【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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それでも私は逃げたくない

「はぁ……はぁ……待って!!待って初華!!」

 

「っ……!!」

 

 その名を呼ばれて、私は立ち止まってしまう。

 あの場で豊川定治をある意味では潰すことに成功した。それなのに、私はあの場から逃げ出した。本来なら、ざまぁ見ろって笑うことすらできたのに……。

 

 あいつに情を感じたことなどない。

 私を居ないものとして扱い、私を縛り付けたあいつなんかに……。私はただ復讐という心だけを残していた。あのとき、あいつが私を逃したのだってそうだ。

 

 きっと、それは情ではなく状況が悪くなったから一時撤退したんだ。

 そう、もうあいつのことはどうでもいいはずなのに……。私はあの人と結び目を断ち切ることができなかった。

 

「しつこい、なんで……なんで追いかけてくるの!?」

 

 あまりにもしつこいあの人を制止するために、追ってくるなと警告をするがあの人は……。

 

「初華、ごめん……。私は貴方にとんでもない過ちを犯した……。許して欲しいなんて言わ「今更、勝手すぎるよ!!」」

 

 腕を掴まれていた。

 制止されていたのを私の方だった。あの人はかつてのあの人じゃなくなった、自分の楽園を壊して作り直した。しかし、私は彼女を受け入れることができなかった。

 

 不意に放ってしまった「お姉ちゃん」もそうだったけど、私は感情がぐちゃぐちゃになっていた……。

 

「今更謝って来ないで!!」

 

 手を振り払う。

 許せる気持ちなんてなかった、あの人のことを……。それでも、自分があの人の妹であるということは決して変わらないこそ辛かった。あの人があの場でどれだけ声を高らかにして豊川という巨大組織に立ち向かおうとしていたのかをこの目でよく見ていた……から。

 

「初華……!!」

 

 振り払った後に、私は暗い夜の中に消えていく……。

 自分がどうすればいいのかはもう知っているはずなのに、私は逃げたくなっていた……。

 

 

 

 

「此処まで来れば……」

 

 逃げて逃げ続けた先に何かがあるなんて、実際のところどうなのかは知らない。多分、きっとない。今まで復讐のことしか考えたことはなかったから。後退することなんて考えたこともなかった……。

 

 スマホを手に取る。

 電源がつくと、既に21時が示されていた……。それからして、私はあることがニュースになっているかを調べると、すぐに検索に引っ掛かる。

 

『豊川グループ会長、豊川定治に愛人が!?』

 

 手に持っているスマホは力が込められて握られていなかった。

 寧ろ、何処か無気力だった……。

 

「これから……どうしようかな」

 

 復讐はある意味で本当に果たされたのかもしれない。

 このネットニュースの記事によれば豊川定治は自らの罪である愛人が居たことを公の場で謝罪したことで、彼の名誉は優しく泥だらけになった。私たちの存在は描かれてはいないけれども、あの人の方への影響力は高まるばかりだろう。

 

「なにしてんの?こんなところで」

 

 声を掛けれる、まるで珍妙なものを見るようにして……。

 

「にゃむさん……」

 

 偶々、私が足を止めている橋で話しかけてきたのはちょっと私を見つけて、ちょっと面倒くさそうな顔をしているにゃむだった。彼女の場合、結人と同様私は問題だらけ過ぎて関わるのが嫌なんだと思う。

 

「別に何もしてません、ただ何かを成し遂げた後ってこんな空虚感を感じるんだなって」

 

 それっぽい発言をする。

 実際、そうだ。私はこれまで何かをやっても満たされることはなかった。アイドル活動は本当に楽しかったけど、復讐の道具に使っていたものだからこそなんとも言えなかった。

 

「アンタの家の問題のこと?」

 

「そうですね」

 

「あっそう……」

 

 どうでもよさそうな目をしていた。

 結人との会話やあのライブハウスのこともあったから、私はこの人のことをこういう人だとすぐに認識することができた。

 

「アンタはこれからどうすんの?ウイコに復讐するの?」

 

「そこは……分からないです。私は確かに……あの人のことが今でも憎いです。私の名前を勝手に使って、祥ちゃんの近づいてその上でアイドルになって、三角初華に成り変わった姉を……」

 

「私だったら、復讐するけど」

 

 視線を思わずにゃむさんへと向けて、若干目を見開いてしまう。

 自分のバンド仲間に向けるそれではなかったから……。

 

「なにに感動しようが、感動させられようが所詮はその場しのぎで取り繕うことなんてできるじゃん?今はごめんなさい、もうしませんでもまた次繰り返す可能性はある」

 

「それは……そうですね」

 

「アンタがどうしようがどうでもいいけど……許すにしても許さないにしてもそれとも別の選択肢だとしても……」

 

 

 

 

 

「アンタがどう思ったかが大事なんじゃないの?」

 

 それは天啓に近いものだった……。

 私がどう思ったのか、どう感じたのか……。確かにそれはとても重要だ、私という人間があの豊川という巨大な箱庭の中で何を掴み取ったのか、何を覚えたのか……。そういうものが大事になるって……。なによりも……私にとって重要なのは……。

 

 

 

 

 結人との日々だから……。

 

「ありがとうございます、にゃむさん」

 

「アンタに素直に感謝されると気味が悪いんだけど」

 

「そうですか、でも何故それを教えてくれてんですか?その……私のことは」

 

「嫌い、あんな奴に懐いてるのが気がしれないし目障りだけど……アンタが持っていたその反骨精神みたいな塊の瞳は嫌いじゃなかった……。まあ……」

 

 

 

 

「頑張ればいいんじゃないの?」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

「はぁ、絶対やり過ぎた……」

 

 本当にあいつがウイコに復讐しようが復讐しまいが、どうでもよかった。それに此処で会ったのは、本当に不本意でしかなかった。サキコにはいきなりこき使われたけど、バンドがどうのとか言われた以上関わることしかできなかった。

 

 ったく、あいつなんて脅しを仕掛けてくるわけ……。

 それにしても……。

 

「どう思ったかが大事、か……」

 

 空を見上げる。

 広がるのは都会特有のビルと星空のコラボレーション……。この光景も今じゃ、かなり慣れてきた方だった。自分という存在をどれだけやれるのかを証明するためにわざわざ東京まで来たって言うのに……。

 

 今の私は「にゃむち」も「アモーリス」もまともに演じられない。

 脆弱な希望な光もない私にはこのバンドに僅かに縋りながらも自分がなにをやりたいのかも決められないでいた。

 

 ある意味じゃ……。

 

 

 

 

「睦やあの子より、酷いかもなんて、ね」

 

 自虐混じりに空へとその声を届かせようとする。

 勿論、届くわけもなく残響にもなることもなかった……。

 

「帰る、か……」

 

 自分の気持ちの整理なんてことをしながらも、私は再び歩き始める……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「結人……祥達大丈夫?」

 

「信じるしかねえだろ」

 

 あれから、もう一時間が経っただろうか。

 まなさんは初音の背中を押してのを見て仕事に戻って行った。最後にモーティスの奴にお別れの言葉だけを述べて……。

 

 その後、引っ込むようにして睦の人格に戻っていた……。

 俺達はただ信じることをやめずに待ち続けていると、誰かがその場にやってくる。この公園に……。

 

「星乃さん、若葉さん……。お疲れさまでした」

 

 海鈴だった。

 彼女は一安心とでも言いたそうにしながら立っていた。

 

「ん、お疲れ様……」

 

「そっちは……大丈夫だったのか?」

 

 祥子やら初華達の連絡を待っていたけど、来る気配がなかった。

 胸騒ぎこそはしていなかったが、それでも今回の件はかなりの大事になることは確かだったから不安は多少あった。あいつらを信じたい気持ちはあれど……。

 

「ええ、豊川さん達の方は無事交渉が終わったようです」

 

 スマホに映し出されているのは豊川グループ会長の愛人というニュース記事だった。

 

「この早い速度での広がりっぷり、明日の朝のニュースはこの件で持ちきりでしょうね」

 

 横のトレンドニュースを見ると、確かに豊川グループのニュース記事がランキング入りしている。これは、明日の朝にはもう広がっていそうだ。

 

「……」

 

「どうしましたか?若葉さん?」

 

「心配、祥が……」

 

「睦……」

 

 祥子は豊川の人間……。

 案じるのは当然だ……。顔を俯かせながらも、そう言っていたが彼女は次の瞬間……。

 

「でも、今の祥ならきっと進めるって私は信じたい。あの日、RINGに現れてくれたように……」

 

「そうですね、私も信じてみることから始めたいと思います……。ん?何故、若葉さんが不思議そうな顔をするんですか?」

 

「ごめん……」

 

 申し訳なさそうにしている睦……。

 自分が余計なことを言ってしまったと自覚しているのかもしれない……。俺は何かを言ってあげるかもしれんと思って口を開こうとしたときには、海鈴が喋り出していた。

 

「いえ、気にしないでください。もし……それが私が豊川さんのことを信じるというのが不思議に感じたならば仕方のないことかもしれません。かつての私はバンドという枠組みを感じていました。バンドがあるから、バンドができる。信頼の形なんてそこにはない、実力を示さなければいけないと思うこともありました。しかし、ムジカを再結成して分かったのです」

 

 

 

 

「このバンドで私はきっと信頼の価値を知ることができる、と……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 自分が今なすべきことなんてのは決まっている。

 祥ちゃんに導かれて、結人に背中を押されて、睦ちゃんが示してくれた。まなちゃんが照らしてくれた。私は人から貰ったものしかない、それを鵜呑みにしてやり遂げることしかできなかった。

 

 

 

 

 でも、今は違う……!!

 

 

 

 

「んで……」

 

 声がする、目の前にいる。

 

「なんで……」

 

 この出会いは偶然……。

 いや、運命的なものがあったのかもしれない。

 

 

 血の繋がりが由来の……。

 海と星……。この繋がりはあの島にもあったから……。

 

 

 

 

 

 

「なんでいるの!!?」

 

 あの日、謝れずに擦りつけることしかできなかった声の主……。

 橋の上で会えた……。下には海が見えている。風情としてこれほどまでに私と初華の場所として悪くなかったかもしれない。

 

 私はぐっと拳を握りしめる……。

 力を込めて、声帯を強くするように……。

 

 

 

 

「私は謝りに来たの……!!」

 

 

 

 

 

 

 

「初華に……!!」

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