【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
あの日、私は地獄の門を開けてしまった……。
その門は決してもう開くことはなかったはずなのに、開けてしまった……。
それは祥ちゃんがAve Mujicaの今後について話をしているときのことだった。
本当に偶然でしかなかった……。気づいてしまったのは……。
『暗闇に隠されたアイドル、その真実に迫る……!?』
単なるネットニュースのよくある記事……。
知りたいという欲求が描く記事でしかなかったのに私は気になって仕方なかった。何故なら、写真に映し出されている少女の瞳は……。
紫だったから……。
黒衣に包まれていても、その瞳の奥には冷たく復讐に燃えている、と……。それだけなら、まだあの子だと断定できなかった。問題なのは、記事のタイトルの内容だった……。 恐らく、その彼女だと思われる人物が答えていた内容だということが書かれていた……。
その内容は……。
『何事もやってみなければ分からない』
背筋が凍った……。
寒気がした、季節はまだ夏で暑い日々が続いているというのに、部屋の冷房のせいじゃなくて私だけがただ寒気を感じてしまっていた……。これは……これはあの子だ……。あの子からの信号だ。
私に気づかせる為の信号……。
「まずい、まずい、まずい……」
心の中で、私はこう叫んでいた……。
あの子が本土にやって来ていたのは知っていた。あの子が私のことを恨んでいるのも知っていた。憎んでいるのも知っていた。全部分かっていたはずなのに、私は忘れようとしていた。
妹のことを……。
だから、危機感を感じていた。必ず、復讐をされる。平穏は続かない、これから起きるのは地獄のような日々だと……。
『続かないのかも……いつかはきっと……』
恐怖していたからこそ、私はあの日、結人の顔を見れなかった。もしかしたら彼なら私を助けてくれるかもしれない……。そんな淡い期待を抱いてしまったからこそ、私は彼にこう言ったのだ。
『妹が居たんだ……』
そして……その妹は……。
「ねぇ、お姉ちゃん……?」
目は笑っていない。
私のことは欠片も姉だなんて思ってない。そんなことは当然でしかない、あの子からすれば私は恨むべき対象。そんなことは勿論自分でも知っているけど、私は自分を誤魔化すことしか出来なかった。
だって、ああしなければ……。
私は鳥籠から出れなかった……。
ようやく……ようやくこのときが来た……。
どれだけこのときを待ち望んだことだろうか、まずはあの人に復讐をすることが出来る。これほどまでに私は自分がようやく回り回って楽しい気分になっているのは本当にいつぶりだろうか……。
「えっと……もしかしてういちゃんの妹?二人ってもしかして仲悪いの?駄目だよ、姉妹な「黙ってて」」
純田まなの声を止める。
「貴方には関係ない、それに貴方には復讐するつもりはない」
そう、純田まなはあくまでもこの件とは部外者で、真に関係するのは目の前にいるあの人と豊川家……。
「それでも姉妹は姉妹なんだよね?やっぱり、仲良くしなきゃダメだよ!」
「……いいから退いて。貴方には何も関係ない、関係あるのはそこで怯えきって自分の世界に閉じこもってる奴にしか用はないから」
まなはあの人の前に立ちふさがる……。
あの人の呼吸は荒く、自分が今何を見ているのかも認識出来ていないようだ。。自分を正当化しているだけの奴に今から復讐をしようとしているのに、彼女は立ちふさがろうとしている。私はそれに痺れを切らして、呼吸を整える。
それは、これから宣戦布告をするために……。
この人が多い場所で堂々たる暴露をするために……私は此処で凶器を取る。果たすべき復讐を行うために……。口を大きく開けて、いざぶちまけてやろうと思ったときだった。
「やめろ、初華……!!」
割り込んできたのは結人……。
ああ、こうなるんだ……。そうだよね、貴方は私の復讐の邪魔をする。貴方は私に復讐をさせたくないから。そうなるのも把握していた……。
「言っただろ、見誤るなって!!」
「……協力するなんて一言も言ってない。私は復讐しなくちゃいけない、目の前にいる奴と豊……」
途端に言葉が口ごもってしまう……。
言い切れば、周りにいる人達にどういうことだ?という状況を作らせて、あの人に疑いの目を向けることも出来たのかもしれないのに、言い切ることができなかった。何故?何故?という感覚はあったのにそれが何故なのか分からなかった……。
「結人が……結人が連れて来たの?」
私が苦悩している間に問題が起きる……。
それは後ろにいるあの人が声を震わせながらも、結人に抗議の声を上げようとしていた……。
「……ああ、俺が連れて来た」
誤魔化すことも、言い逃れすることもしなかった。
事実だけを告げると、指先まで震わせていたあの人はまなの前を通過した。
「どうして連れて来たの!!!?」
気づけば……結人の服を思いっきり掴んでいた……。
そこには先ほどまで静けさの中で音もなく怯えていたあの人の姿はなかった。まるで、その姿は……。
怒りそのものをぶつけるかのようにして……。
許せなかった……。
許すことなんて出来なかった。例え、それが結人だとしてもあの子を連れて来たのが彼だとしたらそれを許すことなんて到底できなかった。解き放つべきじゃなかった、アイドルをやっていたなんて今まで知らなかった。
それでもあの子は箱庭に閉じ込めるべきだった……。
なのに、結人はそれを解放した。
「答えて!!」
彼の服を力任せに掴みながらも、私は怒りをぶつけていた。
そこには正当な怒りなんてものはなかった。ただ、あの子と出会ってしまったことで私の平穏は終わりを告げた。もう、これから先も祥ちゃんと一緒にいられるはずがない。ぶつけるしかなかった、その怒りを結人に……。平穏を乱した結人に……。
「……」
静寂に包まれる……。
ただ私の声のみが響いていた……。
「初音」
「違う、私は初華……。その名前で呼ばないで」
私は三角初華……。
三角初音じゃない、もうあの名前じゃない。鳥籠のように島で暮らしていたあの頃の私じゃない……。
『初音、
『どうして?』
『あの子は本家の子なの。私たちは分家。決して交わってはいけないのよ……』
母の優しい言葉に私は小さく頷いていたけど、私はあの日見た祥ちゃんの笑顔を忘れることが出来なかった。
『笑ってくれてる……』
母と話をしているとき、目の前を通った祥ちゃんが私の前で笑みを浮かべてくれていた……。
偶々、島にいる同い年のような子に笑顔を見せていただけなのかもしれない、そうだったのかもしれないけど私はその笑顔があったから、祥ちゃんのことを知りたいという欲求が湧いていたけれども、それは禁じられた行為でしかなかった……。
決して許されるべき行為じゃない、それを自分に言い聞かせて何年も何年も私は自分を鳥籠の中に封じ込めた。祥ちゃんは夏の間だけでほんの少しだけ島に居た。会える期間が僅かだからこそ、私は触れ合いたい。その望みを叶えたかった……。
だから、私はあの日……初華だと偽った。
そうすることでしか触れ合えなかったから……。それが正しくないことだとしても、私は**「仕方がなかった」と思う**ことしか出来なかった。だって……私だって……。私だって……。
「幸せになりたかった……」
鳥籠の中に一生暗い生活を強いられる。
そんなのは嫌でしょうがなかった。抜け出したかった、誰かに連れ出して欲しかった。そして、祥ちゃんは私のことを連れ出してくれた……。
『初華ですの……?』
あれが本当に嬉しかった……。
駄目だと頭で分かっていても、私は幸せになりたかった。それが自分勝手だと非難されても、私は豊川の影として生きていくことなんて嫌でしょうがなかった。初華、貴方には悪いことをしたのかもしれない。それでも、私は自分が幸せになりたかった……。仕方なかったの……。
「初音……」
現実世界に引き戻される……。
いつも何かを優しく教えてくれる彼の姿はそこにはいない。
「自分の過去から逃れることはできねえぞ」
「……なんで」
「なんでそんな言い方するの……?」
求めていた解答じゃなかった。
彼に求めていたのは私を慰めてくれる答えだった。仕方なかった、私のしていることは間違いじゃなかった。境遇が悪かった。そういう話をしてくれると信じていたのに返ってきたのは明らかに私の心臓を刃物で突き刺すものだった。
「どうしてそんな言い方するの!!!」
彼の服を離す。
そのまま、彼が床に倒れたのまでは覚えていた。それ以降が彼がどうなったのかは全く覚えていない……。知りたくなかった、一方的に結人に掴み掛かって、暴言の数々を吐いて私は彼の前から去った……。
「はぁ……はぁ……」
走り去った先に何かがある訳じゃない……。
あるのは結人から逃げた罪悪感だけ。それもいつかはきっと自分を正当化させることになる。罪悪感を溜めつつも、私は息を切らしながら、その苦しい息遣いすらもきっといずれは変化するのだろうと理解していた。
「ういちゃん!!」
「……まなちゃん」
追いかけて来ていたのはまなちゃんだった……。
「大丈夫、ういちゃん……?」
「まなちゃんは……何も聞かないの?」
「結人君のこと?それとも、妹ちゃんのこと?」
「……どっちも」
私はどっちを選ぼうかと思っていたけど、私は両者という選択を選んだ。
この場合はそれが相応しいから……。
「うーん……じゃあ聞くよ?ういちゃんは話したい?」
「……話したくない、かな」
悩んだ後に私がその答えを選ぶと、まなちゃんは手を叩いた後に思いがけない発言をする。
「じゃあ、聞かないね!」
「……え?」
「だって、ういちゃんが話したくないのに無理矢理聞いても辛いだけでしょ?」
心の底からその反応が出ていた……。
まなちゃんは確かにこういうところはある。誰かの話を聞くとき、話を聞いてあげるんじゃなくて行動で勇気づけてくれようとする。そういう子だというのを知っていた。私が落ち込んでいるときだとか共演者の人が落ち込んでいるときには率先して、笑顔にしたり慰めようとしたりしてくれる。
例えば、そっと隣に寄り添ってくれたり。
温かい飲み物やドーナツを用意してくれたり、私の好きなことに付き合ってくれたりする。そういう子だというのを知っていた……。
「そう……だね」
そして、分かったことがあった……。
結人があの子を連れて来て私の中でショックを受けていたのは……睦ちゃんに言っていたあの言葉を逆にあの時だけ捉えてしまったから……。
「神様だと思っていなかったのにな……」
彼のことを神様だと思っていなかったはずなのに、私は何処か自分で神格化してしまって……いた。そういう思いはなかったはずなのに……。
「過去からは逃げられない、か……」
彼の話を思い出しつつも、私はまなちゃんと歩き出しつつも、私の背中に残っているのはやっぱり……。
自分を正当化したいという渦だけだった……。
「初華、大丈夫か?」
喫茶店にやって来ていた……。
あの人に遭遇したのは本当にただの偶然でしかなかった。結人は敢えて近くの本屋じゃなくて、遠い場所の本屋を選んだから出来る限りあの人と会わないようにしてくれていたけど、結局出会った。そして、私は自分の復讐心のままにこの場で追いつめてやろうとしたけど、それは結人とまなによって止められた。冷めやらぬ心を抱えながらも、私はコーヒーを飲んでいると……テーブルの上に力強くコーヒーの入った紙コップを置いた人物がいた。
長い髪、薄緑色……。
この人は確か……。
「結人君、席外してくれる?」
しかし、結人は退こうとしない。
「じゃあ、絶対に口出ししてこないでね結人君。私今からこのお子様に言いたいこと、全部言うから。ぜったーい、口出ししないでね?」
結人は彼女のことを止めようとしていたけど、彼女は椅子を大きく音を立てて座り込んだ後に私のことを睨む。この感じ、この子はさっきの会話を聞いていた……。
「初華ちゃんに謝って」
先ほどまでは明らかに違う。
低い声で彼女はただ淡々と発すると、その圧に思わず背筋が伸びた……。
「なにこの人……」
それほどまでに違和感を覚えていたのは間違いなく、目の前にいる少女……。いや、若葉睦という人の声に圧のようなものを感じていた。まるで、それは猫が他の猫に睨みを効かせるようにして……。私が聴いていた若葉睦の人物像とは、まるで別人だった……。
味わったことのない感情に私は、戸惑いながらも彼女は畳み掛ける。
「ねぇ、聞いてる?私は言ってるんだけど……」
「初華ちゃんに謝って」
「今すぐに」