【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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その音はまさしく皆既日食でした

 汗水垂らしながらも、農作業をするということは大変なことでしたわ……。

 不慣れなことの連続でしたわ……。まさか、初音に土を掛けたりしてしまうというハプニングを自分で起こしてしまうというのは我ながら、少々恥ずかしかったのも事実ですわ。それを証拠にやってしまったときの私は……。

 

 初音に対する申し訳なさと同時に、土を掘るという単純明快なことでああいうことをしてしまうという顔を赤面させながらも悔いる事態になりましたわ……。

 

 それでも……。

 

「今日は楽しかったですわね、睦」

 

「ん……楽しかった」

 

 相槌代わりに少ない口数で返事をしてくれている睦。

 それだけで彼女が家庭菜園というものをどれほどまでに楽しかったのかというのを物語っていますわ。記憶を思い出せば、寧ろそれは当然としか言いようがありませんこと……。

 

『水やり、毎日する……』

 

 ある程度種まきを終えた後、睦が菜園の中をじっくりと見下す。

 

『私もお手伝い致しますわ睦』

 

 「いいんですの?」と顔に出ている睦。

 そうですわね、これはあくまでも貴方がやりたいと言い出したこと。それに口出しするのはお門違いかもしれませんことですわ。

 

『私達が植えたものですわ。これからは私達が丹精込めて作り上げる必要があるんですわ』

 

『丹精込めて……』

 

 実のところ、私は一つだけ理由があったんですの。

 それはただ私達で作り上げたものを自分達で育ててあげてきたい。それよりも、もっともっと大事なのは私という人間はこれまで……。

 

『睦ちゃんに何かあったら許さないから!絶対……絶対に許さないからね!!本当に絶対だからね!!!』

 

 貴方達という人間をちゃんと見ていることはしていなかった……。今になってモーティスさんの忠告を思い出しますわ。

 

「私は後悔してばかりですわね……」

 

 この浴槽の中で私は小さく呟く……。

 CRYCHICが解散して以来、自身の業を貴方にも背負わせて何度も傷つけさせた。普通の日常は、貴方にとって『若葉睦』である限り無理だったのかもしれませんわ。それでも友と分かち合える日常を私はこれから作ってあげたかったんですわ……。奪った人間がこれからの幸せを願うのは違うかもしれませんわ、それでも貴方には……。

 

 

 

「祥……?」

 

 睦が私の様子がおかしいと気づいたのか、声を掛けて来ましたわ。

 そこで私は現実に引き戻されましたわ……。

 

「いいえ、なんでもないですわ」

 

 幸せになる権利がある……。

 何度も成長し続けて来た貴方を見続けて来たからこそ、言えるんですわ……。それを私はあの世界の中で土まみれになっているジャージという勲章を目に留まる。それはきっと新たなる幕開けを私に……。

 

 

 

 

 

「知らせていたんですわね」

 

 隣にいる睦を見ると、肩までゆっくりとつかせていましたわ……。

 自分の中に眠る決意をこの胸に今はただ日々の疲れというものをこの浴槽の中で洗い流していいましたわ。こういう場所に来るのは何も初めてでありませんでしたわ、お父様と住んでいるお部屋は浴槽はあれどその……窮屈で入りにくいという弊害があって私はあまり入ることはありませんでしたわ。

 

 それに、ガス代なども考えればお風呂に入るなど考えられませんでしたわ……。

 

「それにしても……」

 

 洗い場の方に目を向ける。

 そこには今たった一人だけ、泡を洗い落としている姿……。

 

「八幡さんから誘ってくるとは思いませんでしたわね睦」

 

 銭湯を誘って来たのは八幡さんから……。

 初音は仕事、祐天寺さんの方は普通に断られたと本人が言ってましたわね……。

 彼女曰く、今日の疲れを銭湯でどうせなら洗い流しに行きたいということで、私も此処最近色々あり、自分の考えを改めてこの浴槽という全ての記憶を浄化させてくれる。大変素晴らしい場所に行くのも悪くないと思っていた。だから、私も八幡さんの提案を悪いものではないと考えて了承しましたわ。

 

「そういう人」

 

「ふふっ、睦は八幡さんのことを気に入っているんですのね」

 

「助けてくれたから……私がバンドやりたいかやりたくないのかって迷っていたときもにゃむに居活かせなくなってきたときも海鈴が助けてくれた……」

 

「そう……だったんですのね」

 

 自分の知らない出来事に私はようやく点と点を繋がっていましたわ。

 

「モルフォニカのチケットはそういうことでしたのね」

 

 八幡さんがチケットを渡したというのは考えられる内容ではありましたが、彼女は割と人には干渉してくるタイプではないと思っていましたわ。それでも、あの頃の睦には自分からモルフォニカのライブのチケットを購入するとはとても考えられませんわ。

 

 それにこの口ぶりからしてこれ以外にも睦は八幡さんに助けられている、私の知らないところでそんなことが……。思えばいつの間に初音とも仲が良くなっていましたわね、睦。彼女は元々、穏やかな性格ではありますが、八幡さんは睦と同じように言葉は少ないものの音楽に対する情熱は恐らく違うはずですわ……。本当に自分の幼馴染がどんどん前に進んでいると実感しますわね……。

 

「私にとって海鈴は……手を差し伸べてくれたその一人だから」

 

「なるほど……ではこう返すのがいいんですかね?」

 

 

 

 

 

「どういたしまして、若葉さん」

 

 八幡さんのことを話していると、浴槽の中に入り私たちの方へと歩き出していましたわ。

 自分が睦に差し伸べたことを聞こえていたのか、自然と笑みを溢しながらも八幡さんはそうお礼に応じていましたわ。ただ、お礼を言っているときの表情はいつも以上に何処か……。

 

 

 自分の中に腑に落ちるものがある。

 そういう感じでしたわ……。

 

「ですが、一つだけ言わせて貰います。これから先、お礼を言うようなことなんてのは一つや二つじゃ限らないかもしれません。ですから、お礼は要りませんよ若葉さん。私は自分がしたいことをしただけなので」

 

「……海鈴」

 

「それでは……私もこの浴槽の中で今日の土仕事を癒してもらうことにしましょうか。後で、サウナに行きますがお二人はどうしますか?」

 

「ええ……」

 

 

 

 

「行かせて貰いますわ」

 

 一つだけ断言できることがありましたわ……。

 八幡海鈴さんという人物をこの一瞬だけで私には読めた気がしますわ。それも強烈までに、彼女はただ冷たいだけではなくその実に熱く、燃え上がるような雄たけびに近い熱意を持っている。だからこそなのかもしれませんわね、睦が此処まで強くなれた……。

 

 

 

 

 要因の一つは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 手を差し伸べてくれた……。

 

 そうですね、結果的に私は若葉さんを助けることになった。それは星乃さんから頼まれたということもあります。それでも疑問が残っていました。何故、自分は彼に頼まれただけなのに若葉さんをあそこまで手助けする必要があったのか?と……。

 

『そう……だったんですのね』

 

 豊川さんきっと貴方はこう思ったはずですよね。

 どうして、自分の幼馴染である若葉さんに此処までしてくれるのかと……?それは時々自分の中で、自問自答してしまうものでした。しかし、それを教えてくれたのがこれまた奇妙なことに彼、星乃さんでしたよ。私もまた若葉さん同様、彼の影響を受けていた。

 

『お互いにお互いに嫌なところを知り得てるからこそ、本音で語り合える。そういう関係って特別なんじゃねえのかって思えるんだ』

 

『積み重ねとか繋がりとかそういうものがあって成り立つ、そこに何か特別なものが含んでいるならそういうものが……信頼とか信じるとかでしょ』

 

 お二人の声がする……。そうでしたね、星乃さんだけではなく私は立希さんの影響もうけていました。この際だからはっきり言いますが、私は貴方方の関係を羨ましくてしょうがなかった。だからこそ、私は自分が信頼を得るためには何かを起こさないといけないと思えた。自分がどうして若葉さんを助けたかなんて知っているはずだった。

 

 

 

 

 ────信頼して欲しかったから、ですね。

 あの二人のようにぐちゃぐちゃなまでの関係を欲する訳ではありません。あそこまで行くともう醜さとか綺麗だとか気にならなくなりそうですし……。なんというか、危ない関係ですしねあのお二人は……。

 

 

 

 

『私にとって海鈴は……手を差し伸べてくれたその一人だから』

 

 若葉さんのあの一言は……私にとって誰から言われたいことの一つだった。

 バンドを自分の手で壊してしまった。30のバンドを掛け持ちすれば痛みや苦しみを味わずに済む。信頼なんていうものを信じなくて済む。それが自分だと決め込んでいたはずなのに、結果的に私は自分が誰かに信じて欲しい、誰かの助けになりたいという気持ちが抑え込むことが出来なかった。

 

『後腐れなんてありませんよ』

 

 モールで行われていた最初に私が組んだバンドのメンバーの一人が楽しそうにバンドをしていた。許せないという気持ちがあった、星乃さんには後腐れがないなんて言っていましたが実のところ、私は「裏切られた」という気持ちしかなかった。

 

 どれだけベーシストとしての腕を身に着けても、そこは変わらなかった。

 私はただ一人、孤独の人間だったんだと思い知らされる。断崖絶壁をただ一人自分という人間を隠し続けて来て生き抜いてきたけど、それは限界で私は祐天寺さんに信頼とは何かを聞いた。

 

()()みたいなもんじゃん』

 

 返って来た答えは……苦しめるものでしかなかった。

 答えが欲しい、答えが欲しいと彷徨うなかで武道館後の歩道橋で彼らは見せてくれた。

 

『抹茶アイスと蕎麦』

 

『じゃあ、私はクレープ!』

 

 二人の要求に、彼は応じていましたが……。

 私はそれすらも羨ましかった。楽しそうに日常会話をするその姿が私には眩し過ぎていました……。

 

 

 なによりも……。

 

 

 

『私は私でいい……。結人が言ってくれた、だからあの場でも……強くいられた』

 

 当時の若葉さんはまさしく人形そのものだった……。

 その若葉さんの表情を穏やかなものにさせていた。結果的にそれは歪んだ形だったのかもしれませんが、あれ以上の信頼し合うというものがあるわけがなかった。疎外感を感じながらも、私はただ暗闇の中で一人、全員が話す後ろ姿を悲しげに見つめていました……。彼はそんな子犬みたいになっていた私のことも見捨てたりはしませんでしたがそういうところに立希さんは惹かれたのでしょうね。

 

 そして、なによりも若葉さん。

 私がこのバンドを信頼できるかもしれないとさせてくれたのは貴方なんですよ……。それまで正直なところ、星乃さんと立希さんの関係を見たからという意志は強かったですが、RINGでのセッションを見て確信したんです。

 

 

 

『音をもう一度聴かせて、もっと知りたい。それが……私自身を知ることにも繋がるから』

 

『私はムジカをまたやりたい……。私は一歩を踏み出して……みたい……。ギターを弾かせて……あげたい』

 

 違う、違いますよ。

 若葉さん、もう既に自分の中にあるギターを感じさせてくれていました。千早さんと要さんとのトリプルセッションの中で自分というものを形作らせていました。音が全く違う、バンドも違う。バンドという垣根を越えて三人は即席でありながらも、その可能性を見せてくれましたが自分が圧倒されていたのは……若葉さんのギター。

 

 何故なら、それはまさしく……。

 

 

 

 

 

 

 Ave Mujicaのギターの音だったんです。

 あの二人が太陽ならば……。

 

 

 

 

 

 貴方は月そのものだったんです……。

 暗がりの中にあるだけじゃない、太陽と月という正反対のものを照らし出す。本来相対することがかなり難しいはずの二つの音が共鳴して……。

 

 

 

 

 日食を起こしていたんです。

 技術的なことを言ってしまえば、要さんの方が圧倒的に上手です。流石はSPACEのオーナー、お孫さんと言いたいところでした。千早さんの方も要さんほどではありませんが、しっかりと弾いて見せている。互いの太陽に違えはあれど、それはまさしく太陽だった。そして、若葉さんは月そのもの……。

 

『興味深い、興味深いですね』

 

 何度も自分の口の中で咀嚼をした。

 とても不思議な気分でした、若葉さんという存在とあの二人の存在が作り出した。

 

『若葉さんなら、いや若葉さんなら確実にできる……』

 

 特に若葉さん、貴方には可能性すら覚えさせてくれたんです。

 「これだ」となれたんです。この音なら私は信じあうということが出来るかもしれない。自分のことを単純だと思う脳みそはありませんでした。寧ろ、これしかないと断言できました。彼女が持つこの音と言う名の「武器」。彼女が自分で切り開いた「未来」こそが今の私を……これからのムジカを支えるのに相応しい「解答」だと信じようとなれたんです。

 

 共に心の中では孤独を抱えている人間同士だから、私たちはもうこれ以上断崖絶壁に居る必要はない。陸を歩き続けていいとなれたんです。彼女が作り出した武器をムジカに活かせば、それはきっともっとムジカが素晴らしいバンドになると私は本気で確信していました。ムジカという人形館のメンバーたちが更なる力を付けるならば、彼女の力が必要。再結成するには彼女の力が絶対に必要だと……。

 

 

 モーティスとしての口上……。

 我、死を恐れるなかれのその先に辿り着いた彼女ならばAve Mujicaを再構築することが出来ると……。自分でバンドを壊したとき以来でした。これほどまでにバンドというものに再び惹かれ合いたい、まだやれるとなれたのは……。

 

 

 

 動くしかない。

 セッションを聴いていて私はその日の夜から動き出していました……。

 

 

 

 

 

 

『その後でまた答えを聞きます』

 

 あれはかなりの賭けでした。若葉さんがやる気にならないのかもしれない、なってくれるかもしれない。自分としては、あくまでも若葉さんがやる気になってくれればいいとなっていましたが、まさか豊川さんまで一緒にムジカをやりたいなんて言わせることに成功するなんて思いませんでした……。

 

 昔の貴方なら考えられませんでしたね。ですが、人生なにがあるのか分からないもの……。

 自己主張が薄い若葉さんから相対することはずのない武器をあのとき作り上げて見せてくれた。ムジカのライブの方では今もまだ迷い続けているようですが、貴方なら絶対に出来るはずです。

 

 

 

 そして、若葉さん……。

 貴方は前にこう言っていましたね?

 

『海鈴は……怖くないの?』

 

 怖いという感情は私にはありません。

 それは貴方のことを一人の尊敬する人物として見ているからです。あのときは言う必要がないと思っていましたし、これからも口にすることはありませんがそれでも貴方とモーティスという人間が生き続けようとしていた。それこそが美しいと思えましたし、「人間讃歌」というものではないでしょうか?となれたのです。

 

『よく頑張りました、若葉さん……。後は任せてください』

 

 だから、私は祐天寺さんの前に言葉が出せなくなりつつある貴方に助け舟を出した。

 あの場で全員が何故私が此処にと驚いてたかもしれません。自分でもあそこまで熱くなるとは思ってもいませんでしたが、それでも壁から若葉さんの様子を黙って見て居てくれたお二人。

 

 モーティスさんの力を借りずに、一人で祐天寺さんに立ち向かおうとしていた若葉さんを心の底から信頼できるとなれたからこそ私は力になろうとなれたんです。

 

 お二人の生き方は美しいものです。

 二人でライブというものを盛り上げていくと決めたこと、それは素晴らしいとしか言いようがありません。モーティスさんの方はやや個人プレイに走るところもありますが、そこは矯正が出来るから全然構いません。寧ろ、アドリブ力を試されることになりこちらもやり甲斐があるというものです……。

 

『ムジカのみんなと繋がりを作りたかった……から』

 

 改めてその言葉を聞けたからこそ、私は家庭菜園を手伝う気になったんです。

 まあ、あれは祐天寺さんに色々と文句は言われていましたが楽しかったのは事実です。繋がりというものは信頼にも関係することですから……。

 

 

 

 

 だからこそ、私は貴方に伝えたい事がある。

 サウナ室の中でただ二人残り続けているこの世界で……。今は豊川さんは銭湯の方に戻ってる、この瞬間しかない。

 

 

 

 

「若葉さん」

 

 このサウナという熱がある今なら絶対に言うことが出来る……。

 暑さにやられたとかそういう訳じゃないが、こういう閉鎖的な場所だからこそ腹を割って話せることが……。どうにもクサいですが言う理由としては、悪くないはずです。隣に座っている若葉さんにただ伝えるために……。

 

 

 

 

 

 

「これからも……若葉さん()()を信じさせていただきますよ」

 

 貴方なら出来るとか、感謝してるとかそういうことを言うわけじゃない。

 私は貴方達のことを信頼していると告げると────。

 

 

 

 

 

 

 

分かった、海鈴(任せてよ、海鈴ちゃん)

 

 そう言ってるように聞こえていた。

 二つの声が同時に放たれたように……。分からないものですね、全く……。

 

 

 

 

 一番それを教えらえる可能性が低そうな若葉さんを……。

 

 

 

 

 このバンドで……。

 

 

 

 

 

 

 ムジカで最初に信頼できるとなれたのですから……。

 

 

 

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