【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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満たされることのない愛の器

 夜風の音だけが響く……。

 誰も居ない、路地の中である会話だけが聞こえていた……。それは歩道の方からしていた……。そこで何が起きていたはずなのに、私は思い出すことが出来なかった。まるで、それを思い出すのを拒んでいるかのようだった……。

 

 どうでもいい、どうせ思い出せないことなんて大したことじゃない……。

 それよりも、私は今日ライブがあったはずだった……。東京のあるライブ会場でのムジカのライブ、それに行かなくちゃいけなかったはずなのに……。

 

 

 

「なんで……なんで……私は……」

 

 動けなかったその場から、動くことが出来なかった……。

 立ち上がろうとしているのに、呼吸が荒い。意識が朦朧としている、それでも私は自分がこれから向かわなくちゃいけない場所に行こうとしていたはずなのに、力が入らなかったけど、誰かが呼んでいる声がしていた気がした……。

 

 

 

 

 

 

 起き上がると、上には真っ白な天井が広がっていた……。

 辺りを見渡すと、ピンクのカーテンで仕切られていることに気づいた。更にはどうやら私はベッドで眠っていたようだった……。

 

「病院……?」

 

 腕にチューブが付けられていてようやく気づいた……。

 此処は病院だと……。ちゃんと確認すれば、そこには点滴の管が伸びていて、点滴が私の体の中には流れているようだった……。

 

 どうして、自分がこうなったのか思い出せないままでいるとカーテンが開いた。

 看護師だろうかと一旦景観を緩めようとしたけど、私はすぐに警戒を強めた。

 

「なんでアンタが此処にいるわけ?」

 

「倒れているお前を見かけた、そんだけだ。後、貧血だとよ」

 

「……恩でも売ったつもり?」

 

 最悪だった、ただの通りすがりの人が私を病院まで連れてくれたならまだ全然良かった。

 よりによって、一緒に病院に来た相手がまさか結人だったなんて……。本当に最悪としか言いようがなかった。

 

「別に思ってもねえよ、それよりお前なんであんなところで倒れてた?」

 

「倒れてた?」

 

 私はそれを聞いてハッとする。

 そういえば、こいつさっきも私が倒れていたとかそんなことを言っていたような気がする。

 

「は?私はライブ会場に向かっててそれで……っ!!?」

 

 自分の記憶に触れようとした瞬間、頭の中でノイズが走る。

 それは自分の中で思い出してはいけない。そう思わされているような気分になる。落ち着け、落ち着け。なんなのか、よく分からないけど落ち着け……。

 

「おい、大丈「うるさい、話しかけるな!!」」

 

 結人の手を勢い払った瞬間、それが何なのかが分かった……。

 接触したことで自分の記憶に触れてしまったのだ。自分一人で道を切り開くと決めていたはずの私の過去に……。

 

 

 

 

『今は無理でも、それを願いたいですわね。道が例え分かれたとしても……』

 

 これはなに……?

 いったい、いつの記憶……?なんで、なんでサキコの記憶っぽいのが私の中に流れてる……?

 

 

『本当に変わったのですね、睦……貴方は……』

 

 これもサキコの声、なんで私の中であいつの声が……。

 

『誰かいた……?』

 

 睦の声がする……。

 それはまるで、私の深淵の中を覗き込むようにして……。私の中の記憶を弄繰り回すようにして、それだけで思い出した……。

 

「あのとき、聞いていたんだ会話を……」

 

 本当に偶々だった、サキコと睦の会話を盗み聞きしていた……。そして、聞いている内に自分の中で焦燥感が生まれだした。

 

 

 それは結局、あいつ(サキコ)も進み出したから……。

 睦だけじゃない、あいつも……。完全に吹っ切れてあいつも立ち上がった。

 

『随分、顔つき変わったじゃん』

 

 初華に言った言葉が未だに耳に残っている……。

 

『逃げるの?』

 

 ウミコと話していたときのあの幻聴が耳鳴りとして未だに残っている……。

 

『逃げてない……』

 

『ただ私は私なりのやり方で……進む……』

 

 私だけだ、私だけが変われていない。

 ある日の楽屋の声がする。

 

『私は三角初華じゃない、三角初音だよ?』

 

『ええ、ういちゃんはういちゃんだよ』

 

 楽屋でまなにあだ名で呼ばれていたのに対して初音は否定していた。

 あのハツコ初音ですら、変われた。あいつがウイコだとか、ハツコだとかはどうでもいいけど。それでも、あいつは進み出したことには変わりない。

 

 

 

 ハツコだけじゃない、ウイコだってそうだ……。

 海鈴もそう……。

 

 私だけが未だに進めていない。

 自分だけの未来を勝ち取るつもりで居たはずなのに、残されていたのはこの思いだけだった……。

 

 嫌になる、本当に嫌になる。

 

『睦やあの子より、酷いかもなんて、ね』

 

 ウイコから去った後に自虐のつもりで言った言葉が自分の胸に残ってしょうがない……んだから。ウイコに……。

 

『自分がどう思ったかが大事なんじゃないの?』

 

 と言ったあの発言すらも自分を刺しているものに過ぎなかった。

 自分の首を絞めているだけに過ぎなかった。あのとき、自分がどうしてウイコに助言していたのかも分からない。所詮、どうでもいいから答えていたからだけど。自分の中で探していた答えをこいつは見つけるかもしれない、なんて淡い期待を思い描いていたからだ。

 

 だから、あのとき私はウイコの背中を寂しさを覚えながらも悲しかったんだ……。

 もう誰も自分とは違うって……。

 

 そして、トドメを刺されたのがあの歩道の会話だった。

 サキコと睦の会話……。サキコのことは嫌いだけど、あいつは私の同類だった。その同類が成長しているのに気づいて、焦り始めていた自分が居たんだ。自分の中でいつまでも聞こえる幻聴。いつまでも若葉睦という存在に縛られている。

 

 いつまでも……。

 

 

 

 

「昨日好きでも今日飽きた」

 

 

 に囚われている。

 自分で出せない答えない呪縛の中で私は自分の首元に此処最近、凶器という狂気を突き付けていた。それは自分が未来へ向かっていると認識させる為に、それが駄目になってライブに向かおうとしていたとき、私は倒れた……。

 

 

 

 

 それを今になって思い出したんだ……。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 頭を抱えようとしていた手をベッドの上にゆっくりと置いた、こんな醜態を晒している。自分がどうしてライブ会場に行く前に外で倒れていたのかようやく思い出した。そして、自分が病室というベッドの上に居るということを記憶の彼方から思い出させられる。

 

「最悪……」

 

 自分が病人だと思い知らされる、何重にも……。そして、見られたら面倒な奴に一番見られた……。今すぐにでもお祓いにでも行きたい気分……。それとも、やっぱりこいつ自身が疫病神なのかもしれない。今にも当たり散らしそうになりながらも、私は立ち上がるとすると結人が止めて来る。

 

「何処へ行くつもりだ?」

 

「何処へって?ライブに決まってんでしょ?」

 

「ライブなら中止になった」

 

「……は?」

 

 その真実に私の思考が固まる……。

 は?ライブが中止になった?それってつまり、私のせい……?代役を立てる方法だって、私抜きでやる方法だって幾らでもあった。それなのに、ムジカはそうしなかった……。

 

「なんで……?」

 

「祥子からはこう聞いている。ムジカは正規のメンバーではなくてならない。代理なんて効かない、だから今回のライブは中止になった」

 

「……」

 

 無言になるしかなかった。

 さっきまでライブを中止になったという発言を聞いていたときは、怒りを覚えていたけど頭の中ではウミコが言っていたことが過って居たから……。バンドのメンバーが変わることによって、観客からの印象や感情は変わると……。

 

 代理とはいえ、不安や心配にさせるのは事実……。

 それが中止っていう手を取るのは悪手としか思えないけど、私はこいつに聞いてみたかった。

 

「前に言った奴覚えてる、私の信条の奴」

 

「ああ、昨日好きでも今日飽きたって奴だろ」

 

「っそ……アンタは前に最終的にこう言ってた。ぶっちゃけ、最初からそんな好きじゃなかっただけなんじゃないのか?って……。私はあのとき、あれを聞いて結人のことを面白い奴だと思ったし、一理ある奴だとも思っていた。それでも私は自分の信条を曲げることはしなかった」

 

「自分が女優になる為なら、私は誰かを犠牲にしようが構わなかった」

 

 女優は私にとってのかつての夢だった……。

 牙を折れた私にとってその夢はもう構わない。「にゃむち」も「演技」もできなくなった私には女優になるための道筋なんて残っていない。「アモーリス」ですらまともに演技するの精神的に辛いって言うのに……。

 

「一つ思ったことを言ってもいいか?」

 

「なに?勝手に言えば?」

 

「お前がその信条って要は……誰かに」

 

 

 

 

 

「愛されたいからなんじゃないのか?」

 

 どうせロクなことじゃないと眉を細めつつも、待っていると結人に自分の心を触れられたような気分になって動揺が走る。私はそれを気づかれないようにしながらも、興味があるから結人に「椅子に座れば?」と言いながらも、会話を続けさせる。

 

 その後、すぐに結人は椅子に座って私のベッドの前で話を再開する。

 

「愛って色々な形があるだろ、誰かに振り向いて欲しいとか誰かに認めて貰いたいだとか。それがファンならこの人たちにファンだとか思われたいとか」

 

「実は結人ってドルオタだったりするの?」

 

「いや、どっちかと言うとバンドオタク」

 

「どうでもいい、それで?」

 

 「先に聞いて来たのお前だろ」と言いたそうにしながらも、私と同じように眉を細める結人……。

 

「お前にとって昨日好きでも今日飽きたってのは……それって要は見捨てないで欲しくないって言うもんじゃねえのか?」

 

「見捨てないで欲しい?検討違いでしょ、私別にハツコ達とか睦達みたいに変な家庭で生まれてないんだけど?」

 

「……言い方考えろよな、家庭がどうとかじゃなくてお前の根本にある根源の部分だよ。お前のその信条が根源たる部分って話をしてんだよ。お前、確か女優目指してるんだよな?」

 

 目つきがほんの僅かだけギラついていた。

 明らかに何かを言い返そうとしていたけど、此処が病院なのを思い出したのかすぐに沈めていた。ふーん?意外と理性的じゃん。

 

「目指してたに近いけどね」

 

 結人はちょっと申し訳なさそうになる……。

 こいつのこういうところ、本当にめんどくさくて苛々する。なんか寄り添ってあげるみたいで……。

 

「芸能人だとかそういうものになりたい、なる。維持するってことはそれなりに愛を求める形になる。お前がにゃむちをやっていようが、アモーリスをやっていようが演技をやっていようがそれは変わらない。違うか?そこに愛ってもんがなければ……」

 

 

 

 

「器は満たされることはないからな」

 

 また私の心に触れるようなことを言ってきた……。

 自分の心臓が苦しくなって、痛み始めている感覚に嫌な気分になりつつも私は改めてどうしてこいつが苦手なのか理解できた。

 

 そして、こいつの言っていることは何も間違っていなかったし……。

 三峯神社に行ったときにこいつが言っていたもう一つのことを思い出していた……。

 

『そこに好きという感情があったのなら、飽きたと思っても、何時かはまた戻って来るんじゃねえのか?』

 

 あいつはああ言っていた。

 器を満たす方法なんて、あった。私が幾ら何かを辞めようがそれを続けようが満たす方法はあった。私は臆病になっただけに過ぎない。睦に恐怖して、みなみさんに警告されて、自分はRINGであのとき何も出来なかったへの謎の後悔感、疎外感……。

 

 そして、今のムジカへの疎外感……。

 それらは全部私が全部自分で潰した。愛の満たし方の方法だったはずなのに、私はそれをものの見事に全部潰した。みなみさんに言われたからと言って、私は私で居れば良かった。幻聴が聞こえたからと言って自分で居れば良かった。

 

「そういえば、幻聴聞こえてない……」

 

 いや、今はどうでもいい。

 寧ろ、聞こえない方がいいまである。意識をそっちに集中させていたら自分がおかしくなるまである……。

 

「一つ聞いてもいい?」

 

「なんだ?」

 

 結人が腕を組みながらも、私の話を聞こうとしている。

 

「アンタ、何者なの?」

 

「それ初華の奴に言われたよ」

 

 ちょっと笑みを溢す結人……。

 それはこの仕切られた空間の中で初めての空気だった。

 

「へぇ、あいつが……?それでアンタはなんて答えたわけ?」

 

「高校生って」

 

「それ、答えになってないでしょ?……私から言い方を変えて質問するけどさ、アンタは睦のこともハツコ達のこともなんとかしてみせた。アンタがやってきた行動が結果的に全部良い方向に進んでるけど、アンタはいったい何者なわけ?どうせウミコもアンタがなんとかしたんでしょ?信頼させるなにかを?」

 

「クサいこと言ってもいいか?」

 

「自重気味で言えば?」

 

 やんわりと言えと言うと、結人は再び笑みを浮かべる。

 真っ白な歯を見せた後に、腕を組むのをやめてこう言い出す。

 

 

 

 

「俺は誰かを助けられるような人間でもないし、かと言って見捨てられる人間でもない。何故なら、俺は誰かを救ってきたわけじゃない、寧ろ傷つけて来たことの方が多い。それでも俺は誰かを見捨てることなんて出来なかった。だから、俺は「あーごめん、クサすぎて無理。もしそれを学校なんかでスピーチするなら感動のスピーチのあまり、マイナスの点数がつくと思うけど」」

 

「おい、最後まで言わせろ」

 

「聞きたくないんだけど……寒すぎるし馬鹿正直すぎるしなんで睦とあいつ(モーティス)はこんなやつのこと好きなわけ……?」

 

 最後はモロに本音だった……。

 例え方はもうこの際触れないけど、本当に馬鹿みたいに正直過ぎてこっちまで話を聞いていて呆れるほどだった。こいつの優しさは所謂、無人格なんだろうけどそれが余計にタチが悪いと気づかされることになった。

 

 

 

 

「それで……」

 

 結人だけがさっきから空気感が緩んでいたけど、今度は私の方まで緩んでいた。

 

「今度は私を荒治療しようってワケ?」

 

「二回目だけど言い方考えろよな……。それは俺の役目じゃねえよ」

 

「は?どういうこと?」

 

 別にこいつなら助けてくれるとか期待していたわけじゃない。

 ハツコ達や睦の問題を解決したこいつが今度はどうやって問題を解決するのか興味があっただけ……。

 

「来たみたいだからな……今回は荒治療はしねえよ」

 

「来たって誰が……?」

 

 もったいぶるような言い方をしてくる結人に若干イラっとしながらも、待っているとカーテンが開く音が聞こえて来る。そこには……。

 

 

 

 

 

「後は任せたぞ、祥子……」

 

「ええ、任せて欲しいですわ」

 

 そういうこと、なるほど……。

 なるほどね……。

 

「ねぇ、結人……」

 

「なんだよ?」

 

 椅子から立ち上がって、仕切られたこの空間から出ようとしている結人に言いたいことがあった。それは心の奥底から言いたいことだった。

 

「やっぱり……」

 

 

 

 

 

 

「アンタのことが嫌い」

 

 そこは変わらない。

 こいつの行動原理がそもそも私と相容れないから。そして、結人がなんて返して来るのかも知っている……。

 

 

 

 

 

 

 

「知ってる」

 

 

 

 

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