【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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その風景は消えるには相応しいものだった

「外、真っ暗……」

 

 当たり前だった……。

 私が乗った新幹線は最終列車……。そこから、函館駅まで移動をする時間も含めたりしていたらあっという間に深い夜の時間に移り変わり行く……。そんなことは当たり前だったのに、ただ結人君の目の前から消えることしか頭になかった私にとってそれは盲点としか言えなかった……。

 

「もう戻れない……」

 

 楽しかったあの頃に戻ることは出来ない。

 記憶の海の中には波を打つようにして彼との思い出が今にも思い出しそうになる。それほどまでに私は結人君という人間に大切なことを教えて貰った。思い出というもの……。それは大事なものだったけど、今の私には……睦ちゃんには苦しめるだけの痛みでしかない。その刻印を消し去る為にも私はこうして函館に逃避行してきた。

 

 最初から前途多難という事態になっちゃったのはまあ……仕方ないけど本当にどうしよう。この時間帯に宿を泊めてくださいと頼んでも無理な気がする。かと言って、その辺で野宿なんて絶対にやだ。せめて、温かいお風呂とご飯は欲しいと願いながらも私はただ暗い歩道を歩いている。

 

「やっぱり暗い……」

 

 街灯の光はある。

 寂しいという気持ちにはならないはずなのに、自分の中でそういう気持ちがあってしまっている。もっと明るい時間帯だったら、景色の此処がいいとかそういう話が出来ていたのかも……。それに、誰も隣に居てくれない。結人君……いや、せめてこの函館に一緒に来ていたまなちゃんが傍に居てくれていたらどれだけ心強かったかなとなりながらも私は物思いに更けながら、見つけたコンビニの前で一瞬立ち止まりながらも……。

 

 

 

 

 記憶という泡に触れ合う……。

 

 

 

 

 

 

 

「此処が函館かぁ……」

 

 視界が現在から過去に映る……。

 私の目の前には深海みたいな暗さがある街並みではなく、海を眺めているまなちゃんの姿があった。コンクリートの橋の上から広い海を……。

 

「睦ちゃんは海好き?」

 

 質問をしてくれている、それが耳に入ってはいたけど私はあのとき目を奪われていた。

 

「凄い……」

 

 自分の世界だけしか生きて来なかった私がこうして何かを自分の目で見るという行為が初めてだった。いつも睦ちゃんの中で羨ましそうにしているか、睦ちゃんとしてのモーティスを演じることしか生きて来なかった私にとってそれは初めて見る自分だけの景色だった……。

 

 やっぱり、冷たいの……かな?という疑問が思い浮かんでいた。

 しょっぱいという話も聞いたことがあった私は頭の中でこの深く続いている海の中がどうなっているのか気になって仕方なかった。どんな魚が居るのかな、とか深海と呼ばれている場所がどういう場所なのかな?とかそういうことに興味津々になりつつも好奇心を抑えられそうになかった。

 

「睦ちゃん、あんまり海ばっかり見てたら吸い込まれちゃうよ」

 

「吸い込まれる?」

 

 座り込んで海を見つめていた私の隣に立っているまなちゃん……。

 不思議なことを言うから私は首を傾げながらも疑問を向ける。

 

「睦ちゃん、吸い込まれるようにして海を見つめていたよ?そんなことしてたら、いつか海に落ちちゃうからそろそろ行こう?」

 

 私はそれに頷きながらも立ち上がってまなちゃんと一緒に歩き始める。

 海という難題に私は興味が尽きることが無かったけど、此処に居たらそれだけで時間が暮れちゃうと気づいていたから、一緒に歩いていた。

 

 

 

 

 

「此処?」

 

 辿り着いたのは築何百年も経っていそうな場所……。

 古臭いそういう言い方が正しいのかもしれないけど、人によっては趣があるとか意味の分からないことを言いそうな建物があった。

 

「そうそう、函館は此処の海鮮料理が美味しいってスタッフさんに教えて貰ったんだ……!ほら行こう睦ちゃん!!」

 

 中へと入って行くまなちゃんに続いて私もお店の中へと入って行く。

 お店の中も古臭いという印象があった。昭和?とかそういう時代に作られた感じがする木造の感じが漂いながらも、私は元気に挨拶をしていたおばあちゃんの声を耳触りに思いながらもまなちゃんが座った向かいの席に座る。

 

「睦ちゃん、此処は海鮮丼が美味しいんだって」

 

「じゃあ、それでいい」

 

 とっととお店から出たいとなっていた私はメニューを確認することもなく、まなちゃんがオススメしてくれていたものを頼むことにしていた。心の中ではこれでマズかったら後でネットで低評価入れなくちゃなんて使命感がありながらも、私はどう書こうかと待ちながらもまなちゃんに聞く……。

 

「今日どうして誘ってくれたの?」

 

「え?」

 

「まなちゃん、私と全然関わりなかったなのにどうして誘ったの?みなみちゃんからお仕事貰いたいの?」

 

「違う違う、そうじゃなくてね。睦ちゃんのことが知りたかったの」

 

「私のことが……?」

 

 どうせみなみちゃんの娘だから、そういう魂胆だろうとそう信じていた私は純粋のものが引っ掛かってしょうがなかった。え?この子、私のことが知りたいだけなのって……。

 

「うん!睦ちゃんってういちゃんと同じバンドでしょ?だから、知りたかったんだ睦ちゃんのこと。それに同じ芸能人さんだし、色々大変なこともあるだろうから今日は楽しく休息出来たらいいなと思ってたの」

 

「ふ、ふーん?そ、そうなんだ?」

 

 あくまでも私は騙されない。

 警戒心を緩めることなく、ただお茶を飲むと口当たりが熱くて「うーん、このお店後で絶対低評価入れてやる」ともうこの時点で決めていた……。だって、本当に熱かったんだもん……。

 

「はい、お待ち……!」

 

 耳でキンキン声が響きながらも、私は目を瞑る。

 元気いっぱいなのはいいことだけど、本当に五月蠅いなとなりながらも私はどうせ大したことない海鮮丼に決まっていると確かめると……。

 

「えっ?すっご……」

 

 素でそういう反応になっていた。

 どうせ観光地とかで出て来る安っぽい奴が出て来ると思って想像をしていたら、実際に出てきたのはまるで海そのものを丼ぶりに閉じ込めたようなものがあった。黄金色に輝くウニ、透き通るような甘エビ……。その隣には光沢を彩っているイクラがびっしりと敷き詰められている。それ以外に活きたホタテ、透き通るようなイカ、どれをとっても……。

 

「美味し……んんっ!!」

 

 いけない、私はもうこのお店に星一を付けると決めているんだったと思って咳払いをするとまなちゃんが何か気づいたのか笑っている。それが恥ずかしくなりながらも、私は割り箸を割って一口まずはウニと酢飯を口の中に入れると、それはそれは……。

 

「あ、味の宝石箱……!!」

 

「睦ちゃん、芸能人みたいなこと言うね」

 

「げ、芸能人だもん……!!」

 

 手のひらを返されることになった。

 本当に本当に凄いという感想しか出なかった。まるで私が津軽海峡……?だっけよく分かんないけど、そういう場所を泳いで渡ってきたような感覚にすら陥らせてくれる。そんな気がしてならないほど、私はこの海鮮丼に溺れそうになっていた。

 

「美味しい、美味しい……!!」

 

 一度味覚が美味しいと判断したものはそう簡単に崩れることはなかった。

 口の中に広がる味の名産物たちでハチャメチャになっている現状。色彩かのように色んなお刺身が口の中に入る度、瞼から涙が出そうになっていた。

 

「睦ちゃん、このお店気に入った?」

 

「気に入った……!あっ、違う違う!私このお店凄く嫌い!!お店は古臭いし、こんなにいっぱいのお魚さんがあっても食べられないもん!ご飯だって多いし、女の子に優しくない!!私嫌い!!」

 

 まなちゃんはクスっと笑っていた。

 それが照れ隠しだと見抜かれてて私はもっと恥ずかしくなっていると、店主のおばあちゃんの人が強気のオーラを放ちながらも、お皿を置いて去っていく……。

 

「え?あの店主さん、これ頼んでないですよ?」

 

「サービスだよ。そっちの子に食べさせな。アンタも食べていいけどね」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 まなちゃんが頭を下げながらもお礼をしていた。

 私は特に何も言うことはせず、半目でそれを眺めていると見覚えがあるような気がしてならなかったけど、思い出すことが出来なかった。

 

「睦ちゃん、これイカ飯だよ」

 

「イカ飯……?聞いたこと、あるかも」

 

 流石の私でも知っている食べものだった。

 大きな皿の上に丸々としたイカがどんって乗っかっていた。イカのお腹の中にはお米がぎゅーって詰まっていて、ちょっとだけ茶色になっていた。温かそうな煙がふわーって出ていて、醤油とお魚の匂いが混ざっているような、そんな匂いがしていた。見た目が何か好きじゃないと文句を付けたくなりながらも、私は一口食べて見ると……。

 

 

「まなちゃん、これ美味しいよ!!」

 

 思わず体が宙に浮いていた。

 それに気づいたときには自分が立ち上がっていたことに気づいてしまって、私は周りを見ながらも……座り直してしまう……。それをまなちゃんは「美味しいよね」と言いながらもニコニコと笑顔を向けていてくれていた……。

 

 

 

「海鮮丼の方美味しかったでした、後イカ飯もありがとうございました!!」

 

「いいさ、そっちの子は美味しかったかい?」

 

「……美味しかった」

 

 顔を背けながらも、私はお店を出る。

 本当は星1を入れようと思っていたけど、あまりにも美味しかったからそういう気分にもならなかった。ただ、赤面するほど恥ずかしくなっていては早くお店を出てしまっていた。

 

 

「ごちそうさまでした!」

 

 というまなちゃんの声がしたのと同時に彼女がお店を出て来ていた。

 

「ごちそうさま……?」

 

「ん?ご飯食べたからね」

 

「えー?でもお店で御馳走様って言うのおかしくない?お家じゃないんだよ?」

 

 純粋に疑問だった。

 此処は家でもないのにご馳走さまをするなんて少しおかしいとなっていた。

 

「お店で食べても何処で食べてもいただきますとご馳走様は大事だよ?」

 

「ふーん?変なの……ご飯美味しかったから次行こうまなちゃん」

 

 結局、私はお店に戻って両方共言うことはしていなかった。

 まなちゃんは礼儀正しい子で私がこうやってそういうのは普通しないと話をしても、怒ることなく私の意見をまるで尊重してくれているかのように聞いてくれていた。私はそれを良い気分になりながらも若干まなちゃんを振り回していた。

 

「まなちゃんはどうして女優やってるの?やっぱり目立ちたいから?」

 

「違うって言ったら嘘に聞こえるかもしれないけどね、私歌うことが好きなんだ。自慢になっちゃうけど、地域ののど自慢とかも結構行っててね。そこから本戦みたいので五回も優勝したことがあったんだ」

 

「え……?五回も……?」

 

 正直、初華ちゃんのおまけみたいなものだと思っていたからその話を聞いて私は普通に固まってしまう。

 

「優勝ってえっと……本戦だよね?」

 

「うん、そうそう。地方での人達もそうだけど本戦の人達も凄いんだよ?自分の心のままに歌っている。そういう姿勢とか姿を見ていると本当に歌っていいなってなるんだ。それに歌ってね、凄く感情を載せてくれるんだ。楽しい気持ち、嬉しい気持ちそういうものが……。勿論、悲しいだとか苦しいだとかそういうのもあるよ?」

 

「感情……」

 

「だからそういう真っ直ぐなものが出せる歌が好きなの!歌を通して届けられるものを誰かに届けたい。そういう思いで……」

 

 

 

 

「音楽を始めたんだ!」

 

 何一つ躊躇いなく疑うことを知らないという笑顔で私を向けてくれている。

 

「そうなん……だ」

 

 みくびっていたというのが相応しいとなってた。

 私はまなちゃんのことをあのときまで本当に初華ちゃんのおまけとしか認識していなかったけど、それを改めることになった。まなちゃんは自分を持っている、自分だけの音楽を持っている。それだけで自分達とは違うとなってしまっていた。

 

 必死に自分というものにしがみつこうとしている私と……自分の音を出せない睦ちゃんと、では……。

 

「大丈夫?睦ちゃん?」

 

「え?ううん、大丈夫……だよ」

 

 やっぱり誰もが……。

 

 

 

 

 

 自分を持っているんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

「海、本当に綺麗……」

 

 私は海の前に来ていた。

 

「やっぱり冷たい……」

 

 青く輝く海の景色に見惚れながらも、私は自分を記憶の海から戻って来る。

 まなちゃんと私の出会いは結人君と出会う前でのことだったから当時の私は多分かなり自分勝手だと思う。それはもしかしたら、今も変わらないかもしれないけどあのおばあちゃんに会えたら今度こそ「美味しかった」と伝えたいと思いながらも、私は一歩自分の足を海へと動こうとしているときだった……。

 

 声がしていた。

 こんな夜遅くに?と疑問になりつつも振り返ると、そこには……。

 

「おばあちゃん……?」

 

「その服装、あのときの子供かい?」

 

「覚えていて……くれたんだ」

 

「アンタみたいな図々しい子は中々居ないからねぇ」

 

 ……やっぱり美味しかったって言うのやめようかな。

 このおばあちゃん、本当に素っ気なくて私嫌いなんだよな……。

 

「なにをボサっとしているのさ、乗りな」

 

「乗りなって何に?」

 

「決まっているだろう?車にだよ」

 

「……え?いいの?」

 

 そう言ってしまう。

 今の私に誰かに優しくされる必要なんかない、なんてことを言うつもりはなかった。ただ単に今こんなよく分からない私みたいな放浪者を拾う必要なんてあるのかな?となっていた……。

 

「その様子だと今日は帰るところがないんだろう?ウチで泊って行くか、それともその辺で野宿するかなんてのは猿でもわかるぐらいに簡単な問題だと思うけどね」

 

「私、猿じゃないもん……。いいよ、分かった。おばあちゃんの家に泊ってあげる」

 

「そういうときはありがとうでいいんだよ、ったく本当に可愛げのない子供だね。顔は中々美人なのにさ」

 

「褒めても言ってあげないもん」

 

 褒められたことが嬉しくて頰が緩みそうになったけど私はなんとかそれを押さえ込む。こんなことで顔を緩くしたらおばあちゃんに都合が良くなるもん……。

 

 

「はぁ、全く……とんでもない娘を私は拾ったもんだね。あー一つ言っておくけど……泊めてやる代わりに」

 

 

 

 

 

「店の手伝いしてもらうからね」

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 車になりながらも、私はおばあちゃんの話に戸惑う……。

 え?お店を手伝わせるって言った?いやでも、まあそんな大したことはやらせないだろうし……大丈夫だよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのおばあちゃん、鬼だよ!悪魔だよ!人じゃない!!」

 

 そういう文句が出ていたのは本当のことでしかなかった。

 何故なら、私は次の日仕込みの段階から手伝わされた。もう何を手伝ったのかなんて覚えていないけど、こんなに忙しいなんて聞いてない。本当に聞かされていない。そもそもどうして私が接客をやらされているの?あっ、もしかして……。

 

「おばあちゃん、もしかして私看板娘?」

 

「なにアホなことを言ってるんだい、早くやりな」

 

「……はーい」

 

 現実に引き戻される。

 とはいえ、私だって分かってるもん。こういうのって一宿一飯の恩義って奴でしょ?だから、そういうのをちゃんと返さなくちゃいけないと分かっているけどこのおばあちゃん本当に鬼なんだもん。接客が私しか居ないから、私がお客さんにお水をあげたり料理を運んだり注文をする。どうして、これ全部私の仕事なの!?お店に三人従業員いるよ!?私含めたら四人だけど!!?

 

「お嬢ちゃん、バイトかい?」

 

「え?えっと、無賃で雇われてます」

 

 お客さんに話しかけられた私は自分の状況を抗議する。

 

「ハハハ!だってよ店主さん!!」

 

「馬鹿なこと言ってないで、早く仕事しな」

 

「後で絶対労働基準……なんだっけ?そういう奴に訴えてやるもん!!」

 

 途中までこれって正しい言葉だよね?ってなって曖昧になっているとお客さんに笑われてしまう。

 

「じゃあ、その前に使い潰さないといけないね」

 

「こわっ!?このおばあちゃん、本当に人の子なの!?」

 

「人のことを悪魔だの鬼だの言っているような子には言われたくないね!」

 

 そういうやり取りが何度も続きながらも、私はこの日お店が閉店するまで仕事を続けることになった。あっ、因みに休憩時間はくれた。そういうところはなんか妙にしっかりとしてるなーとなりながらも私は休憩してた……。

 

 

 

 

「ほら、今日の夜ご飯だよ。ゆっくり食べな」

 

「……うん」

 

 私も此処でもありがとうという感謝の言葉は使わずにおばあちゃんがテーブルの上に置いてくれたご飯を食べることにする。そして、いただきますも言わなかった。それは今日の朝も昼もそうだった……。

 

「やっぱり、美味しい……」

 

 お皿の中に置かれていたイカの刺身を醤油に浸して私が口の中にそれを入れていく……。口にした瞬間、冷たさと共に淡い甘みが静かに広がる。ねっとりと絡みつくよう食感に、ほんのりとした磯の香りが混じり合いながらも、私はお米を口の中に入れて行けばもうそれは完成形だった。そして、それを流し込むようにしてお味噌汁を飲む……。

 

 お味噌汁は本当に家庭的なものだった。

 ワカメと豆腐の味噌汁という単純なものだったけど、普通の家庭のような味噌汁が私の冷え切った心を温かくしててくれていた。本当に美味しいと感覚になりながらも私は続けるようにしてご飯を食べていた……。

 

 

 

 

 

 ご飯を食べ終えた後、おばあちゃんが隣で煙草を吸いながらも私のことを見つめていた。

 なんかかっこいいと思いながらも、私はただお皿を洗っていた……。

 

「アンタ……歳はいくつなんだい?」

 

「……15」

 

 睦ちゃんとしての年齢を答える。

 私という人格が生まれたのがいつかなんてのは知らない。私は気づいたら、睦ちゃんの役割として人格になっていた。きっとCRYCHICだったときの睦ちゃんみたいに私以外にも複数の人格は居たと思うけど、今は私と睦ちゃんしか居ない……から二人だけだった。

 

「そうかい、じゃあ高校入ったぐらいの歳って訳かい。まだ青臭いガキだねぇ」

 

「ガキって……おばあちゃんから見たらそうかもしれないけど後三年で私は成人になるんだよ?」

 

「そういうのは枠組みとしてはだけさ。18歳になったから成人だとか、20歳になってお酒や煙草が吸えるようになったからってそれで大人になるって訳じゃない」

 

 食器を一通り洗い終えると、おばあちゃんが語り始めている。

 どういうことなのかよく分からずにいた。歳を取って行くだけなのが大人になるというのがそうじゃないのかな?と不思議になっているとおばあちゃんに質問を投げる。

 

「じゃあ、おばあちゃんはどういうときが大人になるって思うの?」

 

「そりゃあ、アンタ……そんなのは自分が得た体験だとかそういうものだよ」

 

「体験……?」

 

「あんただって図体だけがデカくなって歳を取って来た訳じゃないだろうから、何か一つぐらいあるだろう?体験してきたもの」

 

 無音が続く……。

 私には無かった、そういうものが……。当たられたものはずっと睦ちゃんのおさがりばかりだった。自分は自分なんだと思い込ませても、そのまじないはすぐに消滅してしまう。それでも、私は得たくてモーティスという名前を得たけど、それも睦ちゃんが受け取らなかったものを私が貰ったに過ぎなかった。

 

 唯一、あるとすればそれは結人君との思い出……。

 でも、それはもうすぐ終わる。線香花火が終わる瞬間のように……。

 

「ないよ、おばあちゃん……。私が知ってる体験なんて」

 

 おばあちゃんは何も言わずに水道の蛇口を捻る。

 そして、その後に私の手を引っ張って蛇口から出ている水に手を当てている。

 

「冷たいかい?」

「冷たいけど……」

 

 自分が今何をされているのかもよく分からず、私はただおばあちゃんに受け応えをすると「そういうこと」とおばあちゃんが言う。それも疑問になって首を傾げてしまう。

 

「そうやって肌を通して今寒さを実感する、そういうものも体験って訳だよ」

 

「こんなの誰も体験するじゃん……」

 

「なに子供みたいなこと言ってんのさ、そうやって小さな体験がやがて大きな体験に繋がる。いつも大きな体験ばかりしていたらそれはいいことかもしれないけど私はあまりオススメしないね」

 

「どうして?」

 

 食器を元にあった場所に戻しながらも、私は置いたときの音に耳を傾けると、小さな音が私の耳元に残っていた。確かな実感と体験が耳元にはあった……。

 

「ありがたみを忘れるのさ、小さな……ね」

 

「……どういうことおばあちゃん?」

 

「簡単なことさ、これは例え話だけどね。毎回豪華な料理ばかりを食べていると、昔は感動していた母親の手作りの味噌汁のありがた「私みなみちゃんの味噌汁飲んだこと無い」」

 

「だから言ったろう?これは例え話だって……。とはいえ、随分悲しいことを言うねぇ。アンタ、母親の手料理は食べたきたことないかい?」

 

「ない訳じゃないと思うけど、そういう家庭的なもの多分ないと思う……」

 

 睦ちゃんの記憶をちゃんと覗かない限りは断言は出来ないと思うけど、みなみちゃんが作ってくれた料理で家庭的なものなんてのは一個もなかったと思う。それこそ肉じゃがとかは特に……。

 

「アンタ良かったね」

 

「え?」

 

「今日初めてそういうもの味わえたんだろ?」

 

 家庭的な味……。

 確かに私は今日初めてそういうものを体験出来た。細々とやっていそうな海鮮料理店の中でお店とは別の違う温かみが確かにあった。あーそっか、こういうものが……。

 

 

 

 体験なんだ……。

 

「おばあちゃん……」

 

「なんだい?」

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

 多分これは……モーティスとして初めて言ったものだと思う。

 小さなありがたみ、最初はよく分からなかったけど私にはとても大切なものだとなれていた。そういうものが体験を通して、何かを教えてくれたりするとかそういうことを言いたかったのかもしれない。

 

 ちょっと回りくどいおばあちゃんに笑みを浮かべながらも、私は結人君が信条として掲げている五感を通して得れるものを思い出しながらも、徐々に曇りつつあるのはおばあちゃんには見せないようにしていた。あのおばあちゃんならきっと気づいてしまうから……。

 

 

 

 

『俺は五感を通じて得られるものが好きなんだよ。だからそういうものを得る為に旅をしているんじゃないのか?』

 

 立ち食いお蕎麦屋さんで私は結人君と気まずくなってしまって、旅が好きだということを思い出して「どうして旅好きなの?」という質問をしたときに、それは返って来ていた。私はそのとき結人君が言っているんだから、きっと凄いことだとしか考えていなかったけど今になってみればあれは思い出や感謝に繋がっているのかもしれない。

 

 そして、こういうものが体験というものになるのかもしれないと私は自分の成長を実感しながらもおばあちゃんが敷いてくれた布団から出る。

 

「一日は長居し過ぎたかな……」

 

 おばあちゃんが用意してくれた館内着のまま、私は部屋を出る。

 

「早く行かないと……」

 

 結人君ならきっと追いかけて来る。

 追わないでとは伝えた。でも、結人君だったら絶対に函館まで追いかけて来る。そういう人だって私は知っている。家を出て、すぐに海へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗……」

 

 綺麗に揺れる波を眺める……。 

 自分の目で……確かにあるもので……。綺麗に瞳に映っているのは水面に光っている。青みに輝いて、何処か黒い。そんな海が私の視界に入りながらも、私は自分の手の握り締めると血管が浮き出る。握り締めた手を離せば、浮き出ていたものは消えちゃう……。

 

 息を吸うために口を開ける。

 自然の味がするなんていう表現はおかしいけど、それが一番そうだとしかならなかった。続けるようにして、鼻と耳で自分と言う人間を確かめる。鼻から入って来るのは、潮の香だった。ほんのりしょっぱい海水の香り……。そういうものがしてくる、ちょっと生臭い匂いもしているのと同時に耳には鳥や風の音が入って来る。こういう五感を使うということをしたのは多分初めてだった。結人君が普段こういう自然に耳を傾けると思えてくると、どんなに楽しい人生を送っているんだろうか?となる。

 

「楽しい人生、か……」

 

 これは我がままかもしれないけど、もっと早くに結人君と出会うことが出来ていたら私は五感を通じるものの大切に触れ敢えて、睦ちゃんと話し合おうとなれていたのかもしれない。思い出というものを大事にしようとなれていたの、かも……しれない。後悔ばかりが降り積もる中で、私は自分をはっきりと意識を保たせる。

 

「覚悟はもう決まってるもんね……やらなくちゃいけない……」

 

 目の前に海……。

 此処まで来た。覚悟ならもう決まっている。私が此処に来たのはやらなくちゃいけないから。最後に結人君が掲げているものをやったのは結人君という人間がどういう世界で生きているのか知りたかったから。それを知れた以上、私はもうこの世界に……。

 

 

 

 

 未練はない。

 

「やらなくちゃ……睦ちゃんの為にも……。結人君の為にも……」

 

 

 

 

 

「私の為にも……」

 

 砂浜に一つずつ、足跡のようなものが再び浮かび上がる。その足跡は一歩ずつ進んで行っていたけど、徐々に一歩が小さくなっている。それを自分でも実感しながらも、私はこれ以上二人を苦しめない為にもこの選択肢しかないとなっていたはずだった……。

 

 

 

 はずだったのに……。

 

 

 

 

 

『ずーっと前から結人君と会ってみたかったの!!』

 

 お願い……。

 

 

 

 

『えー?どうしようかな?結人君が参ったって言ってくれたら止めてあげる』

 

 やめて……。

 

 

 

 

 

 

『消えなくていい』

 

 お願いだから、やめて……。

 

 

 

 

 

『結人君……これすっごく大事にするね』

 

 私の足跡はそこで途絶える。

 立ち止まってしまう。覚悟を持って此処に来た。そのはずだったのに……私は膝から崩れ落ちながらも、体が震えてしょうがなかった。私はそれを何度も抑え込もうとしていたけど今度は違う場所から弱さが溢れてしまっていた。

 

「違う、消えない……と……。消えないと駄目なんだ……もん……」

 

 瞼には……透明でしょっぱい何かが溢れ出ている。それを必死に海水が目に入っただけだと刷り込ませようとしていたけど、それは無理でしかなかった……。

 

 

 

 

 

「私、やっぱり消えたくない……!結人君にいっぱい思い出貰った!!!ミモちゃんと遊んだ、結人君の顔いっぱい舐めさせた!!ゲームセンターで結人君とレースゲームして負けたのが悔しかった!!プリクラは一生の思い出になった……!!その後は一緒にご飯食べた、もっといっぱい二人で食べたいってなれた!!そういう思い出がいっぱいあるのに、消えたくなんかない!!もっと……もっと私は作りたいよ!!!」

 

 

 

「思い出をいっぱい作りたい……!!体験を作りたい、感謝をいっぱい伝えたいよ……!!」

 

 

 

 

「本当は……消えたくなんかない!!でも……やるしか……ない。睦ちゃんがこれ以上自分のことで苦しまない為にも……結人君がこれ以上睦ちゃんや私のことで苦しまない為にも、私が睦ちゃんの救世主にならなくちゃいけない……!!だから最後に結人君、これだけ言わせて……。届かないと思う、それでも私は言いたい……」

 

 

 

 

 

 

「ずっと好きだったよ……」

 

 

 

 

 

 

 

「思い出……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に映っていたのは青く透き通ったもの……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だった────。

 

 

 

 

 

 

 

 

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