【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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簡単に言わないでよ

「凄いところに住んでるんだな……」

 

 私の連絡に応じてくれた結人君はマンションのエントランスをキョロキョロとしながらも周りを見ていた。私は結人君を家の中へと招いて、ソファーに座らせていた。

 

「結人君、今日はいきなり連絡してごめんね」

 

「別に俺はいいけど……」

 

「今、紅茶出すからちょっと待っててね」

 

「ああ……」

 

 結人君は私が紅茶を出すと言っている間も何処かそわそわとしていたが、私が紅茶が入ったティーカップを持ってくるとしっかりと背筋を伸ばして「ありがとう」と言った。

 

 彼は持ち方に気をつけるように、片方の手でカップの取っ手をつまみ、もう片方の手をそっと底に添える。その動作にはぎこちなさはなく、何処か優雅さを意識したその動作には私は少しくすっと笑いたくなるようなものがあった。意外だな、結人君ってもうちょっと粗雑だと思ってた。

 

「これ美味しいな……」

 

「ありがとう、この前のライブどうだった?」

 

 紅茶を少し飲んだのを見てから結人君に本題を切り出そうとする。

 

「あれがライブっていうものなんだって凄く感動した」

 

「燈ちゃんの歌はどうだった?」

 

 この反応だと、結人君はきっとライブというものを見るのが初めてだったんだと思う。

 

「良かった……。あいつの歌声を聞いたのはこれで二度目だったけど」

 

「一回聞いたことがあったの?」

 

「中学のときにあいつの家に遊びに行ったときあいつが布団に包まって春日影を練習しているのは聞こえたことはある」

 

 「本当に一度だけだけど」と言う言葉を付け足しながらも結人君はティーカップを口にしていた。

 

「……それで今回のライブのはどうだった?特に春日影は?」

 

 新しいバンドの曲、碧天伴走(へきてんばんそう)をどう思ったのかも気になるけど、やっぱり重要なのは今の春日影を結人君にとってどう見えたのかが気になっていた。

 

「前のときはちゃんと聞いたわけじゃないし、俺は前のバンドのライブに行けなかったからどう言えばいいか分からない。それでも俺は今の春日影には春日影の良さがあると感じた。前の春日影を聞いた人からすればきっと何かが欠けていると落胆するかもしれないけど、俺は……」

 

 

 

 

 

 

「あの……春日影を聞けて良かった」

 

「……そう」

 

 一旦自分を落ち着かせるために紅茶を飲んでから結人君に質問をしていたけど、私は結人君から出た言葉が自分が想像していた答えとは全く違うものだった為、ティーカップを少しばかり力強めにテーブルの上に置いてから結人君に気づかれないように私は「はぁ……」と言いながらも溜め息をつく……。

 

 一旦、自分のストレスから逃げる為に結人君に見えないようにテーブルの下で指をそっと弄る。まだ策は全然ある、此処で怯んでいたらCRYCHICを立て直すことなんて出来ない。

 

「じゃあ質問の内容を変えるね、結人君は前の春日影を聞いたことあるんだよね?そのときどう思った?例えば、ライブで聞いた春日影よりも感情がより込められたとか……燈ちゃんの魂が前の方が伝わったとか……」

 

 例えを出すと、結人君はティーカップを持とうとしている手を止める。

 自分の脚の方へと手を戻してまるで私の言いたかったことを察したかのように……。

 

 

 

 

「なんで……そんなに今の燈を否定するような言い方をするんだ……?」

 

「気に障っちゃった?ごめんね?今の燈ちゃんのことを否定するつもりはないの、ただ結人君的にはどっちの方が良かったのかなーって聞いてみたかっただけなの」

 

 少し積極的に出過ぎたのを一旦反省して、言葉を修正すると結人君は珍しく何か言いたげな表情をしている。

 

「じゃあはっきり言うけど、俺は今の燈の方が好きだ」

 

「……それはどうして?」

 

 結人君からは自分というものを感じさせられていた。

 それが私にとって何処か悔しくなっていた。このままじゃCRYCHICを立て直すなんてことは出来ない。燈ちゃんも今のバンドに天秤が傾きつつある……から。立希ちゃんは絶対にどうでもいいと思ってる。

 

「燈は今のバンドをやってから前よりも輝いてるように見えるから。燈は今という時間を生きようとしている。それが今にもプールサイドで溺れそうになっている子供が必死に泳ぎを覚えようとして頑張っているあいつを俺は否定したくない」

 

「よくそんなこと言えるね、燈ちゃんのことを傷つけたくせに……」

 

 ソファーに寄りかかりながらも私は結人君のことを軽蔑した目で見る。

 

「っ……!ああ、そうだよ。俺は燈のことを傷つけたよ。それは事実だ」

 

「なら……」

 

「それでも俺は今の燈を否定したくない。あいつはあいつなりに今過去と向き合おうとしているんだ。そよがなんとなく今日俺を呼んだ理由は分かったよ。俺に燈に説得させようとしているんだろうけど、俺は今の燈の方が好きだ。あいつはあいつなりに頑張ってみせようとしている。必死に藻掻いてるところなのに、俺はそれを邪魔したくない」

 

 私は溜め息を何度ついただろうか、指を何度弄っただろうか……。

 周りを少し見る。このマンションに来てからもうどれだけの年月が経っただろうか。両親が離婚してお母さんは一人で私を育ててこんなにも大きな高層マンションを借りて私は今此処にいる。お母さんが家に帰って来ることは少なくて私だけがいつも一人だけ箱庭に取り残されている感じがしていた。

 

 もう一度結人君の方を見てからこう切り出す。

 

「燈ちゃんのことを傷つけた罪滅ぼしを手伝わせてあげるって言っても?」

 

「それでも断る。俺は燈をもう傷つけたくない……!!」

 

 結人君は絶対的なものを持っている。

 それに比べて私は小さい頃から周囲の目ばかりを気にして自分が望まないままに振る舞ってきた。学校で掃除の当番を変わって欲しいと言われたとき、本当は嫌だったときもあった。それでも誰かに頼られれているのを悪い気はしていなかったから私はそれを受け入れていた。「出来ない」だとか「無理」だとか言うことが出来なかった。

 

「私……結人君が羨ましいな……」

 

 心の中で思っていた言葉が思わず口に出してしまっていた。結人君の言葉なら燈ちゃんも従ってくれるかもしれないとかそんなことは今は少しどうでもよくなっていた。

 すぐにでも「何でもない」と言うことが出来たのかもしれないのに私は否定することも出来ずにただ口から出た言葉をそのままにしていた。不思議と嫌な気持ちにもならなかった、どちらかと言えばスッキリとしたと言う感情が正しいのかもしれない。こんなものが沸き上がるなんておかしいとは思っていたけど……。

 

 誰かの前で面と向かってちゃんと自分の口で言うというのが案外心地よかったのかもしれない。

 

「こんなこと言ったら変に聞こえるかもしれないけど。そよは俺と似ていると思う」

 

「……同情ならやめて」

 

「同情なんかじゃない。この家に来たとき少し思ったんだ。親とかも住んでいるだろうに……やけに生活感がそんなにないなって……。リビングに案内されてそれが確信に変わったんだ。そよは此処でほとんど一人で暮らしてるんだろ?」

 

「そうだけど……」

 

 結人君が言っている「俺と似ている」と言っているのは同情にしか聞こえなかった。

 そう言っておけば、「分かってくれた気がする」なんてありきたりな言葉を言わせたかったのようにしか聞こえなかった。だから私は淡々と言葉を返した。

 

「俺もさ、父親が冒険家で海外とかいつも行ってるからほとんど家にいないんだ。母さんは俺が小さい頃に病気で亡くなってるから一人で家に過ごしきたようなもんなんだ」

 

「……そう」

 

 私が返事した言葉は表面上は淡泊としたものであったが、それは悟られない為だった。結人君もまた孤独を抱えている人間だということが分かったけど結人君は違う。結人君は自分というものを確立出来ている。私みたいに自分を周囲に染めて生きて来た訳じゃない。だからこそ結人君の家庭のことを聞いて尚更羨ましくなってしまっていた。

 

「それで?だから私の気持ちが分かるって言いたいの?」

 

「別にそうじゃない。そよはそよで色々な過去があって色んなものを受けてきたと思う。だからそれを分かるとか言うつもりはない。だって、例え境遇が似てたとしても自分が感じて来たものとか受けて来たものなんてものは人によって違うだろ?」

 

「それは……そうね」

 

 私は何も言わなかった。

 こういうときに大体返って来る言葉というのは「私には分かる」だとか「俺には分かる」だとかそういうものばっかりだと予想していたのに結人君から返って来た言葉は全く想像もしていなかった言葉の連続だった。

 

 どうして……彼はこうも大人びているんだろうか……。

 

 

 

 

「じゃあ私から結人君に聞いてもいい?どうしてそんなに大人びたこと言えるの?」

 

「別に大人びてるつもりはない。俺は長期休みとかで父さんと一緒に色んな場所とかに行ったことがあってな……。そんときにいいもんだなと思うときもあれば、これはちょっと……ってなりそうになるところも偶に見てきた。その場所の特色もあるだろうから別に良い、悪いを言うつもりはなかったけどな……。そういうのを見てきているからある程度の耐性は付いていたというよりは慣れたんじゃないのか?」

 

 違う、何かが違う。

 結人君の言っていることは分からなくもないけど、何処か私の質問をはぐらかした感がある。それはまるで自分の本質を隠しているようにも見えて仕方なかった。私はなんとなく今此処で結人君と話していて結人君の本質を見たような気になっていたけど、彼は彼で何か真っ黒なものを持っている。そんな気がしていたがそれが何なのかは全く分からなかった。

 

 でもなんだろう、さっきの結人君……。

 本当に触れられたくないものを避けたような……。

 

「……私が燈ちゃん達と喧嘩してることは知ってるの?」

 

 これ以上触れても遠回しな言葉を言われそうな気がしていた私は敢えてこれ以上聞くことはしなかった。

 

「さっきの話を聞いてる限り、前のバンドのことが関係していそうだけどな」

 

「私のことを説得したりしないの?」

 

「別にそれは俺の役目じゃないだろ、燈やそよ達の問題だから俺が首を突っ込むことでもない。燈や立希に頼まれたら手伝うかもしれないけど、俺が自主的にやったりしたらバンドで問題が起きたとき自分たちで解決できなくてまたバンドが解散するだけだろ?」

 

「結人君って意外と突き放すタイプなんだ」

 

「……よく言われる」

 

 結人君は「紅茶ありがとう」と言ってティーカップを置いて立ち上がる。

 彼が言葉を返したとき、かなり間が空いたような気がしていたけどまた何かをはぐらかした気がしていた。

 

「帰る前に一つだけ俺個人的なことなんだが……俺はお前のこと正直燈から又聞き程度だし何回かぐらいしか会ったことが無いから物腰柔らかくて穏やかな奴としか思ってなかったけど……今のそよの方が話していてちゃんと生きてるって感じがして良かったと思うぞ……」

 

「簡単に言わないでよ」

 

 生きていると言われても私は今まで自分を変えることなんて出来ない。

 CRYCHICを永遠だと信じていた頃の自分を変えることなんて出来るわけがない。結人君もそれを分かっているのか、それ以上は何も言わなかった。背中を見送った後、私は向かい側に置いてあったティーカップをただ見つめていた……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 放課後の帰り道、私は愛音ちゃんと一緒に帰ることにしていた。

 私が「一人で帰るから大丈夫」と言ったけど、愛音ちゃんは私が心配でついて来てくれていた。一人で心細かった私は愛音ちゃんが一緒に帰ってくれることは正直嬉しかった。あんなことがあった後だから……。

 

「ねぇ燈ちゃん、あれ結人君じゃない?」

 

「え……?」

 

 私は愛音ちゃんが指した方向を見ると、そこには結人君がいた。

 

「なんか下向いて歩いてるけど大丈夫かな?私ちょっと声掛けて来る!」

 

「あっ、ま、待って……!!」

 

 私は愛音ちゃんのことを追いかけた。

 結人君にライブのこととか聞きたかったから……。

 

 

 

 

 

 

「結人君、どこ行くの?」

 

 愛音ちゃんが先に結人君に追いついて話しかけていたが、何処か遠くを見つめているようだった。いつもみたいに星空を眺めている訳ではなかった。

 

「結人君、何かあったの?」

 

 愛音ちゃんは心配そうに歩み寄るが、結人君は答えない。ただ無言でいる。

 何かがおかしいと気づいた私は結人君の方へと足を速めた。私の心の中には、何かが引っ掛かっていた。結人君があんなにも人の話に何も返事を返さないのは初めてだったから。

 

 

 

 

 

 

「結人君……大丈夫……?」

 

 私が声を掛けるとようやく顔を向けてくれていた。

 一安心と思った矢先に結人君の表情を見たとき、いつもの明るくて私を元気づけてくれるような笑顔はなく……今までに見たことがないぐらいに沈んでいて何か重たいものを抱えているような、そんな顔をしていた……。

 

 

 

 

 

 

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