夜の太陽   作:夜鷹ケイ

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外つ国とナタの差異

 ナタの陽射しは煌々と大地を焼き尽くす。地上では今頃、慣れ親しんだ空気であっても気を抜けば熱射病の危険性もあるカラッとした空気が目下を照らす頃だろう。

 焼き尽くすという性質ゆえか、未だこの国より外から来訪したお客人らが長居するさまはなかなか見えることができぬまま。と言うことはすなわち、解決策も分からぬまま日ばかり過ぎ去ってゆく。

 

「言っていいのか分かンねェけどよ。」

『うん?』

「ヒマだな。」

『ウェシル…それってアビスの使徒を轢き倒しながら言うセリフか? 何かあっちまったのかと思っちまったぜ。アー、ま、でも外つ国の冥界ってのも気になるしなあ、留守は任せてお前は行ってきていいぞ。』

 

 今日が何年の何月の何日かは知らんが。今日も今日とてウェシルの疾走感溢れる行動力も冥府を照らす蒼き太陽も、夜神の国では健在です。

 音速も高速も我が物にした彼は爆速ブレーキを掛けながら夜神の国でコソコソとするアビスの使徒を右から左へと引き摺り倒した。ドミノ倒しでもそのような勢いは出なかろうよとかくも圧巻とした光景は見慣れたものである。身体を亡くした英雄たちは口々に感嘆の息を溢す真似事をして、魂魄の身で惜しみなく拍手を送った。

 賛美の雨を一身に受けながら悠々と姿勢を整えて視界に垂れてきた横髪の束を撫であげるようにしてかきあげ、渦中の主はしんみりとした雰囲気を携えてヒマを主張した。することがねェとは口が裂けても言えんが、それはそれとして佳いことではあるのだけども<ウィスクマタリシ>として成すべきを成してしまったので、アビスを狩ったりアビスの残滓を浄化したりアビスの行手を阻んだり、魂を掬って送って巡らせて見届けて送り届けて浄化してと全くもってヒマなどと口が裂けても言えぬであろうスケジュールをこなす日々であると言うに、ウェシルはそんなことを宣ったのである。

 声の静けさから異変でもあったのかと身構えたブルキナは、そんな平和な一言を前にして半透明の肩をゆんわり落してツッコミどころをポコポンと突っ込んだ。外つ国を見て回ることだって合法に出来るのだから、勉強にもなるだろうしと善意をもってブルキナは送り出す気満々の声をかけて。

 

『今ならほら、サンハジも居てくれるし!』

『はあ!?』

「オ、そりゃ助かる! せっかくだしもっと過ごしやすくしてやるよ、そのためにもちくっと外つ国のこと勉強してくるからブルキナの兄さん、サンハジの兄さん、オレの代わりに今しばらく留守を預っちゃあくれねェか。」

『おう、まかせとけ!』

『ングゥッ…!!』

 

 柘榴の瞳をきらりと瞬かせたウェシルは、ニーッと白く輝く歯を剥き出しに笑った。肩を組むブルキナに巻き込まれたと身を捩るサンハジであったが、存外面倒見の良いサンハジがこれを前に勝てた試しがない。

 かくして、ウェシルは外つ国の冥界を調えるためにも、知見を広げるためにも、夜神の国を通して冥界を接続したのである。冥界のある国であればどこでも好きな場所に顔を出せるようにはなったものの、時空という時空がしっちゃかめっちゃかなので特定の場所に出ようと思って出られるものではないと知ったのは、おそらく魔神戦争中の璃月に顔を出してからのことである。

 まだ彼がひとはしらの魔神として璃月(りーゆえ)の近くに降り立つ前のこと。ウェシルが最愛の国で案内人を請け負ったことのある日まで遡った記憶でも、最長でもニ週間ほど滞在した璃月人の商人が過去最高記録だろう。反対に、ナタ人も外つ国にゃあ長居の出来る体質ではなく、最長でも数日。こちらは生きるだけでも燃料を消費するために、命の危機という意味での危険度としては外つ国の来訪者よりマシマシである。

 ちょこんと岩場で膝を折りたたんでこぢんまりと三角形に座り込む<夜叉(やしゃ)なる存在は、神々の間で行われていた「魔神戦争」時代に、敗れた一部の魔神たちの魂が浄化しきれず妖へと転じることがあり、彼らはそれらを討滅する使命を背負った一族なのだと言う。

 一見、目に見えぬようでいてそこにあるもの。妖なるものが騒ぎ出したら疫病や怪異などの<魔>が無辜なる人民の営みを脅かすこととなる。ナタでもアビスの毒素を封じ込めて浄化しようとしてるし、「ナタ(ウチ)の戦争と似てンな。」と使命を誇らしげに語って聞かせてくれるものだから、ポロッとウェシルは口を零した。うっかりから補足したナタの戦争の件は、彼らは自らの宿命を見たのだとか。

 話をねだられ、ついつい身振り手振りで語り聞かせ、いつか行ってみたいと言うものだから事実として「長居は難しいだろうな、体質的な問題でよ。」と注意したことが、先の過去最長の滞在記録を引っ張り出してくることとなった発端である。

 環境調査を目的としたスメールの学友も三日と足らず帰国してしまう有り様だ。過ごしづらいのかと分かりきったことを訊ねるまでもなく、元素力の素となる燃料があちこちに吹き漏れるナタはよその国と比べて大地にも大気にも肌が触れるそこかしこに充満するエネルギーが豊富だった。

 なぜナタの燃料(エネルギー)が豊富なら、ナタ以外の外つ国(とつくに)の人が適正(・・)がなく生きづらくなるのかを答えるために、ひとまず魚で例えるとしよう。

 魚は常に水の中で生きる動物だ。ほぼ塩分のない川の水で生きる魚は不足する塩分を取り込む必要があり、反対に、体液の三倍程高い塩分環境である海では塩分を出さなければ生きられぬ。燃素力が希薄な外つ国のことも、燃素力が豊富なナタのことも、文字を置き換えるだけで自然界の通りがそこにはあると分かる有り様だった。

 

「なるほど、川の水が元素力、塩の水が燃素力というわけですね。」

「オオ、よくわかったな。そうだ。」

「でしたら得心つきました。確かに我々の血肉には、夜神様のように燃素力を扱うことのできる構造はありませんし、ましてや外部から取り込むことも不可能です。我々では燃素を異物と勘違いして排除しようと肉体が働き数日ほどは余分な熱に浮かされることになるでしょうから、……我々の身を案じての提言ありがとう存じます。」

 

 砂金の瞳を瞼の奥にしまい込んだ丁寧な口調の夜叉は、弥怒と名乗った。

 我先に旅行ついでにウェシルの真似をしようとした水を操る夜叉が他の夜叉に慰められるのを背後に聞きながら、恐ろしいことを口走った彼女に向かって釘を刺す。これは彼らが敬愛する岩王帝君からもゴーサインを貰った忠告でもある。

 

「長居も出来なけりゃオレの真似も無理だって言ったの、理解して(わかって)もらえたか? 前者は体調とも相談の上で滞在期間を決めりゃあなんとかなるが、ぶっちゃけ後者は本気でやめとけよ、下手すりゃ燃えるからなあ。」

「も、申し訳ございません。夜神様のご意向に沿えぬこの身、如何様にでも…!」

「エエ? ンなことオレァしねェってば。燃素を無理にでも取り込んじまったら、適性がなけりゃァ一歩間違えれば体の内側から焼かれて死んじまうって意味だ。どうもアンタらを傷つける他意はなかったンだが、言い方を間違えちまったみてェで悪かったな。」

 

 適正なき彼らにとっては燃素(ねんそ)が地脈に通うナタはまさしくマグマの胎動の中にあると言っても過言ではなく、ナタの魔神であるウェシルの肉体構造は燃素をよく通し燃素をよく燃やして排出する自家発電機能も備わったものであるために、ただ肉体構造を真似をするだけでも命とり足り得る。

 適性ごと完全にコピーできるならば考えものであるが、そこまでではないと言うのなら姿だけでは飽き足らず性質さえ真似ようとするのは辞めておくべきだろう。

 

「! ……伐難、よもや夜神様の御姿を!?」

「真似させてもらってたの〜……もっと強くなれるかもって思ったんだけど、流石にそこまでのリスクを背負ってまで御姿をお借りしようとは、」

 

 ふうん、と頷きながらウェシルは訂正を挟む。

 散策中に同一の時刻に別の場所で見ましたと言われることには疑問を抱かされることになったが、迷煙の主の巫術でも姿を真似る幻惑のような巫術はあるし、適応力はもとより高かったのでざっくりとした許可を出した覚えがある。

 しかしながら、彼女が扱うのは水。ヒトの肉体構造のほとんどが水分であることも踏まえて真似っこするにゃあ持って来いの条件なのだろうけれど、生粋のナタ人でありナタの魔神であるウェシルの肉体構造にまで手を伸ばしては黙ってはいられない。命名、璃月のじっちゃんであるモラクスの許可のもと夜叉へ長生きしてもらうためにも注意喚起することとしたのである。

 妹弟子(マーヴィカ)のように、情に厚く真っ直ぐな心根の女性には、外部からの強者よりも常に寄り添って支え合ってきた仲間や家族からの言葉の方がより有効であることは常より承知だったので、タイミングも良かったし、悪役を買って出てもウェシルは夜叉みんなを巻き込んで話に洒落込んだと言うわけである。

 

「貸す分にゃあ問題はねェが、最近どうも構造の方を真似ようとしてるみてェだったからなあ。モラクスのじっちゃんからは適度に止めてやってくれって言われちまったし、線を引くなら今しかねェと思ってな。それに、忠誠のために命を捧げるったって、そのために猪突猛進に走り抜けそうな嬢ちゃんタイプにゃ家族や仲間からのが効くだろ?」

「だからわざわざナタのことを聞かせてくれとねだられたとき、イヤな顔を一つもせずに聞かせてくれたのですか。」

「オレ故郷のことを喋るのは好きだし、そこらへんはタイミングとしか言えねェな。」

 

 物語のように語って聞かせるのはあいもかわらず苦手ではあるのだけれども、けろっと言ってニッカーッと笑った顔に嘘なんてものは感じ取ることが出来なかったから、不興を買ったやもしれぬと青ざめ震える夜叉の大将は肩から力を撫で落とした。温厚な魔神であると紹介を受けてもなお、彼の身に降りかかった非業の過去は変えられぬ。

 よく疑問を口にできたな。褒めるように柘榴の嵌め込まれた眦を和らげてウェシルは気付かれぬよう黄金の目尻をやさしく拭ってやった。汗と一緒に流れた一筋は、ただの汗だろうと言うことにして。

 長かったなあ、と故郷のブルキナに語りかける。一切届かないし聞こえないが、一人だけアウェーな土地でよくやり切ったものだと褒め称えてやりたいほどには頑張った。

 まずここ、璃月におけるウェシルの最初の仕事は、璃月のしっちゃかめっちゃかになってしまった冥界作りと、地上の道づくりである。どうするべきかと相談したのは、当然のことながら勝手に動くのはその土地を統治する魔神その人。不興を買ったとて殴り返しゃいいかと思う辺りウェシルなのだが、人民にとってはそうもいかぬとブレーキを掛けられるのもウェシルであった。

 下手に出ると取り込んでこようとするし、実力そのままに対面すれば戦うことになっちまうしで面倒なことこの上なかったが、なんとか交渉の場にありつけたのは璃月に顔を出してから半年も経過してのことである。

 おかげで夜叉の彼らとの最初の対面は、モラクス主催の璃月の戦場であった。夜叉は夜叉でモラクスと渡り合える実力に警戒してのことのようだったが、あちらからの攻撃を往なすことだけに徹底すること数ヶ月でウェシルが襲撃者なぞと言う誤解がなくなったのも夜叉の提唱のおかげである。コメツキバッタよろしくモウシワケゴザイマセンと謝りまくる彼らに時代が時代であったな、と言う以外に赦しのセリフは浮かばず、実に気まずい仕事環境の下地が出来上がったわけだが。

 死者の魂を冥界へ送り届けるための道づくり。その同伴者として璃月側から労働力として借り受けたのが、魔神戦争の折りに噴出した魂魄が反転化した妖退治の専門家・夜叉一族だった。

 友好関係を築くの半月ほどかけて、彼らは魔神の気配に怯えながらでもウェシルと言う存在には慣れ親しみを感じてくれているようだった。イヤだと一言で止める段階は、もうとっくの昔に過ぎ去ってしまったので、嫌われることも承知の上で少々手荒い手段ではあるのだが、タイミングを見計らって燃素に不適性な肉体が燃素に振れてしまった場合の最悪なパターンを教えることにしたのだが。

 

「ご忠告、感謝いたします。無邪気なところがありますから、我らも脅しかけてお説教をすることもしばしばあるのですよ。だから、あまり気になさらないでください。」

「……オレァそんな分かりやすかったかね。」

「ふふ、年の功というものです。我々はあなたよりずっとお爺ちゃんですからね。お見通しとまではいきませんが、なんとなく分かりますとも。」

 

 そうかい。静かに言葉を締め括ったウェシルはやんわり微笑み、伐難を中心にわちゃっとなった夜叉団子を見守ることにした。

 ヌウンと四つの腕が伸びやり肩やら頭やらを揉みくちゃに撫でまわされるのを、柘榴の目を瞬かせることで驚愕をあらわにして首を竦める。アニキって属性の人は、こうして髪やら頭やらをわしゃわしゃするのが好きだよなあとブルキナを思い出しながら振り返ってみると、そこには想像した通り夜叉の長兄が居た。散々揉みくちゃにしてくれる腕とは他の腕には桃饅頭の入った籠を抱えており、目先にはすっかり涙のカケラも見当たらぬ伐難がいる。

 泣かせたなと恨み言を仕掛けてくるような性格の主ではなけれど、彼の妹分を泣かせてしまったことには変わりないので好きにしてくれやと衝撃に耐えようとすると、シュバランケのように笑い飛ばされてしまった。

 

「兄妹も甘えすぎであったのでな! よい薬になったであろう!」

「浮舎のじっちゃん……いや、泣かせたことにゃ怒ってくれていいんだぜ?」

「おかえりなさい、浮舎(あにじゃ)。」

「うむ! 自業自得だ!」

「……自立してんなあ。」

 

 ほーん、と感心したように息をこぼして。

 今度はウェシルが納得する番であった。璃月の商人が泥酔したときに教えてくれたことなので真偽は定かではないが、このような璃月の雰囲気からして有事のことでもなければあり得ることだろう。緊急事態だったとしても片目を閉じて許してもらえるかどうかの瀬戸際やも知れぬと気迫が、璃月の信仰心だった。

 

「まあ、それを言っちまったらナタでオレの真似をしようモンなら迷煙の主の連中が殴りかかってくるらしいし、ここでもモラクスのじっちゃん真似たら首飛ぶぐらいだしなあ。一国の魔神を真似りゃあそんなモン(自業自得)か。」

「伐難ーーーッ!」

 

 死者の魂魄と対話する巫術を持つ迷煙の主の民からしてみれば、死後の世界を安定させてくれる夜神こそが彼らの主神と仰ぎ見るものは少なくなく、その関係で信奉者の増えつつある今では過激派だなんだと他人事では無くなってきたのだったと思い出したようにポロっと言った。

 実に分かりやすかったので伐難は青ざめて平伏したし、浮舎は怒声を上げた。本人もとい本神がなんとも思っていないからと言って、神の名を騙るとは何事かと怒髪天を突いている。

 あちらで言い訳を並べる彼女の言い分が怪しくなってきたを通り越して。姿を借りるだけではなく、伐難はしかと夜神であると名乗りあげてしまっていたという。

 

「あっちゃあ…。シュバランケのおっさん、そういうときってどうしたらいいンだ? 手っ取り早く試合でってのはナタだけか、そうか。……エッ、そこまではべつに、…見せしめとかいいって。いらねェよそんなん。」

 

 流石に名前を騙られた時の対応は知らなかったので任せるわ、と一任した途端に影で接続した夜神の国との通信が終わった。シュバランケが、件の民族にことの一連をホウレンソウすると言って気配は消えてしまったのである。

 

「……なんつうか、さっき夜神の国に相談しに行ったら師匠が今すぐ地上へ抗議しに行くって言ってたから、近々ナタから一報あンじゃねェかってことをモラクスのじっちゃんに伝えておいてくれるか。」

 

 会場の指定は、おそらくナタの国境からスメールの国境あたりで行われるものとするはず。大人同士の話し合いが行われることとなるだろう。

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