【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
認めない、絶対に認めない……。
今此処で睦ちゃんを受け入れるということはまだ睦ちゃんにもなれていない私達が睦ちゃんの一部になってしまうか、共存の道を選ばなくちゃいけない。それだけは嫌だ。それだけは……。私にとって、今目の前にいる若葉睦ちゃんは所詮、過去の負の遺産。そして、それはモーティスだってそう。
あの子達は失敗した。
次は失敗しないために私達が生まれた。次からは私達が一丸となって人格会議を行って、常に最適な行動をしていく……。余計なことを言わない、誰かを悲しませることもしないそういう綺麗な睦ちゃんになれるのは私達だけなの……。だから、今此処で睦ちゃんにギターを弾かれるのはとてもまずい……。
証明しなきゃ、私達こそがギターを弾けるんだって……!!
「そんなわけない、そんなわけない……。私なら弾ける。私ならもっとこの子を弾かせられる、だって私はどんな睦ちゃんよりも優れてる……。もう失敗しない為に生まれた人格達なんだよ、だから私たちには弾けるの……!!」
私ならギターを弾ける。
だって、私は失敗しないために生まれた若葉睦達……。私が弾けばこのギターを弾いてくれる。弾くべき曲は現実世界であの二人が弾いている曲を弾けばいい。それで私は解放されるんだと徐々に穏やかな心になりながらも、ギターの弦にピックを触れさせたとき……。
「なんで、なんで……!!」
ピックを弦に触れさせることは出来た。
そんなことは誰でもできるけど、肝心の音が聞こえてこなかった。おかしい、こんなのおかしい。私が求めている音がしなかった。
「お願い、お願いだから……」
私が欲しいのは楽奈のようにギターを楽しく弾くことと、愛音のような太陽のようなギターを弾けることを。それが出来れば私は最強になれる……はずなのに私にはその音を奏でることが出来ない。音が空洞でしかないの……。聞こえてこない、自分の音が……。
「どうして、どうして……」
ギターから手を離してしまいながらも、崩れるようにして倒れ込んでしまう。
私の耳にはギターを落とした音なんて耳に残っていなかった。あったとすれば、自分が何故ギターを弾けなかったという疑問だけだった。簡単なことだと思っていた、ギターを弾くなんて……。
私達は睦ちゃんと違って、幾多の人格が形成されている。
まだ未発達だけどギターを道具と扱ってない子だっていたはずだった……。なのに、ギターは応えてくれなかった……。
「なんでよ……」
途端に瞼から涙が溢れ出ていた……。
泣くしかなかった……。子供のようにわんわんと泣いて、泣きじゃくりながらも私は自分が何故ギターを弾けなかったのかなんてことはどうでも良くなっていた。そんなことよりも今大事なのは私達が結局未発達の人格でしかなかったと知り得ることになってしまった。
それが本当に耐えられなかった……。
今の私たちは睦ちゃんやモーティスのことなんて遥かに圧倒していると考えていたのに叩きつけられた現実は自分達は過去の睦ちゃんより価値がないということだった。
「価値がない、か……」
思えば、いつだってそうだった……。
私たちはみなみちゃんの娘、たあくんの娘という視線があった。それは睦ちゃんが幾つになっても変わることはなかった。きっと死ぬまで変わることがないものだったに違いない。そんな枠組みを超えてあげるのが私達の存在……。
だったはずなのに……。
「やっぱり私達、要らなかったんだ……」
最初から若葉睦なんて存在は不要だった……。
母親からは化け物としか見られず、父親からはただ同年代の子とちょっと大人びているだけだと認識されていた……。そういう身近の人の事実があったからこそ、もう……。
耐えられなくなっていた……。
誰も助けてくれない、そんな真実に私は打ちのめされていると……私の視界がそこで途切れる。
あーきっと、私という命の煌めきが此処で尽きてしまった……。
人格として不要だと判断されてしまったんだろう。仕方ない、そう自分に言い聞かせながらも受け入れようとしていたそのときだった……。
「私は私……」
聞き覚えのある言葉が耳を通して伝わっていた。
この言葉は……睦ちゃんが祥ちゃんを守る為に放った武器……。言葉と目つきという鋭利な刃物でにゃむちゃんを黙らせて、睦ちゃんは守ってみせた。何故、今になってそんな言葉をと思いながらも、私は一度目を開くと視界に広がっているのは……。
「睦……ちゃん?」
私のことを優しく温もりを与えてくれている睦ちゃんの姿だった……。
抱き寄せて、まるで大丈夫、大丈夫と言いたそうにしながらも睦ちゃんは私の背中を撫でていてくれていた……。それだけで自分がまだ誰からも見放されたわけじゃないということに安心感を置覚えてしまったのと同時に初めて罪悪感という気持ちを覚えていた……。
「貴方も……私だった。貴方はまだ未発達な子だった。私にはなれていなかったのかもしれない、それでも……貴方は私だった」
「どうして……?」
「だって……」
「私の中にいる存在……だから」
抱き寄せ返そうとしていた手が私は宙に浮く……。
「そう……だね」
腑に落ちる答えだった……。
「私達は……誰かに必要とされたかった……。そうじゃないと、自分の存在を証明できない……まだ睦ちゃんにはなれなかったけど私達が睦ちゃんになれば完璧な睦ちゃんになれると思ってた……。でも、それは違うんだよね……」
「睦ちゃんが言うように私達もギターを受け入れてなかった。自分というものを維持する為の道具としか見ていなかった……から。応えてくれる訳がなかった、そういう思いと意志じゃ……。本当に馬鹿だよね」
「馬鹿……じゃない」
それは優しさそのものだった……。
紛れもなく彼譲りの……。
「ありがとう、睦ちゃん……。それとね、私達がきっと睦ちゃんになっても失敗していたと思う。自分という個こそが完璧に相応しい、人格であるとかそういうものに拘り始めて睦ちゃんがモーティスを蹴落とそうとしたように私達も自分達を蹴落とそうとしていたと思う……。だからね、これだけは言わせて欲しいの……」
「私は私、でも……」
「睦ちゃんになれなかったんだ……」
「私たちは……」
睦ちゃんに私は私と言われたとき、本当に嬉しかった。
心の底から湧き上がるものがあった。それは紛れもなく……温もりというものだった。私達が知ることはなかった、人の優しさ・温もり、そういうものにこうやって睦ちゃんの中に統合される前に知れたことは……。
「じゃあね、睦ちゃん……モーティスちゃん……」
「頑張ってね……」
良かったのかもしれない……。
私という存在はこの世界から消失した……。
あの子もきっと私という人格になって経験を積みたかったのかもしれない、思い出を作りたかったのかもしれない。体験を得たかったのかもしれない。そういうものに触れ合わせる事もなかったのは少しばかり悲しくは思っていた……。
でも、これからは私の中で見ていて欲しい……。
心臓の部分に手を置きながらも、私は目を瞑りそう心の中で唱えていた……。
「モーティス、後で話をしたい。全部が終わったら……」
「私も睦ちゃんと話がしたいの」
「じゃあ、ライブが終わったらあとでね……」
お互いに頷きながらも、私はあの子が置いて行ったギターを手に取り、手でその音を確かめながらも、私は奏でようとするそれは……。
名前も音の名前もまだない……ただのギターを私は愛音と楽奈と共に弾かせることを選ぼうとしていた。この手で……。
きっと、愛音や楽奈に比べれば遥かに劣っているかもしれない。それでもこのギターがもう一度応えてくれる機会をくれたというのなら、私はあの二人と共にセッションをするという意志がこの……手の中には……。
あった……から。
だから……。
こんなにもギターを弾くということが……共鳴するということが……。
苦痛に感じなかったのは久々で私は……。
二人の顔を見ながらこう告げる。
「ありがとう、愛音……楽奈……」