【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

144 / 237
それは箱庭だった世界

『逃げたりしないって……!!』

 

 あの人の叫びが未だに耳に残る。

 それは、まるで爆竹を耳元で炸裂したみたいに……。

 

 本当に意味が分からなかった。

 まさか、アイフラメとしての姿まで見せられてその上で決意表明までされた上に、お姉ちゃんと呼んだことすら聞かれていた。本当に何から何まで色んなことが起こりすぎて、それが一日で終わったと言うのがまさに本当に意外でしかなかった。

 

「それで、人のことを家に連れ込んでなにをしようとしてるの?」

 

「別に何もしねえよ」

 

 呼び出されていたのは……結人の家だった。

 ついさっきまで家の人が居たようだけど、今日は飲みに行くと言って何処かへと言ったらしい。

 

 にゃむの家に匿って貰っていたけど、私はもう匿って貰う必要はなくなった。

 箱庭は完全に壊されて私はそこから解き放つことが出来た。テレビでは豊川定治のことで持ちきりのようだ。豊川グループの会長ということもあるから、暫くはこの話題が頻繁に取り上げられ、やがて忘れられていく……。それが世間というもの……。

 

『随分、顔つき変わったじゃん』

 

 にゃむのところから荷物を取りに返った際に言われたあの一言……。

 私が本当の意味で解放されたことを意味していたんだろうけど、私の中では未だに疑問が残っていた。私自身は本当にこの呪縛から解放されたのか?という事実……。

 

 あの人のことは許すつもりはないし、許す気もない。

 それは今も変わらないどころか、曲げるつもりもない事実。あの人の決意を受け入れたのはあの場で豊川邸に来て、定治と敵対するという決意を感じ取ることが出来たから。まさか、そこでお姉ちゃんとまで言ってしまうとは思いもよらなかったけど……。

 

「ねぇ結人……貴方はどう思う?」

 

「なにを?」

 

「これからどうするべきなのか……」

 

「それはお前が決めることだろ」

 

「私が……?」

 

 期待していたわけじゃない、答えを……。

 しかし、返って来たのはある意味では彼らしい答えだった。彼はテレビをチラッと見た後に、消していた。私に配慮してからなのかは知らないけど……。

 

「お前の様子を見る限り、初音のことは許したし、自分の血の呪縛からは解放されたんだろ?だから、後の人生のことはお前が決めればいい。誰かに何かを決められる必要もない、血の運命を呪う必要もない。前にも言ったろ……」

 

「お前が復讐以外の道を選ぶなら、俺は協力するって……。そして、お前はそれを実行して見せた。なら、後はお前自身がなにをやっていきたいのか、何を示したいのか重要なんじゃねえのか?」

 

「なにをしたいの、か……」

 

 確かにそうだ……。

 結局、結人に言われた道を選んでしまったけれど、今の私はそれが間違っていたなんてこれっぽちも思っていない。それどころか、何処か満たされている自分がいる。それはきっと自分の中でこの道を選んでよかったとなれているところがあったからに違いない。

 

『お前が復讐の道以外を選ぶなら協力してやる』

 

 上書きされた人生だとか、お前に人殺しをさせたくないとか本当に馬鹿みたいだった……。

 私なんかに構う必要なんてないのに、彼は見事に私を助け出して見せた。その方法はかなり強引でしかなかったけど……。

 

「結人って……何者なの?」

 

 ふとそんなことを聞いてしまう。

 凄く今更質問な気がするけど……。

 

「ただの高校生だが」

 

「本当に?睦さんを見たとき、言い方は悪いけど多分この人は普通の人じゃないってなった……。睦さんが結人のことをああやって信じているのって、なにかあったからじゃないの?」

 

「……そうかもな」

 

 彼は上手く言語化できる自信がなかったのか、手元に置いてあったコップに入っているココアを一口飲んでいた。その動作は特に普通の動きだったけど、何処か過去のことを思い出しているような気もしていた。

 

「ただまあ……あいつの件で俺が関係しているってのは事実だ」

 

「凄いんだね、結人は」

 

「別に凄くねえよ、あいつのことに気づくのもかなり遅れたしな……。俺は肝心なときに役に立たねえ。そう後悔していたときもあった」

 

「今はしていないの?例えば、私を助けたこととか」

 

「してねえな」

 

 即答だった……。

 彼は即答でそう答えていた。その発言は、本当に俺はお前を助けたことを後悔していないけど、思えば結人はそういう奴なんだ。見返りなんて求めていない、ただ助けたいから助ける。それを知っていたはずなのに、私は彼に意地悪なことをしてしまったけどそれを再確認できたのはよかった。

 

「結人ってそういうところあるよね」

 

「そういうところってなんだよ。俺はお前のことを助けたかった。初音の奴にはちょっと言い過ぎたけど、それでもあいつのこともお前のことを助けたかった。お前らが何かを閉じこもっているなら、それをぶっ壊してでも脱獄させてやりたかった」

 

「脱獄って立派な犯罪」

 

「まあ、そうなんだが……。それでもお前達のことを助けたかったんだよ、つーか犯罪って復讐しようとしていた奴が言うことかそれ?」

 

「ふっ、それはそうかも……」

 

 こんなふうに冗談を交えながらも復讐のことを語り合う日が来るなんて思いもよらなかった。いつも切羽詰まって、復讐のことしか考えていなかった私が聞いたらぶん殴るだけじゃ済まない。本当にこの男は私の中の箱庭を全部変えてきた。

 

 罪な人だなと私は心の中で下を向きつつも、自分の心が満たされていることが実感しつつも私は冗談半分のことを語り始める。

 

「ねぇ、結人……。そっちが睦さんだとかモーティスだとか付き合っていようがどうでもいいけど……」

 

 

 

 

 

「私のことを裏切ったら、刺してやるから」

 

 クソ重たいことを言っているのは自負している。

 それでも結人に此処まで心を突き動かされた以上、私は送るべきだった。警告だとか、忠告じゃない。私だったら本当にやりかねないと思われそうだけど、それはそれで面白いのかもしれない。彼の反応を待っていると、後ろを向いていた彼がこちらを向いていた……。

 

 

 

 

「ああ……」

 

 

 

 

 

「望むところだ」

 

 ゾクッとしながらも、私は満足げに表情を緩ませる。

 この人のせいで自分の箱庭が血の染まり切った場所ではなく、色鮮やかな箱庭へと変貌を遂げた。その責任を取ってもらうみたいな発言に彼は何も難色を示すことなく、受け入れて来て私は気づいた。

 

 

 

 

 この人……多分色んな人にこういうことを言っているんだろうなって……。

 

 

 

 

 

 

 本当、色々とヤバい人だなって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二週間後……。

 この日、私はアイフラメとしてのライブを行われる予定だった。今日のライブ衣装はいつものドレスとは違うものだった。黒と白を基調したドレスではなく、白を基調としたパーカーだった。どことなく歌い手っぽくて、こっちの方が顔を隠せていいかもとなりつつも私はその衣装に身を包んでいた。

 

 それにこの新曲に凄くピッタリな内容になると思うから……。

 私のスマホを見ると、結人から「頑張れよ」という連絡が来ていた。私はそれに軽く返事をしながらも、今日の東京でのライブを必ず成功させようとしていた。あいつが見に来てくれるなんて馬鹿みたいなことを言うつもりはない、それでも今日がある意味私からすれば別の選択肢を与えられた最初のライブ……。

 

 自分という人間は変わってしまったのかもしれないけれど、この楽曲で私は全ての観客を、私だけのアイフラメの世界へと導きたい。そんな思いで立ち上がりつつも、聞こえて来たスタッフの声で私は立ち上がり、ステージへと向かったけど……。

 

 

 

 

 そこで私自身がフードの中から『信じられない』と思えるような光景が広がっていた。何故なら、それは……そこには結人だけではなく……。

 

 

 

 あの人や祥ちゃんまで居てくれたからだ。

 招待した覚えはない。それなのに、あの二人がいた。正直なところ、嬉しいとかそういう感情はそこにはなかった。ただただ『嘘でしょ?』となっていて、信じることができなかった。『どうして?』となりつつも、私は歌い上げることだけに集中した自分だけの世界を、アイフラメだけの世界を……。

 

 

 

 

 それが今できる精一杯でもあり、なによりもみんなが望んでいることだから……。

 息を整える、そして私は歌い始めれば景色が変わる……。白と青の照明に照らされながらも……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

『あいつのライブ行かねえか?』

 

 結人に誘われたとき、私はどうするべきなのかと悩むことはなかった。

 寧ろ、初華……。いや、アイフラメとしてのあの子をこの目で間近に見て見たいという気持ちはかなりあった。例え、それが私への復讐心で始められたものだったとしても、初華のアイドルとしての源は確かなものだって私は信じていたから。

 

 ファンへの誠実性、世界を尊重している姿……。

 何よりも私と同じような歌声……。照明やステージさえも自在に操る彼女の姿が今この目にしっかりと焼き付けられていた。

 

「アイフラメ、凄いですわね」

 

 隣に祥ちゃんに頷いていた。

 此処に来たのは、本当に結人に誘われてだった。まさか祥ちゃんまで誘われるとは思ってもいなかったけど、きっと結人が誘ったんだと思う……。そんな結人は隣でただ黙って、彼女のライブの世界を堪能している。私もそっちの世界に戻りながらも、視線を向けていた……。

 

 

 

 アイフラメの歌声は、非常に繊細でそれでいて感情が上手く乗せられていた。負の感情を想起させるものは、私にとって自分の過去を抉られてる気分になってとても辛かったけどそれでも自分と向き合おうってしていた。

 

 

 それに、私はあの子のことが凄いって賞賛したかった。

 怒り、憎しみ、悲しみ、苦しみでもそういう強い感情を上手く歌声に乗せて歌い切る姿はまさしく彼女の世界。そのものだった。繊細でいて、力強い歌声。そういう芯のある歌声を出せるアイフラメを……初華を私は尊敬していると曲を歌い切った後に、照明が一度消える。

 

 

 

 そして、青の照明だけが照らし出されると……。

 

 

 

 

「私の春は来ない────。それでも、私は来ない春の中で歌うことはできる。今は決して、桜を見ることはできなくなった。それでも、私には掴み取りたい花弁があるからこそ、聞いて欲しい。私の道を……」

 

 

 

 

 

Kein Frühling(「春は来ない)

 

 その曲名だけで新曲だということが分かった。

 その口上だけで初華がその曲にどれだけの歌声を込めて、歌い続けているのかを分かってしまった。雪が降るような光の演出、それは永遠に降り続けているような感じで降り積もっていた。花は咲かずにただ白いままの舞台。照明もまた、白くそれを表しているようだった。

 

 今の初華の衣装もあってか、それは本当に氷の炎だった……。

 歌声は澄んでいて、透き通るほどの諦めがあるはずなのに何処か道があると決意した。そういう覚悟を歌声からは私にはあった。それは作詞ができるからとか、読み取れることが出来るからじゃない。きっとそれは……。

 

 

 

 姉妹だからこそ感じ取れるものだった。

 私は貴方のことを許さない。それでも私は自分が三角初華だったという事実も、華音だったことも、名を消されたころのことも。私はそれをしっかりと噛み締めながらもゆっくりと初華の歌声を……聞いていた……。

 

 

 

 最後には……。

 

 

 

 

 

 

 拍手を添えて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 Kein Frühling(カイン・フリューリング)……。

 私にとってこれから進むべき道を与えてくれることになるかもしれない曲。春は来ない、なんて言い方をすれば停滞みたいな曲に聞こえる。それでも、私は結人が教えてくれたことを信じて見たくなかった。

 

『良かった、お前のライブ』

 

 結人からその言葉が連絡として添えられていた。

 

「長いってば……」

 

 その後に送られてきていた感想があまりにも長すぎて、私は後でじっくりと一語一句読んでやると既読を付けた後に、『当たり前でしょ』と送り返しながらも、私はスマホを閉じながらも空を見上げる……。広がっているのはあの島で見たことがあるような星々の夜……。そんな空を見上げながらも私は思っていた……。

 

 

 復讐という雪は消えない、冬も来ない。

 きっと私には春は来ないのかもしれない。それでも選ぶ未来があるのならば、私はそれを掴み取りたい。誰かのように生きなくていい。誰でもなく、私自身の手で生きていいと言うのなら、私はそれを選ぶ。

 

 

 

 

 今は……まだ答えが出なくても……。

 

 

 

 

 

「それでなに?」

 

 呼び出されて、私はライブ会場から少し外へ出て息を吐いた。

 もう一人、隣に立っているのは……。

 

 

 

「良かったよ、アイフラメ……。振り返るのはもうやめるって歌詞凄く初華の今の気持ちのように聞こえてたよ」

 

「そう……」

 

 話していたのは……初音だった。

 ライブを終えて、今会いたいと言われた私は会うことに応じた。これもまた、ちょっと前までの私なら復讐心を剥き出しにしていた。今もそれがないわけじゃないけど……。それでも、もう初音に刃という手を向けるのではなく、振り返ることはもうやめて自分の道を選びたかった。

 

「祥ちゃんも良かったって……」

 

「そっか……」

 

 自然と自分でも分かるぐらい表情を緩ませていた。

 かつての記憶でもそれはやはり嬉しいものがあったから……。かつての記憶か、私はもう一つ向き合わなければいけないものがある。

 

「お父さんの……墓参り。今度行く」

 

「……そっか」

 

 今年の命日に私は顔を出さなかった。

 会いたくなかったというのが一番だった。来ても来なくても、今目の前にいる人に会いたくなかったから。

 

「そのときは一緒に行ってもいいかな?」

 

「……いいよ」

 

「うん、ありがとう。それと……」

 

 

 

 

 

「お母さんにも元気でしてるって伝えておいて」

 

 母とは今も暮らしている。

 中学を卒業すれば、きっと私は一人暮らしするようになるだろうけど私は大阪という場所から出ることはなかった。監視の目は無くなったし、箱庭から出ることは許されているはずなのに私があそこから出ないでいるのはまあ年齢的って言う意味合いが一番強いのかもしれない。

 

「分かった……一ついい?」

 

「なに……かな?」

 

 

 

 

 

 

「アイフラメのこと……褒めてくれてありがとう」

 

 それは私にとって、本当の意味で感謝だった。

 Sumimiの初華として、Ave Mujicaのドロリスとしての彼女を一番よく知る私としてはさっきの賞賛は褒め言葉でしかなかった……から。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあね……」

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん」

 

 あの日を最後に嫌味や無意識以外で言わないようにしていたその呼び方……。

 暗がりの夜の世界の中で私達にとっては充分……スピーカーの残響としては残るものだったのかもしれない。手を上に挙げながらも、私は別れを告げると……。

 

 

 

 

「うん、また会おうね」

 

 

 

 

 

「初華……!!」

 

 かつての私を彷彿とさせるような明るさで初音は語っていた。

 それに私は答えることはなかったけど、背中がきっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 また会えるかもしれないって……。

 

 

 

 

 

 












Puella in parvo horto captiva(箱庭で囚われの少女)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。