【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
海鈴から渡されたモルフォニカのチケットをスマホ越しに眺める。
私はどうするべきかどうか揺らいでいた……。
『どうしてこれを……?』
『モルフォニカはお二方の元鞘、CRYCHICを始めたきっかけだと後から調べて知りました……。それに若葉さんは月ノ森の生徒です。モルフォニカを知らないはずはないでしょう。もう一度言いますが、このチケットでお二方がバンドに対してどういう印象を持って、何を得たのか知りたいんです。そしてムジカをまたやりたいという気持ちがあれば」
『連絡してください』
海鈴はそう言って、私にライブのチケットを譲渡していた……。
それだけ伝えて「連絡待ってます」と言って、海鈴はその場を去って行った……。そして、残された私はその場でただ立ち尽くしていた……。
『睦ちゃん……これはチャンスだよ?折角のチャンスを不意にするの?』
暫く空白の時間が続いていると……モーティスの声がしてくる。
「それは……」
確かにモーティスの言う通り……これは海鈴が渡してくれた機会……。
祥は勿論のこと、私と言う人間が他のバンドを通して何かを得たとき、私の中でバンドをやりたいという思いが芽生えるかもしれない。そんな簡単なことじゃないけど、こうして音楽を通して私になれたということはきっかけさえあれば音楽からまた得れる……かもしれない。
そういう期待を胸に秘めながらも私が迷い続けていると……誰かが私の目の前に立っているような気がしていた……。
「初華……」
暗がりのベンチに腰掛ける私の前に深々と帽子から金髪が小さく映る。
「睦ちゃん、一人でなにをしているの?」
好奇心で聞かれている……。
とはいえ、薄暗いこんな場所のベンチに座ってスマホを眺めていたら話しかけられるのも無理はないのかもしれない……。私は何も言わず、そのまま初華にモルフォニカのチケットを携帯から見せる。
「これライブ……かな?モルフォニカって確か……」
「ん……CRYCHICが出来た理由のバンド……」
「…………そっか、どうしてそのバンドのライブのチケットを睦ちゃんが持ってるの?」
「海鈴から……渡された」
「海鈴ちゃんから……?それって二人分あるけどもしかして祥ちゃんの分?」
小さく頷くと再び初華は納得の声を出していた……。
私は初華に何故これを渡されて、私が今迷っていることを話した……。何かきっかけになるかもしれないと思ったから……。
「睦ちゃん聞いてもいいかな?」
私は再び頷く……。
「悩んでくれているってことはまたムジカをやりたいって気持ちがあるってことだよね?」
「……私が?」
「だって悩んでくれているってことはまたやりたいっていう気持ちがあるってことだよね?」
無言になる……。
言われてみれば、そう……なのかもしれないとなっていたから……。こうして、ムジカをまたやりたいかやらないかで躊躇っているのは間違い……ないから。ギターの音を手に入れた今、私は心の中では今度こそムジカをやれるんじゃないか?という思いがあったから。
「だったら、行ってみよ?何か掴めるものもあるかもしれないよ」
「行くって何処に……?」
「祥ちゃんの家……!!」
「ま、待って……押さないで……」
「いいから、行こう睦ちゃん……!!」
初華に背中を押されながらも私は祥の家の方へと押されていく……。
あのときもそうだけど、初華が此処まで寄り添ってくれるとは思っていなかった……。これも結人のおかげなのかな……。
「此処……」
祥の家の前に辿り着くと、そのまま初華は止まってしまう。
「あっ、えっと睦ちゃん……私は帰るね?」
「どうして?」となる……。
此処まで連れ出してくれたのに一緒に入ってくれないのなんて言うつもりはない。ただ、初華がソワソワしていたから何処か様子がおかしいような気がしていた……。
「あーえっとね、ほら……睦ちゃんも一人で行った方が話しやすいこともあるかなって……」
「分かった、ただ一つ聞きたい……」
「聞きたいこと?」
小さく頷いた後に私はあの日のことを聞き出す。
「どうして初華はあの日、私に手を差し伸べてくれたの?」
知りたかった、ずっと……。
初華にとって私は多分祥の幼馴染ぐらいとしか思われていなかったのに、どうして私の背中を押してくれたのか気になっていた……。二度も……。
「結人に教えて貰ったんだ……。大事なこと、五感を通じるものの大切さ、身近にあるものの大切さ……。そういうものを学んだときに私は思ったんだ。彼は凄いな……って」
「ん……結人は凄い」
「でも、思ったことがあるの。結人は人間なんだって……」
人間……。
そうなのかもしれない……。結人もただの人間……。なのに、そんな彼に私は依存していた……。確信に近い言葉を言われて私はただ頷いていた。
「結人は確かに凄いけど、ちゃんと人間なんだって思えた。祥ちゃんを燈ちゃん達が追いかけて行ったとき、結人君だけが私を待っていてくれていたんだ……。それでね、私が話をしたくなるまで待つって言ってくれたんだ。私は結局話は出来なかったけど……あのときの結人君の表情は苦悩に満ち溢れていた表情をしていたの……。だから、私は彼は人間なんだって思えた……」
「彼は神様でも凄い人でもなくて、ただの人なんだって……。そう思えたから……きっと私は彼が隣に居てくれるだけで安心できたような気がしていたんだ」
「そう……だね」
それは知っているものだった……。
私が結人を依存の対象ではなくただ一人の好きな人と認識するようになってから私もそれと似たような感覚を得ていた……から。結人を膝枕していたあの日……。心が温まりそうなほど幸せなもので満たされていて私は満足だった……。
初華とはきっと多分違う形だと思う。
それでも……。
「初華……」
「聞けて良かった……結人のこと」
「行ってくる、祥のところ……」
初華にそう言って、私は祥の家の中へと入って行く……。
「あっ、あのね!初華ちゃん……!!」
祥の家に行こうと瞬間に、モーティスが勝手に私の表となる……。
「ま、まなちゃんって元気してる!?」
「まなちゃん……?うん、元気にしてるよ?」
「そ、そっか……ならよかった……!!じゃあ、睦ちゃん変わるね……」
と言った矢先に、モーティスが私に体を返却してくる……。
私は初華の顔を見るのに少し勇気が必要だった。今まで初華の前でモーティスを意識させて見せたかったことはないから。
「今のがモーティスちゃん?」
無言で首を縦に振る。
なんて言われるのだろうかと、少し身構えていると……。
「元気そうな子だね……!」
「……ありがとう」
途端に緊張感はほぐれる。返ってきたのは……何も怖くない。
ただのモーティスへの褒め言葉だった……から。
「じゃあ、私は帰るね睦ちゃん!後は二人でね!!」
『私は貴方に壊されるほど、軟な人間ではありませんわ!!いつまでもそうやってウジウジしていないで出て来なさい!!』
あの日……私は睦を取り戻すためにああ言った……。
それが正しい方へと導かれるようにして結果的に睦は私の言葉で戻って来てくれたんですわ……。今では立派に睦は一人の人間として歩いていますわ……。それが友人として誇らしいことであるはずなのに、私は自分に苛立ちを覚えてしょうがないですわ……。
「ウジウジしているのは私の方ですわね……」
分かっていますわ、睦を取り戻した後も彼女の近くに寄り添えず、燈達に謝ることすらできなかった。強く生きようとする幼馴染の姿、皆様方は睦の為に尽力を尽くしくれたのに私は何もできなかった。こういうとき、本来であれば私は睦に触発されて自分も頑張らなくてはいけないですわと思うのが普通だと思いますわ。
しかし……私にはそんな勇気も意志もない。
ただの枯れ葉なのですわ……。
ベッドの上でどうしようもできない自分を呪う。それすら意味のない、価値のない行動だと分かっているはずなのに、私にはどうすることも出来なかった……。何もできないのだから……。
「祥……」
「……睦?」
私の部屋の扉が開く音はしなかった……。
いえ、そうではないですわね。きっと私が自分の弱さに打ちのめされて周りの音を遮断していたんですわ。睦を見ればそれはもう分かりやすいですわ、何故なら彼女は光の中を歩いているのですから……。
そして、私は……闇の中を……。
「祥……これ……」
酔いしれていると睦がスマホ越しに見せて来たのはライブのチケットのようなものでしたわ。ただ、それは私達にとっても印象深いバンドの……でしたわ。
「これは……モルフォニカのライブチケットですの……?」
そう、睦が差し出してきたのはモルフォニカのライブチケット……。
モルフォニカ、懐かしいですわね……。私達がライブを見たのは一年前でしたわね……。まさか、このような形でまたあのバンドの名前を見るようになるなんて……。
「月ノ森には行けませんわよ」
「分かってる……。ライブ会場違うから祥でも……行ける……」
「行くとは言ってませんわ……」
何故、睦がこのチケットを持ってきたのかはなんとなく気付いていましたわ。
こうしてライブのチケットを持ってくるということは私と一緒にライブを見たいという気持ちがあるのか、それとも八幡さんからライブのチケットを譲渡されてムジカについて改めて考えて欲しいと言われたに違いないですわ……。
もし、後者ならば八幡さんがそこまでしてくるというのは少し意外ですわね……。
彼女はAve Mujicaについては消極的だとばかり思っていましたから……。
「一度だけで……いい」
「そう言われると断りづらいですわね……」
「ごめん……」
先ほどまでの睦のような姿はなく、何処か悲しそうな顔をしている睦の姿があった……。
私はその顔を見る度に、罪悪感に呑まれそうになっていた。また彼女を傷つけてしまったと……。傷つけた、そうですわね。罪滅ぼしだと思って、一緒に見に行く。それも幼馴染の務めかもしれませんわね……。
「分かりましたわ……睦」
「……いいの?」
首を傾げながらも、確認をしてくる睦……。
「ええ、構いませんわ睦……」
罪滅ぼしなんて言ってしまえば、睦は傷ついていないと言うでしょう……。
私は何も言わずにただ一緒に見に行くという話をした……。モルフォニカのライブ、まさか本当にこんな形で見に行くことになるなんて……。
予想外ですわね……。
「本当に久々ですわね、モルフォニカ……」
ライブ当日……。
私はライブ会場で指定されていた場所にやって来ていた……。このライブはモルフォニカの他にPoppin'Partyというバンドのライブもあるということでしたわ……。どうやら、合同ライブということですわ……。
改めてこのライブのことを再確認した後に、私は隣に座った睦にこう聞きましたわ……。
「彼は……星乃さんは元気にしておりますの?」
私はまだ彼に睦のことでお礼を言っていない……。
お父様と離れて暮らしていることは彼には言えませんが……。
「してる……最近も偶に会ってる……」
「そうなんです……のね。睦はあの方とは仲が良いんですの?」
「ん……好き」
「好き……好き?そ、そうなんですのね……」
睦が此処まで直接的に誰かに対して好意を持っているというのはとても珍しいことだったあまり、私は思わず動揺してしまう。もしかしたら……あの場で睦が星乃さんのことを好きだと言うことを好きだと知らないのを私だけ……だったのかもしれませんわね。
「しかし、そのですわね……睦も知ってのとおり、星乃さんが仲が良いのは燈ですわよね?」
「ん……立希達も」
「頭が痛くなってきましたからもういいですわ……睦」
おでこに手を当てそうになりながらも、私はそう言う。
睦が言う仲が良いは恐らく……とんでもないほどという意味合いな気がしてきてこれ以上触れない方がいいという気がしてきた私はそれ以上聞くのをやめましたわ……。これ以上、業が深いことを聞くのは触らぬ神に祟りなしという奴ですわ……。
と頭を抱えそうになっていますとステージの方が一気に暗くなりましたわ。
まるで、始まりを知らせるようにして……。
「祥……ライブ始まる……」
「ええ、そうですわね……」
ライブが始まったということで私と睦は聴く姿勢に入る……。
此処から始まるのはモルフォニカのライブなのですから……。
私達の原点の……。
演奏が始まった……。
あのときと同等……いや、それ以上だった……。
「生きてる……」
音が私の胸を打ち付ける……。
間違いなかった、生きている……。音を浴びただけで私にはもうそれが伝わっていた……。
私が注目していたのはギターの先輩……桐ヶ谷透子先輩……。
「……凄い」
ギターの音が鼓動に響く……。
ステージでは常に表情豊かで、全身を使ってギターの演奏をしている……。
観客や他メンバーとの視線のやり取りやノリを大切にしているからこそ……そこにライブ感が生み出されている……。
桐ヶ谷先輩は……。
自分らしさを出している……。
あまり学校で先輩との交流がないから……聞いたことあることでしか喋れない……。それでも桐ヶ谷先輩がとても明るくてクラスでもかなり目立つ人だって……。私は演奏を聴くのを集中にしながらも世界に……浸っていた……。
桐ヶ谷先輩のギターは本当に眩しかった……。
ギターを弾かせるだけで陽だまりみたいなオーラがあって存在感がある……。ただ、それは他の楽器の邪魔になって……ない。それでも、表情・立ち振る舞い・雰囲気づくりという個性があるからこそ鼓膜に入る度に届くものがある。だから、ライブ会場の照明やカメラとも相性がいい。ライブ会場の大きな液晶には先輩の表情が映る度に……はじけるような笑顔で笑い飛ばすその表情に心を揺さぶれそうになるから……。そういうものがあるからこそ……強く惹きつけられてしまう。
あのとき、以上に……モルフォニカは凄いバンド……だということを……。
「流石はモルフォニカでしたわね、睦……。中等部で聞いたあのとき以上の演奏に仕上がっていましたわ……。倉田先輩の歌声もより儚く美しいものを表現する歌声になっていましたわ……」
桐ヶ谷先輩のギターを聴いて……思ったことがあった……。
私には到底あのギターを弾くことは出来ない……。あまりにもかけ離れているから……。自分のギターとは……。
「睦……?」
祥が顔を覗き込むようにして心配してくれていた……。
それに……。
「……大丈夫」
と答えた後に黙り込みながらも、私は考えていた。
分かっている、誰かのギターを模倣したとしてそれは私のギターではないなんて……。
それは愛音と楽奈とセッションしたときからずっと思っていたからこそ私だけのギターを探そうとして、その結果見つけ出すことに成功……した。
「これじゃあダメ……」
今を否定する訳じゃ……ない。
この先、Ave Mujicaとしてやって行くなら……もしギターと一緒に歩いて行くなら私は私なりのギターを更に敷き詰めないと……駄目。その答えを欲していたけど、私にはそれは結局見つかることが出来なかったけど、分かったことがあった……。
愛音、楽奈……桐ヶ谷先輩……。
この短期間で色んなギターの在り方を見て聴いて思ったことがあった……。
私は本当にあの子を弾かせることなんて出来るんだろうか……。
正しい形で……。
「応えられるようにしないと……」
ライブを終わった後……祥に一人になりたいと我がままを言った私はただ一人で風という自然が流れるのを浴びていた……。その風が冷たいのなんて当たり前なはずなのに、私は自分の悲しさを物語らせているような気がしてならなかった……。
ただ一人ベンチに座りながらも……私はギターを持つような手を作ろうとしたときだった……。誰かが歩いて来ているような足音がしていた……。私は手を中断させてその足音の方を見るとそこには……。
「良かった、此処に居た……。えっと……若葉睦……さんだよね?」
「倉田……先輩……」
呼吸をするのがやっとと言う様子の倉田先輩……。
どうして此処にいるのだろう?と疑問しか絶え間ない状況になっていると「あっ」と言った後にこう言い出す。まるで私の表情に気づいたかのように……。
「ステージの上から若葉さんのこと見つけたんだ……。その……若葉さん無事だったんだね」
「…………はい」
何故、倉田先輩が私が……モーティスが失踪していたことを知っているのか知らない。多分、結人かそよが会ったのかもしれないと納得しながらも私はそれに返事をしながらも、安心してくれている倉田先輩にこう聞き出す……。
「倉田先輩……」
「バンドって……どういうものですか?」