【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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馬鹿げた理想を突き刺すために

 昨日、お姉ちゃん別れた場所と同じ場所にやって来る。

 昨日と同じで通勤中のサラリーマンだったり、OLだったり歩いている人はそういう人ばかり。土曜日とはいえ、こういう光景が広がっている。なんとも珍妙な光景だけど、土曜日働いてるなんて……。

 

 当たり前かとなりつつも、私は彼を見つけると……。

 

「久しぶり、東京人には大阪の空気どう?」

 

「悪くはねえよ、嫌いじゃない」

 

 前に一度大阪に来ていたからこうやって聞いてみる。

 勿論、聞く必要なんてない。

 

「ふーん、澱んでるって?」

 

 大阪に住んでいる身としては……。

 東京に住んでいる人間から見て嗅いで大阪という町が、どれだけ汚れているのか気になって聞いてみた。色と欲望みたいな街だしね、此処……。

 

「言ってねえよ、というか多分それお前の本心だろ」

 

「どうだろうね」

 

 実際、大阪の空気なんて濁っているようなもんだけど。

 道頓堀もあの汚さだし……。あんなのに飛び込む気がしれない。

 

「今日は案内してくれるんだろ、大阪?」

 

「そういう約束……だったからね」

 

 スカイツリー内で約束していたこと……。

 こうやって、ちゃんと私が言っていたことを覚えてくれているのは案外嬉しかったりする。

 

「それで、最初は何処から行く?」

 

現在(エレベーター)と過去が合体している城?それとも、人溜まりが多い街?」

 

 皮肉を込めた言い方をしているのに気づいたのか。

 結人は「あのな……」と言いながらも、目を細めている。

 

「城でいい」

 

「ふーん?じゃあ、行こうか?」

 

 結人の方を振り向きながらも、私は声を出す。

 旅の方針も決まったことだし、早速旅の始まりを知らせるかの如く私達は歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 初華と会うのは、久々だった……。

 連絡は度々送って来ていたが、基本的に初華らしい文面が多かった。

 

『課題どうなんですか?』

『課題終わりましたか?』

 

 とかそういう話題ばかり送って来ていた。

 まるで、俺が夏休みの終わり際に課題を終わらせる奴だと認識しているのか俺は基本的に無視していたが、最後だけ『とっくに終わってる』と送り返すと……。

 

『流石』

 

 と返ってきていた。

 中学生らしいと言えば中学生らしいんだが、あまりにも子供っぽ過ぎる。モーティスとは別方向で……。

 

 

 

 

「で、やって来たけどどう?大阪城」

 

「結構凄いな」

 

 高く積み上げられた巨石の石垣がまず目に飛び込む。

 その上には、堂々と構える天守が姿を現わしている。黒と白の対比がくっきりと浮かび上がって居て、城の外からでもまるで天下人が時を越えて人々を見下ろしているような素振りすらも感じさせてしまう。

 

「天下人の城だからね」

 

「二度再築されたとはいえ、凄いな」

 

「二度?一度じゃないの?」

 

「いや、二度だ。一度目は徳川二代目将軍が再築したんだが、落雷で数10年で天守閣が燃えちまったらしいからな。そんで、残されたのは橋や門、他の建物だったって訳だ。まあ、それも明治に焼け落ちることになるんだが」

 

 二代目将軍・秀忠が再築した結果。

 数十年で焼け落ちるっていうのは、なんとも悲惨な出来事だ。しかも、完成したのは10年かけてだから尚更悲惨でしかねえな……。

 

「今では城もバリアフリーだらけって訳ね」

 

「俺はあんま気にしないけど、言い方考えろよな……」

 

「はいはい」

 

 軽口を叩きながらも、「失礼しました」と言いたそうにしている初華。

 口元は笑ってるが……。

 

 とはいえ、実際過去の遺産に現代的なものを付け足すというのは如何ものか?と言われたら俺は何とも言えなくなる。駄目とは言わないし、便利になることはいいことだと思うし現代と過去の融合って感じで俺は嫌いじゃないが、なんか嫌という意見も頷くことは出来る。

 

「行かないの?」

 

「行くから待て」

 

 頭の中で考えていると、初華が背中を叩いて来る。

 先に歩き出す初華のことを俺は追いかけることにする。軽やかに歩いている足に目を向けながらも……。

 

 

 

 

「にしてもさ、何で当時は茶道なんて流行っていたわけ?」

 

「一番の要因は精神的な安らぎの確保もあったが、政治的な交渉の場でもあったんだよ。茶器は金銀や領地に匹敵する価値ある財産とされていて、所持していることは権威の象徴でもあったから」

 

「要は自分が偉いって証明するためってこと?」

 

 初華は「へぇ……」と納得を示しながらも、目の前にある黄金の茶室の模型を見つめる。

 

「ああ、そんな感じだ。信長や秀吉が茶会を主催していたのは、自分が中心人物であるという示すためっても言われている。そんななかで、千利休たちが広めたのは侘び茶と呼ばれていて質素で簡素な中に見出された美を価値観とさせようとしていたんだ」

 

 実際、利休達の活躍もあってか、本質を大切にするという新しい美意識は広がることになった。最も、利休の最期は切腹という儚き終わりを迎えることになるんだが……。

 

「解釈は人それぞれってことか……」

 

「ああ、お前と初音がそうだったようにな」

 

「なんでそこでお姉ちゃ……初音の名前が出るのさ?」

 

 何故、このタイミングで初音の名前が出るのか理解できないという顔をしている初華。

 眉間に眉を寄せていつもより、呆れている。

 

「昨日電話したとき、やけに声色が良かったからな」

 

「それで初音と会ってたとは限らないでしょ」

 

「いや、さっき初音のことちゃんと呼んでいただけでなんとなくどういうことが起きたのかは把握できたからな」

 

 初華は「だるっ」と言いたそうにしながらも、視線を上に向ける。

 「お姉ちゃん」という呼び方的にも、初音とちゃんと仲良くやれているという証明なはずだ。本人にこういうことを話すと、凄い嫌な顔をしてくるから言わなかったが……。言おうとしていることは気づいてるだろうな、この感じ的に……。

 

「自分の描いて地図通りになってよかったね」

 

「ったく……」

 

 可愛げのねえ奴だな……。

 とはいえ……。

 

「表情は分かりやすいんだよな……」

 

 ちゃんと「ありがとう」って言ってるし……。

 

「なんか言った結人?」

 

「なんも言ってねえよ」

 

 口に出してこなかったこそなのか……。

 俺は、特に感謝を示されなかったことに謙遜をすることはせず初華の後ろを歩いて行くことにしていた。何処か肩の荷が軽くなっているように見えるその後ろ姿を……。

 

 

 

 

「道頓堀、前に来たことあるんだっけ?」

 

 大阪城での観光を終えた後に俺と初華は道頓堀に来ていた。

 初華が川を見た後に「汚いでしょ?」と言って来たから、俺は「東京湾もこんなもんだ」と返していたのを印象的だった。

 

「ああ、少しだけな」

 

 前に大阪に来たときは……。

 大阪に着いて割とすぐに初華と遭遇したこともあって、観光どころじゃなくなったのからな……。そういう意味でも、今回こうやって道頓堀に来れたのは割と楽しみではあった。

 

「たこ焼きでも食べる?やっぱ関西のは食べておきたいでしょ?」

 

「あー結構違うらしいからな、関東のとは」

 

「食べたことあるの?」

 

「一度だけな、初めて食べたときは関東のたこ焼きと全然違って生地がふわふわだったな」

 

「そりゃあ、大阪のが本場だからねぇ……」

 

 得意げにそんなことを言い出す初華。

 関西人がたこ焼きに情熱があるというのはどうやら正しい情報のようなだなと頷いていると……。たこ焼き屋の前で二人で並んでいたが、俺にはどうにも気になることがあった。

 

 

 

 

「目の前の奴……?いや、まさかな……?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんか見覚えのある髪色のしてる奴が目の前にいるって思ってな……」

 

「へぇ、この目立ちそうな髪色の人が?」

 

 髪色も髪の長さも一致している。

 普通にあいつの気がしてならなかった俺はこのまま向こうが後ろを振り返ることなく、何処かへ行って欲しいと手を合わせて願おうとしていたが……。

 

 

 

 

「あれ!?ゆいくん!!?」

 

 向こうが後ろを振り向いてしまう。

 一回振り向くだけでいいのに、三度も振り向いて俺の方を見てから「あっ!」という声を出していた。

 

 

 

 

「……なんで愛音が大阪にいるんだ?」

 

「えー?私が居ちゃダメなの?」

 

 知らないふりで逃れようともしたが、向こうが思いっきり手を振って来ている。

 無為に出来るわけもなく手を振り返していた。

 

「いや、ダメじゃねえんだけど……」

 

「そういう、ゆいくんこそもなんで大阪にいるの?」

 

 顔を覗き込むようにして、傾ける愛音。

 

「観光」

 

「私もそうだよ?」

 

「ユニバか?」

 

「流石ゆいくん!!話が分かるー!!二日掛けて大阪満喫する予定でさー!」

 

 いつもみたいに自慢げな表情になる愛音。

 愛音が大阪に来るとしたらUSJぐらいしかないだろうな……。とはいえ、此処は大阪だし愛音みたいな奴の方が慣れ親しむののは確かなはずだ。

 

「で、さっきから気になってたんだけどさ!!」

 

 突拍子もなく話を切り替えて来る愛音。

 

「ゆいくんの隣にいる子は誰?」

 

「あーこいつは初華って言ってな、初音の妹だ」

 

「へぇ、初音の妹……」

 

 

 

 

「初音!!?」

 

「相変わらず声がでけえよ」

 

 大きな声を出すと、周りが「どうしたんだろうか?」という顔つきになっている。

 俺が急いで愛音のことを止めると、隣にいる初華が「はぁ……」と声を出しながらも息を吐いてた。

 

「なんで教えたの?」

 

「どうせ嘘ついてもバレるからな」

 

 面倒くさそうにしている初華。

 特に愛音は、そういうのを嗅ぎつけてくることが多い。単純に俺が嘘をつくのが下手くそだというのもあるが……。

 

「あっごめん!!でも……初音の妹かぁ。なんか初音より口悪そうじゃない?」

 

「余計なお世話なんだけど……」

 

「後、背も……」

 

「…………当たり前でしょ」

 

 愛音が絡んでくるせいもあってか、返事が適当になっている。

 身長に関しての話だけは割と気にしているのか、答えるのに時間が掛かって来ていたが……。

 

「結人、たこ焼き二つ追加して貰って」

 

「……分かったよ」

 

 どうやら、顔に出ていたようだ。

 初華は大変ご立腹の様子で並びながらも、愛音と話を続けている。

 

「ねぇねぇ、初華はこっちに住んでるの?お姉ちゃんとは一緒に暮らしてないの?」

「住んでるのは大阪、初音は別に住んでる」

「え~?中学生でお姉ちゃんと離れ離れって寂しくないの?」

「別に寂しくない」

 

 話を続けている時点で相手する気はあるみたいだ。

 

「後、なんでお姉ちゃんなのに初音って呼んでるの?」

「なんだっていいじゃん……」

「そういうのやっぱり気になっちゃうじゃん」

「はぁ……めんどくさこの人」

 

 この話、どう考えても前までの初華だったら地雷そのものでしかねえな……。

 今は和解こそしているのかもしれないけど前までの初華だったら此処で普通に愛音にキレていただろう。ウンザリそうな顔はしているが……。

 

「うーん、溝がある気がして気になるんだよなぁ」

「それは……」

 

 

 

「ない。血の繋がりのある……」

 

 

 

 

「姉だし」

 

 詰まりながらも初華は初音のことを自分の姉であることを認める。

 自分の表情を緩めそうになるが、ぐっと堪えていると愛音は「そっか!」という声をあげている。

 

「そこはお姉ちゃんって呼んで欲しかったけど、ちゃんと姉妹が仲良さそうでよかった!!」

 

「愛音には関係なくない?」

 

「いやいや、あるって!やっぱり知ってる人の兄妹とかが仲悪そうだったら居心地悪いじゃん?」

 

「そう……かもね」

 

 否定することなく、事実だと認める初華……。

 

「そういうこと!あっ、私の番だ!じゃあね!二人共!!」

 

「……じゃあ」

 

 消えそうなぐらい小さな声で初華は返していたが、俺は返すことはなかった。

 何故なら、愛音が言っていた。兄弟とかが仲悪そうにしているのは居心地が悪いという話で一人だけ思い当たる人物がいたからだ。

 

「騒がしい人だったね……どうしたの結人?」

 

「いや、ちょっとだけ考え事だ」

 

 ……立希。

 あいつが姉と仲が悪いと直接聞いた訳じゃないが、俺に本音をぶつけてくれた。俺がどう選ぶかはちゃんと決めろともお前は言ってくれた。俺の答えは変わらない、変わるつもりもない。お前が抱えている。

 

 

 

 

 劣等感もその全部も……。

 

「俺達の番だな、行くか……」

 

 立希とのことを思い出しながらも……。

 

 

 

 

 俺達は店の方へと進んで行く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 仲が悪いと居心地が悪い、か……。

 結人みたいにお節介が好きそうな愛音に自分の思っていることを話すことは不本意でしかなかった。

 

『ちゃんと姉妹が仲良さそうでよかった!!』

 

 自分の気持ちに嘘をつくつもりはなかった。

 私はお姉ちゃんのことを血の繋がりがあるからこそ、断ち切ることは出来なかった。

 

 お姉ちゃんを信じていたからこそ、裏切られたときには傷ついた。

 ムジカが解散したときざまあみろっていう感情はあったし、新幹線でのライブを提案したのだって自分の実力を限定的な場所で試すためでもあるけど、初音の実力を信じているからこそお姉ちゃんとならやり遂げられると信じていた。

 

 怒りや憎しみを乗り越えたことからこそ……。

 完全に見えていなかった透き通ったようになってしまっていた血の繋がりが、腕の血管みたいに鮮明に見えるようになった。

 

 

 

 

 いつでも……。

 そして……。

 

 

 

 

 今、見えている景色も……。

 

 

 

 

「どう?360度、何処からも見れる約300mの夜景は?」

 

 内側から外側の中にあるものに魅入られているのか、結人は今にも窓に張り付きそうになっている。結人はこういうのが好きだろうから、名前を出したのは正解だったのかもしれない。

 

「悪くないもんでしょ、ビルの展望台ってのも」

 

 此処はあべのハルカスの展望台。

 前に案内すると言っていた場所……。愛音と別れて、たこ焼きを食べてあれこれしているうちに時間が経って今は夜となっていた。夜だからこそ、今此処に来るべきだと駆け足で此処に彼を連れて来ていた。彼から見れば、私の方がはしゃでいたのかも……。

 

「……」

 

 何も答えてくれることはなかった。

 吸盤みたいに吸いつきそうになっている結人を面白いなこの絵面と笑いそうになりながらも、私も目を向ける。

 

「流石に東京のには負けるでしょ?」

 

「こういうのは比べるもんじゃねえだろ」

 

「展望台と言っても、見える場所が変われば視覚に入るものも変わって来る。例え、それがビル街といってもこの場所から見える景色は変わってくる。大阪らしい街並みだとか、通天閣だとか見えて来る。それにほら、あそこには淡路島があるだろ?」

 

「あー言われてみれば」

 

 案内を確認してから、興味深いものはあった。

 此処に来たことはなかったから、淡路島とかが見えるなんて知らなかった。プロジェクトマッピングの演出だと思われるもので映像を浮かび上がらせるとかそういう演出もやっているらしい。こうやって情報に触れることなんて、アイドルとしての私のときは当たり前なのに触れていなかった。

 

 何故か、このとき反省という気持ちが芽生える。

 

「明石海峡大橋とか関空とかも見れるってさ」

 

「じゃあ、探してみるか」

 

 結人が心から笑顔になっている。

 まるで、それは青年が童心を取り戻しているかみたいだった。

 

「私が住んでた島も見えるかも……」

 

 昨日までお姉ちゃんや祥子ちゃんと一緒に遊んでいた島……。

 今こうして触れることが出来そうな思い出に浸ることはなく、楽しい思い出として残すことにしていた。今は過去を思い出している時間じゃないから。

 

「見てみるか?」

 

「夜は流石に見れないんじゃないのかな……?」

 

 結人は凝視し始める、自分の目で……。

 そもそも何処に住んでたかってまで結人に教えたことってあったっけ……と疑問を覚えながらも、私は視線を天井に向ける。

 

「まあ、いっか……」

 

 こうやって一緒に何かを探すということも悪くない。

 私は島の名前だけ教えてあげると、結人と一緒に探すことにした。

 

「あれじゃないのか?」

「いや、あれ島じゃないし」

 

 「多分、何か別のなにかでしょ」と話をすると、結人がまた目線を夜景に戻している。

 絶対に探してやるという真剣そのものの表情をしてくれている。そこまでしなくていいのって笑いそうになるのを堪えて、私は手伝ってあげていた。

 

「さっきのは?」

「あれは違う、小豆島って星ヶ城跡って奴あるから目印になると思う。星って、そういや結人好きだったよね。確か」

「星は心を清らかにしてくれるからな」

「へぇ……一理あるかも」

 

 星を眺めるということは、自分の中にある感情を清らかにしてくれる効果があると私も思う。

 今みたいにこうやってあの星は何処にあるとか、あの星はああいう星でってとか頭の中で思ったり、偶々を流れ星を見つけると願い事でも叶えたくなる。浪漫ではあるけど、嫌いじゃなかった。

 

「何かを願うってことは……いいことだよね」

 

 と私は窓に手が触れそうに夜景を見つめていると、結人は立ち止まっていた。

 それはまるで、なにかを決心したみたい目つきだった。その視線はさっきも感じていたもの……。愛音が姉妹という話をしていたときにも……。

 

「どうしたの結人?」

 

 気になって話しかけると、結人は私の方へと振り向いた。

 

「初華、お前に話しておきたいことがある」

 

「話しておきたいこと……?」

 

 願いという言葉に反応したのか……。

 鋭い刀身みたいな目つきで、私のことを見てくる。

 

「俺は全員を幸せにして、全員を幸福にするって決めた」

 

「立派な宗教家だね」

 

 軽い冗談で言ったつもりだが、結人はどうやら本気らしい。

 目つきが全く笑っていない。

 

「真面目な話だ、お前はこの話を聞いてふざけんなって思うだろうが、最後まで聞いて欲しい」

 

 聞くのが急に怖くなった。

 これから話されることは、並ならぬ覚悟で聞いたら死ぬことになるかもしれないと、肌が危機感知していたから。

 

「この信条はきっとこれから互いに傷つくこともあると思う。泣きたくなることも、挫折することも、絶望することも……。そうなったときに、俺は懸け橋になりたい。繋がりがある限り、幸せにしていきたい」

 

「勿論、それは俺一人じゃない。初華も含めて互いに、幸せになっていかないと意味はない。俺一人の力じゃ到底実現できねえと思う。それでも、人と人との繋がりが、結び目があるからこそ信じてみたい」

 

「繋がりが断ち切りそうになったら、例えば……」

 

 

 

「関係が悪くなって、お互いにもう話す事も許されない。そんな関係になったら、どうすんの?」

 

 自分の経験談があるからこその話。

 自分の夢を思い描いて、背中を押してくれた人との関係を一度は断ち切ることになったからこそ、質問をぶん投げた。最も、結人ならどう答えるのかは知ってる。

 

「断ち切らせねえよ、断ち切るならその手を伸ばす」

 

 

 

 

「初華が一番知ってるだろ?」

 

 こういうときに限ってお前じゃなくて、ちゃんと初華と呼んでくる。

 普通の人ならズルいってなるかもしれないけど、逆にこういう人だよね結人って呆れそうになっているのを我慢して私は歩き出して結人をぎろっと睨む。

 

「あいつとほぼ一緒なことしてるって気づいてる?」

 

 今となっては没落したあいつのことを思い出す。

 忌々しい記憶の中にずっと封印し続けることに決めて、乗り越えたあいつのことを……。

 

「豊川定治のことだな」

 

「そうだけど」

 

 淡々とボールを投げ返してくる。聞いているこっちまで調子が狂いそうになる。

 結人は多分これまで救って来て、その度に人の心の色を変えて来たのは確かだと思う。睦さんを見れば、分かるから。なによりも、さっきのアホそうな人もそうだ。

 

「さっきの人、愛音は知ってるの?」

 

「あいつにはまだだ」

 

 結人は驚く様子もなく話をしていた。

 多分、見た感じあの人ともいい感じなんだろうっていうのは勘付いていたけど全く否定することはなかった。

 

「一応確認するけど、そのご立派な思想を誰かに言うのは初めて?」

 

「ちゃんと話すのはお前が初めてだ」

 

 ちゃんと……?

 言い方は引っ掛かっていたけど、確固たるものを最初に私を選んだ理由は気づいていた。私が繋がりというもので、傷ついたことがあるからってのがデカいと思う。復讐したいと願う程に……。

 

「俺がしていることはあの人とやっていることは変わらないってのは確かだ」

 

「普通そこは否定するところでしょ、嘘でも」

 

「否定する必要がないからな……」

 

 逃げないで、ちゃんと向き合おうとしている。

 そこは届いてるが、どうしても脳内に豊川定治が入って来る。許可は取っているけど、基本的には豊川定治とやっていることと全然変わらない。寧ろ、彼の言葉は開き直っているようにすら聞こえる。誰かを選ぶことが出来ないから、全員を幸せにする。そんな仏様みたいな思想を貫くことなんて出来るわけがないし……。

 

「さっき……お前は言っていたよな?逃げているだけだって……」

 

「全員を幸せにする、幸福にするっていうのは所詮お花畑かもしれねえ。きっと時が流れれば、互いに傷つくこともある。それは互いに喧嘩したからとかじゃない、時が進んだりすれば互いに何か悩んだり苦しんだするっていうのは人間としては当たり前のことでしかねえ」

 

「そこから阿鼻叫喚の地獄絵図が作り上げる可能性だって高い、お前が話していたように結び目が解ける可能性すらある。それでも、俺はそれを繋ぎ止めるし放すつもりはねえ」

 

 何度も何度も、繋ぎ目だの繋がりとかの話をうんざりするほどしてくる。

 今この場から逃げようとしたら、多分きっと彼は全力で追い掛けて来る。そういう人間だ、結人は……。箱庭を無理矢理ぶち壊した彼を知ってる……から。

 

『助けてくれって……手を伸ばしてたから』

 

 情景、感情、表情、言葉のどれも覚えている。

 楽しかった日々が絶望となって、まるで物語みたいなことが起きたことも……。豊川家という最大の壁を見事に打ち壊す一手を取ってくれた一人なのが、結人。復讐以外の道なんて戯言でしかないと切り捨ていたはずなのに、見誤ることなく踏み止まることが出来たからこそ今の自分がある。

 

『取りこぼしたくねえからだよ。助けたい、救い出したい。そういう気持ちがあって、そこまで来たのなら俺は最後まで突き進みてえんだ……。俺は目の前で苦しんでいる人間を放置なんて俺には……』

 

 手を伸ばしていなかったら、今でも私の目は血の眼になっていただろう。

 赤く濁った世界になっていた。否定できないもしもの道があるからこそ私は彼の信条に手を差し伸べそうになる。

 

 夢見がちでしかないというのは自分でも知ってるくせに……。

 

 

 

 

「私も私で頭おかしいな……」

 

 思わず、自虐してしまう。

 何処か期待してしまっている自分がいる。私のことを連れ出して解放してくれた彼だからこそ、期待してもいいんじゃないのか?という馬鹿げたことを描いてしまう。言っていることは、最低だけど……。

 

「一つ確認していい?」

 

「なんだ?」

 

「結人が決断を見誤った場合は?」

 

「そんときは遠慮なく……」

 

 

 

 

「俺のことを背中から刺せ」

 

 曇り無き眼で結人は一言を発した。

 周囲に人は居なかったけど、公共の場ということを完全に忘れてる。自分の耳には残り続けている。今言った彼の言葉が……。まるで契約の証みたいに……。

 

「はぁ……アホみたい」

 

 溜め息が出そうな内容だったのに、一つも出なかった。

 もう呆れを通り越して、お手上げ状態に近かった。

 

「なら……」

 

 結人の胸元に、軽く握り拳を当てる……。

 

 

 

 

「裏切ったら刺してやるから」

 

 絵空事に付きあう。

 馬鹿げていることでしかない。それもそうだ、結人の話している内容は基本的に一般論で考えるなら滅茶苦茶でしかない。そんな彼に期待してしまっているのは、自分のことを何度も諦めずに助けてくれた。

 

 諦めの悪さを知っているからこそ、あれこれ言っても無駄でしかない。

 私のことなんて放っておけばいいのに、助けるほどだったんだし……。

 

「約束だから、絶対に忘れないでよ」

 

「ああ……」

 

 

 

 

 

「分かってる」

 

 まるで、それが何かも当たり前みたいになってる彼……。

 それが普通だとでも言いたそうにしている彼。私はそれに、何処かお姉ちゃんと同じ要素を感じながらも、自分を最大の壁から助け出した彼と重ねていたのは……。

 

 

 

 

 

 言うまでもない。

 

 

 

 

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