【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
自分の心を保ち続けるということは難しい……。
これまで私は何度も感化されてきましたわ。モルフォニカに感化されて、CRYCHICを始めた。お父様が家を追放されて私はお父様の方へと……。それに伴い、CRYCHICを解散させた。
『今日この日を持って……私達はAve Mujicaとして生きていくのですわ』
自分の心臓部分に自分の記憶の鍵を刺される……。
ムジカを睦と共に始動させたもののも統制が取れず、今度もまた自分の手で終わらせて睦に感化されてまたバンドを再始動させた。そして、あの姉妹の問題を私が解決しないといけないと思い、義務感と言う名の感化で私は動き出して、その問題を解決した。
そこまで良かったんですわ……。
しかし、それは義務感から来るもの……。到底、それでは自分だけで動き出したとは言えませんの。私にはきっかけな必要だったんですわ。睦でもなく、バンドでもない。私を突き動かす"きっかけ"が……。
『RINGでのライブはおもしれーライブだった』
あれが私の心の扉をほんの僅かに開いたのは確かなこと……。
感化や義務感で始めたものが意味があったと彼女が教えてくれたんですわ。それがまさか、楽奈さんというのは本当に人生分からないものですわ……。
『祥ちゃん無理してる?』
燈、貴方は私に言っていましたわね……。
私が無理をしていると……。
「ええ、そうですわ……」
これまでただ罪を背負って歩き出すと覚悟を決めただけ……。
これは覚悟を決めただけに過ぎなかった。ならば、私は私を追い込む方法を選ぶ。燈、ごめんなさいですわ。私はやはり無理をすることを辞められませんわ。貴方が気づいてくれたことも嬉しかった。それでも、私は罪人となると言った以上、これを送らなくてはなりませんわ……。
『CRYCHICの件で謝りたいですわ』
決して開けるなと言われていた呪いのオルゴールに、今私はまた触れようとしていましたわ……。それがどれだけ地獄になるのかは分かっているのに、私はCRYCHICの四人に同じ文章を送った。これこそが、私が罪人としての罪を箇条書きするための一つの試みですわ。
睦は自分で選んだ、姉妹も自分も選んだ。お父様もお祖父様もそうですわ……。
ならば、私も選ぶ必要がありますわ。そうすることでようやく……。
報告できますわ、お母様に……。
指定した場所は……CRYCHICが初めて集まった喫茶店……。
この喫茶店はあの日と何も変わることはなかった。メニューの方は多少あの日と比べて変わっているようで、年月の変化というものを文字として改めて思わされていましたわ……。
テーブルの上を指先でなぞる……。
汚れ一つもない、木材のテーブル……。それは私みたいに、濁ることもなくただこの場所で時を過ぎ去ったということ。私にはそれが出来なかった……。
「大丈夫ですわ睦……」
隣に座っている睦が私のことを心配そうにしてくれていますわ……。
ただ気を強く持って、私と共に此処に来てくれたこと……。
「本当に感謝しかありませんわ、睦……」
ただ空白の時間が続く、睦は私の感謝に反応することはなかったですわ。
それでも幼馴染としての彼女が隣で立っているだけで「大丈夫」と言ってくれている。そう触れていた気がしていましたわ……。
「私なら覚悟が出来ていますわ、此処に来て謝ると決めた以上は……」
わざわざ私はこの場所を選んだのは、それこそ自分を断崖絶壁に追い込んだもの……。
自殺行為だとしても、私はそれを実行するしかなかった。私の中に残っている最後の未練を絶つために此処まで来た。どんな鋏でも切ることはできない、自分自身で切ることしか出来ないこのCRYCHICという複雑な線を……。
そして、その線が今一つ……二つ絡め合ってきましたわ……。
「祥ちゃん……」
一番最初に声を出したのは燈の方……。
此処に来るということに恐怖心はなかったみたいですわね……。昨日と同じで前を向いている、そういう瞳を……。
「今更CRYCHICのことで話ってなに?CRYCHICはもう解散した、それで終わりでしょ」
もう一人、立希は腕を組みながらも私達が座っているテーブルの前に立っていましたわ。
もうあの日は終わりを迎えた。その時計が動くことはない、と……。
「そうですわ、それは事実ですわ」
「じゃあ、なに?まさかまたCRYCHICをやりたいとか言い出すわけ?」
「そうではありませんわ、私が言いたいのは……もっと別なことですわ」
CRYCHICの日々はもう戻って来ない……。
私は元よりその牢獄を解錠するつもりはありませんでしたわ……。
「…………別のことって?」
一番最後に此処に辿り着いたのはそよでしたわ……。
これで全員揃った、かつてのバンド五人が……。そこに笑顔はない、あるとすれば負の感情だけ。それは当たり前のことですわ。此処に来て呼ばれたということはそれ相応の何かを言われる覚悟を燈達はしていたということを……。
一気に視界を広げつつも、私は覚悟を持って意志を示す……。
それは最後の牢獄から解き離れる為に……。
「CRYCHICを解散させたの私の責任ですわ、睦のせいではなく、私の責任……。あの日、私自身のことを打ち明けることも出来た。ですが、私はそれを怠った。今はバンドのことよりも、お父様のことだ大事だと……」
「はっきり言ってしまえば、燈達にあんなにも重いものを背負わせたくない、巻き込みたくないそういう想いもあったのは事実ですわ。しかし、今になってみればこれはただの言い訳に過ぎませんわ」
「私は話すのが怖かった。その覚悟がなかった、燈達なら理解してくれると自分の中で言い聞かせて逃げ続けていただけに過ぎませんわ。だから……」
私の体はテーブルよりも上に上がっていた……。
その動作そのものこそが、今の私を表していると言っても過言ではなかったですわ……。
「申し訳ありませんわ……」
頭を深々と下げて、CRYCHICというバンドへの契りを果たそうとしていた。これをしなければ、私は自分になることはできない。過去という因縁を断ち切らなくてはならなかった。息が詰まりそうな苦しくなるこの場に謝罪をするということはそれ相応の勇気が必要なこと……。
それでも、私は謝る必要があったんですの……。
『これよりは始まりますのは……私達の
ムジカの再誕ライブがあの日ならば、此処より始まりますのは私自身の再誕なのですから……。
「はぁ……自分のことばっかりだね」
冷ややかな息を吐いていたのはそよ……。
そして、それを言われたのは二度目……。
「分かっておりますわ、許されないことをした。それを一年も経った今更許して欲しいなんて言うつもりはないですわ。それでも、私はそよ達に謝っておきたかったですわ。自分で突っ走って、自分でバンドを解散させた」
「そして、Ave Mujicaと言うバンドを全部忘れる為に私は結成しましたわ。そのせいで睦という一人の人間を苦しめて、その上私は自分の手でそのバンドを一度は終わらせた」
張り詰めた空気感のなか、自分のした過ちを筆で書き記すようにして記憶させる……。
改めて記憶させるということは……自分を戒めるということにも繋がる……。その度に、私は自分の意識を強くさせていくんですの……。
「私は逃げ続けて来ましたわ、今更の謝罪が許されないことも、自分勝手なことも承知の上ですわ……」
「それでも私は謝りたかったんですの……」
自分勝手なのは承知の上ですわ……。
そもそもの一端として、全て引き起こしたのは私……。それを勝手に謝って、許されるつもりなんて甘いことは考えてもいませんでしたわ。それでも、私はこの姿勢を諦めることはしませんでしたわ……。自分という人間を強くさせる為に……。
「なんて返せばいいのか、分からない……。それでも」
「祥ちゃんが祥ちゃんでまた居てくれたことが嬉しかったよ……」
安堵しそうになっていた自分の気持ちを抑え込む。
明らかに戸惑いながらも事態を受け取めようとしている燈……。それだけで自分の心が解けそうになっていましたわ……。
その気持ちをぐっと抑え込みながらも、私は二人を待つ……。
「祥子がどういうバンドを組もうが過去は変わらない。それでも、変わろうとしているのは伝わった。この前、祥子の家のことも聞いたから……」
「知っていたんですの?」
「全部知ってる訳じゃない、ただ……前にニュースで家のことを見た。グループの社長が問題起こした奴……」
「そう……だったんですのね……」
そうですわね、三人がお祖父様のことを把握しているわけがないですわ……。
あそこまで大々的なニュースになっていれば必然と知っていてもおかしくはない……ですわ。
「こうして……今祥子が私達に謝りに来た。逃げずに新しいバンド、Ave Mujicaを続けようとしているところは評価してる。それでも、やっぱり過去は変わらないと思うけど……」
「ええ、その通りですわ立希……」
どれだけ綺麗事は並べようとも、私がしてきたことは変わらない。
その事実を噛み締めながらも、立希の方に強く視線を向けているだけでまだ過去のことを完全に呑み込めたことわけでも、許したわけでもないと言うのが伝わってきますわ……。
二人の声が聞こえた、そして最後に口を開いたのは……そよでしたわ……。
そよの方はただ顔を背けたまま、下を向いていた……。それも立希を喋るのをやめた後に、口を広げていましたわ……。そして、それは若干緩んでいた空気感が再び凍り付き始める……。
「何度も言うけど、本当に自分勝手だね祥ちゃんは……。出来ることがあるならなんでもするって言った私になんて言ったのか覚えてる?自分のことしか考えてない、そう言っていたよね。しかも、今回の謝罪って……」
「自分がしたいからしてる"だけ"違う?それは……」
「謝罪とは言わないよね、悪いけど……」
「私は帰るから」
こうなるのは……分かっているつもりでしたわ……。
寧ろ、ならない方がおかしい。許されるために此処にきて謝りに来たわけではない。私はただ自分が自分の足で此処にいるという証明を残す為に此処に立っている。決意と覚悟を持っていたとしても、それは自分がしたいからしている。
それはそよの言う通りでしかなかったですわ……。
全部が自己満足でしかない、それでも私はその罪を背負う。それでいい、それでいいんですわ。これから作っていく劇に過去というものは記憶であり宝物でもある。しかし、それと同時に未来も更新しなくてはならない。これから先の未来を泳いでいくために……。
「そよちゃん……!!」
燈の声が喫茶店の中で音響のように響いていましたが、私は追いかけることはしなかった。
今、追いかけてもそよを傷つけるだけ……。それを知っていたからこそ、私は追いかけることはしないと決めていましたが、そこで予想外のことが起きましたわ……。
「睦……?」
椅子から立ち上がったのと同時に、睦がそのままテーブルの方から離れて行く……。
そして、向かった先は喫茶店の出口の方……。
『睦、本当に変わったんですのね……』
バンドを再開させると誓い合った日から、貴方は何も変わらなかった。
やはり、今の貴方は……太陽そのものですわ……。
頭が割れそうになっている……。
後悔しているわけじゃない、祥ちゃんにあんな態度を取ったのを……。許せるなんてわけがなかった。燈ちゃんが許せたとしても立希ちゃんが評価していたとしても、私だけは許せるわけがなかった。
私にとってMyGO!!!!!というバンドがある。
それは事実。それでも、CRYCHICというバンドが私の世界を変えてくれていた……。それがあったから、私は私で居られていたのに解散することになって……。祥ちゃんにトドメを刺された。納得することなんて出来なかった。幾ら今のバンドに充実感を抱えそうになっている自分が居たとしても……。
「何の用……?睦ちゃん……」
立ち止まる、夜の中……。
人だかりもないこの歩道で、私と睦ちゃんは立ち止まる……。
「こんなことを言っても……今のそよを傷つけるだけかもしれない。それでも話しておきたかった……」
「なにを?」
「祥は今、頑張ってるって……私の我が儘に付き合ってモルフォニカのライブに行ってくれた、ムジカを活動再開させてくれた。私と一緒にバンドをまたやろうって言ってくれた。それが祥にとってどれだけの重荷になるか自分でも分かっているはずなのに、祥は了承してくれた」
睦ちゃんとは思えないほどの自己主張が始まろうとしている。
後退りしそうになるけど、私はちゃんと聞きたいと言う意志もあった。今の祥ちゃんを知りたかったから……。ムジカを活動再開させてから、どれだけ祥ちゃんは覚悟があるのか知りたかったから……。
「自分の家の問題を解決した、それはとても難しいことなのに解決してみせた。二つの人形を解き放つことが出来た。祥は自分は今も自分が人形のままだと思っているかもしれないけど、それでも祥は今を必死に生きようとしている。それだけは……」
「忘れないで」
悲痛なる叫びのはずなのに、それに何処か温かさを覚えてしまっている…‥。
どれもこれも抽象的で意味が分からないのに、今こうして光の中にいる睦ちゃんの言葉を信じてしまいそうになっているのは……。きっと睦ちゃんが彼の影響を色濃く受けたから……。
「はぁ……睦ちゃんに言いたい事あるんだけど……」
「結人君に気をつけた方がいいよ?」
「結人……?」
「結人君って……」
「馬鹿で優しくてバンドクラッシャーだから……それだけで伝えておいてあげる」
意地の悪いことを言っている……。自分も彼に惹かれているくせに……。
そして、また私は睦ちゃんに何も言えなかったけど次なら言えるんじゃないか?という自分の心が明るくなってしまっていた。こんな感覚を覚えるなんて本当にどうかしているけど、今はそれだけがはっきりとしていた……。
「それじゃあね……睦ちゃん。また、学校で」
それだけ言い残して私はこの場から去る、空気に残っていたほんのりと期待を背に……。
「そよ……」
そよの後ろ姿が過ぎ去っていく……。
その背中は何処か寂しそうだけど、期待を背負ってるような気がしていた……。それに何故気づいたのか、分からない。一つだけ言えることがあるとすれば、そよの複雑な感情からそれを読み取れた。そういうことなのかもしれない……。
「睦……」
「祥……」
喫茶店から出て来たのか祥が私の後ろに立っていた……。
「二人は?」
「帰りましたわ……」
私は小さく返事をした後に、こう返す……。
「そよ達にもきっと祥の思い、通じてる……今はきっと呑み込めなくても……何れは通じると思う。私が間違え続けてもようやく歩き出せたように……祥もみんなも……」
「通じて歩き出せるようになれるって信じてる……。あの頃のみたいに無理かもしれない。それでも……」
脳裏に浮かぶ、初めてのカラオケ……。
立希との映画館、祥以外の初めての月ノ森の友人……。燈の歌声を聴いたとき、強烈なほど惹かれて自分に絶望したけど私は燈が本当に羨ましかった。自分を持っていることが……。それでも私は進み出すことが出来た。
『自分で何もできないって気づきたくない、から……』
あれは本心の一部だった。
初音に言ったあのことは……。それでも、モーティスが肯定してくれた。
『それでも、私と睦ちゃんは一心同体!睦ちゃんが辛そうなら助けたい!』
一心同体……。
それを何度言われたことか、何度気づかされたことか……。
『私が死ぬまでずっと……傍で生きて、それで思い出を作って行こ……?』
宣言したのは私のはずなのに、怯えていた部分だけ見ていた。
モーティス、本当にありがとう。気づかせてくれてありがとう。だから、私は今度は祥を後押しするためにこの言葉を送りたい……。
「またいつか星でも見ながら、話したいって……」
それは私の心からの願いだった。
燈とは出来た。でも、二人とは出来ていないからこその望みだった。
「そうですわね、睦いつかはそんな日が来るといいですわね。そして、それだけでありませんわ……」
「私たちだけの物語を……いえ、
「今は無理でも、それを願いたいですわね。道が例え分かれたとしても……」
未来に期待を乗せることは何も悪いことじゃない。
私がギターやモーティスと共に未来を作っていくと決めたように、これからだってきっと違う形でそよ達との物語を作れるって……。
信じたいから……。