めた<英雄>を見つめ続け、織り成される物語を読み続け、それでも分からなかったことがあるのだと詩人が歌うように告げる。

 

「……ん、」

 

 どうして君は、死をおそれない?

 どうして君は、戦場をおそれない?

 怪我の具合を心配されて大人しく戦士としての活動を休止させるほどなのだから、きっと痛みはあるのだろう。痛みとは、痛覚とは、あらゆる生命体が自分の身体にこれ以上進むなと警告を打ち鳴らすものなのに、どうして君は立ち止まらず走り続けることが出来たんだい。

 ぱちくり。予想外のことを聞かれたなあともの珍しくまったり瞬きした戦士は、あっけらかんと答えは目の前にあるだろうと言う。

 ナタ人の生き様を見てきたのだろう。なら、わかるはずだ。ウェシルたちナタの人間は誰もが炎神(太陽)の下で果敢に生き、アビスとの戦争で傷つき斃れても幾度となく立ち上がって戦う者であることを。それはナタの戦士が抱える大前提だ。此れ無くしては何も始まらず、何よりも覆ることなき根塊でもある。

 

「そして、度重なる戦による疲労を抱えながら歩み続けたその終わりにはよ、必ず誰もの世界に夜が訪れて静かに眠る権利が等しく与えられるモンだってオレァ信じてんだ。」

 

 語り。受け止め。ウェシルは今まさしく己の役割(古名)を理解した。

 何より生まれたときからずっと何かを探し続けるように好奇心旺盛な子どもであった理由を察した。赤ん坊の頃から ずっと、ウェシルは自分の役目を声高にしてきたのだと自覚する。どんなときだって片時も忘れたことのない存在意義を魂の奥底が主張した。

 だが、自覚してしまえば後戻りなんざ出来なくなる。後悔はなく、未練も無し。かろうじて一人の存在が心の内に居座るが、その魂の往く先を守護する立場に居られるならそれも佳し。

 ウェシルは。ナタ最速の戦士は、光の中に手を伸ばした。多くの希望や祈りをかき分けて、たった一つのコタエにたどり着く。

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