【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「そよ……」
睦ちゃんの声がする。
私はそれを幻聴だと思い込ませて、ひたすら無視を続ける。反応する素振りすら見せることはしない。
「待って……」
追いかけてくる。
かつての他人の視線を気にしていないふりをしている睦ちゃんの姿はもうなかった。チラッと見られて『若葉の娘』と言う声がしているのに全く気にしていなかった。それなのに、私は褒めてあげることも出来なかった。
あの頃とは違って、本質的に褒めることが出来るというのに……。
『睦ちゃん、凄いよね。ギターも弾けてその上で服もオシャレさんなんだもん』
『服は……選んで貰ってる』
『そっかぁ……』
CRYCHICの頃、よく祥ちゃんと一緒になって睦ちゃんのことを褒めていた。
祥ちゃんは普通に褒めていることが多かったけど、私は棘が含んだものが多かった気がする。別に今更言い訳をするつもりはないけど、あの頃の私は睦ちゃんのことをよく知らなかったから。
『じゃあセンスがいいんだね』
センスがいいのはお母さんのおかげだねと言われたと判断したのか、どう見ても睦ちゃんの表情は曇っていた。立希ちゃんはそれに気づいて、指で貧乏ゆすりをよくしていた。
そして、その睦ちゃんは今……。
「しつこい、なんのつもり」
そんな
汗を綺麗なハンカチで軽く拭いて、息を若干切らしている。私達がやって来たのは、睦ちゃんがプランターで野菜を育てている場所……。
まさか、此処で立ち止まることになるなんて思わなかったけど……。
「私は……私はそよと話したい」
「話すことなんてない、睦ちゃんはもう一人でも生きていけ「生きていけない、私は一人じゃ何も出来ない」」
目を逸らしたいのに逸らせない状況が続いている。もう……完全な敗北を味わっていた。
今目の前に居る睦ちゃんは、自分の中の弱点をはっきりとさせている。
結人君という存在に溺れているかつての姿はもうない。
一人で生きていけないなんて惨めで醜い話かもしれないけど、知っているからこそ何も言えなくなっている。だって、あの日のライブで睦ちゃんは自分の力を示した。
初めて睦ちゃんの音に注目して聞いたあのライブで……。
「一人にして」
あれは苦しさそのもの、耳の奥を激しく苦しめて来るそういうものだった。
睦ちゃんの中に抱えているもの全部が耳に中に入って来て「全部お前が悪い」と言われている気分だった。
あの会場から何度も逃げ出したくなってしまった。
あれに近いものがあるとすれば、それは燈ちゃんの歌声に近かった。
近かったけど、燈ちゃんと全く違うところがある。
それは明らかに負の感情も混じっているから。燈ちゃんのは上手くちゃんと言葉というものには出来ている。それが返って、私の心を引き裂いたこともあるけど。
睦ちゃんの場合は、感情全部を流して来るからこっちが聞いていておかしくなりそうになる。震えが起きそうになる、息も苦しくなる。Ave Mujicaというバンドだからこそ尚更そういうものを感じさせる。会場にいるときも耐えることが出来なかったのに、自分の中でどうしてもちゃんと感情表現できる睦ちゃんが羨ましいという気持ちが抑えられなかった。
例えそれが、負の感情だとしてもちゃんと自分を出せる睦ちゃんが羨ましかったから。そう思ってしまうのはきっと……。
自分が睦ちゃんに今でも謝罪することが出来ていないから。
『謝りたかった……ずっと……そよに対して……』
あの頃から何も変わっていない。
睦ちゃんの謝罪を素っ気なく返していた。あれは睦ちゃんにとって相当勇気が居ることだったはずなのに、私はそれをほとんど受け入れることはしなかった。
『それならもう睦ちゃん自身で決まってるじゃないの?』
それどころか、ほぼ投げやりのことまで言ってしまった。
結果的に睦ちゃんがどうやって答えを出したのか知る訳がないけど、ライブ会場での様子を見る限り睦ちゃんは自分なりの回答を出すことに成功した。
自分が嫌になってくる。
CRYCHICでのことなんてもう許しているくせに今でも意地を張っている。謝るのが怖いから?違う、そうじゃない。謝るのが嫌だから?違う、そうじゃない。私が今もこうしてくだらない罪悪感に駆られているのは……。
謝るタイミングを見誤ったから。
「そよ……そよ……」
睦ちゃんの声がする、その声は徐々に弱々しいものになる……なんてことはなかった。
一瞬だけ、燈ちゃんと重なって聞こえて自分がどうかしていると言い聞かせることにする。馬鹿みたいでしかない、睦ちゃんは睦ちゃんでしかないのに。
「犬って……不思議な生き物」
「……?」
睦ちゃんがプランターの上に座り込んで、いきなり犬の話をし始めている。
私に無視されてとうとう頭でもおかしくなったの?となっていると、睦ちゃんは話を続ける。
「犬と人間は共存関係、人間は犬っていう癒しがないと生きていけない。犬は人間に大切にされると嬉しい」
「私が犬って言いたいの?」
不機嫌そうな声を出すと、睦ちゃんは「違う」と言う。
「犬なのはモ―ティスの方、後……愛音?」
愛音ちゃんが犬……。
確かにそんな感じはする。猫は完全に楽奈ちゃんだし……。
「私が言いたいのは、人も犬も同じで誰かに支えられて生きてる。一人で生きていくことなんて出来ない。そこに誰かが介入する限りは絶対に。それはそよも祥もそう」
介入……。
そうだね、どれだけ人と関わることを辞めたり猫を被ろうともそれを見破って来る人はいる。それはMyGO!!!!!の皆もそう、今目の前に居る睦ちゃんもそう。結人君も……。
「それって祥ちゃんのこと許してあげて欲しいってこと?」
「違う、きっとそよは祥のことを許すことは出来ないと思う」
「前と言ってることと矛盾してない?」
前に祥ちゃんのこと弁護していたことを知っているからこそ、私は「謝って欲しかったんじゃないの?」と突き返すと、睦ちゃんは枯れている葉っぱを引っ張って片付けている。
「祥のこと許せる?今まで通りになれる?」
「……」
それは核心を突くものでもあった。
今まで通りになんてなれるわけがない。寧ろ、あれだけ縋りたかったCRYCHICという居場所を破壊したのは祥ちゃんでしかない。そんな本質的なことを突かれた言葉が……。
「そっくりになったね、いっつも全力ばっかりで飛ばして来るどっかの誰かさんに……よっぽど好きなんだね」
「ん……好き」
直球に直球を重ねて来る睦ちゃん。
純情な睦ちゃんに、ちょっとだけ意地悪をしたくなる。
「私ね実は結人君と
それは自分はこういうことされたんだよというマウント取り。
どう考えても地雷でしかない話をすると、睦ちゃんの表情は変わることはなかった。変わることはなかったけど、ちょっとだけ前に出て……。
「キスされたことある」
「へぇ、そうなんだ?」
嫌味なんて込めていないのに、言葉にしたものはちょっとだけ彼に対する不満があった。
ただ、思ったことを口にした。結人君とかいう剛速球で手段と行動が早過ぎる男の子に「また変なことしている」というよりも、最早呆れというものしかなかった。
「ムジカの人たちって結人君からなにかされたりしたことないの?」
「妹の問題と家の問題を「待って、どういうこと?」」
家の問題を解決……?
結人君、そんなところまで介入してたの?知らないところでそんな頭の悪そうなことしてたの?立希ちゃんのこと粉々にして、愛音ちゃんの「恋愛観」を滅茶苦茶にしている間にそんなことをしていたの……?
頭の中が困惑しかなくなって、私は自分の額を手で押さえながらも……。
「……もう何も言わなくていいから」
これ以上、結人君の馬鹿みたいな行動力の話を聞かされていたら立ち眩みがする。こういうのは立希ちゃんの役目であって、私じゃない。結人君に「待て」するのは立希ちゃんの役目。そもそも、私は結人君の保護者でもなんでもない。
「それで……睦ちゃん。今日はこのプランターお水はあげたの?」
そこにはもう指弄りしそうになっていた自分はもういない。
少なくとも、睦ちゃんの前ではただの長崎そよとして居られている。睦ちゃんの前でいつもCRYCHICのことばかり気になっていた自分はいない。肩の力を抜くことが出来ている。
「まだ……」
「っそ……じゃあ、私があげてもいい?」
そこはかつての私とも変わらなかったところだった。
話しかけるまでの息苦しさもない、話している最中の苛々もない。純粋に会話をしている。久しぶりだった、睦ちゃんとこういうのは……。そこに結人君とかいう色んな女の子をあれこれしてる男の子のおかげで話題が広がったのは何とも言えないけど……。
「いいの……?」
「うん、馬鹿な男の子の話を聞かせてくれてお礼」
近くの倉庫から、ジョウロを取り出して来ようとする。
結人君の話をしていたけど、そうじゃない。こうやってまた睦ちゃんと変わらずに、話が出来たからそのお礼も込められていた。
「結人が覚悟を決めたって言ってた」
「……どういうこと?また変なことでも考えてるの?」
「変なことしてない、結人は」
「いつもしてる」
ジョウロを取り出して蛇口を捻って、水を入れていると睦ちゃんが「変なこと」という言葉に反応をしていた。
「そういえば、睦ちゃんの中にいるモーティスちゃんって元気なの?」
「ん……元気。昨日ライブがあったから、疲れて今は寝てる」
「結構自由な子だよね、モーティスちゃんって」
「モーティスは元からそう」
睦ちゃんが若干辛辣なことを言ってくる。
睦ちゃんがここまで言うっていうことは睦ちゃんが一番それを知っているからって言うのが強いからだと思う。
『ねぇねぇ、そよちゃん!コントラバス弾いてるよね?』
『吹奏楽のこと?』
『うん!あんな重たい楽器をこう軽々と持ち上げられるなんてそよちゃんは怪力なんだね』
夏休みのある日、私が吹奏楽の練習があって月ノ森に来ているとモ―ティスちゃんが話しかけて来ていた。話しかけて来ていたのが、睦ちゃんだったら逃げようとしたけど彼女なら別にいいかと思っていた。
『重さって言っても楽器自体は大体10~15kgぐらいのものが大半だよ?それに流石にそんな持ち上げるって難しいし、キャスターで運んだり専用のケースを使ってるから運べてるだけだよ?』
『えー!?そうなの?でも、専用のケースがあるってことは結局は自分の手で運んでるんじゃ?』
『あーそれはね、背負うって言うよりは背中に背負えるようにするって感じなんだ』
『そうなんだ、じゃあそよちゃんは怪力なんだね!』
何故かそこに戻って来るモーティスちゃん。
私と話せていることが楽しいのか、無邪気な笑顔でくしゃっと顔をしてくれている。私はモーティスちゃんと話している時間は悪くはないと思っていた。子供っぽ過ぎて疲れるけど、こういう子のあやし方は慣れている方だった。
モーティスちゃんのことを思い出した後に、睦ちゃんと自然に視線が合う……。
「モーティスちゃんと睦ちゃんって割と似てるよね」
私は睦ちゃんにぽつりと呟いた。
どういうところとは言わないけど、睦ちゃんとモーティスちゃんには明確にそっくりなところがあったから。
「私の一部そのものだから」
「それもそうだね」
言いたかったのはそういうことじゃない。
私が言いたかったのは……もっと別のこと。睦ちゃんとモーティスちゃんは互いに明確なものがある。私もそこに今踏み出そうとしているけど、中々踏み出すことは出来ないでいる。立ち往生してるってのが相応しいのかもしれない。
「強くなったね、睦ちゃん」
「そよのおかげも……ある」
手に持っているジョウロが震えている。
中に入っている水が揺れ動いていた……。それはまるで私の心を表すみたいに……。
「ありがとう」
今にも瞼から溢れそうになっているものがある。結局、私は謝ることは……出来なかった。
出来なかったけど、きっと睦ちゃんが求めているのは謝罪なんかじゃない。こんなのは私の勝手な妄想でしかない。自分が謝りたくないからそうやって思い込んでいるだけに過ぎない。それでも、私は今もこうして睦ちゃんと隣で語り合えている、話せている。
それだけで……。
満たされている心があった。ようやくという実感があった。
最初から私は睦ちゃんに意地を張っていただけに過ぎなかった。睦ちゃんは何も悪くない事を知っていたくせに……。
『睦ちゃん、本当に思ったことそのまま言うよね。やってほしくないことばっかり。お願いしたことはやってくれないくせに』
逃げるつもり?という心の声がしてくる。
勿論、今までしてきたことは変わらない。
それでも、今もこうして睦ちゃんと話せていることが大事……だから。
この瞼に感じている熱いものを私は確かなものだと信じて……。
睦ちゃんも同じことを思って居て欲しいという傲慢の心を持ちながらも……。
『そよのおかげも……ある』
あれは本心……だった。
そよに悪意をぶつけられたときもあった、心のないことを言われたこともあった。傷ついたこともあったのは事実。
『睦ちゃん、凄い!!』
今となっては月ノ森で唯一の親友であることには変わりない。
祥が月ノ森を転校して、羽丘に行ってから私は一人になりそうだった。なりそうだったけど、そよは私に話しかけてくれた。そのほとんどはCRYCHICのことばかりだけど、そよは私との繋がりを断ち切ってくれなかった。
「そよ……MyGO!!!!!ってライブある?」
「ーん?立希ちゃんは特にまだなにも言ってない。ライブの予定決まったら教える?」
「お願い……」
MyGO!!!!!のライブをまた見に行きたい。
こうして音が分かるようになった今、改めてそよ達の音をこの鼓膜で確かめたいという気持ちがある。
「そういえば、睦ちゃんが出てるドラマって今日の夜からやるんだっけ?」
「ん……まなと出た」
「そういえば、確かにSumimiのまなさん居たね。凄いね、睦ちゃんは有名人さんと共演出来て。最近はモルフォニカの先輩達も仲良くしているみたいだし」
「モルフォニカの先輩達は色々……あったから」
ちゃんと把握してくれている。
モルフォニカの先輩達と仲良くしているところはこの夏休み期間中で目撃されていたから、ちょっとだけ噂されていた。透子先輩には「気にすんなよー」と言われていたのを覚えている。
「お水の方これでいい?」
「ん……大丈夫」
プランターの方を見る。
僅かに多めに入っていたけど私はそよのやり方を肯定しながらも、私はそよとの会話を続ける。そこにいるのはもうCRYCHICのメンバーじゃない。今目の前にいるのは……。
長崎そよというクラスメイトでもあり、親友でもある……。
見たかった景色は手に入った……。
『睦ちゃん、今日は何を植えているの?』
夢に見ていた景色はもう手に入った……から。
「今日のドラマ、見ておくね」
「ん……ありがとう」
こうやって会話するだけで私は自分がようやくこの関係になれたと……。
ホッと出来ている……。
誰も居ない自宅に戻って来た、お母さんは相変わらず居ない。
家から見える景色を見ると、外は夜になっている。こんなことは当たり前のことでしかなかった。今日は珍しくずっと睦ちゃんと居たんだから。話していた内容なんてありきたりなことばかりだけど、きっと今日のことは私の頭から離れることはないと思う。
「馬鹿みたいに浮かれて家に帰って来たのなんていつぶりだったかな……」
今日の放課後は色々と大変だった。
放課後、睦ちゃんと話していたら桐ヶ谷先輩の視線が気になって仕方なかった。
途中で二葉先輩、広町先輩に掴まれて連行されたみたいだったけど、ずっと後をつけられていたから「なんで?」と戸惑っていた。
『ちょっ!?おい、ふーすけとななみ!なんで止めるんだよ!?』
『睦さんと長崎さんの邪魔しちゃダメだってば!!』
『そうだよ、とーこちゃん!二人の邪魔しちゃまずいって!』
三者三様の反応をしている。
二人に止められているのにもかかわらず、桐ヶ谷先輩はなんとしても尾行を続けようとしていて、睦ちゃんはなんて返せばいいのか困っている様子だった。
『あーもう!!ムツ!!あーえっと』
『仲直り出来てよかったな!!』
聞いていたのか、それともなんとなく感じ取ったのか、桐ヶ谷先輩はそれだけを言い残してそのまま二人の先輩達に囲まれてその場を離れて行く……。
『騒がしい先輩達だね』
『ん……でも私にとって大事なことを教えてくれた』
大事なことを教えてくれた。
そっか、睦ちゃんにとっての教えてもらうということってきっとそれは自分にとって力になって得ることが出来るもの。蓄えて力にすることが出来るから、睦ちゃんは此処まで来れた。きっとそうなんだろうなと思って……私は睦ちゃんの隣を歩きながらも話をしていた。
静かさに包まれつつも……私達は自分たちの新しい関係を作り上げることが出来たんだ……。
「そういえば」
そして、今はこうして家に居る。
「もうすぐだっけ……」
睦ちゃんが主演を務めるドラマ……。
睦ちゃんが言っていたように純田まなさんも出ているドラマ。後はそれなりに売れている女優さんとかが出ているとか聞いていた気がする。
「どうせなら……」
テーブルの上に置かれているスマホを手に取って、私は浮気男に連絡をする。
『睦ちゃんのドラマ今日』
と簡単な連絡を送ると、結人君からは……。
『知ってる』
と返って来る。
流石、結人君。女の子のこういう事情はちゃんと把握している。
『明日、楽しみにしておいてね』
とちょっかいをかけると既読だけつけて、何も返って来なくなる。
嫌な予感がして何も連絡できなくなった、この表現が正しいかもしれない。良い気分になった私は冷蔵庫からアイスを取り出して、睦ちゃんが主演のドラマが始まるまで待機する。
『ねぇねぇ!希ちゃん!!』
私は「誰?」という声が出そうになる。
目の前に映し出されているのは睦ちゃんのはずなのに、モーティスちゃんのようにも見える。そもそも、このドラマが撮影されていたときにはモーティスちゃんって居……あーダメ。二人の子とも考えると余計分からないことが多すぎて頭が混乱する。
アイスを食べているのもあってか、頭痛がする。
目の前に映し出されているまなと睦ちゃんっぽい子に意識を向けながらもドラマを見続ける。
『この花って希望の意味が込められているんだって!希ちゃんっぽいね!』
月ノ森に置いてあるプランターでちょっと前まで睦ちゃんがよくお花の話をしていたのはそういうことだったんだってなっていた。結人君のことが好きだからそういう知識でも付けていたのかと思ったけど、お仕事のために覚えていたんだって……。
ちょっとだけ睦ちゃんの仕事人っぷりに唸らせられる……。
『望ちゃんも希望って文字から来てるね……。こんな運命的なこともあるんだね』
運命的……。
もし、私達がこうしてCRYCHICを解散してMyGO!!!!!になることが決まっていたとしたら神様という人はかなり意地悪だ。今更CRYCHICに戻れるなんて考えてもいないけど、それでも心の何処かでは私は
面倒な感情を抱えながらも、前に結人君が眠っていたソファーの方に視線を向けた後にすぐにテレビへと逸らす。
『本当だ!希ちゃんと一緒だね!!』
多分、これはモーティスちゃんの方だと思う。
このドラマがいつ撮ったのかまでは睦ちゃんから聞いてないけど、やっぱりモーティスちゃんの演技力っていうか演技はしてないと思う。「なりきっている」とかじゃなくてちゃんと
「なっている」から見ていて、惹き込まれる。
喋る度に見せる表情一つ一つにハキハキとして生きているから、ちゃんとその子が今どういう感情なのか分かる。今は望というキャラを励ましているシーンだけど、ちゃんと励ましている。肩に手を寄せてしっかりとした笑顔になっている。
目が笑っていないとか、そういうものは全くない。
作り笑いじゃなくて、ちゃんと笑顔になっている。そういえば、睦ちゃんが主演だったひんながみさまはかなり高い評価を受けていたっけ……。そう考えると、あの二人はやっぱり並外れた力の持ち主なのかもしれない。
アイスを食べながらも、普段ドラマをよく見ていることもあって私は冷静に分析している。
でもまあ、話自体はよくある女子高校生の日常的な青春ドラマかな。正直、モーティスちゃん?とまなの演技以外光るものはそんなにない気がする。
『いい感じだね』
と睦ちゃんに送りながらも、私はスマホをテーブルの上に置くと返事が返って来る。
『ありがとう、そよちゃん!!』
その返事は……モーティスちゃんからだった。
やっぱり、モーティスちゃんだったんだ。
「こんな凄い子達が私の……」
「大切な友達だったんだね」
小さく消えていく言葉の中に吹き込んだそれは……。
友達への賞賛の言葉……。
凄いね、睦ちゃんは……。といつもみたいにではなくて、心からの賞賛を送りたくなってスマホをもう一度手に取ろうとしたとき睦ちゃんからの連絡が来る。
『結人と出掛ける約束した』
「ふーん?」
「睦ちゃん、マウントも取れるようになったんだ」
今までそんなことをされたことがなかった私は楽しくなってしまう。
睦ちゃんのに既読だけ付けて、結人君に連絡を送る。その表情はきっとまるで次の餌に喰いついた犬のように、結人君に短いメッセージを送ることにした後に私はドラマの方ではお互いに仲良くなっているまなと睦ちゃんが映る。
『祥のこと許せる?今まで通りになれる?』
ふと睦ちゃんに言われたことを思い出す。
テーブルの上にアイスを置いて手元には溶けつつあるアイス。
「祥ちゃんか……」
意味ありげに祥ちゃんの名前を呼ぶと、水滴が何かを教えてくれたみたいにスマホから通知音が鳴る。
『そよ、少しお時間よろしくて……?』
その相手は……祥ちゃんからだった……。
今まさに名前を呼んでいた相手からの連絡。張り詰めていた空気感が今日と言う日で全部破壊されそうな気がしながらも、私はこう返した。
『電話なら嫌』
と自分の気持ちを送り返すと……。
『分かりましたわ、ではあの喫茶店でお待ちしておりますわ』
連絡を確認して、すぐに私は……ソファーから立ち上がる。
これから先、向かおうとしてる場所は地獄になると思う。それでも、私は……私は……。
『貴方、ご自分のことばかりですのね』
自分勝手だと言われようとも……。
『本当に自分勝手だね祥ちゃんは……』
自分勝手だと言いたくなろうとも……。
テーブルの上に残された完全に溶けたアイスは……。
まるで私の心情を表しているみたいだった……。
完全に溶けていた……。
そして、その溶け切ったアイスみたいな心は……。
「久しぶり、でもないね祥ちゃん」
眩しい照明が自己主張している喫茶店内まで私はやって来てしまった。
これから先は自分でもどうなるか分からない。それでも、此処に来たのは……。
あくまでも可能性を信じているから。
睦ちゃんという『可能性』が見せてくれた景色があるからこそ、私は祥ちゃんとも……。
夢に見ていたまた違う場所に辿り着けるかもしれないって……。
「ええ、そうですわねそよ」
なっていたから……。
それを確実にさせているものがあった。それは……。
祥ちゃんの表情そのものが……。
今までみたいに暗くて、今にも消えそうな蠟燭のようでもなくて……。
「ダージリンでよろしくて?」
「うーん、アールグレイでいいかな?今はそういう気分じゃないんだ」
「分かりましたわ、すみません。アールグレイとブレンドコーヒーをお願いできますの?」
重苦しいものじゃなかった……から。