【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
この人、明らかに聞いていた若葉睦と様子が違い過ぎる……。
あの人はAve Mujicaにも所属しているから他のメンバーのことはある程度は調べていたつもりだけど、まさかこんなにも聞いていた情報と違うとは知らなかった。確かに何か憑依的なものを持っていると目にしていたけど、まさか此処まで私が身震いを覚えるほどの人なんて……。
「部外者は黙っててくれる」
「部外者じゃない」
ドスを効かせた低い声……。
まるで私の腹部を貫くようなその声に狼狽えることもなく、私がコーヒーを飲んでいると……。
「ふざけないで」
コーヒーを飲む動作が気に喰わなかったのか、若葉睦はテーブルの上を手で力強く叩いていた。
睨みを効かせることを止めずに、ただ彼女はひたすらに私がしようとしたことが許せないという瞳をしている。何も知らないから、あの人の味方が出来る……。
「おい、やめろモーティス」
その間に入って来たのは結人……。
「結人君、口出ししないで言ったはずなんだけど」
「だとしても、やめろモーティス……。此処で言い合いしててもしょうがねえだろ、初華もだ。あんま喧嘩売るような真似はやめろ」
睨み返ししていることに気づいていたのか、結人は私のことも止めて来る。
「……でも」
「でも、なんでもじゃねえよ。とにかくやめろ、事情は俺から話すから」
「…………睦ちゃん、交代」
意味ありげなことを言うと、若葉睦の表情が一気に研ぎ澄まされたものから、変わって行く……。その表情は先ほどまでの彼女の姿はなく、何処か無機質な人形のような表情をしている。この人、もしかして……。
「怖がらせてごめん」
「別に……大丈夫です」
多分だけど、この人は二重人格って奴なのかも……しれない。
間近でそういう人を見たことがなかったら、流石に驚きしかなかったけど……。
「結人もごめん、モーティスが勝手なことをして……。モーティスは初華に懐いているから」
「俺もそんなに気にしてないから大丈夫だぞ睦」
まるで先ほどまでの彼女のことを犬かのように扱う若葉睦……。
さっきの結人もそうだけど、若葉睦も彼女のことをモーティスと呼んでいるから感じからして、本当に二重人格なのかもしれないと思っていると、睦は周りに頭を下げてから結人の隣に割と近めに座り込んでいた。
「初華の妹で……あってる?」
「……違います」
妹であることを否定すると、それ以上若葉睦は私とあの人の関係を聞いてくることはしてこなかった。
「睦さんはどうして私達が此処に居るって知ってたんですか?偶々ですか?」
「それは……俺が教えた」
再び結人が話に入って来る。
教えた……?となったけど、考えてみれば結人は一度だけ「ちょっと待ってくれ」と言ってスマホで何かを連絡しているような素振りがあった。それを特に気にしなかったけど、今にしてみればあのとき彼女に位置情報を送っていたのかもしれない。
それに私は「っそ……」と軽く返していると、結人が八幡海鈴にも教えたようで彼女のことについて聞くと、睦の方は「調べ事ある」と答えていた……。別に誰かに私の居場所を教えたことについて何かを言うつもりはないけど、何処か複雑な気持ちになっている自分がいた。
「悪かったな、初華……」
「……なにが?」
「勝手なことして」
「別に気にしてない……」
結人が位置情報を送っていたことを謝りたいのか、それとも私とあの人の話に割り込んだことを謝りたいのか謝罪をしてきていた。両方かもしれないけど、彼のことなら……。
「悪い、俺ちょっとお手洗い行ってくるわ。睦、その間に初華のこと頼めるか?」
「大丈夫……」
「じゃあ、頼んだ……」
結人は席を外すと、私と睦が二人っきりになった……。
「結人っていつもあんな感じなんですか?」
沈黙が続くことになる予感を感じていると、意外にも口を先に開いたのは私自身の方だった……。彼のことが気になって聞いたと言うよりは、彼の行動があまりにも馬鹿正直過ぎたからだった……。
「いつも……結人は真っ直ぐだから」
「……真っ直ぐ過ぎじゃないですかね?」
「私は結人のそういうところが好き。貴方は……結人のことどう思う?」
「……分からないです」
自分に質問を返されるとは思ってもいなかったけど、私は分からない、本当に分からない……。
自分が結人のことをどう思っているのか、私が東京までついて来たのは彼に一筋の希望を見出していたけど、同情心から来るものだと考えるようにしていた。それでも、私は揺らいでいるものがあった。それは彼に心を打たれている自分が居たからなのかもしれない。でも、それを認めたくないそんな自分が居てしょうがなかった……。
「逆に睦さんはどうなんですか……?」
「結人は……教えてくれた。前へ進む方法を……傷つけることを怖がって進めないでいた。私に教えてくれた、堂々としていいって……。教えられていなかったら、今の私は居なかったと思う……」
嘘で言っている訳じゃなさそうだった。
というより、言葉の重みを実感できてしまっていた……。人形のように見える彼女の表情はただただ無表情じゃなくて、感情の一つ一つを私を読み取ることが出来た。だからこそ、私はこの人の話している内容に嘘偽りはないとなれていた……。
何故なら……。
「覚えておいてほしいことがある……」
「もし結人の力が必要になったら……絶対に」
「助けて欲しいって言って」
彼女の体の中からは後悔の二文字を読み取れていたからだ……。
だけど、それはおかしなことに後悔していないという矛盾を孕んでいるようにも見えていた。本当に不思議なこと過ぎて私は彼女にこう尋ねた。
「睦さんは助けて欲しいって言えたんですか?」
「言えなかった……」
言葉だけが余韻として残る……。
静寂に包まれつつも……その言葉だけが……。
『助けて……』
あのとき、私は暗闇の中で誰かに助けを求めた……。
誰にも届くはずのない、風の音だけが包んでいた公園の中で私の声だけが残り続けることはなかった。その声は結人に届くことはなかった。それでも、モーティスは私の声を拾ってくれたけど、結人には直接的に言えなかった……。
もし、私がもっと前に結人に直接的に言えていたらあの悲劇は起こらなかったのかもしれない。そう思う自分も居れば、あの悲劇があったから自分を乗り越えることが出来たと胸を張って言える自分が居た……。
正しく矛盾しながらも、彼女にだけは道を誤って欲しくなかった……。
私達はみんなの会話を盗み聞きする形で聞いてしまっていたから、多少の罪悪感はあったけど今にしてみれば私はあの会話を聞いていてよかったとなれていた。
彼女に伝えることが出来たから……。
私のように苦しみを味わないで欲しいと……。
『睦ちゃんも随分お節介焼きになったよね!あんな子に助言してあげなくてもいいのに!!』
心の中でモーティスが抗議の声を上げている……。
「言いたかった、私みたいに苦しんで欲しくないから……」
『矛盾してる!』
「分かってる、でも教えたかった……。痛みを伴うのは……」
「酷く悲しいことだから……」
睦と別れた後、私は……結人と共にスカイツリーにやって来ていた……。
此処に来たのは単純に結人が連れて来たから、単純な理由だったけど私は展望台から見下ろせるこの景色が悪くないと思えていた……。
「綺麗だろ?」
「……そうだね」
否定はしなかった。
実際、本当に綺麗だったから……。見えている景色はほぼ全てが、ビルの照明だったり、街の照明だったりそういうものばかりで単純なのかもしれないけど、この夜の街の静けさを支えてくれているような気がしていた……。それでも、何処か近未来って感じがして嫌いじゃなかった。特に遠くで映る東京湾の海面なんかは……。
「大阪にはこういうのあるのか?」
「大阪にもこういうのある、確かあべのハルカスって言われてて……。まあ、あっちはビルなんだけど、それでも日本一高いビルって言われてガラス張りで京都から六甲山とか色々見れるんだ」
大阪でのことなんて基本的に監視ばかりの生活だったから、特に楽しい日々なんてなかったはずなのに私は感傷に浸るようにして彼に話をしていた……。あの生活を私は箱庭と呼んでいたはずなのに……。
「じゃあ、今度案内してくれよ」
「案内……?」
「ああ、お前が俺に大阪に案内する。ダメか?」
「ダメとかそういう訳じゃない……」
本気で言っているの……?という印象しかなかった。
そもそも、彼は私が復讐のことしか考えていないことを知っているはず。いや、知っているからこそだ。知っているからこそ彼はわざわざ私に大阪を案内して欲しいと頼んで来ている。
「そもそもそれって私があの人に復讐を果たした後になる、それでもいいの?」
「じゃあ、案内してくれるんだな?」
「あっ……」
割と狡いことをされた……。
わざわざ言質を得るために、私を誘導させていたのかもしれないと考えるとちょっと彼に対してイラっと来ていた自分が居ながらも、私は景色をこの目で焼き付けながらも彼に聞いた。
「そう言うってことはあの人に復讐してもいいの?」
わざと言葉狩りをすると……。
「ダメに決まってんだろ、お前がまたしそうになったら俺が止める。自傷行為はやらせねえよ」
言葉狩りに反応することもなく、彼は「ダメだ」と突っぱねて来た。
それに対して私は……。
「……どうして私を止めてくれたの?」
「言ったろ、お前が助けて欲しそうにしてたって」
返って来たのはあのときと同じだった。
引っ張り出して、東京まで連れて来てくれた。更には私に復讐以外の道を選ぶなら、協力してくれるとも言った。本当に希望の光みたいな人だった。
「助けてくれなんて……頼んでない」
それでも意地を張ってしまう……。
助けて欲しい、その気持ちが僅かにあるのかも……しれない。
「違う……そうじゃない」
窓越しに小声で言う……。
本当は……本当は……そうじゃないのなんて知っている。結人に希望を感じ始めているって……。私の復讐心を止めてくれた……。
『言っただろ、見誤るなって!!』
何度だってそうだった。
何度だって、彼は私の復讐心を止めてくれていた……。放っておけば、良かった。知らないふりをすればいいのに、彼はいつだって私を見捨てようとしなかった。あいつは終わりだと見捨てなかった。
他の人とは違う。
僅かにそういう期待をせざる負えなかった……。
「ねぇ、結人……」
だからこそ、聞きたいことがあった。
彼に……。
「どうして私のことそんなに助けたいの?」
それはまるでただ助けたいから以外のことで教えてほしい。
その答えを聞かせて欲しい。貴方ならそれを言えるはず期待していると……。そういう感じで私は聞いていた。
「助けたい、それだけじゃダメか」
「……ちょっと期待してたのと違う」
「そうかよ、だけど本当にそれだけだ。別に理由なんか特にねえ、初華が助けて欲しそうにしてたから俺は助けようとしてる。お前はそれを面倒だと思うかもしれないけど、俺はやめる気はねえよ」
なるほど、一つだけわかった。
結人は筋金入りの善人だということ……。
「それで誰か傷つけることになっても?」
と意地の悪い質問をすると、彼は肩を落としながらも苦笑いを浮かべる。
「確かに俺が善意を振り撒いたことによって失敗したこともあった。その結果、取り返しのつかないことになってもうダメかも知れねえって諦めそうになったこともあった。それでも、俺は迷ってでも誰かを助けたいって気持ちは変わらなかった」
「どうして?」
「取りこぼしたくねえからだよ。助けたい、救い出したい。そういう気持ちがあって、そこまで来たのなら俺は最後まで突き進みてえんだ……。俺は目の前で苦しんでいる人間を放置なんて俺には……」
「できねえから……」
いや……彼は筋金入りの善人ってだけじゃなかった。
本当に超がつくほど馬鹿みたいに優しいんだ……。睦が実際どうだったのかは不明だけど、もしかしたら彼に「助けて欲しい」と言えなかったのは彼が優しすぎるからというのもあるんじゃないのかと思えて仕方なかった……。
この人なら、この人なら……。
この人なら、本当に私を箱庭から助けて出してくれるかもしれない、投げ出していいと言ってくれるかもしれない。解放してくれるかもしれない、そういう思いが溢れて来ていた自分は気づけば……。
「本当に優しいんだね結人は……」
と鏡越しに私は……。
ほんのりと頬を緩ませていて、それは本当に久しぶりの……。
笑顔だった……。
本当に彼なら信じていいかもしれない、そう思わせるほどの根拠がどんどん深掘りされつつも私達はスカイツリーを出てからも会話を続けていた……。
「そういや、お前アイフラメだっけ……普段からライブとかやってんのか?」
「あーいや、私は突発的にライブやるから普段からとかじゃないよ」
結人は「そうなのか」と納得しているようだった。
私のライブは私が考えているんじゃなくて周りの大人が勝手に決めて、勝手に決行している。それも勿論、あの家の人達の関係者が……。
「お前のライブってどんな感じなんだ?結構幻想的って感じらしいが」
「まあ、それであってるよ。私のライブはアイフラメに相応しいって言うのかな。本当に幻想的なアイドルって感じでやってるからさ。その本当に幻想的ってのもメディアとかが勝手に決めた奴なんだけど。あっ、言っておくけど、私は別に嫌じゃないから。アイドルに関しては……」
「アイドルは……元々自分がやりたかったことだから。本土に来たときにアイドルになって活動をしたいという思いは色々拗れて出来上がったけど、こうして誰かを魅了できる、誰かを熱狂させられる存在になれたのは今でも良かったと思えてる」
「……そうか。じゃあ、今度ライブやるとき教えてくれよ」
まただ……。
また彼はそうやって今後の話をしてくる……。本当にそうやって期待ばかりさせているから、罪深い人間になる自分で気づいているのだろうかと私は呆れながらも……。
「いいよ、期待してて」
「ああ、じゃあ頼む」
「ん、とびっきりの席用意してあげる」
完全に絆されていた……。
復讐がどうでもいいという訳じゃないけど、彼と居る時間が悪いものじゃなくなっていた。ずっと光を灯している彼に照らされて私の小さな光もまた彼に共鳴をしていたんだ。だから、私は彼といる時間が悪いものではないと思えていた。もう少しだけなら、この時間が続いてもいい。余韻に浸りたい、そう願いたい自分は結人と共に歩き続けていると……。
一台の黒い車が目の前に止まった……。
私はその瞬間、自分の心臓が張り裂けそうなぐらいに痛みを伴っていた。見えたからだ、後部座席に乗っている人の顔が……。私はその場で心臓を抑えながらも、座り込んでいると結人が「大丈夫か!?」という声が聞こえるなか、その車は窓を開けて彼に言い始めていた。
「ご苦労だった、星乃結人」
「義娘を護衛して貰って感謝する」
結人が連れ出したのを知っているのに、わざとか思う程……豊川定治は淡々と口にしていた……。私はこのとき、確信していた。やっぱり、箱庭から出ることは……。
出来ないんだと……。
「結人……」
縋ってしまう……。
箱庭から出たい、出たいという気持ちがある。それでも、私は目の前にいる豊川定治という人間から逃げ出すことは出来ない。それでも、彼に期待してしまいそうになる。駄目だと……。
分かっているはずなのに……。
「初華、お前は本当に……」
「それでいいのか?」
期待してしまっている自分がいる。
助けて欲しいって……。