【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「此処、間違えたからもう一回お願い……」
スタジオ内、私たちは練習をしている。
楽譜台の上には楽譜が置かれている、睦ちゃんの方は若干シワがあってどれだけ本気なのがよく分かる。
「わかった、もう一度やるね」
楽譜に私も目を向けなければ、再び睦ちゃんと共にギターに触れていって分かったことがある。気づいていないのかもしれないけれど、睦ちゃんは自分というギターを……いや、レゾナンティアをしっかりと出そうとしている。その音はまだはっきりしていないのかもしれないけど、睦ちゃんは頑張ろうとしている。
「もう一回……」
タオルで睦ちゃんは汗を拭いながらももう一度と言う。
睦ちゃんとのギター練習の日々は何日あっただろうか。
最初に睦ちゃんにギターのことを教えて欲しいと頼まれたときは軽はずみなものだと思っていたけれど、今なら言える。それは全然違った。睦ちゃんは固い決意を胸に此処に立ってくれている。それは決して軽はずみなものじゃなかった。
「初音……?」
思い出に触れていると睦ちゃんが声を掛けて来る。
「ああ、ごめんね。ちょっと考えごとしてたんだ」
睦ちゃんが不思議そうに顔を覗き込んで来て、私は首を横に振る。
今にしてみれば、睦ちゃんという人間から貰ってばっかりだったのは私の方だったのかもしれない。強い決心なんて言ったけど、最初にその意志に触れたのは私の方だった。
「睦ちゃんのおかげで私も成長できたってことだよ」
「……どういたしまして?」
「うん、それで大丈夫だよ」
何処か慣れてない感じで私に言ってくれている睦ちゃん。
ぎこちない感じで私は口元を抑えながらも笑ってしまう。ムジカをまたやりたいと心の中で潜ませていた睦ちゃん。その一心を汲み取ったのは私の方だったけれど、あの頃から睦ちゃんには強い決意があったのは確かだった。本当に自分の中で色々と変わったんだね睦ちゃん……。
『睦ちゃんは……睦ちゃんは本当にないの?』
自分の中で気づいていなかったものを教えてあげられたのは私の方だったのかもしれない。
それでも、その中に眠る睦ちゃんという個の強さを得ることが出来たのは睦ちゃん自身の方だった。結局、それが自分に返ってきて睦ちゃん達に似たようなことを言われたのはまさか過ぎる展開だったけれども、今はそれも立派な思い出になってる。
過去に縋りついていた私と過去という罪を受け入れて前に進もうとしていた睦ちゃん。その睦ちゃんから貰ったものなんて幾らでもある。自分でも気づいていないうちにきっとそれは……。
なら、私ももっと一歩を踏み出さなくちゃいけない……。
睦ちゃんとの練習を終えた後、私はスタジオを出て連絡をする。
スマホから送るその連絡は指が重いとかそういう感情はなかった。寧ろ、約束を果たそうとしてる。それが正しいことなのははっきりと言えていた。きっと、彼女にとっても必要不可欠なことだから……。
『ツアー来て』
一言を送る。
それだけで充分となり連絡を送ると、すぐに返事が送られて来る。既読もつけられたのは割とすぐだったみたいだった。
『最終公演の日、行く』
送られてきた内容はたったそれだけだった。
そこには……。
初華の覚悟が沁みていた気がしていた。
このライブで私は伝えたかった、自分の答えを……。
椅子に座っているとスマホから連絡が来ている、パーカーの陰に隠れながらも、ペットボトルの中身を飲んだ後に私はそれを確認していた。
「ツアー来て、か……」
まあ、こうなることは予想できてた。あの人が私に自分のことを認めて貰うためにあのライブツアーに私を呼ぼうとしているのは知っていたからこそ覚悟ならとっくの前にできていた。
だから、私は一人のアイドルとしてちゃんと見たいと思う。
あの人のことを……。妹じゃなくて……。
家族として……。
「どうしたの?アイフラメ」
マネージャーが私に話しかけて来る。
あいつがスポンサーから降りて、その後色々あって私が勝手に例の記者からの取材を受けたときも嫌な顔をせずに、受け入れてくれた。本当に申し訳ないという気持ちしかない。今度何か奢ってあげた方がいいかも……。流石に……。
「別に何でもない、ただ……」
「諦めが悪い人から連絡が来ただけ」
それだけでしかなかった。
関わられるのを嫌だということを分かっているくせに……。関わろうとして来る、そういうところは本当に面倒くさくて仕方ない。立場が逆転してるみたいだなと思っていたけど、私はそれを……。
嫌だと思ってもなくて、こう送り返していた。
『楽しみにしといてあげる』
そう返して、私はスマホを閉じようとしていたけど。
あーもう一人だけ連絡を返しておきたい人がいるんだった。こっちにはちょっとだけ悪戯みたいなことをしてやろうと子供じみたことを考えながらも私は連絡を送る。
「うっざ……」
視界に入った途端に、ダルいという感情になる。
そうなったのは当然、紛れもなくあいつからの連絡だったから。
『頑張ってくださいね』
それが単なる激励のものじゃないのは知っている。
こいつらしく言うならば、またライブ前に倒れるようなことがないように気をつけてくださいねと言いたいに違いない。そういうところが本気で腹立つぐらいに年相応過ぎてイライラする。私の妹たちだって此処までクソガキみたいなことはしてこない。
そのうち、こんなふうになるかもしれないと考えるとゾッとするけど、まあ此処まで捻くれたガキになることはないと思う。それにしても……。
「家族か……」
この前、倒れたことは私の家族にも知られることになってしまった。それは当然といえば、当然でしかなかった。私たち、ムジカは注目の的だしメンバーの誰かが倒れたりすればそれがニュースになるぐらい当然なことでしかなかった。
宥めるのにかなり苦労したけれど、心配しないでとだけ伝えておいた。おかあちゃんは気にしすぎるところがあるから、そこを説得するのにかなり時間がかかったけど、私が諦めない性格なのを知っているからこう言ってくれていた。
『若麦は昔からそうやって強がるところがあるんだから、もし本当にダメそうになったらおかあちゃんたちに相談するんだよ』
おかあちゃん、ありがとう。
相談に乗ってくれて嬉しかったし、力になったけど私はやっぱり諦めたくない。倒れるまでなんてするつもりはないけれども、無理をしてでも私は対等、それ以上になりたい存在がいる。そいつを乗り越えるために、あの子を克服するために私は立ち向かう。
このライブツアーに……。
最初の長野のライブはかなり肝心になる。関東甲信とはいえ、地方でのライブでムジカがどれだけやれるのかというとことを示さなくちゃいけない。それは常に全力で……。
私は立ち向かう。
「アンタもそうでしょ?」
「サキコ……」
此処にいるはずもないサキコへと声を届ける。ネットニュースで映っているサキコの姿に目を通しながらも……。それは私が唯一ライバルと心の中で認めている存在へのものでもあり、自分自身への強さに繋がるものだった。
前のライブでは自分を保つことができなかった。
けど、今回は違う。私は今までよりも過去の自分を受け入れた上で未来を掴み取ろうとしている。過去の自分を踏み台にしてでも私はやり遂げる。それは、幻聴が聞こえていた頃の私への力強い決意表明でも……。
あることには変わりない。
それを頼りに生きて来たのだから。
ただ強く生き続けること、昨日好きでも今日飽きたという言葉が私にとってどの程度のものなのか。なによりも、断ち切った鉄線の先に踏み入れたことを後悔しない為にも私は立ち向かう。
アモーリスとしても……。
やれることだけじゃない、全力を出さなくちゃいけない。それが……。
祐天寺若麦……!!