夜の太陽   作:夜鷹ケイ

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戦争ダイジェスト

 雨のようにナタの大地へ降りしきる流れ星。―――それであれば、常のように子どもたちは祈るように手を組み交わして目をつむり、三度ほど心の内で願い事を唱えたことだろう。

 ナタに生きとし生ける同胞たちの叫喚。アビスとの戦闘で汚染を受けた精神体により味方と仲間の区別も曖昧になって、やがて飛び交う怒号。絶え間なく風が運ぶ嘆き。幾らナタが戦を司る國だからと云っても限度がある。

 ウェシルたちが生を受け、育ち育まれた此のナタでは、年に幾度か訪れる<帰火聖夜の巡礼>を超え、古名を持った戦士たちは夜神の國でアビスと戦う祭典がある。試練を超えた戦士たちが死後の國へ出陣する<夜巡者の戦争>と呼んだそれでも対応しきれず、地上のナタへと這うように登って来る敵を一声すべくシュバランケは<反魂の詩>を謳った。

 地上の民草みなが、夜巡者の戦争に赴く戦士となった状態はまさしく戦争の國ナタを誇れる最強の文明だ。―――代価として、権能を行使した炎神の生命を求められると知るまでは。

 

「クソッ此処は地下だって言ってンだろ……!」

 

 一陣の蒼き風が夜神の国で嵐のように吹き遊び、魂やらスピリットやらを絡めとるように巻き上がる。その先端に居ると言うべきか、在ると呼ぶべきか定かではなかったが、風の発生源はそこに居た。

 ウェシルだ。彼が居るのだと誰かが言った。シュバランケとマーヴィカに行方を知らせたきり音信不通となった戦士が、ナタの底には居たのだ。

 多くの者は目を疑った。生きたまま夜神の国で長きを過ごしたことになるはずなのに、どうしてウェシルだけは汚染を受けることなくあり続けることが出来るのだと。安否のために、もしくは我が身に降りかかった眠らぬ夜の訪れが若き戦士にもあったのかと肩を並べるために、近寄ったナタの戦士たちは知らずにうちに畏れを抱く。

 

「アンタらそんなことしてる場合か! 勘を信じろ!」

 

 明確な答えではなかったが、神とともに戦に立ち上がる戦士らにとっては十分な答えだった。彼は。ウェシルは、得た古の名から連鎖するようにして神の座に召し上げられてしまったのであろうと。

 だからと言って仲間でなくなったわけじゃァない。むしろ頼もしすぎる味方が増えたと言える状況であった。希望が灯り、落っこちてくる人間の表情に未知なる神の存在への期待と帰ってやると跳ねっ返りの精神が宿ったのは、間近で見続けたウェシルだからこそ分かったことだろう。

 

 冥界へと落ちて来た同胞たちの魂魄の損傷具合から、肉体ダメージを演算した。<反魂の詩>の最中ウェシルの仕事は産まれたばかりの魔神(冥界の守り人)としての仕事ではなく、元々あった使命のほう―――夜巡者の戦争の参加者(ナタにおける最速の戦士)に席を戻すことが可能になる。

 ウェシルが得た古名は、ウィスクマタリシ(夜の調停者)。すなわち、死後の安寧を、夜神の国を、そして冥界の均衡を守る者のことだ。

 夜神の國と呼び親しむ其処を守る仕事は変わらず、故に、反魂の詩で復活したはずの人間が冥界に滞在する許可を決してゆるさぬ。

 詩の間はずっと未だ魂魄も肉体も生還可能である者、帰還が可能そうである者をことごとく地上へと打ち返すことは、夜神の國を守る古名を持つウェシルの仕事であり、同時に冥界を管理する唯一の魔神となった彼にしか出来得ぬことであった。

 

「そら帰れェ!」

 

 片手にワシリと掴んだのは、つい先日「ぎっくり腰で槍をやめたんじゃ。」と報告してきた老齢の戦士だった。持ってるのは大剣のようだが。

 まだまだ働けるぞい、と意気込んでくれたので槍より重みの増した大剣を扱うのだからと気合を注入する意味でも全力投球したのだが、御老人も御老人で「やったろかオラオラ!」と息巻きながら打ち上がったので掛け声としてはバッチリだったのだろう。

 そんな最中でも、ナタ最速の名は伊達ではなく、ナタ最速の戦士は目にも止まらぬ速度でウェシルは次の同胞を掬うべく夜神の國を駆け抜けてゆく。

 残光のように線を誘くクク竜の尾羽のような蒼穹が、魂魄状態で落ちてくる同胞たちに生を灯した。夢に揺蕩う感覚でふらふらする魂魄を、まるでボールのように鷲掴む。

 発生したあちこちで響き渡る咆哮と悲鳴の数々に嫌な予感がジトリと汗で滲む気がした魂魄たちだったがウェシルには知らぬこと。

 どうも詩が始まって早々に退場するたァ腕が鈍ったんじゃねェか。煽るような鼓舞に戦士たちは雄叫びのままに地上を見上げる。今なら間に合う。ウェシル(オレ)なら間に合わせられる。躊躇いはない。薄っすらと感じる燃素力と、元素力による回復が間に合う者たちから容赦なき号令とともに順で地上へと弾き飛ばして往く。

 

「やっぱこうか、気合入ンねェモンな? せっかくだ、オラ景気良く吹き飛べ!ナイスショットォ―――!!」

『ウォォ!? ボール感覚で吹き飛ばすな―――!?』

「オシ!」

 

 徐々に声高に遠ざかって往く同胞の魂魄たちを見上げ、ウェシルは額の汗を拭った。達成感とともに、多少の焦りはある。一人でやり切るには範囲が広く、掬い上げる人員が一人に対し落ちてくる人数も多く、ただただ人手が足らぬ状況であった。

 魔神として、ウェシル自身が持つ古名の性質上、夜神の國での活動自体は何ら問題はなく、また同時に夜神の國における権能の一部にも接続可能である。むしろ、無意識下で死と云う概念と接続してしまったが故に彼は魔神と相成ったものだから疲れ知らず恐れ知らずに磨きが掛かったとも言えるだろう。

 時間がかかっても良いならば、全員を打ち上げること自体は可能なのだがさっさと魂をなおさんとそうこうしている間に生存者の肉体の方が限界を迎える。

 それより問題なのは、反魂の詩を発動させた炎神の方である。夜巡者の戦争の後の詩詠みであれば燃素力も幾ばくかは回復して余裕を持って古名持ちを復活させることは可能だ。けれど、無差別復活を試みる反魂の詩における代償は、使用した炎神の。

 炎神の―――……ノロヴァと契約した彼の。必ず訪れてしまうそれからは魔神の自分に抑制されてしまうけれど、故に、その魂が毒素(アビス)(どく)されることも魂魄(たましい)が消滅することもなく、何一つとして死後何者にも脅かされることなく正しく導かれるように守ろうと。師匠と呼び慕ったシュバランケのオッサンの気配をたどったのだ。

 しかし、燃素や元素力からして―――ウェシルの与り知らぬところでサプライズパーティーを計画した時のように、またもや何かを仕出かそうとしているようだった。

 

『坊主、決して自分が守りたいと思ったモンを見誤るんじゃないぞ。』

 

 一途な戦士であることを選び取った時、心に傾けた耳が聞き取った記憶の言葉だ。先生から教わった中で、黄昏の間に髪を靡かせる彼女を見て、心が定めた一つを見つけた時のことでもあった。以降、力と速さが揃えば最強なのだと少年ながらに単純な想いを彼女に告げて、共感と同意を得て、彼は速度に磨きをかけることを誓ったのだ。

 

(マーヴィカ……)

 

 後任者として残る彼女の策は、時の漂流者になる危険性を伴う。真っ直ぐ定めたゴールに向かって走り続けることだけを強要されて、ようやく最低限のラインに立ったとして。振り返っても彼女の知る顔は、そこにはもうとっくの昔に朽ちてしまっていることだろう。

 ウェシルは種族として純粋なヒト族とは言い難いから余裕で残ることが出来るけれど、それでも、彼女が愛する家族は。仲間は。同胞たちは。

 その間にも彼女がどれだけの時間をひとり進み続けねばならないのだろうか。オレが見ててやれるなら、見ててやりてェよなあ。こっち来たら、シルシでもなんでも付けて汚染から守れるように蒼炎で守るか。

 パッパと思考を切り替えられるウェシルは、戦争の國ナタの中でも歴史に残るほど最年少の戦士である。たった五つの歳の瀬で神の目にとまり、神の目を賜った戦士の能力を磨く夜魂の力をその身に刻み、無名の古名を刻まれるはずの結晶を手にした。だから、幾度となく参加した帰火聖夜の巡礼も夜巡者の戦争も、よくよく理解がある方である。

 苦難が多くとも皆が一致団結し、旅の門出を祝福するかの如く最中に歌って踊って、仲間とともに力を合わせて乗り越える路を歩み、大きな壁があろうとも一人の献身からみんなの献身に繋ぎ、やがて来たる終わりにも篝火を灯して初歩に還り、その名を夜に刻む。少なくともウェシルが知る夜巡者の戦争とは、そのようなものであったはずなのだ。

 苦楽はあれど、こんな息の詰まるようなものじゃなかった。今までのことを手遊びなぞと宣うつもりは一切ないが、アビスの戦力を見ると言う意味では、今がまさしくアビスとの大戦争をしているとでも言うのだろうか。

 

「夜神の國を走りまわるのは、一人で戦うってことになるんじゃないのか?」

「んー、なンない。」

 

 肩で息をするウェシルの頭をわしわし乱暴に撫でまわしたのは、マーヴィカの幼馴染ブルキナである。

 先に彼が廻焔を手にしたが故に、彼女はもっと上を目指したのだ。よきライバル関係にあったのだろうと伺えるエピソードを思い起こさせてくれるのに、夜神の國においてウェシルに躊躇なく触れられてしまう事実に気づき、眉を落とした。

 ウェシルは長期的に冥界の属性へと浸かることとなるので、基本の三原則を守ってもらうことを炎神より通達があったはず。冥界の者と同じ扱いをしろと注意喚起を触れ回ったのだ。見ざる聞かざる言わざるを徹底してくれと。なんだかんだ言ってウェシルの言葉を聞き入れてくれる炎神らのことだから、聞き流したとかそんなことはない。

 その姿を見たとしても見なかったフリを。その声を耳にしたとしても聞かなかったフリを。その言葉に声を返したくとも決して何も言わぬことを。

 であるのにもかかわらず、ブルキナは労わるようにガシガシと謝るようにワシワシと撫でつけてくる。その意味がわからぬウェシルではなく、込み上げる寂しさを抑えることなく甘えるように頭を押し当てた。すまんすまん、と人の好さそうな声で笑う音がする。

 

「コンガマトーは?」

「振り返るなと言って、かえしたさ。」

「アビスの汚染を受けてンだったらオレに言ってくれりゃァ多少なりとも除去(浄化)は出来たのに、」

「そう(むく)れてくれるな。お前の負担を減らしたかったんだ、俺も、……アイツも。」

「アンタの方はやるからな。絶対にやるからそこ動くンじゃねェぞ!」

 

 謎煙の主の巫女から教わった結界術を展開するためにわちゃっと集まる魂魄たちを一ヶ所に取りまとめる。小さな子どもたちのお兄ちゃんだあれの声を耳にするほど胸が痛むものはない。

 ウェシルの魔神としての権能は、冥界への出入りそして滞在することや地上で得た能力や記憶を駆使すること。そして、地上で冥界の門を顕現すること。他を置いても忘れてはならないのは、守り人と謳われる古名ウィスクマタリシより派生した権能―――正しくウェシルだけが抱く魔神としての権能<魂の清浄>である。

 アビスの汚染も時間は掛かるがゆっくり浄化できることに気づき、一月ほど前から次の生を見送る前に魂魄の穢れを清浄することとした。

 元より冥界にはそのような機能が備わっているものらしいのだが、直接的に権能を持つ魔人は過去にも未来にもウェシルだけだと<夜神>が言った。ゆえに、躊躇することなくウェシルは力を行使する。

 それでも何処に何があるのかぱっと分かるわけではなく、汚染された箇所を確認しなくてはならない。そのためには相手の許可のもと、対象者の記憶に潜り込んで汚染の根を断つ必要があるのだけれど。

 

「すまん、記憶を洗われると困るんだが……」

「あン? 大霊のもとへ往く前に、身奇麗にしとく必要はあるだろうよ。汚染をそのままに還ってみろ、今まで懸木の民を見守ってくれてた大霊に毒を喰わせるような行為になンぞ。」

 

 必要な記憶だけを選別してあとは汚染物質を除去するために清浄の対象と定める。その重要な記憶を、祈りを、護る為の行為であると告げるとブルキナは肩を落とした。

 

「それじゃあ、プロにお任せするよ。」

「オウ、是非ともそうしてくれや。とは言ってもな、遺すも消すも、その記憶を選び取るのはブルキナ。アンタがすることであって、オレがすることじゃあねェよ。」

 

 顔を見ようとすると頭を撫でる手が激しくなる。無意味な抵抗を強引に押し除けて、ブルキナの状態を確認した。

 アンタほどの戦士が、酷ェ状態じゃあねェさ。ぐにゃりと歪んだように見えづらくなった頚髄。陥没した眼球を閉じ込める瞼。よくよく見れば、治療しようにも幾らか魂の欠損もある。

 此処まで来れば相当な痛みだろうにブルキナは一切表情を歪めなかった。生きた肉体があれば汗を滲ませ息も絶え絶えであったであろう重症具合に、ウェシルは眉をしかめる。―――戦場であるがゆえに当然のことと言えるけれど、そんなものを当たり前だと思うのは嫌だった。

 また、一人。もう一人。数えるのが嫌になるほど同胞たちの死を迎え入れて。重症の身でありながら未だ生きようとする同胞たちを押し返す。

 苦行に進まんとする■■■女性すら、新たに手にした魔神としての権能で守りながら見送り。時を重ねる。一年、二年。百年。気が遠のくなるほどの時、冥界に彼は居た。時空が歪んでべつの時代に繋がったとしても為すべきは変わらず、在り方も代えず、ウェシルはただ夜神の國の守り人として行動した。

 新たに得た権能が生に纏ろうもので、それにより地上での活動が可能になったことは五〇〇年の歳月が過ぎ去る中で得た慰めの一つであったと言えるだろう。

 飛び猛る鬼の面を被った戦士たちの咆哮に、死した魂から拾う叫喚。あまりの汚染具合に思わず権能で魂の一部を清浄することとなったが、生者相手にやってしまったとは思わなかった。アビスや魔神の死で受けた汚染を浄化することもまた、冥界を守ることに繋がるからだ。

 しきりに感謝を受けたし、何なら同盟を結ぼうと声を掛けられたが、それ以外はウェシルの領域外のことであるとキッパリ断ったが。

 

「ナタ、じゃねェな。あれ、んー……?」

 

 その後も故郷の戦争を呼び起こす巨大な岩と、その岩すら突き穿つ濁流。爆ぜた魔神の残滓を容赦なく冥界に連れ込むために駆け回ったような…。

 

「あら。ふふ、ようこそ、若木さん。」

「まあまあ、元気でかわいらしい花弁だわ。」

 

 世界各地で何故か祭壇を設けられて大量の酒を奉納されたことで酔っぱらってしまって、萌える草木の踊りの中に飛び入り参加したこともあったけれども。

 

「……魔神戦争の景色が見えたような気もしたが、まァ気のせいだろ。」

 

 そんな大昔な話。夢でも見たんだ。

 魔人たちが噂する<摩耗>ってやつだろうか。ウェシルは心底真面目に危惧したが、その回答は稲妻における紫電の片割れがすぐさまもたらしてくれた。もとより空間が曖昧になる冥界で生じた時間と空間のねじれが原因で、地上に赴く際に意図した時空に顔を出せなかったのである。

 しかし、目の前でヒラヒラしてるだけなので光の珠のような花弁となってしまった彼女の説明ではきちんとは理解できず、白昼夢のようなものを見たと(そんなこともあるかと納得した)体でウェシルは認識した。

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