【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「サキコ……」
「タクシーを使って急いで此処に来ましたわ、容態の方はお医者様からお伺いしましたわ」
「……あっそ」
時計を見ると、ライブ開始の時間からもう既に30分は経っていた。うろ覚えだけど、私が倒れたのは数時間前だ。こいつが此処に来ることは可能だろうけど、一難去ってまた一難っていうのはこういうことを絶対に言う。厄災が消えたと思ったら、今度は次の厄災が現れる。これはマジで前向きにお祓いを検討した方がいいかもしれない。
「祐天寺さん、お身体の方は?」
「別に普通」
身体は至って別におかしなところはなかった。
寧ろ、あるとすれば認めたくないけど、心の問題って奴……。あいつは、貧血って言ってたけどどう考えても内側の問題でしかない。あいつなりに配慮したつもりなんだろうけどそれが地味に腹立つ。
「祐天寺さん」
「なに?体調管理もロクにできないのかって言いたい訳?まあ、アンタの言っていることも一理あるけ「申し訳ありませんでしたわ」
「…………」
「……は?」
自分で情報を処理するのにかなり遅れた……。
仕切られた閉鎖空間に入って来て私の体調を心配して来たのはまだいい。ただ、一つ問題があるとすればこいつが今この場で私に頭を下げて来たことだ……。
……こいつが私に頭を下げる?
天地がひっくり返らない限りは絶対にありえないと確信していた。こんなこと思っていても言いたくはないが、サキコと私は同じだ。自分が例え、悪かろうと自分の意志を決して折ろうとはしない。どれだけ頑丈な鉄線であろうとも、それは折ることも切断することも出来ないはずなのに……。
あいつは今私に謝罪をした。
それを何度も捻じ曲げたとはいえ、私が唯一許せないことがあった……。
「なにが言いたいわけ?」
「此度の件、私は事前に対処することもできたはず。それなのに、私はその判断を怠った結果、こうなっ「アンタには失望した」」
はっきりと言ってやった……。
サキコは「何故?」と言いたそうにしているが、口には出さない。私の出方を伺っている。
「アンタのことを評価していたつもりじゃないけど、アンタは今この場で最もしちゃいけないことをした。なにをしたかアンタには分かる?分かんないよね、アンタがしたのは……」
「私に対する態度を曲げたということ」
私が最も許せないのはこれ。
豊川祥子という人物はこれまで私に対する態度を一度曲げなかった。何度も何度も対立してきて、私には絶対自分を曲げようとしなかった。バンドを始めたときもそうだった、再開したときもそうだった。
今にしてみれば、対立し合うことである種の敬意をこいつに持っていたのは確かだったのにサキコは今私に謝って来た。今私の中にあるのは裏切りなんかじゃない。落胆というものが相応しい。毎度毎度対立してきたこの相手がいざ謝罪されたら違うなんて傲慢もいいところだけど、本当に違うとなってしまっていた。
そして最も奥深くで思っているのは私がこいつの変化を許せなかった。
こんな単純な言い方をしたくないけど、解釈違いみたいなもの……。許せなくて、仕方なくて私はシーツを強く握り締めると、自分の世界が真っ赤に染め上がった。
「アンタさ、何か勘違いしてるのかもしれないけどさ。アンタが私のことを知っていたところで何が出来たわけ?何も出来ないでしょ?そうじゃないの?」
「そうですわね…‥」
「もう一つ、ムジカのリーダーであるアンタがなんでそうやって頭を下げているわけ?アンタは曲がりなりにもAve Mujicaのリーダーであり、オブリビオニス……。マスカレードを指揮する指揮者でしょ?そのアンタがはい、ごめんなさいは違うでしょ?舐めてんの?謝罪ってそう簡単にするもんじゃないでしょ」
「いいえ、それは違いますわ祐天寺さん」
「違う……?」
真っ向から対決するつもり満々だった……。
なるほどね、そこは変わってないんだと安心感すら覚えている自分のことを気持ち悪いと忘れようとしていた。
「私はムジカの指揮者であるからこそ、私はバンドという組織になにかあれば全ては私の責任。バンドメンバー個人の責任はつまり、私の責任でもありますわ。これまで私は睦のことや初音のことも含めて自分ではどうすることも出来ないことばかりでしたわ、そしてその責任を取る方法として星乃さん達の力まで借りた。それは事実ですわ」
「私の責任ねぇ……。そういえばアンタ今日のライブ中止にしたそうらしいけど、代役を立てるっていうやり方もあったはずでしょ」
「それではダメですわ、バンドメンバーが一人でも欠けるということはそれはバンドとしての死を意味しますわ。代役の人形を入れてしまえば、それは不純物となってしまいますわ。それはムジカではない。私達は5人であるからこそ、マスカレードも形になるんですわ」
ああ、二回目だこれ聞くの……。
ウミコも似たようなことを言っていた。バンドメンバーは五人でなければ、意味がないって……。まさか、こんなタイミングでそれをまた聞かされることになるなんて。本当に自分の記憶が因果というものでしかない。
「それアンタの本心?それともウミコからの助言?」
「ええ、本心ですわ。私はこれまで何度も意志を曲げて来た。自分の主張を曲げて来た。だからこそ、私はその罪を背負って生き続ける。これから先もきっと間違えることがありますわ。それでも、私は罪を背負って生き続ける。例え、それが祐天寺さん……」
「今の私が違うと言われようとも……!」
その瞳には一切の迷い、ブレもない。
鋼のような意志を秘めた目をしている……。決意と覚悟だけで此処に立っているわけじゃない。揺るぎない信念を宿しているというのがモロに伝わった。強さと弱さは紙一重とは言うけど、今のサキコはその両方を兼ね備えていた。
「……」
シーツを握り締めていた指先に力が抜けていく……。
それはまるで、自分が目の前の没落お嬢様への鉄線を切ったような感覚だったけど、私はそれを繋ぎ直した。
「言うようになったじゃん」
確かにこいつは強くなった。
それは認める、認めるしかない。それでも私はこいつに対する態度をこれまで変わるつもりはなかった。こいつは変わったわけじゃなかった、心の内側にある本当の強さが……。今まで何度だって私と対立して来た、その静寂と力は未だ健在していた。
失望……?
違う、これは歓喜だ。自分と同じだと思っていた奴の根っこの部分が今こうして再び別の形となって私の前に立ちふさがっている。なら、私のすべきことも変わらない。これまで通り、コイツに自分の思っていることをぶつける。
「それで中止になった分はどうすんの?」
「それでしたら、もう手は打っておりますわ。東京・埼玉・神奈川・長野を含めた四つのライブハウスにてライブを行いますわ」
「長野?それっつまり、場所を関東だけじゃなくて関東甲信として広い範囲内だから出来る限り、来てもらえるようにするためってこと?」
「ええ、そうですわ。時間はいつもよりも短め、しかしどれも圧巻のパフォーマンスでお客様をお招きいたしますわ」
「なるほど、数で押し切りつつも範囲を広げつつってワケ。まあ、悪くはないんじゃない?」
一呼吸するようにして天井を見上げてから、私はこう言い始める……。
こいつの中止後の方針は聞けた。私の昨日好きでも今日飽きたにもピッタリ当てはまるものだ。これならば、遠距離だから行けないとか喚かれない。
「アンタの言いたいことはわかった、やり方も否定はしない」
「但し……」
そこで一旦止めた後に私はサキコと視線を合わせる。
「これまで通り、私は仲良しこよしでやるつもりはないから。それでもいいわけ?」
「ええ、構いませんわ。寧ろ、それでこそ……」
「祐天寺さんですわ」
「本当……」
「言ってくれるじゃん」
自分を曲げるつもりはない。
こいつの成長を見届けた今、私だってやってやるとなっていた。反骨精神に近い、それは私という強くさせるのに相応しいものだった。何かに触発されようとも、私の失った夢は返って来ない。それでも、構わない。
私が今夢見ているのは……。
あいつよりも強くなることだから……。
「それでは失礼しますわ、祐天寺さん……」
「早く帰ってね」
「ええ、帰らせていただきますわ」
カーテンの向こう側へとサキコは去っていく……。
ようやく、一人になれたと安堵していた。
「失望したって、バッカみたい」
自分の感情に唾を吐きかける。
それは自己否定のもののためと言うよりは、寧ろあんだけサキコと自分は違うと言い聞かせて来たはずなのに、結局同類だったからこそ謝罪して来たことにムカッと来た。自分と同じならこんなところで謝罪をするな。という訳のわからない感情まで覚え始めていた。
自分でも絡まった鉄線をなんとか元に戻そうとしているなか、目の前には人影がしていた。
「来てたなら、声掛けてくんない?突っ立ったままいられる方が不気味なんだけど」
人が感傷に浸っていると、睦が目の前に立っていた。
他の奴は病室だからズルズルだからやって来ない。そう思っていたけど、睦は違った。
「なんで来たの?」
「心配……だったから……」
「……っそ」
最後に見舞いに来たのがこいつというのは本当に最悪。
まだ結人やサキコの方がまだマシだったまである。
「お見舞いの品、野菜はダメだと思ったから」
「見舞い……?」
野菜がダメだとそういうのはよく分からないけど、とっとと帰って欲しくて私が睦の手に乗っていたものに目を向けることにする。
「なにこれ、オクラジュースってなに?」
「健康にいいって聞いたから……終わったら飲んで」
意味が分からない、こいつにしても結人にしても……。
自分が嫌われているのを知っているはずなのに、絡んでくる。睦の場合は、バンドだから仕方ないから少なからずは仕方ないともう思い込ませるようにしてしているけどこいつがこうやって私に接触してくるのは初めてだった……。
「もう一度聞くけどなんで来たの?」
「私はにゃむとの関係を築きたいから」
「……どういうこと?」
「バンドを組む以上、関わることは大事……だから」
「そっくりじゃん、そういうところ影響受けた奴に」
誰とは言わないが、一番色濃く影響を受けたあいつにそっくりそのもの……。
なに言われても、勝手に突っ走ってそれを解決しようとするあいつの姿に……。だから、だろうな。私があいつのことが嫌いなのは……。
「結人が教えてくれたから……」
「別に結人とは言ってないんだけど。言いたいこと、言えたなら帰って」
何故か顔を赤くする睦……。
はぁ、惚気るなら此処じゃないところでしてくれないかな。
「わかった、またバンドで……」
睦への返事はしない。
カーテンを開けると、外の世界が一瞬だけ見えていた。それは自分が今仕切られているこの空間と、もう一つの世界を表すようだった……。
「はぁ……」
今度こそゆっくりと出来るそれを確信する。
それからして、机の上に置かれている飲み物を目に入れていた……。間接的にあいつに助けられたのが苛々しながらも、私は目を瞑りながらもこの言葉を口にする。
「めんどくさい奴らばっか」
静寂に包まれたこの空間の中で……。
私はそう呟きなぎらも、スマホを取り出して『にゃむち」』のSNSを開いた。
自分で自分の首を絞める。
そうなっても構わない。ハツコやウイコは逃げなかった。ウミコに信頼がどうなのとかこれ以上言われたくない。睦、いやムーコを恐れないなら歩くしかない。
結人にこれ以上傷口を抉られるのはごめんでしかない。
あいつに持ち合わせてる感情なんて、心という器を解体しつつも自分の空間にぶち込もうとしてくる。それが嫌なら、今よりあいつに何も言われないままにしたい。
『そう?自ら茨の道に進むって訳ね、後悔することになるわよ?あの化け物と関わり続けるということ……』
投稿しようとした瞬間に、みなみさんの言っていたことを思い出す。
怖くないわけがない。ムーコの顔を見るたびに「ひんながみさま」のことを思い出す。あの恐怖のあまりに、何度も悶絶しそうになって吐き気すらしていた恐怖心。R-18Gの映画なんて目じゃないほどの恐怖映画だったからこそ私の脳裏からはずっと離れない。
それでも……。
『勿論、尻尾を巻いて逃げて貰っても構いませんわ。仮面外しの件で貴方がこうして自分を有名にする最後の好機を逃してもいいならばですが……』
ムジカを再結成するとき、あいつが向けて来た宣戦布告……。
『土下座して靴舐めて貰うから。口先だけの貧乏お嬢様に』
サキコに勝ちたいなら、今は怯えてる場合じゃない。
書き終わった内容を息もせずに投稿する。それは、自ら伸ばした鉄線を自分で打ち壊すものでしかない。それでも構わなかった、私の心にあるのは……。
『こんにちにゃむにゃむ、みんな元気にしてた?』
覚悟でしかなかったから……。
その覚悟を貰ったのはサキコでもウミコでもない、あの中学生。
『
疑問でしょうがない。
自分の年下が自分より先に牙を折れて、変わって行くのを見てそれに一番感化されたって言うんだから……。もう一度スマホを手に取って、例の奴に連絡を取っていた。
『牙が折れた
すると、すぐに返信が来た……。
『アモーリスさんですか?ライブなのに体調管理できないなんてバンドマンとして失格ですね』
思った通り、反骨精神たっぷりの返事をしてくる。
ウッザ……となって返事を返せないでそのままにしていると……。
『次は頑張ってくださいね』
一分ぐらい経った後にそう返事をしてくる……。
私は小さくこう言い返す。
「アイフラメはアイフラメでウッザ……」