【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「みんな……ありがとう」
鳥籠はもうない。
私はこの場所に戻ることは……もうないけどそれでよかった……。内側から開けることは出来なかったこの扉を開けて、向こう側の世界にようやく辿り着くことができた。私はようやく一歩を踏み出すことができる。
「ううん、気にしないでねういちゃん」
「わ、私も気にしてないよ!」
「俺も別に気にしてねえよ。ただお前を助けたかった、そんだけだ」
「本当にありがとう……みんな」
これは大きな一歩。
いや、もしかしたら小さな一歩でしかないのかもしれない。それでも、私はこの鳥籠からようやく抜け出すことが出来た。それが例え、どれだけ惨めで醜い姿を晒すことになっても……。私は今は進むことを考えたかった。
「初音……祥子達は豊川の家にいる。行ってくれるか?」
「……分かった」
そこに迷いがなかった訳じゃない。
どうして?という思いが無かったわけじゃない。それでも、たった一つの答えがあるとすればそれは……。
私の宿命だから……だった。
私もあの豊川の人間……。それならば、私もその場所に向かう必要がある。結人が来ないのはきっと、自分がそこには相応しい人間じゃないと思っているから……。この問題は私達が解決するべき問題だと考えているから。
私は再び三人にありがとうと言って、その場を離れて行きながらも、結人の視線を背中から浴びていた……。
『逃げてんじゃねえぞ、初音!!』
さっきまで自分の気持ちを一旦、部屋の整理をするかの如く考える……。
久々に頭に血が上り過ぎちまった……。こうなったのは、愛音にキレたとき以来だろうな……。あのときの俺は愛音を説得したというより、俺のことを根気強く説得してくれていたのにそよに何か言われた程度でやめんのかよってかなり自分を通して俺は声を上げた。
だとしたなら、今回もきっと……そうだろうし……。
もう一つはやっぱ俺自身に見ていたんだろうな。あいつが……。
「どうしたの結人くん?」
「あーいや、ありがとうございましたまなさん……」
考え事をしているとまなさんが話しかけて来る。
「それと、すみま「それ以上は大丈夫!」」
「結人君がういちゃんを救いたいっていう気持ちが本当だったのは通じているから!!」
「……ありがとうございます」
本当にこの人は光そのものでしかなかった。
天高らかに眩しさを象徴としてくる太陽じゃない、何処か背中を温かくしてくれている存在に見えている。これがアイドルって奴の力なんだな……。
「モーティスちゃんもありがとうね!!睦ちゃんにも言っておいて!」
「え!?ま、まあ私もあの子に一言言いたかったし!!」
モーティスはちょっと顔を赤くしながらも、頬を掻いていた。
「あ、あの……まなちゃん!!元気してた!?」
「うん!元気してたよ!!」
「よ、良かった……!ちょっと予定聞きたいんだ!」
二人のほんのりとした日常会話に、俺に若干表情を緩ませつつも空を見上げていた。
それは祥子達が居る方向……。
「祥子達頼んだぞ……」
空へと届くことを祈りながらも、俺は声を高らかにしていた。
「お嬢様、定治様がお入りになられます……」
「分かりましたわ……」
豊川邸……。
最近まで、私はこの中を自分の牢獄としていましたわ。それが正しいと信じて、自分が誰かを傷つけるならばこの地こそ閉じこもるに相応しい場所だと……。しかし、それを今は解き放って私は自分の牢から出た。それはある意味では脱獄かもしれませんわ。
「まさかお前がその娘を連れて来るとはな……」
入って来て、お祖父様が放ったのはそれでしたわ……。
私の隣にいる初華に向かってのその発言……。
「初華、私は幼少期の頃の貴方しか知りませんわ」
初華は恐怖していましたわ……。
それは当然のことですわ。目の前にいるのは自分という存在を今まで容認して来なかった存在なのですから。
「アイドルになりたかったあの頃の貴方しか……。時が止まったままの貴方にどう話せばいいのか私は分からない。それでも、此処で諦めるのは……」
「ダメですわ」
執務室内で私の声が空気を切り裂いていた……。
余韻を残しつつも、まるで彼女の心に響かせるように……。
「だからこそ、顔を上げるべきですわ。いつまでも下を向いていてはダメですわ」
「……祥ちゃん」
俯いていた初華が徐々に顔を上げようとしていましたわ。
この問答、かつての自分ならきっと枕を投げていたかもしれませんわね。誰も傷つけたく無くて自分から牢獄に逃げていたあの頃の私ならば……。
「怖いのは分かりますわ、それでも貴方は立ち上がるべきですわ」
目の前にいるお祖父様は自分にとって今まで亡き者とされていた存在。正直に言えば、私は貴方になんて言葉を掛けてあげればいいのか分かりませんわ。それでも、今前を進みだそうとしているならば、私も全力でその背中を押しますわ。
「分かった、ありがとう……」
「その意気ですわ」
お互いに健闘を祈り合う。
合図かのように首を小さく振っていた。
「豊川でもないお前達がいったい何の用だ?」
そして、今向かい合った先のソファーにはお祖父様が座っていた。
「そうですわね、もう私は豊川ではない人間ですわ」
豊川というスポンサーを下ろした時点でもう私はお祖父様に喧嘩を売ったようなもの……。
それを意味するのが絶縁と捉えられても仕方ありませんわ。ですが、これはある意味では好機ですわ。
「私が言いたいのは……一つですわ」
「三角初華及び、三角初音の解放ですわ」
お祖父さまは椅子から立ち上がって、窓の方を見てからくだらなさそうにしながらも溜め息をついている……。まるで、馬鹿げていると言いたげにしながらも……。
「祥子、お前はやはりあのじゃじゃ馬娘の血を引いているようだな。余計なことをしていなければ、豊川の第一後継者になれたものを」
お祖父様の顔は無表情でしたが、明らかにその顔には呆れという二文字が出ていましたわ……。知らなくてもいい領域に自ら踏み込んで来たと言いそうに……。
「それはスポンサーの件ですの?それとも、初華達のことですの?」
「両方だ、血は争えぬというわけだ。お前もあのじゃじゃ馬娘やあの誠実だけしか取り柄のない男の娘。本当にお前はあの二人に不気味なほどそっくり……だと思い知らされる」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
皮肉であることを承知の上で、私もそれを受け流した。
「それで……その理想論は素晴らしいが納得はしているのか?」
「初華のこと……ですわね」
彼女の方を見る。
私に彼女の心の中を知る余裕はないですわ……。彼女の心は彼女自身が決まっていることですわ。それでも、もし彼女があのときと同じことを此処でも言えるならば、それはもう……。
成長を遂げたと言う事ですわ……。
心に迷いはある。
今でもこの胸に誓った復讐の業火を、忘れることはできない。それは決して鎮火されることがない、永遠の炎なのだから。それでも、私には道を示された復讐以外の道を……。それを選んでいいと教えてくれたのが結人だった。
掴みたい、選び取りたい。
その気持ちは充分にある。此処でそれを選べば、全ての景色が変わり果てるかもしれない。そういう期待を胸に秘めていたけど、怖いという感情が未だにあった。手は震えている、体が震えている。私はずっと豊川という鋭利なる目を仕方ないものだと考えて来たけど、この地に来て再び養父と出会って私は思った。
私はこの人に恐怖しているって……。
それでも、私は結人の手を取れた。なら、答えは決まっている……。
「復讐を諦めた訳じゃない、あの人への復讐……。そして、貴方への復讐を忘れた日なんてあれ以外はなかった」
「では此処でお前は私を殺すか?」
「それも悪くない……けど」
「私は別の道を選ぶために此処に来た」
覚悟ならとっくの前に決めていた。
あの日、曲りなりにも結人に手を掴まれて養父の前から逃げたときからずっと私は戦うことを選んだ。それは私にとって一番あり得ない未来だった。私には復讐しかないと言い聞かせて来たはずなのに、違う道が存在していた。
これだけでもう証明になっていた。
証明になってしまった以上、私はもうこの未来図を選びたいとなった。それがどれだけ茨の道だとしても私は信じてみたい。
彼が見せてくれた情景を……。
「お前たちは本当に愚かなようだな……。自分達が今どういう立ち位置にいて、どれだけ自分の首を絞めていることをしているのかをまるで理解していない」
執務室に置いてある机の中に入っていた椅子を広げて、養父は椅子に座り込む。
私達と養父の間では溝が更に広がる。元々、溝しかなかった関係だった。そんなことはどうでも良かったけど、ようやく運命を変えれる。運命から逃れることが出来るこの機会を見逃したくない。
「私が選ぶ道は……この豊川という呪縛から解放されること。それが今の私の道です」
「そうだ……」
「その通りだよ、初華ちゃん……」
この声……聞いたことがある。
何処か優しさがあって何処か真面目で……。何処か頑張ろうとしている声に……。
もしかして……。
「祥ちゃんのお父さん……」
部屋の扉の方を見ると、そこに立っているのは……紛れもなく祥ちゃんのお父さん……。
清告さんだった……。
「お父さん、もうこれ以上はやめましょう……。この子達は何も関係ない、これ以上豊川の血というだけで苦しませるのは……」
「貴方にだって情はあるはずです、この子達に……!!」
清告さんが目を向けている隣には……あの人もいた。
三角初音も……。
逃げずに此処に来た、私はそれだけでこの人への感情を改める必要性があるのかもしれないと思っていると、あの人は口を開く……。
「私は逃げずに此処に来た……!!もう逃げたくないから、何かを誤魔化したくないから!自分可愛さで保身をし続けたくないから!!そして……」
「豊川という家に戦いを挑みに来た!!」
覚悟だった。
それはまさしく覚悟だった……。芯が通った、心強く、声高らかに宣言していた。強さそのものだった。部屋中に轟かせながらも、瞳にはしっかりと意志があるのを感じ取れてしまっていた。
今でも許せない、許すことなんて出来ない。
それでも、この血が言いたくてしょうがなくて口を広げたんだ……。
「お姉ちゃん……」