【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
原作の初華と初音の口論シーンについてですが、完全にこちらの記憶違いでしたので見なかったことにしてください。申し訳ありません。
「いいのか、初華……」
「……さっきの電話のこと?」
「ああ、お前は俺に知られたくなかったんだろ?」
確かに、私は結人にあのことを知られたくなかった……。
あれに触れるということは、結人まで危険を及ぶことになる。あの男が何故私達のことを追い掛けて来ないのは不穏でしかない。箱庭から解き放たれた、それだけで充分なはずなのに……。それ以上触れて欲しくない気持ちもあれば、もう誤魔化すことは出来ないも事実だった……。
なら、私が取るべき答えはただ一つ……。
ただ、頷くこと……。
「来たぞ」
結人がある場所へと入った後、私も続くようにして入って行った……。
中へと入って行くと、幾つもの眼差しが私の方へと向けられている……。
「本当に……三角さんにそっくりですね」
凍り付いていた空気を一番真っ先に解凍したのは黒髪の女性だった……。
スタイルが良くて、何処か私のように冷え切ったようなものを感じさせる人に目を移した後に、私が周りを確認すると、睦ににゃむ……。
そして……。
「祥ちゃん……」
ああ、どのくらい振りだろうか……。
懐かしいと記憶が蘇る。島でのあの日々を思い出すのは辛くて嫌だけど、祥子ちゃんとの日々なら幾らでも思い出したい。あの頃の私は本当に何も知らないで無邪気で居ることしかできなかったけど、それでも祥ちゃんと居た日々は楽しくてたまらなかった……。
「貴方が……なのですね」
認知してくれている。
それだけで心が叫びそうなほど、感情が湯水のように湧き上がるはずなのに、私には何処か複雑なものがあった。それは……こうしてあったことで一抹の不安があったから……。祥ちゃんにとっての三角初華は……あの人だ。あの人とは島での一日と本土での思い出がある。それに比べて、私は島での日々しかない……。
空白が空き過ぎている。
期待しないようにしていると、結人が声を掛けてくれる……。
「三角初華はお前なんだ、お前で居ればいい」
「……結人」
たった一言……。
それだけなのにこれほどまでに充実感に満ち溢れてしまうのはきっと結人が魔術師なのかマジシャンなのかそういう類なのかもしれないと自分を心の中でほんの少しだけ笑わせながらもソファーに座る。
「海鈴、此処は?」
「此処はガールズバンドでももうほとんどの人が知らない場所です。その昔は有名なライブハウスも兼ね備えていましたが、最近では解体が決まった場所です」
「なるほどな……」
海鈴と呼んでいた少女は彼の質問に答えていた……。
解体が決まったということは、此処は人々から忘れ去られつつ場所……。まるで自分自身みたいなのような場所……。感傷に浸りながらも、私は結人から渡された水を飲んでいた。
「豊川さん、役者は揃いました。そろそろ話を始めましょう」
「分かりましたわ……。それではこれよりお話しするのは全て真実ですわ、相応の覚悟を持って立ち向かう勇気がなければ辛くなるだけですわ。だから、改めて問いますわ」
「この舞台幕を開ける覚悟はよろしいですの?」
全員が首を縦に振った……。
いや、にゃむだけは微妙に首を振ったのか振ってないのかよく分からなかった。
「それではまず、一つ説明しておきたいことがありますわ。そこに居る女性、姿形は初華瓜二つ……。それもそうですわ、彼女は初華の妹……。そして、彼女こそが三角初華なのですわ」
結人以外の全員が騒然とする。
特に一番の驚きを見せていたのは……。
「こいつが本当のウイコってどういうこと?それだと、今居ないウイコは誰なわけ?」
にゃむだった……。
「初華の姉、初音ですわ。彼女こそが、私達が知る初華」
場が凍り付く……。
今まで知っている人間が、全く知らない人間の形をしていたと知るという行為は決して慣れるべき行為じゃない。だからこそ、こういう体験は初体験だったのかもしれない。
「一つ、よろしいですか?三角さん。貴方の姉は、三角初華を名乗っていましたが、貴方はその間、どうしていたのですか?」
この名前を口にするのも……。
何時間ぶりだろうか、私が最も復讐を忘れないようにする為に使っていた偽名……。偽りの三角としての存在。その名前を口にするのは……。
「私の名前は
「華音ですか?」
「結人、メモ帳ある?」
「……ああ」
海鈴の反応を耳にしてから、結人からメモ帳を受け取って私はそこに自分の名前を書き始めた。狂気に満ち溢れたその名前を……書き記してその場にいる全員に見せつける。
「もしや、この名前……」
「そう、初華と初音から取った名前。私が豊川と三角初音への復讐を忘れないようにするために」
この名前は私が三角初華という名前を剥奪されて以来、ずっと使って来ていた名前だ。
初華という名前は海底に沈み、私はこの名前を使って生きていくことを誓った。憎きあの人の名前と自分のかつての名前を一文字ずつ入れて。今にしてみれば、かなりの執念だと自分でも思う。
「説明をお願いできますか?貴方のことについての……」
海鈴に説明を求められた私は……一つずつ糸を解いて行くようにして答えていくことにした。
私が何者なのかを……。
私が生まれたのはあの人がまだ小さい頃だった……。
あの人は子供の頃から成熟した考えを持っていたような気がする。小学生に上がった頃にはもう何処か達観していた。それはある意味では自分の運命を呪っていたのかもしれない。
『お姉ちゃん……!!今日は何処に行くの?』
熱を帯びているアスファルトの上を靴を履いて歩きながらも、私たちは海岸沿いを目指していた……。
『今日はお義父さんにお弁当を届けるんだ。初華の分もあるから、海岸で一緒に食べよ?』
あの人と私はあの頃、とても仲が良かった……。
私がまだ無邪気なただの子供だったということもあったが、お姉ちゃんと歳の差は二歳。この頃にはもう8歳と6歳だった……。お姉ちゃんよりも先を歩いて、私が先導するような形になっていった。
『え!?いいの!?』
『うん、お母さんが多く作ってくれたからお義父さんと一緒に食べなさいって』
『じゃあ……じゃあ、一緒に食べよ!!』
お母さん……。
そう、私達はお母さん似だった……。この髪もこの瞳も……。全てがお母さんに似ていた。お母さんは母性に満ち溢れている人だった。優しくて、温かみのある人だった。こういう人がお母さんで良かったと誇れる人で良かったと思えたのと同時に私は自分の中で「どうしてあの人と血が繋がってないんだろ?」と違和感はこの頃からあった。
『初華は、大きくなったらアイドルになるの?』
『うん!本土に行ってアイドルになるの!みんなに元気を届けられるアイドルになるの!!』
実際のところ、私が誰かに元気を届けられるアイドルになれているかはともかくとして……。
私は本当に色んな意味でアイドルになることは出来た。それまでに犠牲は大きかったけど。
『初華ならきっとなれるよ』
『お姉ちゃんも一緒にやらない?』
『私は……私はいいかな?でも、姉妹でアイドルも面白そうだね』
『お姉ちゃんやっぱり興味ある!?』
あの人はその後に「あーいいかな」とやんわりと拒否の意志を示していた。
それに私も「えー!やろうよー!」と話をしていたけど、そういう会話が何度も何度も私達の中では他愛もない会話として続いてた。そういう日常ばかりが続いて行く、そう思っていた時に私はある少女と出会った……。
『……貴方は?』
偶然の出会いだった……。
偶々森の中で昆虫探しをしに行った帰りに……。私は祥ちゃんと出会うことになった。彼女の出会いは本当に奇跡だった……。この島の中で最も刺激的で楽しい思い出だった。本土のことを楽しそうに話してくれた。東京のことも……。そしても……。
『初華、あれはなんですの!!』
『あれ?あーえっと!蜘蛛かな?』
森の中に蜘蛛が居るなんて当たり前のことだけど、祥ちゃんは物珍しそうに見ていた。
『まぁ、島にはこんな大きな蜘蛛が居るんですのね!』
『あーでもあの蜘蛛、確か毒があるって……』
『本当ですの!?逃げますわよ初華……!!』
祥ちゃんは私の手を取って、森の中を走り抜けた。
何処になるのかも知らない祥ちゃんが前に走って歩き出す。迷子になるのなんて明白だったのに、私は楽しくてしょうがなかった。生きているという実感を与えてくれていた。本当に温かくて、楽しかった。
『う、初華……どうしましょう』
『だ、大丈夫……!私に任せて祥ちゃん!!』
あの島のことなら全部把握していた……。
森の中で迷ったときの出方も……島に住んでいる人のことも……島に住んでいる動物達のことも全部知っていた。私は小さなことを見つけるのがとても好きだから、好奇心ばかりで生きて来たから毎日が発見の日々だった……。
『初華、貴方本当に凄いですわ!あの森の中から、脱出できるなんて!!』
『えへへ、それほどでもないよ……!あっ、でも服泥だらけだね』
『確かにそうですわ、これではお父様が心配致しますわ」
暫く、私は考え込んでいた……。
そして、ある悪知恵を働かせた……。
『なら、こうしよ!何処かで転んだ!』
『そんなありきたりなものでお父様を誤魔化せるとは思えませんわ……』
『祥ちゃんのお父さん、優しそうな人だし大丈夫だよ……!きっと大丈夫!!』
とびっきりな笑顔を向けると、 祥ちゃんも笑顔になりながらもこう言ってくれていた……。
『初華のその……太陽な笑顔を見ていると私まで大丈夫な気がしてきましたわ!』
『でしょ!』
『ええ、きっと初華はきっとお日様のような素敵なアイドルになれますわ!』
『アイドル……』
祥ちゃんが言ってくれた、その「アイドル」という単語は私にとって夢だった。テレビで初めてアイドルという存在を見たとき、私は興味深く見ていた。光り輝く、その姿はまるで誰かに影響力を与えるようなそんな存在に私は見惚れていた……。
そして、祥ちゃんがアイドルのことを教えてくれた……。
東京にも色んなアイドルが居るという話を聞かせてくれた、歌うだけじゃない踊ったりファンの人との交流をしたり色々と大変そうだけど、それでも私にはその姿が聴いているだけ眩い光に見えていた。
『初華はなるんでしょう?アイドルに……きっと……』
『なれますわ!!』
その一押しは文字通り、背中を押されたようなものだった……。
アイドルになりたいという呆然としたものが一気に未来図になったみたいに……。祥ちゃんに言われたなら、きっと頑張れる。私もそんなふうに期待に胸を膨らませながらも、私は祥ちゃんと別れて帰路へと歩いているときだった……。
『今日も会いに行って来たの?』
話しかけてきたのはあの人だった……。
父の仕事の手伝いを終えたのか、あの人はクーラーボックスを手に持っていた。
『うん!!祥ちゃんに会いに行ったんだ!!楽しかったなぁ~!』
『ねぇ初華……もう会いに行くのやめない?』
私の話を無視しつつも、祥ちゃんと会いに行くのを咎めようとして来ていた。
『えー?なんでお姉ちゃん、自分が行きたいけど行けないから妬んでるの?会いに行きたいなら行けばいいのに~?』
『そんなことしたら駄目だよ……!いい、初華?お母さんもお義父さんも言っていたけど、あの別荘には行っちゃいけないの。これは昔から言われて来たことなんだよ?』
『そうだけどさー、祥ちゃんいい子だよ?前にも話したけど、凄く物知りなんだ!!ねぇねぇ、今度はお姉ちゃんも一緒に行こうよ!祥ちゃんも夏休みが終わったら、帰っちゃうだしさ!』
そう、祥ちゃんはこの夏休みの期間だけ島にある豊川の別荘に来ていた……。
その別荘はこの島の中でも特に目立つ場所に位置していて誰もがその家が誰の者なのか分かるという場所だった……。そして、この夏休みの期間、私は当時10歳……。祥ちゃんによく会いに行ってた。勿論、それはよく知っていたが当時の私は好奇心が抑えられなかった。
『行かない、私は行かないからね!!』
『もー!お姉ちゃんは頑固だなぁ!』
なんてことのない姉妹の会話……。
その会話の中で馬鹿な私はあることを知らずにいた……。
それは姉の自己中心的な性格が歪み始めているということを……。
『どうしてお前は会いに行ったんだ!!』
皿が投げられる音がする……。
皿が割れる音がした……。恐怖という感情が私を支配していた、見たこともない父の瞳……。血の眼となっている目……。
『あれほど
怒り狂う、父……。
この日、私はあの人に罪を被せられた。その内容は、祥ちゃんに会いに行ったことだった。祥ちゃんが船で帰ることになる前日。あの人は夜遅くまで二人で遊んでいた。しかし、その罪を私に被せた……。
『貴方、待って。この子も何も悪気があって……』
『お前は黙っていろ!!俺達はひっそりと暮らしていたのに、お前のせいで!!』
お前のせいで言いたいのはこっちの台詞だった……。
わずかに首を向け、目だけで初音の様子を探ると私の瞳を見て怯えているようだった。加害者のくせに自分が怯えているというのはなんて不思議な光景だろうか?と私は自分の姿を鏡で確認すると、そこには刃のような眼差しに……冷やかな目をしていた。
まるで今の私のように……。
『なんで私に罪を被せたの?』
母が父を宥めていた……。
その隙に私は氷のような目をあの人に向けていた。
『私だって……私だって幸せになりたかっ『『ふざけないで!!』』
『幸せになりたかったのなら、何をしてもいいの!?そんな訳がない。私の名前を勝手に使って、勝手に祥子ちゃんと一緒に遊んで、罪をなすり付けて!!それが許されると本気で思っ『初華だって駄目だって言ったのに行ってた!!会いに行ってた!!私は何度も止めた!!』
『私は悪くない!!!』
『じゃあもういい……』
『貴方なんかお姉ちゃんじゃない……!!』
それが決定的なものになった……。
あの人との決別……。姉妹との決別。それらが全てが致命的なまでに致命傷になった。両親は私達に対して何処か干渉が少なくなり、あの人は私とは完全に話をしなくなった。そして、あるとき姉は……。
残影を追いかけて、島を出た……。
その残影は未だに影を太陽に変えてしまうような光をさんさんと降り注いでいた。だからこそ、あの人はきっと本土へ行ったのだろう。
そして、私は一人島へと取り残されていた。
それ自体はどうでもよかったが、日に日に強くなる私の憎悪の火が弱くなることはなかった。寧ろ、あの人が本土へ向かったことで焦がすような陽光に惹かれているのだとしたら、私は許せなかった。あの日、私から名前を奪い祥ちゃんとの繋がりを作ったあの人を……。
当時、私は12歳……。
あの人は14歳……。中学生のあの人が、何も考えずに無鉄砲に本土へと飛び出したことは羨ましいと思う反面で私には「出来るわけがない」となっていた。それでも、あの日聞いてしまった内容が全ての現実を変えることになった。
『そう、初音が……』
母の部屋の前を通ったとき、そんな声がしていた。
あの人の名前に呼応して、私は母の部屋の前から話を聞いていた。
『それじゃあ、初華として生きていくのね……』
『…………は?』
時間が経過していくなかで、私は濁った空気を体に纏わせる……。
体は熱くなっていた、弾丸を撃った後の中の銃の余韻を残すかのように……。
『分かったわ、ええ……。伝えて欲しい、あの人……定治さんにも』
定治……。
その名前だけは私は何度か母の口から聞いたことがあった。あの人の父親であるということぐらいしか知らなかったけど、かなりの権力者というのも知っていた。私はかすかに空いていた部屋の間から拳を握り締めていた……。
僅かに入る部屋の中から光は私の拳だけを強調していて、怒りという炎を燃やし尽くしていた。
あの人が私の名前を奪い、その人生を謳歌している。それだけで許せなかった……。
『お待ちしておりました、
母の名前、三角初菜と呼ぶ声と共に私は母と共にその日本土へ向かうとなった。
父は……もうこのとき死んでいた。死んでしまったのはあの人が本土へと行った、数日前だった。私は父からあの日以来、「話しかけるな」の一点張りであり話しかけることすらままならなかた。
『お父さん……』
懐かしみながらも、島の方に顔を向ける……。
そういう父だったはずなのに、何故だか悲しみがじわじわと込み上げて来る。今にしてみれば、何故あの日、私があの人に激昂したのかそれが分かるような気がする。そして、祥ちゃんのことを掘り返したこともあった。あの人が本土に行ったのはそれも一つの要因だったのかもしれなかった。
『行くわよ、初華』
『……』
何も答えずに、私は船に乗る。
少し子洒落た船、この島では圧倒的目立つ船に乗って……。私達は本土へと向かいながらも、あのときこれからどうなるのだろうか?という疑問とあの人への怒りを抑えることが出来なかった。本土に行けば、もしかしたら復讐を果たせるかもしれない。
『いや……』
仮に本土に行けたところで、私は安全は保障されるのだろうか?
そもそも私は豊川の血を引いている訳ではない。そうなれば、安全など保障されるのだろうか……?
『絶対違う……』
これから私達が行くのは確かに本土……。
それは確かなこと、しかし考えてみれば私と母は全く豊川の血を引いていない。今後、豊川という血筋において邪魔な存在になる。あの人の方は養父の血を引いている。彼女が、第二後継者として選ばれる可能性は高い。
そうなれば、私の地位も母の地位も闇に葬られる。
名を奪われるだけではなく、存在すらも今度こそ完璧に闇に葬られるならば、私はこの手で実現したいことがある。そう、それこそが……。
『復讐……』
船に乗り、綺麗な海には私の顔が映る。
全ての憎き者を滅ぼすための誓う顔を……。
『初華、行くわよ……』
船へ降りようとしたとき、私は足取りを止める。
私にはやるべきことがあるからだ……。
『行かない……』
『何を言っているの!?』
母は驚愕していた。気でも狂ったのかと言いたそうにしながらも……。
あの人のことを考える度に苛立ちが募る。祥ちゃんとの思い出を振り返る度に自分が空虚な気持ちになる。名を奪われたことを思い出すたびに、自分が虚無だと思い知らされる。
だから、私はやはりこの選択を……いや、今じゃない。
私は此処で待ったをかけた。此処は一旦、母と耐え忍んで時期を待つ。
『ごめん、お母さんやっぱり行く……』
あの人にとって弱い時期が訪れば、私はその気を狙って私は飛躍する自分という人間を……。
そして、本土に来てから数ヶ月が経ち、私が12歳の頃だった。
私は、母を通じて豊川の人間に対し、初めて明確な願いを伝えた。彼は数週間に一回、私達の様子を見に来ていた。定期報告らしいけど、その実態は明らかに監視だった。何故なら、私は24時間毎日監視されていたから……。
それは恐らく……私の復讐心に気づいていたから……。もしくは……。
復讐されることを恐れていたから、か……。
『すみません、いいですか?』
『華音どうしたの!?』
華音……。
そう、この本土に来た時点で私が得た名前……。
『お願いがあります、私をアイドルにさせて欲しいんです。貴方の上の方、豊川定治ならば……それが出来ますよね?』
『しかし……』
豊川の人間は困惑しているようだった……。
『お願いです、アイドルは私の長年の夢だったんです。
意外にも私達のところに来ているこの豊川の人間は情があったのか、唸り声を上げていた。
母は「なにを馬鹿なことを」という顔をしていたが、私は無視していた。私の瞳の奥には永遠の火があったから……。
『分かりました、定治様へお話します。後日連絡をいたしますのでお待ちください……』
『……お願いします』
この申し出は、意外にもすんなりと通った。私自身も驚いたが、これはこれでいいとなっていた……。母には猛反対されたけど、私は無視した。何故なら、復讐の「糸口」を見つけたと思ったからだ。
しかし、それは拒否された。
それでも、私は粘ることをやめずに自分の計画を考えていた。あの人のsumimiの活動をこの目に焼き付けながらも……。
『お願いします……!』
そして、それから更に約二年という月日が流れ、私は14歳になった。
この間、私は定治の監視下に置かれながらも、私は定期的にやってくる豊川の人間に頭を下げ続けたところ……。
『わ、分かりました……。ですが、あまり期待はなさらないでください……』
人の心を掴むのは意外にも簡単だった。
この二年で監視役の人は色々と変わって来たけど、その度に私はアイドルになりたいという熱意だけを伝えると、人は「まあ、このぐらいの歳の子ならそういう夢もあるだろう」という思いを抱かせることに成功した。最後の監視役だった人もそうだ。
彼は凄く情に厚かった……。
それもあってか……。
『初めまして、豊川定治様……。私の名前は『いい、知っている。それで何故お前はアイドルになりたい?』』
その使いの人は私を豊川定治に取り合ってくれた。
これは本当に好機だと思いつつも、自分の中にある豊川への復讐心を抑え込んでいた。本当は叫びたくなるけど、嬉しくて今此処で豊川定治に怒りをぶつけたい気持ちはあったけれども……。
『使いの者に伝えたはずです、私はアイドルになりたいのは長年の夢だと……。なによりも、姉・初音がsumimiとして活動。そして、Ave Mujicaのドロリスとして活動していることを知り、私も姉のようになりたいと思いました。だから、お願いします』
『なるほど、筋は通っている……』
これはもう二ヶ月ぐらい前のことになる……。
私はAve Mujicaとしてあの人が活動していることを知り、それが綻びになると思った。そう思うだけの根拠はあの仮面バンドの存在自体にあった。仮面というものはその人のことを知りたいという欲求に繋がる。その人が何者かで、誰なのかを知りたいという欲望が人を強く意識させる。なら、その綻びに狂気を突き付ければ私は勝てると信じていた……。
『いいだろう、特別に許可してやる』
『……ありがとうございます』
何故、許してくれたのかは分からなかった。
呆然とした内容ばかりでただ感情に訴えているだけの内容なのに定治は私の提案を受け入れた。情?いやいや、まさか。こいつが私に情なんてあるわけがない。何故なら、私は豊川の血を引いてないから。まあ、いいや。例え、罠でもそれでもいい。
利用できるだけ利用させて貰う。
私の舞台のために……。こいつのことも……。
『キャアアア!!!アイフラメ様かっこい!!』
アイドルとしてデビューしたのはかなりいきなりのことだった。
元々、島に住んでいた頃からギターを弾けたり、ピアノが弾けたりしていたから私は自分を表現するのには向いていた。なによりも、私は子供の頃から思い描いていた幻想的なアイドルを脚色を付け足していた。
自分という顔を晒さずに、姿もほぼ晒さない。
そうすることで人を惹きつけることには成功したけど……。
『……』
監視の目は強くなっていた……。
更に後からの条件として祥ちゃんとあの人への接触は禁じられていた……。
それでも、私は諦めることはしなかった。
じわじわと豊川を追いつめる情報を集めながらも……。
『助けてくれって……手を伸ばしてたから、そんだけだ』
あのとき、私の景色は変わった。
それは箱庭という場所から、都会の風景、ネオンのようにとまでは言わないけど……。夜になって、田舎の街灯に照明が照らされたような気分だった……。それはまるであのスカイツリーの景色のように……。だからこそ、言えることがある……。
「結人のおかげで変わることが出来た……」
って……。
「これが私の全て……」
本音を話せば、この過去は誰にも喋りたくなかった……。
特にこの話を曝け出したくなかったのは結人……。彼をこの話に巻き込みたくなかったけど、覚悟ならもう決まっていた。だけど、彼を此処まで引き込んだ以上彼には話す道理、義務があった。だからこそ、私は此処で吐き出した。過去を……。
空気はかなり重苦しいものになっていた。
そうなるのも当然だった……。ただ、一人睦だけが私にこう聞いて来た。
「今の自分は……どう?」
結人と共に此処に来た。
それを意味することが睦は気づいていたのかもしれない……。
「復讐はまだ諦めてない、それは断言できる。それでも、結人が示してくれた私は此処まで来た。睦さんが教えてくれたから」
睦の表情が僅かに緩んでいた。
壁に寄りかかっているにゃむの溜め息が聞こえていた……。
「それと一つだけ言いたいことがある、もし祥ちゃんが豊川という牢獄から出る気があるなら、私は……」
「協力したい」
「それは……復讐としてですの?」
「違う……」
私は結人のその手を取った。
復讐をどうするかなんてまだ決まっていない。それでも未来は復讐だけじゃないことを彼と過ごした時間で掴み取ることが出来た。それは紛れもなく真実。霧の中の狂気に包まれていた私の視界が晴れて、一抹の明かりを見つけ出すことが出来た。だから、その未来の道に賭けてみたい気持ちがあった……。
だからこそ、私はこう答える。
「未来図として」