【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「それともう一つ……なんか良い感じに仲良しごっこのバンドになったみたいだけど、悪いけど私はその中に入る気はないから、大体本当にその化け物と一緒にバンドなんて無理に決まってるでしょ?なんで全員がそれを当たり前みたいな顔してんの?」
反吐が出そうだった。
私以外全員がムジカをやる方針に舵を切っていて、尚且つあの化け物と平然と一緒にいる。それが気色悪いという感想しか出て来なかった。
「帰って」
力強く、私は扉を締め直してそのまま鍵も閉める。
本当に薄気味悪かった……。何故、あの化け物と平然と居られるのか分からなかった。あいつは人間じゃない、人の顔をした化け物でしかない……。
『また傷つけた……』
「うっさいなぁ……」
聞こえる幻聴……。
それが幻聴だと分かっていても、私にはどうすることも出来なかった……。あの化け物が主演を務めている映画を見てからずっとそうだった。アレの幻聴が聞こえて来る、今にしてみればみなみさんはこのことを危惧していたのかもしれない、なんて私は自分がした迂闊さを嘲笑いながらも私はベッドの上に戻ったのと同時に……。
視界に入るのはもう暫く……使っていないパソコンだった……。
私は……。
にゃむちとしての自分を捨てることになった……。
いや、それだけじゃない……。
私は女優を目指していた自分を潰すことになった……。
あの化け物が戻って来てからものの数日……。
出来る限り、あの場に居た奴らと関わらないようにしていた……。ウミコが私の連絡先を知っていたし、連絡が何度も来ていてけど私は反応することなく無視を続けていた……。私にもうバンドのことは関係ないことでしかないから。
そうして、自分という人間として生きて行こうとしているうちに私はあることに気づいた日があった。それはかつてのように……演技が出来なくなっていたことだった……。
演劇の学校で私は自分の台本を持っていざ演技しようとしたとき、全く演技が出来なかった。台本を持つ手が震えて、声が全く出なかった。脳内には過るのはあの日のアレの姿でしかなかった……。みなみさんの言う通りだった……。
『凡人だもの……』
あの日……。
私は信念がどうのだとかと言って言い返していたけど、結局のところはみなみさんの言っていることは全部が当たっていた。悔しいけど、本当に当たっていた……。結局のところ、アレに対して絶望と恐怖心を打ち付けられて何も出来なくされていた……。
それでも何かを諦めたくなかった私は縋るようにして、家に帰って……。
「にゃむち」を演じようとしたけど、此処でも私は自分がその「にゃむち」を演じることが出来なかった。もうどうしようもないほどの恐怖心を植え付けられた私にとってその希望すらも打ち壊されることになった。ムジカが活動休止になっている間に自分だけでも有名になろうと画策していたけど、それは完全に失敗に終わった。
全部が滑稽に思えてしまうほど、終わりを迎えたという事実……。
笑える話でしかない……。そして、今でも思い出すのは「にゃむち」としての自分を待つ声やもう居ない存在と認識され始めていること……。そういうものを思い出すたびに腸が煮えくり返りそうになるけど、私には立ち上がるだけの力が残されていなかった……。
「これじゃあ、サキコと同じじゃん……」
虚無感なんてくだらないものに縋って絶望して行ったサキコ。
そして、私はアレが怖くてどうすることも出来ないという恐怖心から来る絶望で何もできなくなっていた……。本当に自分が今まで批難していた奴と同じ状況にあるということ……。
「マジで笑えない……」
没落お嬢様と同じなんて思いたくないけど、こうやってベッドに吸収されている日々が続いている。これの何処を違うと思わなければいい。最初のうちは確かに、あいつとは違うと断言していたけどもうこの状況になってしまえば、認めるしかなかった……。学校にも行かないで、こうやって天井の汚れを数えている日々が続いているんだから……。
そして、最終的には同業者の情報ばかり調べているという最悪な状況……。
まるで自分が何かに未練があるかのようなことを示しているようだった。視界にはいるのはまなだとか、初華の話ばかりそういうものばかりだった……。後は、あの化け物の映画とかドラマがどうのとか話ばかり……本当にそういうものばかりを追い掛けている日々が続いている。どうせ、私がやろうとしていた役も誰かが勝手に引き継いでる……。
「……朝か」
スマホで確認すると、時間帯は9時を示していた……。
昨日の時点でもう夜になっていたから、そのまま寝落ちしたか……。まあ、それ自体はどうでもいいけど……。お腹空いたし、何か買ってくるか……と思いながらも私は重い腰を上げてベッドから立ち上がっていた……。
特に何処へ買い物をしに行くかなんて決めてはいないけど、私はとりあえず家を出て道のりを歩き始めていた……。歩いている間に何か食べたいものでも思いつくかもしれないなんて考えていたけど、これと言って特に思いつかなかったのと同時に不快な気配がしていた……。
「なんで付いてくんの?キモイんだけど」
「……」
ついて来ているのは化け物だった……。
本当に此処最近ずっとついていない……。昨日はウミコに家を特定されるし、その前は
見たところ、足は早くないだろうしとっとと振り切れる。
そう睨んでいた私は足を一気に動かして、走り始めることにした。これなら、もう追い掛けることも不可能。顔も見なくて済む……。例え家に来たとしても出なければいい……。
「はぁ……はぁ……」
『逃げた……』
「うるさいって言ってんでしょ……」
小さく私は呟いた後に私はあの化け物の足を見る、あの化け物は追いかけるのをやめなかった……。
これに関しては本当に想定外でしかなかった。どうせ足は遅いと考えていたから、とっとと諦めて切り上げてくれると……。実際は違った……実際はあの化け物はひたすら私のことを追い掛け続けていた。息を切らしながらも、馬鹿みたいに必死になって私のことを追い掛けていた。
「あのさぁ……」
「自分が嫌われてるって自覚ないわけ?」
それは目の前にいるアレと幻聴に言うようにして言った。
「知って……る」
息を切らしながらも、人間のフリをする化け物……。
「じゃあ、なんで追いかけて来んの?そんなに憎い訳、私がサキコを傷つけたこと?」
『憎い』という幻聴が聞こえながらも、私はそれを無視する……。
「それは……」
何も言えない、そういう顔をしていそうなのは予想出来ていた。
それでも、私はアレの顔を見ないようにしていた。とにかく私は走ろうとするが、そんな私に対してあの化け物はこう返して来る。
「怖い……?」
「ッ……!!」
図星を突かれた私は顔を歪めそうになる……。腹部をいきなり刺された気分だった。それが紛れもなく幻聴ではなく、実際に聞こえた声だったから。なにより、他の奴にそれを指摘されるのは絶対に嫌でしかなかった。それがアレなら尚更でしかない。
「なにそれ?異常者に他人に言い返す方法でも教わったの?」
「異常者って結人のこと……?」
「そうだけどなに?くだらない善意で何処かの化け物を助けて出したつもりなんだろうけど、それがどれだけ厄介なものなのか分かってない。あんたみたいな化け物と寄りそうとか本当に気持ち悪いんだよね」
拳を握り締めて、「訂正」として欲しそうにしている。
いや、幻聴が実際に『訂正しろ』と言っていた。
「なにその態度?取り消して欲しい訳?自分に寄り添ってくれる王子様を異常と呼んだこと?やっぱ、そうなんだ?今だってそうやって私のことを憎くてしょうがないんでしょ?サキコのムジカを壊した、私のことを」
幻聴で散々聞こえていたものを口にした私……。
これじゃあ自分がまるでアレに恐怖していると言っているようなものだというのに私は止まらなかった。喋らせたくなったから、人の顔をした化け物に……。喋れば喋られるほど恐怖心が増えていくだけで幻聴が増えて行くばかりだから。
もう顔も見たくない、これ以上私を壊されたくないから……。
だから、私は逃げようとしたときだった……。
「何処へ行くんですの祐天寺さん」
もう一人……やって来ていた。
やって来ていたのは臆病者のサキコだった。
「睦、ありがとうですわ。祐天寺さんを足を止めていてくれてて」
「祥……」
「此処から先は……私に任せて欲しいですわ」
頷きだけして、尻尾を巻いて逃げていく化け物……。
「あーそういうこと……」
なるほど、なるほどね……。
あくまでも時間稼ぎで私のことを止めていた。結構、狡いこと考えてくれるじゃん臆病者のくせに……。
「祐天寺さん、貴方には話がありますわ」
「話?話ってなに?あのさぁ……あのときは言わなかったけど、ムジカを最終的に壊したのはアンタでしょ?アンタが勝手に病んだからこうしてムジカは今活動休止ということになっている。武道館でのライブを終えた後、テレビや雑誌で引っ張りだこになる予定だった。ツアーだってあったはずなのに、全部滅茶苦茶にしたのは……」
「アンタでしょ」
事実だけを淡々と伝える。
慈悲なんて与えるつもりもない。こいつがどういう理由でどういう感情があって病んでいたのかなんてどうでもいい。だって……。
「アンタが始めたバンドじゃん。それをまさか今更自分のせいじゃないなんて言い訳して逃げようっての?それこそ……笑え「笑止千万とはまさにこのことですわね」」
「は?」
私は威圧的に返す。
サキコの口からそんな言葉が返って来るとは全く考えていなかったから。
「失礼しましたわ、祐天寺さん……。ですが、貴方は睦に怯えて切っていましたわ……。ですが、今はこうして私には態度を変えていますわ。まるで、自分はこの方とは違う。自分の方が圧倒的有利であると……」
まるで私のことを哀れむような目に私は自分の歯を立ててそうになっていた。
一番同情なんかされたくない奴にされたというのが地雷でしかなかった。
「はぁ?私がアレが怖い?何を根拠にそんなことを言っているわけ?アンタの言っていること全部的外れもいいところだから、引きこもり生活続き過ぎて思考鈍ってんじゃないの?没落お嬢様」
わざと皮肉を込めて没落お嬢様と言い方をすると、サキコはそれに反応して笑みを浮かべていた、それは単なる笑みじゃない、余裕の笑みでしかなかった。
「ええ、そうですわね……。私は暫くの間日陰の中で過ごしてきました。そのせいもあって、きっと自分の判断が鈍っていたときもあったのは間違いありませんわ。そして、私が今でも家に囚われているのも違いないですわ……だから此処からは交渉ですわ祐天寺さん」
自分のことを思い出しながらも目を瞑り、再び開けるサキコ……。
「交渉?交渉って何を交渉する訳?」
「簡単なことですわ、Ave Mujica復活ライブを開催しますわ。場所は睦達がギターを弾いていたあの場所、RINGで行いますわ。事前告知は一切なし、当日にいきなりムジカが復活ライブをするという情報を流し、そこからチケットが完売させますわ」
「出来なかったら?」
「出来なければ、ムジカはこれで終わりですわ。この程度のことが出来なければ、ムジカは今後問題を解決することもできない、大した事のないバンドで終わりますわ。勿論、ムジカは最速武道館という条件を達成したバンド、万が一にも完売しないということはないと思いますが、貴方がやりたいか、やりたくないかが重要ですわ」
「勿論、尻尾を巻いて逃げて貰っても構いませんわ。仮面外しの件で貴方がこうして自分を有名にする最後の好機を逃してもいいならばですが……」
「……言ってくれるじゃん」
宣戦布告と捉えていた……。
サキコは口にすることはなかったが、あの化け物が怖いならば尻尾を巻いて逃げてもいいと言いたかった。いや、それだけじゃない。自分のキャリアや恐怖心と戦わずに逃げ続けたいなら、好きにすればいいという一種の嘲笑さえ覚えていた……。
言ってやる、言ってやる。
「上等じゃん……!!但し、仲良しこよしでやるつもりなんかないから。そんで……」
「完売しなかったら、土下座して靴舐めて貰うから。口先だけの貧乏お嬢様に」
「ええ、期待して貰ってもいいですわ」
乗せられた、最悪な気分でしかなかった。
気分が悪いけど、此処まで喧嘩を売られて逃げるなんて出来る訳がない。
祐天寺若麦……。
麦は踏まれて強くなる、明日のにゃむはもっと強くなる……。そうお母ちゃんから教えらえて育ってきた。だったら、こんな挑発に逃げてたまるか……。立ち向かってやる、それが自分の首を絞めることになったとしても……あの化け物の面を拝むことになったとしても……やってやる。
臆病者にああまで言われて逃げたくなんかない……!!
私が勝てばサキコの土下座を拝める。私が負ければ自分の地位を更に高められる。この勝負に乗らない手なんてない……!!なによりも自分に似ていると勝手に思っていた薄気味悪い奴に……。
言い返せないのが腹が立つ……!!!
「少々、らくしないことをしてしまいましたわ……」
祐天寺さんをバンドに再び引き込むには一筋縄には行かないことは分かっていましたわ……。
挑発的な言動を繰り返して、わざと祐天寺さんをステージの上に立たせる。これが私が考えたものとはいえ、こうも上手く行くとは思ってもいませんでしたわ……。それでも、これでムジカが揃ったという事実は変わりませんわ……。
なによりも、私が此処まで真っ向勝負に出たのは睦という幼馴染が道へと歩き出しというのが大きいのかもしれませんわ。自分でも都合がよすぎると考えてしまいますが、それでも睦に触発されたと言うのなら……。私ももう一つ障壁を壊す必要がありますわ。
そうですわよね……。
「お祖父さま」