【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「ねぇねぇ、今度函館来たときはちゃんと観光して行かない?」
新幹線の座席の中で俺の後ろの席に座っている愛音が提案してきていた。
「俺は構わねえけど……モーティスはどうする?」
「え?わ、私……?」
自分に話を振られるとは考えていなかったのか、用意していた返事などはなかったようだった。
「思い出作りたんだろ?」
「思い出……。うん、私も行く……」
モーティスが小さく微笑みながらも頷いていた。
これでモーティスにとっての思い出がまた一つ増えることになった……。本当だったら、函館で何処か寄ってやったりしてあげたらよかったんだがそんな時間はなかったからな……。
でも、一枚だけ大事な思い出は作れた……。
愛音のRINEから送られてきたものをスマホから眺めながらも俺はそれを実感させていた。
その写真は……。
この世でたった五人しか持っていない写真……。
「ねー!折角函館に来たんだから写真撮って行こうよ」
まだ新幹線に乗る前に愛音がそんな話をしていた。
楽奈が「面倒くさい」という声を上げていたから、ちょっとだけでいいからと愛音が説得していた。
「だとよ、どうする?にゃむ」
「なんでそこで私に振るの?別に私はいいんだけど……」
嫌そうに表情に出しながらもにゃむは断ろうとしているが、俺はそれを逃そうとしない。
「撮りたいとよ」
「……はぁ」
写真というものにそこまでこだわっていないのか、にゃむが断っている。というよりは、愛音の積極性の押しが強すぎて若干引き気味だったが、俺はそれを肯定の意味でわざと捉える。
「ほら、にゃむももっと寄ってよ」
「私撮らないって言ったんだけど……」
「別に一枚ぐらいはいいだろ」
「あのん、まだ?」
集中力が切れて来たのか楽奈がキョロキョロし始めている。
にゃむは本当に面倒くさそうにしている。やる気なのは愛音だけだった……。
「楽奈ちゃんもうちょっとジッとしててね、後で飴あげるから」
それぞれ思い思いの反応をするなか、モーティスだけがただ無言のまま愛音のスマホに顔を合わせていた。これも、思い出になるかもしれない。そう思ってあいつはただただ写真を撮るのを待っていたのかもしれないなんて想像しながらも愛音がタイミングを計って写真を……。
撮っていた。
にゃむは愛音が撮った写真に対して、自分が目を瞑っているからやり直したいと抗議をしているが愛音は撮り直す気は無かったようだった。何処か楽しそうに話している二人を背景に俺はモーティスに声を掛けていた。
「思い出一つ増えたな」
死ぬはずだったモーティスにとって生きるといえ選択を選んだ結果、増えた思い出……。実感をしていたのか、モーティスは暫く余韻に浸ったていた。
「……うん」
曇りなき眼でそうモーティスが答えている……。
それだけで……俺は満足だった。
「凛々子さん今日はありがとうございます」
俺たちは既にライブハウスRINGに到着していた。新幹線の中では、特に会話もなく、ただ時間が過ぎていった。愛音が少し話していた記憶があるが、俺は立希にある確認を取っていたことの方が印象に残っていた。
「気にしないでいいって……。それにしてもあそこに居るのAve Mujicaの子だよね?交流あったの?」
「まあ、そんなところです」
と話をすると、納得してくれた様子で準備を進めてくれていたが凛々子さんが「また結人君が女の子の弱点突いちゃったかぁ」なんて声が聞こえてきていたが、俺はそれに特に反応を示すことがなかったというよりは「別にそんなことしてるつもりじゃねえんだけどな」となりながらも、俺の方も準備を進めていた……。
「ねぇ結人」
「なんだ?」
「それで此処に着いたら説明してくれるって言ってたけど、どういうこと?」
にゃむはライブハウスの壁際に寄りかかりながらも、俺に質問を投げかけていた。
「北海道に居たときも言ったが、愛音と楽奈にギターを弾かせる。そんで、睦を取り戻す」
「もっと詳しく言って欲しいんだけど」
うんざりしたような顔で俺のことを一瞬見るにゃむ。
「今の睦にギターを弾くことが楽しくないという感情があるなら、それはきっとこれから先も壁になることに違いない。そうなったとき、Ave Mujicaを再開できたとしてもあいつが苦痛になるだけって話だ」
今現在、Ave Mujicaは休止中という形になっている……。
そして、それがもし解けて活動を再開できたとしても睦がギターを弾くことがない楽しくなかったらそれはきっと苦しみに繋がる。俺はそんな思いを睦にさせたくないから、今此処で解消させたい……。
「色々と突っ込みたいところはあるけど……もう一人来たみたいだけど?」
「もう一人……立希か」
ライブハウスで準備を進めていると、立希がステージ内に入って来ていた。
立希を呼んだのは俺だ……。そして、ムジカの奴らにもMyGOの奴らにも全員連絡が届くようにしていた。此処に来るようにって……。問題は祥子の方だが、俺は信じることにしていた海鈴と初華のことを……。あの二人なら大丈夫だって……。
「結人、どういうことなのか説明してい欲しいんだけど……」
俺はにゃむに話をしていたことを立希にもう一度話をしていた。
「事情は分かった。でも、それで本当に睦が戻って来るの?」
「分からねえ、でも可能性があるとしたらモーティスの心の中にいる睦に愛音と楽奈のギターを聴かせるしか方法はねえ。CRYCHICを復活させる、それも考えたけど今の睦にCRYCHICを与えたらきっとそれに依存しちまう」
CRYCHICの名前を出したとき、立希の口元が一瞬動いたような気がしていた。
正直、俺の中ではCRYCHICを一時的に再結成させて睦を呼び戻すという案はあったけど、それだといつまで経っても睦が前に進むことは出来ないと考えていたからこそ……。
「今、睦に必要なのは経験なんだ……。あいつの別人格のモーティスに聞いたんだが、睦は愛音と楽奈の演奏を好きだったらしいし、感じるものがあったらしい。あいつにとってもしそれが特別な意味を持つ演奏だったのなら、それをモーティス越しに聴かせることであいつが呼び戻せるかもしれない。俺はその可能性に賭けてみたいってなったんだ」
「戻って来なかったら?」
怪訝そうな表情を浮かべながらも立希が俺に肝心な話をしてくる。
「そんときはまた考える……。今はこれしか方法が思いつかない。だから、実行するってだけだ」
果たしてこの方法で睦が戻って来てくれるかという不安は俺の中にもある。
これで戻ってきて来ればそれでいいが、これで戻って来なかった場合どうすればいいかなんて何も考えてないからこそ俺はこれで戻って来ることを期待するしかなかった……。両手を揃えてお祈りでもしたいとなっていると、スタジオに立っている愛音がこう俺に声を掛けて来る。
「ねぇ、結人君いつまで睦ちゃんが戻って来れるかも分からないんだし今やった方がいいんじゃ……」
「……そうだな」
愛音は睦のことが心配のようでギターにピックを掛けている。
観客席の方には立希とにゃむしか居なかった……。
「出来れば全員揃った状態で始めたかったんだがな……」
俺が全員揃うことに拘っていたのは睦が成長するかもしれない姿を全員に見て欲しかったから。
そよと燈がこの場に居ないのは恐らく豊川の家に行っているからだ……。そして、あの二人は今でも豊川を説得してくれているんだろう。
「やるの?やらないの?」
楽奈が俺に問いかけて来る。
「……愛音の言うことも一理ある。分かった、やろう……。やれそうか?モーティス」
「え?う、うん……」
モーティスが戸惑いながらも頷いていた。
「じゃあ、愛音と楽奈頼む……。モーティスはそこに立っててくれ。凛々子さん」
「お願いします……」
賭けを始めることにする。
睦、戻って来てくれて俺は……。
『私は結人
謝りたい。
お前をそういう思考にさせてしまったのは……俺の罪だからな……。
結人君に演奏で睦ちゃんを取り戻す、と言われたとき……。
本当にそんなことが出来るのかな?となってた。確かに睦ちゃんにとってあの二人のギターは特別なものだった。だから、それを私に聴かせて何かを感じさせて睦ちゃんに届かせるというのは悪くないのかもしれないけど、半信半疑な気持ちはあったけど……試したかった。この二人なら信じられるとなってたから……。
「愛音ちゃん……」
「ん?どうしたの?モーティスちゃん?」
「今日は……お願い」
「いいっていいって、睦ちゃん絶対取り戻そうね」
愛音ちゃん、やっぱり凄く眩しい……。
睦ちゃんが苦手意識を持つのも分かるけど、今は愛音ちゃんのことが悪くないとなってた。それは新幹線で私と愛音ちゃんが少しお話をしたときのことだった。
『モーティスちゃん、さっきはごめんね?』
一人になりたかった私は車両と車両の間の場所の壁に寄りかかっていて考え事をしていた。考え事は勿論、睦ちゃんのことだったけどそんな私に愛音ちゃんは話しかけてくれていた。
あんな態度を取った後だというのに……。
『別に……いい』
ああやって心にもないことを言われてきたのは今も昔も変わらない。そして、それは私自身もしてきたことだから。大人になろう、そういう思いがあって私は我慢しようとしたときだった。
『私ね、中学時代学級委員長やってたんだ。それで色んな子の悩みを聞いてあげることがあったんだ。大きなことから小さなことから悩み相談とかいうか、そういうのをね?でね、多分きっとモーティスちゃんみたいに感じてた子いるんだろうなってさっき思ったんだ』
愛音ちゃんの表情は沈んでいた……。
自分が今までしてきた行動を悔いているかもしれない、そういうのが感じ取りながらも私はただ黙り込んで話に頷いていた。
『でもね、あんまり後悔したことってないんだ。私のことウンザリしてた子達はきっと居ただろうけど、ずっと悩みを一人で抱えているよりも誰かに打ち明けた方が楽になれる。そういうときもあるじゃん?力になれたらっていいかなって思えてさ、それに辛いでしょ?』
『辛い……?』
『うん、ずっと悩み抱えてるって辛いじゃん?』
くしゃっとしたような笑顔で愛音ちゃんは笑っていた……。
私はこのとき愛音ちゃんが本当に強い人なんだってなれていた……。結人君と同じ強さを持つ人間なんだって……。方向性は違くても二人は何処か似ているんだって思えていた……。
『愛音ちゃん……』
『ん?どうしたの?』
『さっきは……そのごめん』
だからこそ私は謝るという選択肢を取っていた。
愛音ちゃんが結人君に似ているからって言うのもあるけど、此処までちゃんと私に向き合おうとしくれているのに謝らないのは違うと流石に思ったから……。
本当にちょっと前の自分だったら考えられなかったかも……しれない。
私がこうやって誰かに謝るのなんてことをするのは……。あの睦ちゃんらしく言えば、成長って奴なの……かな。
『え?ああ、いいよいいよ。私も無神経なこと言っちゃったからさ……。で、モーちゃんって呼んでいい?』
『……え?モーちゃん?』
『そうそう、モーティスちゃんだからモーちゃん!牛みたいで可愛いでしょ?』
『私やっぱり……愛音ちゃん、嫌い』
『えー?絶対このあだ名いいって!!』
『センスないもん!!普通にモーティスでいい……もん』
前言撤回、やっぱり愛音ちゃんは嫌いと私の意識を改めてながらも久々にこうやって誰かと笑い合うような体験を覚えていた。それは悪いものじゃなくて、本当にいいものだった。こうやって笑うのは結人君以外だと本当に久々……だったから……。
「あの新幹線の出来事があったから愛音ちゃんを信じられる……」
小声で私は自分をそう信じさせていた。
そして、楽奈ちゃんの方に目を向ける。あの子は睦ちゃんより年下なのに私の存在に気づいてみせた。なら、もしかしたら今回も何かをしてくれるんじゃないかという期待を覚えてしまっていた。
「この二人なら信じられる……」
可能性が少しでもあるなら……。
愛音ちゃんには言われたときは怒っちゃったけど……。やれることがあるなら、試してみたかったから。だから、例え可能性が一ミリでも私は睦ちゃんに会えるならやりたかった……。なによりも……。
睦ちゃんとの思い出でも作りたかったから……。
「始まった……」
演奏が始まっていた……。
楽曲は立希ちゃんが一度前に途中まで作り上げていた楽曲だった……。何度か愛音ちゃん達がその楽曲を練習していたことが手慣れている様子で二人は楽器を奏でていた……。
「凄いなぁ……やっぱり」
二人の演奏を耳にする……。
自分の口にした通り、凄いとしか言いようがなかった。
「愛音ちゃん……」
愛音ちゃんのギターの音は……本当に眩しかった。
アンプから溢れ出す音が、まるで太陽のように激しく煌めていて会場のスピーカーからその明るさはまるで聞く人の心を明るくするようなものだった。決して上手い訳じゃない、それでも誰かの心に温もりを届けられるようなものがある。愛音ちゃんのことは苦手だけど、本当にこういうところは羨ましいとなってしまう。そういうものに触れながらも、私は楽奈ちゃんのギターの音をもう片方の耳で聴こうとする……。
「楽奈ちゃん……」
楽奈ちゃんのギターの音は……かなり変わっている。
心の底から自分が楽しむ為にギターを弾いているというのがもう分かる。なによりも、本当に楽しそうににかっと笑う姿は聴いているこっちまでリズムを合わせて足踏みをしたくなるような気分にさせてくれていたし、心が踊りたくなるものがあった。お客さんが居ないのに、二人の音楽のおかげで会場全体が湧き上がっているような感覚になる。
「私にも……出来るのかな」
背中を押されたかのような錯覚していた……。二人のおかげでこのギターに触れれば深層心理に行けるような気がしていた……。このギターは睦ちゃんの思い出の一つだから、きっと触れれば会いに行ける。
「行こう……!!」
二人の音楽に感化されながらも、私はギターの弦にピックで触れさせようとしたとき……だった。
「……!!?」
弦に触れさせたのと同時に音が鳴ったのと同時に、私は意識が朦朧としそうになる。
それを抑え込もうとしている。私はその場に立とうと意志をはっきりとさせつつも、再びピックに弦を触れようとしたときだった……。一瞬だけ、睦ちゃんの意識に触れたような感覚がしていた。睦ちゃんの人格という魂が戻ってきたような……。
「モーティスちゃん、大丈夫!!?」
そんな気がしていた……。
「おい、モーティス大丈夫か!?」
結人君っぽい声が聞こえて来る。
どうしてだろう、彼の声が聞こえて来るのに私の意識が遠のて行く……。徐々に、視界が狭まって行くなか私はたった一つだけあることを心に誓っていた。
「偶然じゃない、きっと……」
さっき睦ちゃんの意識に触れそうになったのは何も偶然じゃない。きっと私がギターに触れようとしたから睦ちゃんの意識が目覚めようとしていたんだ。だったら私が今からするべきことは一つだよね……。例え、このまま意識が遮断されたとしても私は心の世界で睦ちゃんを探し出す……。
だから、私は諦めない。
睦ちゃんとの話を─────。
「睦ちゃん……!睦ちゃん……!!」
声を出す度に、反響するかのようにして病室内で私の声がやまびこみたいになっていた。
「何処にいるの……!!」
私が出てきたのは病室のようなもの場所だった……。暑いとか寒いとかそういうものが感じない。不思議な場所に変わり果てていた……。
「なに……これ……」
病室に置かれているベッドは散乱としている……。シーツやカーテンなどは破かれていて、窓ガラスも割れている。日の光が入っているはずなのに、そこから光があることはなかった。寧ろ、世界が破れたかのようにして……割れた窓の世界には色んな世界が広がっていた……。
月ノ森の教室、校庭、カラオケの個室、ゲームセンター、映画館……。
そういったものが広がっていた……。そのとき、私は確信した……。
睦ちゃんの精神世界は既に崩壊しているって……。
そして、此処ももう安全じゃないということも……。
「モーティスちゃん、生きてたんだ……?じゃあ……今度は」
振り返るとそこには……。
「ちゃんと消してあげないとね?」
まだ私達になれてない人格達が禍々しい黒い物体の……有象無象の怪物となって……。
現れていた……。