【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「待って、にゃむ……」
にゃむは返事を返してくれない……。
ただひたすらに歩き続けている……。まるで、私の話なんて耳に入っていないように……。
「話を聞いて欲しい……」
私は彼女の腕を掴む……。
話を聞いてもらう為に……。でも……。
「触んないでよ」
手を離されて……軽蔑されたような目を向けられる……。
それも冷たい瞳を向けられながらも……。
「怖い……?」
あのときと……同じ言葉を向けると一瞬にゃむの体が震えていたような気がしていた。
「またそれ?アンタのことなんて怖い訳ないでしょ?言いがかりもやめてくんない?」
「私だけじゃない……私達のこと怖い?」
その瞬間、にゃむは足を止め、睨みながらも顔を歪めていた……。
「さっきもアンタじゃない方がそう言ってたけどさぁ……一つ言わせて貰うけど」
「気味が悪いって言ってんの。アンタみたいな化け物と平然と仲良くしていること自体が」
「そうだ……ね」
「ふーん?化け物にしては自分の立場がよく分かってんじゃん?大体さ、多重人格だかなんだが知らないけどそうやって人がコロコロ変わる奴なんかと一緒に居られる訳がないでしょ。そんな奴と一緒に居るだけで息が詰まりそうになる。それを平然と受け入れて進んでいること自体がおかしいことでしょ」
「進むこと怖い……?」
暗転したような気がしていた……。
何かをされたわけじゃない。ただ、触れてはいけないところに一気に踏み込んだから天井の照明が一気に暗くなったような気がしていたから……。
「あのさぁ……」
にゃむの声が聞こえた瞬間……照明の光が見えていた。
「いい加減にしてくんないかな。そうやって……」
「人間面するの」
にゃむの一言、一言は全部が私を突き刺すようなものばかりだった……。
それでも私は……。
「そうだ……ね」
「さっきからそればっかだけどそれしか喋れない訳?」
「そう……だから……」
実際、にゃむの言っていることはその通りでしかなかった……。
子供の頃から何かになりたくて、誰かになりたくて人格を作っては誰かに認めて貰おうとしていた。自分が正常ではないと悟られないようにお医者さんも欺いたりしたこともあった。
「私は……人間のフリをし続けていた……から」
そういうことばかりしてきたから、私は化け物と言われても否定することが出来なかった。そういう自分が作り出してきた、負の遺産があるから……。
「偉く聞き分けがいいじゃん。じゃあ、なんでそうやって今は人間のフリしている訳?アンタは自分が化け物と思っているんでしょ?だったら、化け物らしくしていればいいのになんで人間のフリなんかしてる訳?それが気持ち悪いって言ってんだけど」
「進んでいいって教えてくれたから……」
「は?誰が」
「みんなが……」
かつての私だったら、此処で結人と答えていたかもしれない……。
結人は私のことを助けてくれた、いや私だけじゃないモーティスのことも助けてくれた。私達にとって魂の救世主と言ってもいいぐらいの存在。だけど、助けてくれたのは結人だけじゃない。愛音、楽奈……。初華、燈、立希……。みんなの力があったから私は再び立ち上がろうとなれた……。祥だって、私に手を差し伸べてくれた。
「進んでもいい、間違ってもいい。そう教えてくれた。だから、私は進んで行きたいと思えた。例え、今は……」
「化け物だとしても……!」
昔の自分じゃ決して辿り着けない答えでしかなかった……。
その答えに辿り着くまでに時間がかなり掛かった……。それでも、私はまだやり直せることが出来るとみんなが教えてくれたからこそ、私はモーティスと共にやり直すと決めた……。それが間違っていると言われても、私は歩みを止めない。みんながくれたチャンスだから……。
「そう、アンタはそう決めたんだ?自分が化け物だってことは変わらないってのに……本当にバッカじゃないの?いつまでも人間のフリし続け「いい加減にしてください」」
「祐天寺さん」
「…………海鈴?」
「よく頑張りました、若葉さん……。後は任せてください」
若葉さんにそう告げると、彼女は私の名前を小さく呼んでいました。
それを聞いてから、私は祐天寺さんの方を向き直す。
「まさか……ウミコが出っ張って来るなんてね」
「いえ、意外でもないですよ。そこの壁に隠れているお熱いお二人が出るより、私が出た方がいいと判断したんですよ」
「お熱い?」
祐天寺さんは私の声に反応しながらも、疑問を感じているようだった。
そして、私が言った壁の方では星乃さんが足を壁にぶつけているようで、立希さんに怒られているようでした。そういうところですね、お熱いのは……。
「こちらの話です、それにこうなることは織り込み済みでした」
「へぇ、じゃあ計算通りって訳?」
気に障ったのか、めんどくさそうな様子でした。
「ええ、そういうことです」
勿論、いつ何処でまでは予想していませんでしたが近い将来この二人がぶつかり合うことは想定していました。祐天寺さんは若葉さんのことを認める訳には行きませんでしょう。それに、私達が平然とそれを受け入れているということ自体も受け付けられない訳ですからね。
「でも、ウミコってこういうの関わりたがらないタイプでしょ?なんで首突っ込んできたの?」
「さっきも言ったはずです、あの二人では貴方との相性は最悪だからです。それに三角さんは感情で動くタイプです、豊川さんの方は悪くはありませんが貴方とただ口論を続けるだけで話が平行線に続くだけでしょう」
立希さんは悪くはありませんが、祐天寺さんのことを知らない以上任せる訳には行きませんし、これはあくまでもバンドのことです。私達に任せて欲しいというのもあります。
「んで私を説得できる、なにかがあんの?」
「いえ、はっきり言って祐天寺さんを説得するのは不可能だと思っています」
「じゃあなんで出て来た訳?」
「そうですね、では……探り合うのもやめましょうか」
「かつての豊川さんのようになりたんですか?」
「…………」
祐天寺さんは黙り込む……。
黙り込んでいますが、拳が徐々に握る力が強くなっている……。
「なにが言いたいわけ?」
怒りを抑え込んだようでした……。
なるほど、まだ理性的と言う訳ですか。
「少々気になることがありまして、まず貴方の部屋に入った時点で違和感がありました。貴方はにゃむちという動画投稿者として活動しているのに関わらず、パソコンの電源が付いている様子がありませんでした」
「は?そんなの偶々付いていなかっただけでしょ?」
「最近では、にゃむちが全く動画を投稿していないことも判明しています。噂として流れているのはAve Mujicaの活動休止によるものだと言われていますが、実際のところは違うのではないでしょうか?」
こちらも調べ済みでした。
というよりは、彼女の動画は念のため確認していたので最近になってからというものの全く更新が無くなっていたということを当然知っていました。そして、部屋で見たときにパソコンが付いていなかったことに気づきました。また、録音・録画機材なども此処最近は弄った様子もありませんでした。このことからもにゃむちを続けていないのは明白でした。
「それだけではありません。貴方が通っている演劇の学校の生徒さんから聞いたのですが、祐天寺さんが最近学校を欠席しているという話も聞きました」
「そんなことまで調べてんの?キモっ」
「なんとでも言ってください、聞き込みは重要ですから……。そしてこれが一番決定的なものです」
「決定的?」
本当に気持ち悪いと言いたそうな顔をしつつも、祐天寺さんは話を聞こうとする。
「貴方の此処最近の出演歴ですよ、ムジカが活動休止して以来、そこそこ番組に出ていたりしていたようですがそれが此処最近では全く無くなっています。元々、出る予定だった番組も他の出演者が代打で出ていると言う話も聞いていました……。祐天寺さん、貴方は全ての事柄から見ても……今貴方の置かれている状況は……」
「豊川さんとなんなら変わりありません」
全ての事実を突き付ける……。
簡単なことではありませんでしたが、こうでもしなければ祐天寺さんは話を聞こうとしません。だからこうして、私は彼女に関する情報を調べあげた。熊本から自分を売り込むために上京して来たということも、彼女が最後に受けた雑誌の取材に書かれていました。
野心が強い、そう言えば聞こえはいいかもしれません。
ですが、今祐天寺さんがやろうとしていることは……。
「孤立しようとしているだけです」
何も変わらない、豊川さんと……。
全員を突き放して、それで一人になろうとしている姿勢……。ただ違うとすれば、祐天寺さんの場合はあまりにも攻撃的過ぎるという点です。
「どうでしょうか?私の話、間違っていますか?」
少々やり過ぎかかもしれませんが、傷口を広げてでも彼女に対話を持ち込まなければこの話し合いが勝てる見込みはありません。だからこそ、此処まで大胆な行動をしたんですから。
「推理ショーご苦労様、探偵事務所でも開けば?」
拍手をしながらも祐天寺さんの表情は明らかに今まで違っていた。
それは化けの皮が剥がれたように彼女の顔が酷く歪んでいたからです。
「生憎、そっち方面の知識はないですよ」
「っそ……ふっ……」
「何が可笑しいんですか?」
腕を組みながらも祐天寺さんは不意に鼻で笑っていた。
「あーあのさぁ……前にウミコって私に信じるだとか信頼がどうのとか聞いて来たことあったじゃん?そのとき、私はこう答えたの覚えてる?」
「信頼は迷信という奴ですか?」
「よく覚えてんじゃん、私はそう話した……。信頼なんてのは迷信でしかない、信じるだとかってのは結局のところ勝手な思い込みでしかないって……」
「ええ、そう言っていましたよ」
その話をしていたのはサウナでのこと……。
祐天寺さんから信頼とは何か?という話をして貰いましたが、彼女は信頼なんてのはまやかしでしかないと話をしていました。あの二人の強い繋がりを見ていた自分だからこそ、そういうものを欲するようになっていましたが、あのときああ言われて焦燥感が増えるだけでした……。
「まるで、信頼を知れたって顔をしてるじゃん」
「そうですね、貴方の言う通りですよ。私は信頼を知ることが出来ました。その答えがまさか知っている人間の近くにあったとは知りませんでしたが、思わず羨ましくなってしまうほどでしたよ。全く、あれでお互いに消極的なのは些か意味が分かりませんが……」
「何言ってんの?」
「こっちの話です、お構いなく」
少々自分の世界に入り過ぎたことを反省しながらも、私は話を戻そうとする。
「そんで信頼を知れて、その化け物の味方入りってわけ?」
「まあ、そんなところです。それに……」
「頼まれましたから」
星乃さん、貴方が私に若葉さんのことを頼んだことを覚えているかは知りませんが……。
今回の一件で私は若葉さんをフォローさせていただきました。約束は果たさせていただきましたよ、星乃さんと立希さんに視線を一瞬だけ移すとさっきの話もあってか立希さんの方は顔が赤い様子でした。脈は本当にあるんですがね……。
「一応言っておきますが、頼まれたからやっている訳ではありませんよ。あくまでも若葉さんは、ムジカの大事なメンバーです。彼女が居なければ、Ave Mujicaは成立しない、勿論それは貴方もそうですよ祐天寺さん。バンドのメンバーが変わる事なんてよくあることですが、それでもメンバーは同じままな方がいい。人気なら尚のことです」
30もバンドを兼任していれば、一つぐらいそういうバンドは存在します……。
メンバーが変わるというバンドはそれ自体はよくある話でしょう。
「メンバーが変わることによって、観客がどういう感情になるのか……。観客思いの祐天寺さんならよく分かることですよね?」
「……」
最後に引き出したのは……祐天寺さんが信条としているものでした。
彼女はよく言っていました。観客の想いに応えなくてはならない。それが観客の為になるなら、と……。なら、此処でそれを人質に取るというのもアリでしょう。卑怯かもしれませんが……。
「どうしましたか、祐天寺さん?何か言いたい事はありますか?」
祐天寺さんの返事が返って来るまで、私は待ち続けていました。
ただ空白が続く、この沈黙の中で……。
ウミコの言っていることは正直、全部が正論でしかなかった……。
特に最後のは……。観客が求めているものに応える、それがエンターテイナー。そこを捻じ曲げれば観客が離れていく……。それをしたのが「にゃむち」と「演技」が出来る私だった。いや、観客が離れたんじゃなくて……。
「私が突き放したんだ……」
女優になる為の踏み台として「にゃむち」を使おうとした、「アモーリス」を使おうとした結局その全部は消失することになった。忘却担当はオブリビオニスなのに、忘却することになったのは私の方だった……。
アモーリスを演じているときだって、脳内ではあいつのことばかり思い浮かんで辛くてしょうがなかった。全部、捨てたのは結局私自身でしかなかった。踏み台として利用して女優として「祐天寺若麦」を売ろうと決めていたのに、それ等は全部焼失することになった。悲観、苦痛、そういうものから手放したんじゃない。
見たくないものを見たくなくて消したんだった……。
そういう人間が大嫌いだったはず……。
なのに……。なのに私は……。
「自分が一番嫌いな人間にいつの間にか……」
「なってた……」
現実から目を背けて、ただ見たいものだけを信じようとする弱い人間にいつの間にかなってしまっていた。受け入れたくないから、寄り添いたくないから。そういう現実ばかりを目で隠してきたからこそ、一つだけ言えることがある。
若葉睦が化け物なら……私は……。
「人形でしかない……」
それも形を成していない張りぼての人形……。
自分を必死に作ろうとしていたけど、本物に所詮は負けるだけの使えない人形。それでも、自分の野望を掴むために、その糸を必死に掴み取ろうとする……。あーそう言えば、蜘蛛の糸って話あったっけ……。地獄に落ちた悪党がお釈迦様から、与えられた蜘蛛の糸を登るチャンスを与えられるって話……。あれは結局、最終的には悪党が独りよがりな行動をしてその機会を失ってしまうという物語……。
私は自分のしてきたことを間違ってたとか、因果応報とか自己中心的とか後悔するつもりはないけどそれでも自分がしてきたこと……。祥子の誘いを受けてムジカ参加、自分を売り込む為の仮面外しをしてみせた。なのに、私は「本物」に恐怖心を抱いた。本当にみなみさんの言う通りでしかなかったんだ。
自分で生んだチャンスを自分で潰したんだから、本当にまるで蜘蛛の糸みたいな話だ……。
何ら変わりなかったんだ、本当に私は……。
サキコと……。
何度も教えられたその事実にそして自分でも分かっていた事実に打ちのめされながらも私はその場に座り込んでしまいそうになる。自分の中にあった感情を認めると言う行為が本当に嫌でしょうがなかったから……。それでも、こうして認めたということは私もあいつらみたいに進むことが出来るんだろうか。
いや、私があいつらみたいに光に進むことはできない。
手を差し出されても私はその手を払い除けたのだから。それに私はあいつと合わない。変な奴だし、面白い奴だとは思っていたけどあいつの言葉が自分の中で何かが嫌だという自分がいる。多分、面倒だと思うから……。
「はぁ……」
溜め息をつく……。
自分の中に溜め込んでいたものを一旦整理するために……。
「ねぇ……」
そして、見えている世界が違うウミコに声を掛ける。
「仲良しバンドやれっての?」
聞くことにした……。
例え、自分がどれだけ自分の処理できないものに気づいて認めたとしてもそれを受け入れるなんて到底私には出来なかったからこそ悪態ついた言葉しか返せなかった。
「しなくても結構です、ですがそうやって当たり散らすよりも……もっと建設的な話をしませんか?」
「建設的な話って?」
「バンドのことですよ、これから豊川さんとその話をするんです。貴方もバンドのメンバーですから、参加して貰わないと困ります」
「っそ……じゃあ、私は先楽屋戻るから」
あくまでも……私は自分を受け入れるつもりはない。
感情に気づけたとして……。
『逃げるの?』
聞こえて来る、あいつの幻聴が……。
「逃げてない……」
「ただ私は私なりのやり方で……」
「進む……」