【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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その手は震えていた

「初華……選ぶのはお前だ」

 

「お前がどうしたいのか決めろ……。そっち(箱庭)に行くのか、こっち()に来るのか……」

 

 私自身で決めさせようとしていた……。

 そうしなければ、私のためにならない……から。それを頭で分かっていても、彼に選んで欲しいとなってしまうのはあまりにも自分が弱すぎるのか、それとも今目の前にいるあの男が原因なのか私にはもうどうすればいいのかも自分で苦しみながらも混乱していたけど、私はあることを確認した。

 

「結人、教えて……」

 

 僅かな希望に揺蕩う戦慄の如く、それに縋ろうとした。

 その声を伸ばせば、響くかもしれない。届くかもしれない。この箱庭から……届くことが出来るのかもしれない。そう信じたい、信じることしかできなかった。

 

「貴方はどうして……」

 

 

 

 

「私を助けてくれるの……?」

 

 存在意義はいつだって、復讐だった……。

 復讐をすることで心という器を満たすことができる。解放されると信じたかった。この箱庭に居続けただけの自分の人生にもようやく光明が溢れて来るというものだった。

 

 それこそが最善だと信じていたのに、私の中に新たなる選択肢が出来上がっていた。行き先が示されていたけど、踏み込むのが怖かった。そこはまだ未踏の土地だったから。そこに踏み入れて安心できるのか?という不安が過ってしょうがなかった。だから、問いかけた。

 

 その答えはもう得ているはずなのに、私は教えて欲しかった。

 例え、それが同情心だとしても……。

 

 

 

 

「何度も言っただろ、助けてえから助ける。そんだけだ」

 

 変わらなかった、何も……。

 彼の言うことは一語一句何も変わらなかった。知っていたはずなのに、それでも彼に「助けて欲しい」と言えない。あの島で暮らしていた日々を……大阪で暮らしていた日々を振り返れば、地獄のような日々でしかなかった……。

 

『私の名前は……私の名前は……』

 

 誰も私の本当の名前なんか興味ない……。

 

『私は誰でもない……三角初華でもない……』

 

 誰も私の本当を知ろうとしない……。それ自体はもう慣れていたはずだった。

 

『ただの名前がない人間……』

 

 名を奪われて、自分が誰でもない存在になってしまったというのに、私は慣れてしまった。

 暗い箱庭の中で、ずっと暮らして行くこと……。

 

 それ自体もう慣れてしまっていたはずなのに、抜け出したい。

 抜け出したいという気持ちが冷め止まならないけど、それは結人を豊川の闇という問題に引き込んでしまう。私は……私は本当にそれだけは嫌だった。なのに、口が止まらなかった。喉が止まらなかった……。

 

「教えて、なんで私のことを初華って呼ぶの」

 

 これも前に質問したこと……。

 あのとき、彼は自分に似ているからと答えてくれていた……。それが全てなのかもしれないけど、他に理由があって気がしてならなかったけど、教えて欲しかっただけなのかも……。初華で居続けていいということを……。

 

「お前が三角初華だったって言う事実は何も変わらない。それが答えだ」

 

「三角初華はあの人」

 

「だともしてだろ、お前が三角初華だったのは確かなことだろ」

 

「……そうだね」

 

 欲しかった答えは……やっぱりそこにあった。

 彼はちゃんと私のことを三角初華として見ていてくれていた。そこに同情心なんてものは存在していなかった。それに、結人はこうも言っていた。過去は変わらないと……。私には言わなかったけど、自分が生きて来た三角初華としての歴史は変わらないって言われているような気がしていた……。

 

「もう一つだけ聞かせて……」

 

 これで何度目だろうか、問いかけをするのは……。

 もうこの時点で自分でその希望という道標に助けて欲しいとなっているはずなのに、理由が欲しくてたまらない……。

 

「私と……私と居た時間は……」

 

 

 

 

 

 

「楽しかった?」

 

 本来なら、交わるはずもなかった。

 大阪と東京、決して遠い訳じゃない。それでも、この二つが偶々交わってあの人を知る人間と出会うことになって此処まで心を突き動かれることになったのは偶然ではなく……。

 

 

 

 

 運命と信じたかった……。

 

 

 

 

 勿論、神様なんて信じていない。

 それでも、この運命にはたった一つの打ち上げ花火のように価値はある……。

 

「そんなもん決まってるだろ」

 

 彼の表情は……まるでどんな情景よりもどんな景色よりも……。

 

 

 どんな音よりも……私の印象に残っていた。

 何故なら、その表情は……。

 

 

 

 

 

 

「楽しかった……ってな!」

 

 ああ、ダメだ……。

 縋りそうになってしまう、復讐という心は変わらない。

 

「結人……」

 

 それでも今目の前にある箱庭の残像よりも彼という希望の光という無謀を掴みたい。選び取りたい気持ちはあるけど、それをすれば彼を巻き込んでしまう。それなのに、私の嘆きは止まらない……。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 徐々に立ち上がる……。

 屈したくない、屈したい。そういう気持ちを抱えながらも、私は結人の方へと視線を向けると……。彼の瞳には、私の姿が映る……。悲しみ、苦しみ、痛みに満ち溢れて今どうすればいいのかも自分で選べない。呼吸という心拍数を昂らせながらも、私は立ち上がることで精いっぱいだったのに私は震わせながらも……。

 

 

 

 

「ダメ……ダメ……。それは本当にダメ……」

 

 干からびたはずの私の感情に一抹の火がついていたはずだった。

 しかし、その火はライターの火を消すようにして蓋をされそうになっていた。何故なら、私は今隣にいる豊川定治が怖くてしょうがなかったから……。

 

「なにをしている初華、早く乗りなさい」

 

 残響する、声が……。

 屈服しそうになる、箱庭に戻ることを……。いや、これは屈服じゃない。私は結人を巻き込みたくない、此処で私だけが犠牲になればこの国境は再び引かれ直される。それでいい、それでいい。私は体を震わせながらも、あの男の方へと声を向けようとしたとき……。

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ、初華……」

 

 そこにあったのは……箱庭じゃなかった。

 瞬きをすれば、景色は変わり果てていた。私は走っていた、そこにはもう一人いた……。後ろ姿が見えていて、その背中は善良に満ち溢れていた……。

 

「どうして……?」

 

「お前が……」

 

 

 

 

「助けてくれって……手を伸ばしてたから」

 

 

 

 

 

 

「そんだけだ」

 

 ああ……それだけで私は……もう彼を共犯者にしてしまったんだと切り替えてしまったんだ。

 気づくには遅れたけど、確かに私は手を伸ばしていたんだ。彼の星空に近い言葉の数々に彼に助けて欲しいという信号を私は送ってしまっていたんだ。

 

 

 

 

 震わせながらも……。

 

 

 

 

「今はもう何も喋らなくていい、それでも俺と一緒に来い。お前はもう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「箱庭にいなくていいんだ」

 

 昨日を恨むことをしなくていいと言ってくれた、自分の人生を沈黙にしなくていいと言ってくれた。彼は私に存在価値は自分で決めろと教えてくれたからこそ、私が手を差し伸ばすまで彼は待っていてくれていたんだ……。

 

 

 

 

『お前に人殺しになって欲しくないから』

『捨てきれなかったんだよ、お前の助けて欲しいって目を』

『例え、お前の人生が上書きされたものだとしても』

 

『己だった頃の想いって言うのはすげえ重要だからな』

『お前は……見誤るなよ?』

『俺は目の前で苦しんでいる人間を放置なんて俺には……できねえから……』

 

 言葉の幾星霜が私の記憶と共に彼の手を温かくて優しい手をしっかりと握りながらも思い出していた……。ずっと、疑問だったことがある。それはスカイツリーの頃からずっと……私は彼に気を許していたような気がしていたこと……。

 

 

 それが今になって見れば、必然でしかなかった。

 彼からは色んなものを貰うことが出来た……。どんなものよりも代えがたい、私の人生史上最も響くものだった。個々に宿る言葉の数々が私にはちゃんと花となっていたんだ……。

 

 私はアネモネの髪飾りに触れる……。

 アネモネの花言葉にはこういうものがある……。

 

 

 

 

 

 希望というものが……。

 なら、私はたった一つだけ彼に伝えるべきことがある……。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、結人……」

 

 睦さん……私は言えた。

 

 

 

 

 

 助けて欲しいって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 あいつは何度も俺にどうして助けるのか?と、問いていた……。

 俺はそれに何度も助けたいからと答えていた。これはもうテスト前日に暗記科目を復唱したり、黙読したりするかのようなものになって来ているが……。やっぱり、俺は愛音が教えてくれた当たり前のように当たり前のことをするっていうのを切り捨てたくなんかない。

 

 それを放棄するということはまた俺が死体に戻ることと同じだからな……。

 薄情であり続けることも時には必要な決断なのかもしれない、それでも俺は初華を見捨てることが出来なかった。箱庭と言う絶望の中で豆電球のようにそこから抜け出したいと言う感情を汲み取ってやりたかった。

 

 人は俺のことをきっと異常というかもしれない。

 初華を連れ出せば、面倒事になるのは予感していたのにそれでも俺は妥協する選択肢なんて選ばなかった。例え、それが無茶だとしても今の自分を嘘をつく行為だけはしたくなかったからこそ、差し出していた手を俺は見逃さなかった。

 

 

 

 

 助けて欲しいってのを……。

 それに約束してもらったしな、必ずあいつを見せて貰うって……。

 

 

 

 

 

 

 車が通り過ぎる……。

 俺はその音に惹かれるようにして確認すると、先ほどの黒い車ではなかった。さっきの爺さんが追いかけて来ないのは違和感しかねえが、今はそれどころじゃねえ。もっと、もっと距離を離さないといけない……。幾つもの建物や人を通り過ぎながらも、走り続けている。呼吸は途切れることはない、初華の方は途切れそうになっているが休憩してやる暇がなかったが、そのうち見つかる可能性もあるだろう。

 

 そうなったときは、俺が初華を匿うしかないと覚悟を決めていると……。

 スマホに着信音が鳴る。確認しようにもそんな暇がなかったが、どうにも気になって仕方なかった。普通だったら、今は無視してまた掛け直して来たら出るという選択肢もあったが、俺が取ったのは走りながらも電話に出るという選択だった……。

 

 

 

 

 

「星乃さんですか?」

 

 事務的な声がする……。

 届いていた声の主が海鈴だと知って俺はホッとする。もし、さっきの爺さんの関係者だったら絶望を味わうことになってたかもな……。

 

「どうした?」

 

「今すぐ一緒にいる方とある場所へと向かってください」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで全てをお話しします。星乃さんと居る人と……三角さん達の過去のことを」

 

 

 

 

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