【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
『これは紛れもなく、私の罪と業ですわ……!』
あの日……私はお祖父様とのてもとを分けた。
そして、あの日……。
『もう私達は豊川と無関係ですわ』
お祖父様が自ら起こした事柄からの因縁から私たちは解放された……。
解放されて、自由となって楽になれはずなのに私の中ではまだ期待しているんですわ……。燈なら何か答えを持っていると……。お父様との生活も、二人の姉妹のことも睦のことも解決したというのに私の中でまだ残り続けているものがあるとすれば、それは……。
『CRYCHICを終わらせに来ましたわ』
もうそれは存在しないバンド……。
燈も立希もそよも……勿論睦もそれぞれがそれぞれの居場所を見つけて動いている。それなのに、まだ消えない道が残っているとすればそれしかなかったんですわ……。自分だけの牢獄から抜け出したと思えば、過去からの因縁がやって来る。こんなことは当たり前でしかないですわ……。
「向き合う覚悟というわけですわね……」
誰かがそれを示してくれたから私も進む……。
そういう覚悟ならば、睦や初音、お父様が見せてくれていたはずなのに私は躊躇ってしまっている。
『私は進むよ、祥ちゃん……』
『初華……』
『あの人のことは今でも許せない、それでも……あの人があのとき覚悟を持って豊川邸に来てくれた。それだけで信じてみる価値があるかもしれないってなれた。別の道を探すなんて私には考えたこともなかった。けど、それを信じてみたい。彼がそれを示してくれたから』
豊川家との問題があり、それを解決した後彼女は大阪に帰る前に私にそう言い残していた。
『だから、この言葉を送る祥ちゃん……』
『何事もやって見なければ分からない、絶対に忘れないで』
何事もやって見なければ分からない、別の道を探す……。
あの初華ですら自分の中の答えを見つけだした。CRYCHICに、未練があるというわけではないんですわ。CRYCHICにただほんの僅かだけ、心の中に霧が掛かっている。それだけですわ……。
「本当に情けないですわね、こんなところまで来ている私は……」
それは燈の家がよく見える歩道橋……。
よく私はこの歩道橋で待ち合わせをしていた。燈の家の方に視界を向ければ、そこからいつも燈の顔がよく見えていた。罪を受け入れて進む、そう決めていたはずなのに自分のことを笑ってしまいそうですわ。これでは、かつてのそよとは何も変わらない……。
自分が来た道を歩き出す……。
明日もまたムジカの仕事がある。私達が目指す、全国ツアーに向けて集中しなくてはいけない。そうやって気を引き締めて足取りを戻そうとしたときだった……。
声が聞こえて来たんですわ……。
「祥ちゃん……?」
反対側の方からそんな声が聞こえて来る。
それは諦めかけていた声のはずなのに、私はそれに足を止めようとしてしまう……。動き出した足を止めたということは、自分が認めてしまうということに繋がる。それが嫌だということを知っているのに……。
「燈……」
私は抑えることが出来なかった……。
なんともまあ惨めなことですわ……。全ての罪を受け入れて歩み出すと言ったはずなのに、私はその被害者と会ってしまっている。本来であれば、許されざれる邂逅というのに……。
「睦ちゃんのとき以来だね、祥ちゃん……」
「……そうですわね」
燈と会うのは本当に久しぶりでしたわ……。
睦の一件があって以降も、羽丘には行かずにお祖父様の家で引きこもっていた私……。それ以降は学校にはほとんど行かず、ムジカの活動を続けていましたわ。お父様には学校には行った方がいいとは言われていましたが、豊川グループという大きなスポンサーを失った今私は私の手で自分の道を雑草抜きをするように掴み取らなくてはならなかったんですわ……。
「元気に……してた?」
燈はあの日みたいに私に語り掛けてくれていた……。
なんて声にすればいいのか分からない……。答えることが出来るはずなのに、私は何も答えることができないんですわ。消え入りそうな声は出せそうなのに、私は何も答えられない……。
「祥ちゃんが……またバンド再開したって聞いたとき……嬉しかったよ?」
「……!!?」
そこに居たのはかつての燈ではなかった……。
あのとき、私を止めようとしてくれていたとき燈はこう言っていた……。
『祥ちゃん……バンドまた始めてくれたんだね……複雑だけど……嬉しい……』
醜くてしょうがないですわね、私という人間は……。
あの日からどれだけの月日が経ったと思っているんですの……。それに言ったはずですわ、宣言したはずですわお祖父様の前で私は自分の罪を受け入れると……罪人になると……。
今の目の前にいる燈が祝福してくれているのならば、私はそれに答える必要がある。
何をまた弱気になろうとしているんですの……。私は勇気を貰ったはずですわ。今こんなにも温かい言葉を送ってくれている、燈を突き放すということは……。かつての星乃さんや私と同じようなもの、変わりありませんわ……。
「元気にしていましたわ、燈……。バンドの方はスポンサーの方が一つやめてしまいましたけど、それでも今はなんとかやれていますわ」
逃げないと決めた……。
私はあの日、逃げないと決めた……。
『よろしくお願いしますわ睦……!!』
睦と共に進んで行くと決めたからには、私に躊躇っている時間なんて許される訳がない。一番大切な友人が前へと進む道をくれたからこそ……。
「……祥ちゃん無理してる?」
それは私を正気にさせるには充分な一言でしたわ……。
「私が……無理……?」
それを認めたくなんてなかったんですわ……。
認めてしまえば、楽になれるはずなのに私はそれを認めるのが怖くて仕方なかったんですわ……。滑稽な話ですわ、本当に……。
『私は戦いますわ、罪人として……。この問題を見過ごすわけには行きませんわ!』
あのとき、初華の話を聞いたときはあんなにも大それたことを言ってみせたはずなのに……。今の私はまるで子犬みたいに怯えているのかもしれませんわ……。家という困難を乗り越えて来たはずなのに、どうして今でも無理をしていると言われるのか不思議でしょうがありませんでしたわ……。
ですが、本当は知っていたはずなんですわ……。
何故今になって私が無理をしているのか、立ち止まってしまうのか……。
「燈には見抜かれてしまうんですのね……」
夜空が輝くなか、私は歩道橋に寄りかかりながらも呟きましたわ……。
その声は車道を走り抜けていく車のように通り過ぎて行った……。
「燈、此処で貴方と初めてあったときのことを覚えていますの?」
「覚えてるよ……?祥ちゃんが私が歩道橋から……降りようとしているのを見て……止めようとしてくれた」
昔を懐かしむということがしたかった訳ではありませんわ……。
しかし、それでもこのことを話しておきたいという理由はあったんですわ。
「あのとき、私は止めたのは理由があったんですの……」
「理由……?」
「CRYCHICをやっていた頃、一度だけ言ったことがありましたわね?私はお母様を亡くした、と……。身近の人の死を間近で体験したからこそ私はきっと、貴方が自殺しようとしていると思い込んで助けようとしたんですわ……」
お母様の死があったからこそ、私は燈が自殺しようとしているのを見ていられなかった。あれは結果的にただの思い違いでしたが、本当に心臓が悪いとしか言いようがありませんでしたわ。目の前でまた誰かが死んでしまうのかと、胸が締め付けられそうになっていたほどに……。
「お母さまの死があって、お父様のことがあって……CRYCHICは私が終わらせた。そして、燈達を傷つけることになってしまった……。本当に私はダメな人間で「そんなこと……ない……」」
「祥ちゃんは今でも自分の罪を許せないでいるのかもしれないけど、祥ちゃんは今こうして陽を浴びようとしている。今はお月様だけど、お日様が昇ればまた祥ちゃんという輝きは照らされるから……」
「今は答えが出ないかもしれない、一歩進むって大変だから。私も立希ちゃんたちとバンドを始めることはとても勇気があることだったけど、それでも……今は進んでいいって思える」
瞳にははっきりとした意志が宿っている……。
燈の瞳は真っ直ぐだった……。
「立希ちゃんが作ってくれる曲は繊細で何処かひたむき……私にそれをちゃんと歌いこなせるか不安だけど立希ちゃんは満足そうにしてくれてる。ゆいくんもそう、いつも褒めてくれる。そよちゃんも、バンドのこと考えてくれてる。私がライブをやりたいって言ったとき、ちゃんと声に出してくれた。ライブをやりたいの?って……」
その瞳は徐々に綺麗で輝くを灯っている……。
「あのちゃんもバンドのことまとめようとしてくれてる、いつもそよちゃんや立希ちゃんに怒られているけど頑張ってくれてるんだ……。それで楽奈ちゃんは……不思議なんだ。いつも気ままに現れるけど、いつも大事なことを教えてくれる。私より年下なのに本当に凄いんだ……」
「みんなに支えられてばかり、特にゆいくんにはそう。いつも私の隣に居てくれて、言ってないのに大丈夫。俺がそばにいるからって言ってくれているような気がする。みんなが居てくれるから、支えてくれるからこそ今の私があるって言えるんだ……。傷ついたこともあった、苦しむこともあった。それでも私は今が……大事だから……」
燈の瞳には情熱というものがあった……。
それはかつてのCRYCHICの頃の燈の姿ではなかったんですわ……。
「……燈」
強くなりましたわね、燈……。
CRYCHICの頃の貴方も強くあろうとしていましたけども、今の貴方は強さというものがどういうものなのかをちゃんと理解している。人と人を支え合うことでより強い力を生み出すということを、かつてのCRYCHICの私が持っていて今の私にはないものを貴方は持っているんですのね……。
「貴方は本当に強くなられ……そのお方は……確か……?」
燈に祝福返しをしようとしたときでしたわ……。
歩道橋を渡って燈の方向から現れたのは……。
「楽奈ちゃん!!?」
要楽奈さん……。
確か、MyGO!!!!!のギターメンバーの一人でしたわね……。そして、私は知っていますわ。彼女が春日影を最初に弾いた本人だということも……。まさか、こんな形で会うことになるとは思ってもいませんでしたが、考えてみれば二人は今同じバンド……。
燈の家でバンドのことを話していても、何もおかしくはありませんわ……。
それにしても、不思議ですわね……。
「楽奈ちゃん、手に抱えているの……猫?」
「ん……ともりの家の前に居たから抱えて持ってきた」
「首輪ついてないから野良猫なのかな……?」
「多分、ノラじゃない。捨てられた子」
「え……?」
燈と要さんが会話を続けている……。
不思議というのは、猫を抱えているからではありませんわ……。彼女という人間に興味と言うよりも、首を傾げるようなことがあったからですわ。何故か分かりませんが、ただならぬ雰囲気があったからですわ……。何故、彼女に違和感を覚えたのかも分からずにいると……。
「あっ、逃げた……」
要さんが手に抱えていた猫が逃げ出して歩道橋を歩き出しましたわ……。
燈達が昇って来た階段の方を降りようとしていましたわ。
「まっ、待って……!楽奈ちゃん!!」
猫を追いかけて行った要さんを燈を追い掛けようとしていましたけれども、私のことが気がかりなのか燈は私の方を一瞬見ていましたわ……。視界に入られた私は溜め息つくことはせず……。
「追い掛けますわよ、燈」
「いい……の?」
「ええ、気になることがありますわ……」
私が何故今になって、要さんのことが気になったのか……。
その果てしなく謎だらけの答えを得るために、彼女のことを追い掛けることを決めた。もしかしたら、そのなかに私が追い求めている答えがあるかも知れないと予感がしていたからですわ……。
「居ましたわ、燈……!!」
歩道橋の階段を降りて、数分程度走った先の路地裏で要さんとその猫を見つけましたわ……。
その猫は要さんの手の中に満足そうに抱えられていましたわ……。
「落ち着いているね……」
「うん、驚いてた」
「えっと、私達が居たからなのかな……?」
「知らない人たちを警戒してということですわね……」
先ほど、逃げ出したのは恐らく私達という見知らぬ存在が居たからという可能性は高いですわね。今も要さんの手の中で私達のことを警戒しているのか、もぞもぞと動いているようですわ……。
「どうすれば警戒してくれなくなるかな……?」
「撫でる」
「それだけでいいですの?」
「通じる」
簡潔な内容で要さんは話をしていましたわ……。
まるで撫でれば、猫がその想いを読み取ってくれると言わんばかりに……。少し試したくなった私は……その猫の方へと手を伸ばして行く……。その手は震えることもなく、ただその猫の頭の方へと伸ばして行く……。
「撫でさせてくれましたわ……」
私が伸ばした手に猫は怖がることもなく、ただ落ち着いた様子で受け入れてくれましたわ。綺麗に毛並みが整えられていて、大事にされていたことが分かりますわ。これはきっと、家から誤って出てしまった。そういう感じですわね……。
「頬とか顎の下とかの方がいい」
「撫でる位置のことですの?分かりましたわ」
慣れているのか、要さんは私に猫を撫でる位置を変えた方がいいと言ってくれましたわ。
言われたように指定された場所を撫でると、先ほどよりも猫は気持ちよさそうな顔をしている。久々な和やかな雰囲気に私は魅了されながらも、燈の方を見ると先ほどまで一緒に悩みつつも張りつめていたことが僅かに解けていた気もしていましたわ……。
猫を撫でるだけでこんなにも変わるものなんですのね……と燈に視線で送っていると私の手に生温かい感触が残る。
「舐めた」
「舐めていましたわね……懐いてくれているんですの?」
「違うと思う」
「……どういうことですの?」
言っている意味が分からないというよりも、疑問というものが強かったですわ……。
彼女はその後、何も答えなかったですわ。私はただ一人で考えてみましたが、特に何か思い当たる節が……ないわけではなかったですわ。
「慰めてくれてるとかですの……?」
あるとすれば、それしかないと思ったんですのよ……。
私はさっきまで人生という路頭に迷っていました。それを猫にまで悟られてしまうなんて私はどうしようもないとなりつつも、慰められているという事実に穏やかな気分になっている自分が居ましたわ。誰かに寄り添って貰えるというのはこんなにも有難いことなんですのね……。
「本で読んだことがありますわ……猫という生き物はざっくりとしたものですけれども、感情の空気を読むことができるということを」
自分の気持ちを整理しながらも、私がそう述べていると猫が舐めるのをやめていた……。
それからして、要さんが抱き直していた……。
「……家に送って来る」
「楽奈ちゃん、知ってるの?」
「この子は知ってる」
まるでそれは自分が猫という動物の気持ち、声に触れることが出来るとでも言いたそうにしていましたわ。それをまるで生まれ持った才能とでも言いたそうに……。生まれ持った才能、まるで睦みたいですわね。あの子は自分の才能を忌み嫌っていましたわ、芸能界として素質を持つ自分に……。
それが今ではああしてテレビ出演や雑誌の取材を受けるようになった。
星乃さんの力もあれば、モルフォニカの皆様方の力があった……。もしかしたら、それは愛音さんや睦さんのおかげなのかもしれませんわ……。
「じゃあ、行く……」
「あっ私も……」
「分かった……じゃあともりは一度水持って来て」
「水?分かった……!」
喉が渇かないようにという意味ですわね……。
燈は言われたように自分の家の方に戻って、水を取りに行ったようでしたわ。
そして、この場には……私と要さんだけが取り残されていた……。
全く知らないお方との二人きりというのはなんとも奇妙な感じになっていましたわ。私は特に何も話す事はなく、ただ時を待とうとしていると……。
「むつみの友達……」
「私のことですの?」
要さんは首を縦に振りながらも頷いていましたわ。
「つまんねーライブだった武道館」
「……返す言葉もありませんわね」
実際、私は祐天寺さんを抑えることも出来ずにライブというライブをすることができなかった。お客様の一人として見に来られていたのでしたら、そう思われても仕方ないですわ……。
「でも……」
「RINGでのライブはおもしれーライブだった」
「要さん……」
それは率直な意見でしたわ。
武道館のライブがつまらないものだったとしても、あの日私達が再誕したRINGでのライブを彼女は評価してくれていた。言葉こそは少ないものでしたけれども、高く評価してくれている。
表情にはこう書かれていましたわ。
「よかった」と……。余韻としては無言のままで胸の奥から、溢れるような息を彼女は吐いていたからですわ……。なによりも、成長したと言わんばかりの眼差しが私には自分を成長していると実感させてくれると思わせるのに相応しいものでしたわ……。
「要さん……いえ」
「楽奈さん、これからも……」
「燈のことをお願い致しますわ」
何故、楽奈さんという人間に私が疑問を覚えたのか……。
違和感を覚えたのか、最初はそれが何故彼女がMyGOにという感情から始まったからかもしれませんわ。何故、春日影を弾いたのかという感情から始まったのかもしれませんわ。でも、それを今納得できるほどのものがありましたわ。
「分かった……」
燈を強くしたのは紛れもなく……。
MyGO!!!!!というバンドを形にしたのは……。
「ええ、お願い致しますわ……」
彼女と理解できたからですわ……。
燈を強くしたのは星乃さんや愛音さんだけではなかった……。寧ろ、そこに楽奈さんという不確定要素が燈の傍に居たからこそ燈はバンドを続けることが出来た。同じ景色を見続ける意志があったから、それを果てしなく強い心がなければ成し遂げることが出来ない。
私は聴いてしまっている……。
MyGOのライブを……。睦を救って見せたギターの共鳴を……。
彼女は強い人間だと私には見抜くことができた。
口数こそ少ないですわ、それでも彼女は自分の意志を掴んでいる。私よりも年下のように見えるのに、ちゃんと己を持っている。
「まさか、此処一年でこうまで目を覚めされるとは思いませんでしたわ……」
しかも、それが私にとって春日影という自分達のバンドの曲を新しい形で弾き始めた彼女に改めてCRYCHICとしての自分を過去の罪として向き直すことができるようになったのですから……。
「お母様、明日また……」
「報告したいことがありますわ……」
今度は義務感ではありませんわお母様……。
睦に感化されてではなく……。
自分の為に泳ぎたい、そう思えたんですわ……。