【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
此処に来ることになる……。
自分の意志で此処に来ることなんて、考えたこともなかった。此処は絶対に来てはいけない場所、どれだけ豊川の別荘という禁則地に足を踏み入れようとも此処は本当の意味で神域だった。それでも、私はあのとき……。
祥ちゃんのことを助けたいと心の中で本気になれたときだけこの場所に踏み入れることができた。睦ちゃんのときは一緒に入れなかった……。あのときは覚悟がなかった、目の前にいるあの人に会いたくなかったから……。
それでも、今私がこうして意識をはっきりと保って立ち続けることが出来るのはそれは紛れもなく……。
みんなのおかげ……だから。
「初音、何故お前が此処に」
表情にこそは出していなかったが……。
父は明らかに驚いていた。それはまるで、何故お前が此処に居ると言いたそうな明らかに想定していた事態はまるで違うと言いたそうだった……。
この場において、祥ちゃんのお父さんが来ることはきっと誰もが考えられるシナリオだと思う。清告さんと出会ったのは本当に偶々だった。豊川邸の前で私は意を決して入るために、息を呑んでいるときに出会った……。
『初華ちゃん……いや、初音ちゃん』
あの人はまるで私が此処に来た意味を汲み取れたみたいだった……。
それは勿論、私という存在が此処に来るのは二度目というのは知っていると思う。それでも、自分の意志で此処に来たのは本当に今回が初めてだったから……。清告さんはその覚悟を認めてくれた上で、私の本当の名前を呼んでくれていた。
そう、私は三角初音……。
「戦いに来たと言ったな、それが何を意味するのかお前が一番よく知っているはずだ」
「知ってる……。私が此処に来て宣戦布告するということ、きっとそれは自分の立場が今よりもっと悪くなるかもしれない。鳥籠に囚われていた自分が今度は穴底に埋められることになるかもしれない」
怖いという感情はそこに確かにあった。
どれだけみんなに励まされようとも、大丈夫だと言われようともこの血の宿命がどれほど驚異的で恐ろしいものなのかも……。
「それを承知の上で戦いに来たのか?」
「そう、私は来た。もうこれ以上私という人間をずっと扉を開けられない人で居たくないから。餌をただくれるのを待っている訳にはもう……行かないから」
恐怖に打ち勝つ……。
それにはそれ相応の力が必要だった。そして、その力の根源には私は言葉を選んでいた。彼が教えてくれたもの……。神と崇めていた彼の教授を……。私には彼みたいなものはない。睦ちゃんみたいな意志もない。まなちゃんみたいな光もない。それでも、私は私なりに自分の力を示したい……。
それが……。
「例え、私は苦しくても私自身の未来を掴みたい……!それが私の今……だから!!」
この鳥籠を壊す唯一の手段だから……!!
自分達の血縁者と相対する……。
まさか、このような事態になる日が来るとは……。思わず、自分の拳を強く握り締めてしまう。彷彿とさせるからだ、彼女のことを……。あの強く、何処か芯が通ったような力の込められた声は……やはり彼女の血を引いている。
それも鏡写しかのように……。
ふと窓を見る。そこに映し出されているのは過去の自分、そのものような気がしてならなかった。そして、初音の方を見ればそこに立っていたのは……。
初菜そのものだった……。
瓜二つの彼女をみるだけで初菜のことを記憶の泡として思い起こさせる。なによりも、私が生涯愛した妻二人のことを思い出す。それが例え、禁忌だとしてもあの日……私は自分の妻、穂波を事故で亡くした。
『定治様!!申し訳ありません!!奥様が、奥様が……!!』
その日は雨だった……。
血相を変えて、部屋に入って来た使用人はこう私に説明していた。それは妻が、車に撥ねられて死亡したと……。それは偶然的なものでしかなかった。被害者も加害者もなかった、ただ単に運が悪いで片付けることしか出来なかった。
しかし、私は違った……。
『何故、穂波が死ななければならない……』
周りが幾ら妻のことを忘れようとも、私は忘れることが出来なかった。豊川という宿命を背負い、人という不完全な感情を持っていた私はある日豊川の別荘に来ていた。それは、娘である瑞穂と共に……。
瑞穂を遊ばせるためでもあったが、どちらかと言えば波が立つ海を眺めながらも私は物思いに更けたいというのがあった。それは妻が亡くなって、数ヶ月が経ち夏の日……。そんなときだった、初菜と出会ったのは……。
『どうしましたか?定治様』
砂浜に座っている私の隣に座って来たのは彼女だった。
寄り添いながらも、その温かみにある声に私は何も言わなかった。ただ海の音、自然の音だけを耳に打ち込み続けていた……。彼女は何も聞かない、まるで分かっていると言いたそうだったがそれが私にとって不思議と嫌ではなかった。
寧ろ、感謝を感じていた……。
『また会いましたね、定治様』
来る日も来る日も、砂浜に来ては何も互いに会話をすることもなかったが、まるで心の声でお互いに会話をしてならなかった。自然と、そんな思いがあったのはやはり彼女の中にある陽だまりに自分の影を温かくされていた……。
彼女が横にいる度に自分の弱さを受け入れていいものなのかも知れないと認識するようになっていた。それは誤認でしかないのかもしれないというに私は愚かな過ちをしていた……。
『いいのですか?定治様?』
豊川の別荘の管理人である初菜は元より豊川家の使用人だった。
彼女がこうして別荘の管理人から離れたのは島というものへの憧れがあったからと話しているとき、私は疑問しかなかったが初音が星が好きなのはきっと彼女から遺伝したのだろうとも今にして見れば思い起こせるものがあった。初菜は島で見る星が好きだとよく言っていた。
そういう何処か変わったところがあって、何処か夏の砂浜の暑さを横に居るだけで感じさせてくれる初菜に好感を持ち始めている自分がいたのだ……。
『ああ、私には……お前しかいない……』
それが許されざる想いであることは、最初から分かっていた。
けれどあの日、私は自分の孤独を埋めるように彼女に手を伸ばした……。禁じられた関係を結んでしまった。彼女が横に居てくれるだけで次第に心が満たされていた、私は彼女の手を掴みたくなっていた。彼女を知りたいとなってしまった。一時の気の誤りなど許されるわけがないというのに惹かれてしまっていた……。
彼女と話す度に、私の心が木々のようにざわめく、風のように揺れ動く……。
それが嬉しかった。自分を連れ出してくれているようで……。だから、私はその穴倉を掘ってしまった……。彼女の声が波と共にしていた……。
『……喜んで』
彼女はにこやかな表情で私の言葉を受け入れてくれた。
しかし、それは到底許されないことだった。亡き妻を裏切る行為であり、豊川の掟を踏みにじる選択でもあったからだ。
愚かなことを招いたとも分かっていても……。
彼女に惹かれてしまった自分がいたのは事実だった。
彼女との間に、夫婦ではないまま子が生まれた。
豊川という血にとっても、それは決して許容されるものではなかった。禁忌を起こした、まさしくそれは……。
「過ちでしかなかった……」
視界には未だに……。
初菜の姿が見えていた……。
『お義父さんは、初音ちゃんを第二後継者として育てようとした。祥子にもしものことがあれば、すぐ対応できるように……しかし混血を許さなかった豊川家は彼女の存在を抹消しようとしていた……。その結果、お義父さんは初音ちゃんと再婚相手の妻を島へと置いて、自分の管轄下に置くことでなんとか難を逃れたんだ』
お父様は……お祖父様の全てを話してくれていましたわ……。
それはあまりにも身勝手で都合がよすぎると言う内容……。私もまた逃げた身……。何かを言えたような立場ではありませんが、それでもお祖父様の身勝手な行動を生んだ結果……。
『しかし、初音ちゃんは祥子と出会ってしまった。それだけなら、まだ良かった。島を抜け出して、本土に来ることを察知したお義父さんはすぐさま行動を起こしてグループにこう相談した。もし、自分のかつての妻のように瑞穂や祥子の身に何かあったとき、そのときは後継者がいなくなる。そのため、彼女をこちらで保護しつつも第二後継者としてという条件も作れる、機会だった』
お祖父様は自分のしてきた過ちを利用して、そこから初音を守るという建前を作り出していた。
初音は自らの行動を噛み締めながらも、初華は少し顔を背けていましたわ……。
『その後は……私が初華になりました……。父からの話を聞いて、私はなら祥ちゃんの隣に置いて欲し。祥ちゃんが言ってくれたようにアイドルになりたい、私はこれからも三角初華として生きたい。そう思えたんです、初華でなければ祥ちゃんに近づけない。罪悪感からの背負う気持ちもあったけど、それ以上に私は祥ちゃんの傍に居たかった……そのせいで祥ちゃんのお父さんも巻き込んでしまった……』
補足するようにして、初音が語り出す。初華はその話を拳を握り締めながらも、ただ黙り込んで聞いていましたわ……。自分の苛立ちをなんとか抑えながらも、必死に話を聞いて自分を堪えさせながらも、自分のことを語り出す。
『私が大阪に連れられたのは……
初華はお祖父様を睨みつけている。
お祖父様は彼女の独白を咀嚼しながらもこう答える……。
『……お前の言う通りだ』
彼女がアイドルになれた理由……。
監視という牢獄に閉じ込めたのもお祖父様は、すべて認めた自分の罪を自白するために……。
『結局、アンタがしてきたことなんてのは保身のためのクソみたいな行動でしかない。だから、私は許せない。アンタのことを……!!』
立ち上がりながらも、初華は自分のせめぎ合う感情を抑えることができなかった。
それは当然としか言えませんわ、お祖父様の行動は全て保身でしかなかったんですもの……。
『お養父さん、彼女達は今すぐ解放してあげるべきです。此処まで改めて、聞いて分かったはずです!貴方はただ彼女達を苦しめているだけです!!』
手に力が入っていた素振りが見えていた。
明らかに父の発言にお祖父様は反応を示していた。それはこの場における……。
初めて見せるお祖父様の感情でもあった。
「すぅ……はぁ……」
此処からが本題ですわ……。
お祖父様の過去を知った今、此処から私たちが突き付けられるのはどうやってあの二人を解放するかということ……。はっきり言ってしまえば、現状此処は証拠を見せるしかないという地獄の一択……。
「お前たちの言い分は分かった……。全ては私の責任だ、私は妻を亡き者にされたという事実が耐えれなかった。それゆえに、初音が生まれた。それは妻への裏切りにもなる行為、引いては豊川という血の掟で作り上げて来たものを否定するものでしかなかった」
「……今更遅い」
吐き捨てながらも言う初華に、お祖父様の言葉をただ黙って聞いていた初音……。
そして、父は光明が差した。そう言いたそうでしたわ……。
「そうだ、お前の言う通りだ。私はお前のことを血縁者ではないと思い、蔑ろにしたという事実は変わらない。そこの馬鹿男が言ったような情などは私にはない。ただ、保身を考えていた。それだけでしかなかった。これが客観的事実だ」
「だが、その上で聞く……」
「祥子、お前はどうやってこの二人を解放するつもりだ?」
待ち望んでいたものが来ましたわ、それを待っていたと言わんばかりに私は絨毯の上に置いてあったカバンを取り出してそこから資料を数枚お祖父さまの机の上に広げる……。
「これは?」
「私達、Ave Mujica及び初音とまなさんが活動しているsumimiの活動収支及びSNSやネットでの話題率をまとめたものですわ。そして、こちらはアイフラメ様……つまり初華のアイドルとしての同上のものですわ」
急遽これを八幡さんと祐天寺さんに作って貰いましたわ。
祐天寺さんの方はやや面倒なことを押し付けられたという顔をしていましたが、それでも初音をバンドにとどめるために彼女は動いてくれた。それだけで充分でしたわ。
「つまりは……豊川の力を借りなくてもやっていけると言いたいのだな」
「ええ、そうですわ。あのとき同様私達にはグループの力を借りなくても私達には未だ続けられるだけの利益はあるということですわ。SNSやネットでは特に、この三つはトレンド入りを目にすることがありますわ。sumimiやムジカは当たり前かもしれませんが、初華はアイドルを初めてまだ数ヶ月でこの伸び、貴方達の力を借りなくても充分やっていけますわ」
この三つの形が今こうして未だに好調というなら、それは永久的には無理でも継続的には繋がることには他ならない証拠……。その根拠にお祖父様は目を通していましたわ……。
「なるほど、言いたい事は分からないでもない。だが、その程度で豊川の呪縛から逃れられるとは思えんな」
「ええ、そうですわ。それは私も同意見ですわ、ですがお祖父様……。先ほどこうおっしゃりましたね?私達はもう豊川の人間ではない、と……」
再びお祖父様の表情が動いた。
眉を動かし、まるで首の根っこを掴まれていたようでしたわ。
「私は元よりもう豊川とは絶縁状態、お父様も同じですわ。そして、初華は元々豊川の血を引いておりませんわ。そして、初音は……」
「島という牢獄に囚われていた、まるでそこは地図に存在を抹消されたそんな存在だった。つまり、私が言いたいのは……」
「もう私達は豊川と無関係ですわ」
お祖父様は最も発言してはならないことを言いましたわ。
それは血縁からではなく、この場において寝首を掛かれてもおかしくないその発言を私が見過ごすわけがありませんでしたわ……。
「お祖父様がこの発言を取り下げると言うのならば、構いませんわ。しかし、豊川の当主ともあろうお人がまさか自分の発言を撤回すると言いませんわよね」
拳を握り締めたことで、自分の首を絞めるような展開になっていた。
後悔していましたわ、明らかに……。訂正したくても訂正できないこの状況のなかで……。
「お祖父様のしたことは亡きお祖母様への裏切り行為になる、それは間違いないかもしれませんわ。その空虚な心を満たして貰う為に初音の母と子供を作った。そこにどんな話があれども、お祖父様は血の掟を破ってしまった、そうですわよね?」
「ああ、その通りだ……」
「お祖父様には家やグループにこう伝えて貰いますわ、三角初音及び三角初華は今後、豊川の管轄から除外する。理由につきましては、初音はまず豊川の後継者として相応しくないことと初華は元より豊川との関係性が薄いこと……。そして……」
「お祖父様には自分の罪を全て自白して貰いますわ……それで」
「構いませんわね?」
罪人になるということはこういうことですわ、お祖父様……。
私とてその一人、自分の罪を認めるということはあまりにも辛く苦しいものですわ。しかし、お祖父様はこうして罪を認めた……。私達もまた、同じように罪を背負って生きている……そういう意味では似ているの……ですわね。
「分かった……。お前の望み通り、その条件呑んでやろう、私とて自らが作った穴倉を自らの手で埋め治せなくてはならない。それは隠蔽するためではなく、自らの罪を曝け出す為に……最後に一つだけ伝えておく……」
「初音、初華……。言い訳にしか聞こえないだろう、しかし私はお前達に情がなかった訳ではない。保身ではあったが、お前達の望みを叶えてやりたいという気持ちは確かにあった。その結果、災いを呼んだのは確かなことだ」
「すまなかった」
謝罪……。
それを厳格であるお祖父様の口から出たのを初めて聞いた私は思わず、お祖父様と呼んでしまいそうになっていた……。初音は口を開けて、驚きの顔をしていた。父は「お義父さん」と小さく呟いていた……。
初華は何も言わずにその場から立ち上がり……。
部屋を出て行ってしまった……。それを追い掛ける、初音……。私もお祖父様に一礼してから、その部屋を出る……。
ただ、その部屋を出た後こんな会話が続いてたような気がしてなりませんでしたわ……。
「清告、こんなことを頼むのもどうかと思うが……娘たちを頼む。そして祥子……を。あの三人はこれからもっと大きくなっていくはずだ。そんなときにお前が支えてやってほしい」
「お義父さん……分かりました。ですが、俺が支えなくてもあの子達は先に進んで行けると思います。あの子達はもう自分がどうするべきか分かっています。今は分からなくてもそこに悩むという手段があるなら、きっと前へ歩き出すことが出来ます。それはきっと……」
「お義父さんも一緒ですよ」
「そうか、今になって分かった……。何故、瑞穂が血の掟に逆らってでもお前を選んだのか……。それはきっと……」
「お前という人間に惹かれたのだろうな」
「その輝きに……」