【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「それでムツ、何処か行きたいところとかあるか?」
月ノ森を出て、先輩と今出かけようとしている。あれから数十分は経っただろうか。まさか、こんな形で先輩と何処かに出かけることになるなんて思わなかった。
「行きたいところ……その特には……」
「ーん?マジで無い感じ?」
「ごめんなさい……」
頭を低くしながらも、申し訳なさそうにしてしまう。
「あーいや、謝って欲しいとかじゃないんだって!あたしもいきなり誘ったのが悪かったし、そうだな……じゃあ今日はちょっとあたしの買い物に付き合ってくれよ」
顔を上げると先輩が大きく手を振りながらも違う、違うと弁明してくれている。それにホッとしながらも顔をちゃんと上げる。
「買い物……ですか?」
「そうそう、実はちょっと裁縫に必要なものが足りてなくてさ。あっ実は私自分のブランドを持っててさ。知ってる?」
「知ってま「え!?マジで!!?」
私の肩を掴みながらも、自分のブランドが後輩にまで知られていることに驚いているようだった。肩を掴んでいる手の力が入っていて、少し痛いことは言った方がいいのか分からなくて言うことができなかった。
「いやぁ、そうかあたしもついに有名バンドにも知られるようになったってわけか……」
ガッツポーズを取りながらも先輩は喜んでいる。
はしゃいで笑って先輩は感情が豊か……だった。
「よしっ!それじゃあ急ぐか!!やる気も出てきたしな!!ほら、ムツおいてくぞ!!」
先に走り抜けていく先輩、私をそれを追いかける。
先輩の方が圧倒的に早くて疲れ知らずだった。それでも必死に追いかける。そこに苦痛というものはなかった。走ることが苦手なのに、苦しいと思うことはなかった。
それがどうしてなのかは分からなかった。
分からなかったけど、そんなことは今どうでもいいとなれていた……。
「いやぁ、ちょうど服を作るための生地が全然足りたてなくてさ」
先輩とやって来ていたのは、手芸店。
こういう場所にはあまり来たことがなかった。自分で洋服を作ったことなんてなかった……から。でも、そういうのも案外面白いのかもしれない何かを作ると言うことも……。
「洋服作るための……ですか?」
「そうそう、さっきも言ったけど自分のブランドを持ってるとこういうのすぐ無くなっちゃうじゃん。ほら、最新の流行って奴があるから。まあ、最新の流行なんて私が作ってくものだけどさ」
「というかさ、ムツが着てる服結構いいじゃん!自分で選んだやつ?」
「友達が選んでくれた……」
「へぇ、友達が……。結構センスあるじゃん、まああたしほどじゃないけど」
この服を買ってくれたのは愛音。
結人が来て勢い任せでそのまま買っていたけど、鏡で自分の服を改めて確認したときファッションに疎い自分でも結構似合っていたということを覚えている。新しい発見をしたみたいで楽しかった……。
「あ、あの……透子先輩」
先輩が生地を選んでいる姿を見ながらも私は話しかける。
「ん?どうしたムツ?」
「いつもギターって……どうやって弾いてるんですか?」
月ノ森の先輩として、バンドの先輩として一度聞いてみたかった。
技術的なことを言ってしまえば、透子先輩のような音を奏でることはできないけれどそれでもどうやって弾いているのか気になっていたけど、返って来た答えに私は固まってしまう。
「ん?うーん、こうババっと弾いてジャジャンとだな!!」
……何も分からない。
擬音だらけで何を言っているのかあまり伝わらなかったけど、6割ぐらいは分かった気がしていた。それが何故なのかは分からないけど……。
「楽しくて弾くから弾けるってこと……ですか?」
「そうそう!!結局そういうのが一番大事なんだって!って……今日はオフ!オフ!!バンド……あ―ムツの場合は仕事って言った方がいいんだっけ?そういうのを気にするのは禁止!!今日は楽しくやろう、な!!」
「余裕を楽しむのも休暇じゃん?」
自分の中でそれでいいのかな?という気持ちになっていると、それを読み取ってくれたのか先輩が休暇を楽しむのも一つの手段だと教えてくれている。
「余裕を楽しむ……」
「いつも練習練習ばっかだと気が滅入るじゃん?そういうときは一旦細かいことは全部忘れて羽根を休めることが大事だって」
全部忘れるなんて器用なことは私には出来ない。
きっと自分がしなくちゃいけないことに囚われて……。あー、これが使命感……なのかもしれない。自分の中で答えに触れながらも自分という存在を噛み締めていると、肩に手を置かれる。
「透子先輩……」
その手は陽だまりに包まれている。
透子先輩の手が自分に何かを教えてくれているような気がしてならなかった。
「ムツだって余裕を楽しんでいたときあるだろ?」
「私にも……」
記憶の海を辿る、それは確かに存在したもの。
CRYCHICで過ごした日常、結人との日常、モーティスとの日常。思い出という風景が私の中にあったはずなのにそれに目を向けて居なかったと言うよりは、自分を閉じ込めていたせいで気にしている時間がなかったのに近かったかのかもしれない。
結局、私はまたこういうことをしてしまった懺悔をしていると、自分の手を掴まれる。現実世界で手を掴まれたと錯覚していたけど……。
それは違った。
実際に手を掴まれているのは自分の精神世界でだった……。
「睦ちゃん、睦ちゃん!」
綺麗な花畑となったこの場所で手を掴まれる。空気も綺麗で崩壊もしていない。
「どうしても言いたいことがあるの!!」
掴まれたモーティスの手は何処か温かくて私の手は全く違うものだった。それだけで自分とモーティの差を見せつけられている気分だった。
「睦ちゃんに誓ったこと覚えてる?」
「いっしょに生きて行く……」
「そう、それだよ睦ちゃん!私は睦ちゃんと二人で色んなことを背負いながらも生きて行くって決めた。そこには勿論、悲しいこととか苦しいこととかも詰められてると思う。でも、それだけじゃないの。それだけじゃなくて、あの人が言っていたように……」
「楽しむってことは私たちが共存して行く上で必要なことなの!!」
「共存して行く上で必要な……こと」
確かに言われてみればそうなのかもしれない。
若葉睦、モーティスが生きて行く上で必要なのは何も進むばかりじゃない。そこには楽しい思い出があって、小さな幸せで満たすことだってしていいはずなのに私はそれを無視し続けていた。
自分にはそれはできないと逃げ続けて、今はそれよりもギターのことを優先していたから後回しにした結果自分の首を絞めてしまった。そうならないように、そうしないようにって気をつけていたつもりだったのに……。
自分が惨めになりそうなのに、不思議と私の中では決意が固まっていた。それは存在という形を更に成長させるものに相応しかった。かつて自分は成長できない、誰かに依存して寄生しないと生きていけない。
そう信じていたはずだったのに、今の私には小さな芽が出始めている。
それは……。
「だ、大丈夫かムツ?」
現実世界に戻ると、先輩が心配してくれている。
「大丈夫……です」
モーティスが教えてくれた、またモ―ティスが教えてくれた。
そして透子先輩が教えてくれた。また誰かに教えてもらったというのは自分にとって弱さに繋がることかもしれないけど、それでいいとなれた。いや、もう私は分かっていた。
一人で生きて行くとことよりも、誰かと生きて行くことの強さを。
知った今度こそ私は強くなれる、目をはっきりと開けながらも自覚していた。
「答え、見つかったのか?」
「え……?」
「いや、なんつうか清々しい顔してるじゃん?今のムツって……だから自分の中で答えが見つかったんじゃないかなって思ってさ」
自分の中での答え……。
それはあながち間違いじゃなかった、私はモーティスとの対話を得て改めて思ったことがある。それは、モーティスが言っていたように「焦っても何も得ることは出来ない」。透子先輩が言っていたように「使命感や義務感」だけでは何かを成し遂げることはできない。
そういうのをようやくこの休暇で学ぶことが出来た。
先輩が教えてくれた「オフ」というものは悪いものじゃなかった……。
「オフも大事、そして……」
「余裕を楽しむということの大切さも……」
今までの自分じゃどうしても考えられないものだった。
いつも息が詰まりそうなほど苦しかった私にとってはそれは考えられないものでしかなかった。
それに進まずに成長を得る。
それは凄く矛盾していることなのに、今の私にはそれでいいと言い切れるものがあった。ギターを受け入れたときの私だったら、こんなものは成長じゃ……いや違うと思う。
多分、あの頃だったらこういうのも悪くないってなれた。
いつからか、自分の中で自分という人間が甘えちゃいけないと思うようになっていた。それは未だにギターへの答えを見つけられていないからこそ焦ってしまう。その行為に意味がないと分かっていても焦ってしまう。
「ムツも気合い入れたみたいだし、今日はとことんやっていくからな!」
先輩は乗り気になりつつも、今日の買い物を楽しもうとしている。
私もそれを見習ってこの余裕を楽しむことを決めようとしたときだった。先輩の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「え?なんで此処にななみがいるんだ?」
先輩に声をかけていたのは先輩と同じバンドの広町先輩だった。
どうしてそこにいるのか?本当にわからないようで透この先輩は首を傾げている。
「なんでじゃないよー。とーこちゃんが補習から抜け出したって聞いたから呼んでこいって言われたんだよ!」
「げっ!?そういうのはいいって!ほら、今は人生の路頭に迷っている後輩を「それはまあ良いことかもしれないけど、それより自分のことがしなくちゃダメだよ!」
「ほら、行くよとーこちゃん。先生怒ってたからね」
「じゃあ尚更行きたくないって!そういう細かいことはミクロンミクロンで「よくないって!ほら、早く行くよ!!」
先輩は広町先輩に連れてかれてそのまま手芸屋を出ようとしている。
名残惜しそうな顔をしながらも踏み止まろうとするけど、先輩は店の出入り口のところまで踏みとどまる。
「ムツ!」
「絶対また遊ぼうな!!」
透子先輩は笑顔を向けてくれる。
その笑顔は曇りなき眼で私のことを見てくれている。なら、私は……。
「はい」