【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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可能性が見せる未来を幸福だと感じて

「そよ、最近はどうでしたの」

 

「……そうだね、最近はぼちぼちかな。燈ちゃん達も夏休みも終わって学校が忙しくなってきたみたいだし」

 

「そういえば、最近は愛音さんが天文部によく出入りしているところを見ますわね」

 

「へぇ、そうだったんだ……」

 

 祥ちゃんは雑談ばかりしてくる。

 それが嫌ではないけど、何処かぎこちなく会話を続けてきてイラっと来た私は首根っこを掴むかのごとく……。

 

「今日はなんの話をしに来たの祥ちゃん」

 

「特にありませんわ」

 

 少し肩透かしをくらう。

 なにか理由があって呼び出されたってちょっとだけ思っていた私は警戒していた事実もあった。

 

「どういう意味……かな?」

 

 此処に来た時点で祥ちゃんの表情が緩やかなものになっているのは気づいていた。

 特別理由がないというのはなんとなく勘付いていたけど、それでもあんなことをした後に「虫が好過ぎない?」とざわついていた。

 

「私が呼んだのは特に理由はありませんわ……一つあるとすれば」

 

 

 

「それは日常というものに浸りたかった、そうなのかもしれませんわ」

 

 祥ちゃんは届いたコーヒーを一口飲む。

 「美味しい……」と声にしている祥ちゃんを横目に、私の手には力が入ってしまう。

 

「心境の変化?」

 

 と聞くと、祥ちゃんは何かを考え込むみたいにコーヒーに映る自分の姿を見つめ始めている。

 時間が流れて、時を刻まれていくなかで私は店員さんから提供された紅茶を飲みながらもこの無の時間を黙り込むことにしていた。

 

 

 

 

 

 祥ちゃんからの言葉を待つことで……。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 心境の変化……。

 ええ、そうですわねそよ……。前までの私ならば、きっとそよに直接会いに行くという行為は絶対にしませんでしたわ。したとしても、それはきっとそよに絶望的なものを押し付けるためでしかない。

 

 そんな私が今こうして此処に居るのはライブ中、ライブ後に自分の中で変わるべきという心があったからですわ。それは勿論、睦のことも初音のこともそうですわ。

 

 特に睦に関しては、あの土壇場で音を奏でることに成功しましたわ。

 それは決して綺麗じゃないかもしれませんわ、交じり合って濁っているかもしれませんわ。それでも、私はそれを美しいと思った。そして、なによりも私が自分の心を揺さぶられたのは……。

 

 

 

 

「まなさん、この度はありがとうございましたわ」

 

 ライブが終了して、睦の無事を確認した後……。

 まなさんと廊下ですれ違って、私はすぐに声を掛ける。

 

「あーいいよ、全然気にしないでね祥子ちゃん。それよりも……」

 

「これから先もういちゃんのことよろしくね?」

 

 口が開いてしまう。

 私は正直言ってしまえば、Sumimiというグループから初音を取り上げたようなものなのに彼女は私に憎しみをぶつけることはなかった。寧ろ、これからも初音のことをお願いすると頼んでいるこの状況に頭が混乱していましたわ。

 

 怒られてもおかしくないというのに……。

 

「その……」

 

 詰まってしまう。

 後ろめたいことをしているという自覚があるから……ですわね。

 

「まなさんは怒っていないんですの?」

 

 意を決してようやく出たものは、直接的過ぎるものでしたわ。

 それは研ぎ澄まされた凶器にも繋がるというのに私はそれを引っ込めることはしませんでしたわ。此処でこのことを聞かなければ、私は一生彼女に罪悪感を覚えることになるからですわ。

 

「えっと……なんのことかな?今日のライブのこと?」

 

「Sumimiのこと……ですわ」

 

 この時点で私は……まなさんはSumimiから初音を事実上奪ったということを気にしてないという幻覚に縋りたくなってしまっていましたわ。まるで、それはCRYCHICに縋っていた頃のそよのように……。

 

「全然気にしてないよ」

 

 思考する時間もなく、悩む時間すらなくまなさんは即答する。

 私はそれに戸惑ってしまって、楽屋前の廊下の壁にほんのわずかに背中をぶつけてしまう。

 

「今……なんとおっしゃったんですの?」

 

 もう一度、事実を確認するために私は聞いてしまう。

 その行為自体、彼女にとって傷つくことになるなんて気づいているはずなのに……。

 

「全然!気にしてないよ!!ういちゃんがこうしてまた別の場所で自分らしく生きようとしている、それだけでSumimとして嬉しいよ!」

 

 今目の前にいるのは……まるで太陽の化身のような存在でしたわ。

 純粋な笑顔で私に初音が今こうして活躍してくれていることが嬉しい。そう語っているまなさん、私はそれに申し訳ないという気持ちが強くなってしまいましたわ。

 

 

 

 

「これまでの無礼をお詫び申し上げますわ、まなさん」

 

「え?いや、大丈夫だよ?」

 

「いえ、私としては謝らなくてはなりませんわ。Sumimiの初華を貴方から奪ってしまいその仕事にも影響を与えてしまった。そして、今回私たちは不足の事態に対応することもできなかった」

 

「まなさんの力がなければきっと乗り越えることはできませんでしたわ」

 

 幾らお金を積んだとしても、限度がある。

 お客様を待たせるという結果になるということには変わらない。それこそ、祐天寺さんが言っていたように昨日好きでも今日飽きたというものに成り兼ねないなか、まなさんは自分から余興をやってくれましたわ。

 

「本当に感謝と共にお詫びをしたいですわ」

 

 深々と頭を下げつつも、これまでの行いを謝罪する。

 此処にまた一つ、私の中で払わなければならない「罪」が増えたと認識しながらも……。

 

「祥子ちゃん、顔上げて欲しいな」

 

 慈悲そのものでありましたわ。

 まなさんに顔を上げて欲しいと頼まれた私は恐る恐る、覚悟を持ってまなさんの顔を見ればそこには……。

 

「本当の気持ちを言ってくれてありがとう。でもね、私はういちゃんが取られたとか仕事を奪われたとかそんなことは全然思ってないよ。今回の件だって、私はSummiのまなとしてやれることはやって見せた」

 

「あの後、ういちゃんがアイちゃんと……あーえっと祥子ちゃんには華音ちゃんって言った方が伝わるかな?姉妹で一緒に新幹線限定ライブなんて凄い楽しそうなことをしてるって気づいて分かったんだ」

 

 

 

 

「私もやれることだけのことをやってよかったって……」

 

 まなさんは……強いお方ですわ。

 自分の心をちゃんと持っている。自分が何をするべきなのかをはっきりとしている。確信できるものがあるというのは、心を持ち続けることにも結ばれていきますわ……。

 

「一人で立つことの不安なんてなかったんだ。ういちゃんも今あの新幹線で一人で耐え抜いているのかもしれないって思ったら、私は自然と自分も頑張ろうってなれたから。祥子ちゃんにはこれからもよろしくねしかないよ?だからね」

 

 

 

 

「これからは……」

 

 

 

 

「まなでいいよ!!」

 

 私は思ったことがありましたわ。

 彼女という人間には敵わない。彼女という人間は真っ直ぐで実直。どれだけ影が照らされようとも、彼女自身の在り方がそれを晴らそうとしてくれている。ならば、私の悩みなんてものは杞憂でしかなかった。

 

 蟠りが解けた私はあのとき……。

 

 

 

 

「ええ、これからも初音はお願いしますわ!!まな!!」

 

 あのとき、目の前に立っていたのは罪悪感を感じる対象でもなければ負い目を感じる存在でもない。私にとって初音を支えてくれるもう一人の存在……。

 

 

 

 

 それでしかなかったんですわ。

 そして、もう一つ私の中で最も心を改めて形成するものがあったとすれば……。

 

 

 

「星乃さんから……?」

 

 まなさんとの会話を終えた後……。

 私の手元には星乃さんからの電話が来て、電話に出ることにしましたわ。

 

「あー!!祥!!やっと出てくれた!!いやぁ、今日のライブ良かったよ!!娘の晴れ舞台ってこんなにも素晴らしいものだったんだな!!」

 

 星乃さんと思って、電話に出ると電話口に出ていたのはお父様……。

 

「お、お父様……落ち着いてくださいませ」

 

 興奮気味のお父様を咳払いで落ち着かせると、「すまない!」と謝っている声がしてくる。

 私が家に帰ってからでもいいというのに、こうして直接ちゃんと感想を伝えて来るのはお父様らしいですわ。

 

「お父様、傍には星乃さんもいらっしゃいますの?」

 

「そうなんだ、実はライブが終わった後合流してね」

 

「祥子、Ave Mujicaのライブはこれで見るのは三回目になるんだが、今回は前回よりもっとよかった。オブリビオニスが中心となった舞台劇は何処かお前の決心を感じるものもあったと思うんだが、違うか?」

 

「ええ、違いませんわ」

 

 祐天寺さんには「私情」を入れ過ぎだと苦言されましたが、実際あの舞台劇は私の心情を入れたものを直接ねじ込んだと言っても過言ではありませんでしたわ。人形と言えど、心はある。一つのやり方で一つの感情が生まれる。それが正しくない行いであれば、苦悩が積もり始める。

 

 積もり始めた苦悩に気づくことが出来れば、進むことも出来る。

 そういう舞台劇を……。

 

 

 

 

「祥子ちゃん、私もよかったと思う」

 

「……初華?」

 

 俄かには信じがたい声がして私は自分の耳を疑ってしまう。

 会場に来ていたのは後から知っていましたわ。まさかお父様たちと一緒に居るとは知らず、私は手に持っているスマホを今にも落としそうになっていましたわ。

 

「あー良かったってのはその単純過ぎるよね、その……オブリビオニスに注視して言うならあの……凄く魅力的と言うか仮面をつけているのにちゃんと祥子ちゃんらしさがあるというか……あーえっとよかった」

 

 初華の照れている声がどんどん小さくなっていっていましたわ……。

 と私の褒め言葉がしていると、お父様が「生!」と言っている声がしてくる。

 

「というか祥子ちゃんのお父さん臭いんですけど、お酒はそれ以上止めた方が」

 

「まあ、今日はいいんじゃねえのか……」

 

 お父様の調子のいい笑い声が聞こえてきながらも、思わず吹き出してしまう。

 そう、そうなんですのね……。

 

「なっ!?祥子、何故笑うんだい!?」

 

「い、いえ……すみませんわお父様。ですが、お酒は程々にですわ」

 

「わ、分かってるよ……」

 

 お父様は「あはは」と笑いながらも、初音が「はぁ」という声を出しているのが聞こえていた。この三人がどうやって出会ったのかはともかく、きっとお父様が初華に声を掛けた。そんな感じだと思いますわ。そんな様子を想像しながらも、私はまた笑ってしまう。

 

 

 

 

 こういう未来もあったんですのね……。

 本来であれば、決して交わることのない道。星乃さんは燈という人間を突き放してしまった、お父様は私のせいでこうなってしまった。初華もまた私達のせいでこうなってしまった。それぞれが本来であれば、別の道を生き続けることになっていたはずでしたわ。

 

 その道がちゃんと今では道となっている。

 

 

 

 

 こういう未来があるのならば……。

 

 

 

 

 

『またいつか星でも見ながら、話したいって……』

 

 睦が言っていたように、試したくなったんですわ……。

 その未来があるというのならば、私は自らの手で未来を切り開きたい。

 

 

 

 罪人として生きるだけではなく、ちゃんと自分の道で未来を切り開くために……。

 

 

 

 

 この手で……。

 

 

 

 

 

「私は……」

 

 手に持っているコーヒーカップを口の中に入れることで苦みを充満させる。

 その行為だけで自分の身体を現実に引き戻すことなんて容易でしたわ。

 

 

 

 

「自分の手で未来を切り開きたい、そよとの未来を」

 

 

 

 

「友人の()()として」

 

 私もまた何度も彷徨い続けた。

 自分の息を何度だって自分の手で殺したこともあった、もう突発的な行動をするだけではありませんわ。私がするのはそれを突破するための勇気と……。

 

「これが私の答えですわ」

 

「勿論、私の罪を正当化するつもりはありませんわ」

 

「こんなふうにそよと話すという行為自体が本来であれば、到底許されるべき行為ではないというのは分かっておりますわ。それでも、私は……完全に無くしてしまった楽譜を、この詩を別の新たなる」

 

 

 

 

「物語として書き記して行きたいんですわ」

 

 

 

 

 それが私の答え……なんですわ。

 螺旋階段のようになっていたものは崩壊してしまいましたわ。積み重ねていたものはもうそこには存在しない。残されたものは瓦礫と繋ぎ合わせの記憶のみ、それでも新しい未来、暁として……。

 

 

 

 

 残しておきたかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

『物語として書き記して行きたいんですわ』

 

 それは図々しいにも程がある内容でしかなかった……。

 今更自分のしてきたことへの償いをこれからもしていくから、許して欲しいという前と何も変わっていない内容でしかないのに許してしまいそうになっている。

 

 弱くてしょうがない。

 今にも崩れそうな心、欠陥している部分を抱えながらも私は今という日々を生きている。ずっと欲していたものはもう手に入ることがないなんて知っているはずなのに自分を騙して生き続けていた。

 

 必死に藻掻けば手に入ると思って……。

 私は今まで惨めに生きてきた。

 

 

 

 

『お願い、祥ちゃん達が居ないと私……!!』

『私に出来ることがあるならなんでもするから……!』

 

 弱かった私とそれを肯定してくれている人達の狭間で私は揺れ動いている。

 自分がどうしようもないほど弱くて脆い人間だと知りながらも、それを受け入れないのは筋金入りに自分を見せてはいけないというものがあったから。

 

 お母さんが離婚して、家族がバラバラになって……。

 

 

 それからずっとだった……。

 自分があのときCRYCHICを運命と感じていなかったら、どうなっていただろうか。きっと私は自分というものを得ることが出来なかった。私にとってCRYCHICは、どれだけ時が流れても「思い出」なんて安っぽいものにすることなんて出来ない。自分の心に刻み込んでくれたのがあのバンドだったから。

 

 ごめんね、睦ちゃん……。

 やっぱり、祥ちゃんのことを完全に許すことなんてできない。

 

 でもね、一つだけ言えることがあるんだ……。

 

 

 

「そう……」

 

 

 

 

 

「じゃあ、祥ちゃんの我が儘に付き合ってあげる……」

 

「いいんですの?」

 

「無駄な決意表明してきたの祥ちゃんの方でしょ?」

 

 祥ちゃんは「私は本気ですのよ」と言っている声が聞こえて私はそれに軽く頷いた。

 あくまでも我が儘に付き合っていると言いながらも、私は許すことはできないけど祥ちゃんが言う未来というものを掴みたいという気持ちは確かに私の中にもあった。

 

「砂糖入れる?」

 

「ええ、ありがとうございますわ。そよはよく紅茶を飲んでおりますわよね?」

 

「うん、紅茶って結構奥深いんだ、紅茶の原料一つ一つにそれぞれ花の名前とかあるから」

 

 そういうものはあんまり気にしたことはなかったけど、家で一人で居る時間が多かったからこそ私は何かを調べるクセがついていた。特に紅茶に関しては……。

 

「そういうのも調べるとキリがないけど知っているとちょっと豆知識として知っていると面白かったりするんだ」

 

 手元に置いてあるスマホで何かを調べながらも、睦ちゃんに「ありがとう」とだけ送る。すぐに既読はついて、何かよく分からないきゅうりのスタンプを送り付けて来て私は口元を緩ませる。

 

「へぇ……そうなんですのね。そよが飲んでいるアールグレイには何かあるんですの?」

 

 自分が欲しかったものはもう手に入ることはない。

 諦めるしかない、それに踏ん切りがつかなくても……。例え、みんなに謝ることが出来ていないと後悔していても……。睦ちゃんや祥ちゃんもそう……。なによりも、燈ちゃん達にしてもそう……。

 

 どれだけMyGO!!!!!としてライブをしていても、自分があの場に立っていいいものかってなってしまう。

 

「そうだね、アールグレイにはヤグルマギクっていう花が使われているんだけどね……この花の花言葉には……」

 

 だとしても私は……。

 今が……。

 

 

 

 

 

 

()()って言う意味があるんだ」

 

 

 

 

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