【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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初めての気持ち

「あれ?まなちゃん、睦ちゃんもしかしてもう行ったの?」

 

 朝のバラエティの番組の撮影が終わって、そのまま私達の楽屋に戻って来ると、まなちゃんがいる。

 

「うん、今日は結人君との約束があるって言ってたよ」

 

「そっか……結人に会いに行ったんだね」

 

 睦ちゃんに用事があった。

 これからも一緒にあの子の分も頑張って行こうと決意を固めたかった。

 

「あっ、でも……睦ちゃんが初ちゃんに伝言があるって言ってたよ?」

 

「伝言……?」

 

「うん……!!」

 

 

 

 

「先生としてギターこれからもよろしく、だって!!」

 

 これからもよろしく……。

 睦ちゃん、レゾナンティアを見つけることが出来た今でも私のことを先生と呼んでくれている。私は「呼ばなくていいよ」と言ったのに、今もこうして呼んでくれている。ムジカを組んだころは祥ちゃんのことばかりで前が見えていなかった。

 

 睦ちゃんとこうやって一緒にギターを練習したり、お互いに大事なことを教え合うことになるなんて……。

 

『背中を押してくれた()()が居てくれたから……!!』

『どうして悲しい顔をしているの?』

 

 

 

 

『今日もレッスンお願い」

『それだと、睦ちゃんが生徒だよ」

 

 分からないものだった……。

 私がこうして睦ちゃんに何かを教えることになる。なによりも、睦ちゃんに背中を押して貰ったから自分がある。初華とも、今目の前にいるまなちゃんと対等に話せていることも……。だからこそ、私は言わなくちゃいけないことがあった。

 

 

「まなちゃん」

 

 まなちゃんが「なにかな?」と言いながらも、手を大きく広げて背伸びしている。

 リラックスしている状態のまなちゃんの隣に座って私は言いたいことがある。

 

 

「いつもありがとう、そして……」

 

 

 

 

「いつもごめんね」

 

 自分のことを何も話せなかった、突き飛ばしたときのこと、Sumimiのことで迷惑をかけてしまった。新幹線でのライブをしていたときのことも含めて、私はどうしてもまなちゃんに謝りたかった。

 

 「今更?」と疑問を持たれたとしても、どうしても謝りたかった。

 今まで迷惑をかけて来てしまったのを此処で吐き出して許してもらうなんて甘い考えはない。ないけど、どうしても謝りたくてまなちゃんに頭を強く下げていた。精一杯の誠意で……。

 

「ういちゃん、顔を上げて」

 

 頭を下げている私の顔を上げて欲しいと言ってくれるまなちゃん。

 私は少しずつ顔を上げていくと、半分になっているドーナッツを差し出してくれている。

 

「東京公演のときのういちゃん、かっこよかった。あんなういちゃんを見れただけでSumimiの相棒として胸を張って誇れるよ!」

 

「これからも、Sumimiは二人で一人。辛いことも、苦しいことも、この半分のドーナッツみたいに乗り越えて行こ?誰かに何を言われても、これからも!!」

 

 あまりにも綺麗な川の流れみたいな心に救われそうになってしまう。

 自分の悪を善に変えちゃいけないという心があるのに、私はまなちゃんが差し出してくれたドーナッツを手に取る。

 

「うん……!私の鼓動ちゃんと見せて来れたよ……!!」

 

 いつもと変わらなかった。

 東京公演のときと変わらなかった。まなちゃんはいつもみたいに無垢な笑顔で私のことを許してくれた。ゆっくりと口の中にドーナッツを入れて、私はそれを味として感じることにしていた。口の中に広がるちょっとパサパサなドーナッツで……。

 

「そういえば、睦ちゃんは何処に行ったの?」

「えっと……熱海って言ってたかな?」

「熱海かー、私達も今度行きたいね!!」

 

「オフの日とか行ってみる?まなちゃん?」

「じゃあ、そうと決まれば今度のオフの日はSumimiで行こうね!!」

 

 お互いに笑い合いって、私達は決めた。

 口の中に含んだドーナッツだけが教えてくれている。これから先も、まなちゃんとならきっとどんな暗雲だって乗り越えられる。私という自分を見せることが出来た今なら……。もうただ誰かの影に怯えていた頃の……。

 

 

 

 

 

 影はないから……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「結人……ごめん」

 

 身体が熱い……。

 まだ9月だから暑いのは当たり前……と自分に言い聞かせようとする。汗の匂いとか気になってしょうがなかった。仕事を終えた後だった……から。まなと碌な会話もすることも出来ずに、此処に来たけど伝えたいことは言えた。

 

 

 

 

『やれるだけやってみせた』

 

 東京公演の日、全部をぶちまけることが出来たって話すことが出来た。

 まなはそれを「おめでとう」と言ってくれたのを覚えている。時間がなかったから、それ以上は話せなかった。それでも、私もモーティスも満足していた。伝えられることは伝えられたから。

 

 そして、今こうして結人のところに急いできた。

 タクシーを使った。足が痛い、途中から走ったから。また、モーティスに運動音痴って言われる……。

 

「俺も今来たところだから大丈夫だぞ」

 

 時間を気にすることなく待っていてくれていたのか、結人はノートに何かを描いている様子だった。気になって軽く覗いてみると、多分今日の日程とかそういうもの……だった。

 

「行くか、睦?」

 

「ん……」

 

 体が更に熱くなっているのを実感して、結人の手を握る。

 何も言わずに、手を握り返してくれる。心の中でモーティスが今日の旅を楽しみだと言っている。

 

「行き先は前に教えてたよな?」

 

「ん……静岡」

 

「睦は行ったことあるのか?」

 

「前に一度だけ撮影で行った、観光はしてない」

 

 静岡に行ったということは覚えている。

 何かの撮影のときにほんの少しの間だけ寄ったというのは覚えているはずなのに、全然内容が思い出せない。

 

「そういえば、睦。最近長野行ったんだよな?」

 

「ん……ライブで行った。観光もした、初音と一緒に」

 

「善光寺とか行ったのか?」

 

「行った、後海鈴と初音に一緒に温泉にも行った」

 

 この二つのことはよく覚えている……。

 まだレゾナンティアのことを見つけられてない頃で焦っている気持ちは多少あった。透子先輩から学んだ教訓を活かして楽しむということを心のままに自分のためにした。

 

「温泉も行ったのか?」

 

 軽く頷いた。

 温泉に行ったのには理由があった。海鈴がどうしてもそこの温泉に寄りたかったらしくて、初音と私も一緒に行くことになった。祥は忙しいから行けなくて、にゃむはそもそも行くのが嫌で来なかった。

 

「そうか、海鈴とも仲良さそうなんだな」

 

「大事なことを教えてくれた」

 

 海鈴が居なかったらきっと……レゾナンティアをこの手で弾き出すことは出来なかった。

 もう彼女は形のない存在になってしまった、音だけが残されている。寂しさを帯びながらも、これからも彼女が残してくれたものを覚え続けたかった。この手の感覚で……。

 

「結人……今日は楽しみにしてた」

 

「ああ、楽しませてやるよ」

 

 結人らしい言い方だった。

 他の人が聞いたら、凄く誤解しそうな言い方だけど楽しみにしていたのは……そう。モーティスと結人が箱根に行っていたのを心の中で見ていた。なによりも、私が神社のときだけ変わったのは幸せを分け与えて欲しいという気持ちがあったから。

 

『結人と祥達と一緒に居られますように……』

 

 願ったことは今では叶えられている。

 今もこうして祥達と一緒に居られることが出来てる。いつか箱根の神社の神様にお礼参りしに行った方がいいのかもしれない。私は心の中で「ありがとう」と唱えて、結人と一緒に居られる今という日々を噛み締めていた。ゆっくりと……結人が買ってくれた駅弁を口にして……。

 

「どうした?睦?」

 

 じっくりとお米を噛み締めた後に景色を確かめていると、結人が話しかけて来る。

 まるで私が今何かを感じているのかに気づいているみたいだった。

 

「結人も楽しみにしてた?」

 

「当たり前だろ」

 

 即答してくれていること……。

 それが、なによりも自分の心を満たしてくれているものでしかなかった。もう孤独はない、孤独の中にあった夜は消えて行った。今の自分に残されているのは希望の星と言えるもの……。

 

 

 

 

 辿り着くと……周りをきょろきょろしてしまう。

 こういう場所に来るのは初めてじゃない。モーティスの中で見ていたこともあったし、善光寺だって人は多かった。観光地だから人が多いのは当たり前と認識していると結人が駅を出てから立ち止まる。

 

「熱海……」

 

 立ち止まって駅名を確認していると、結人はスマホで地図を確認しているようだった。

 

「結人は来たことあるの?」

 

「ガキの頃だけどな、親父が伊豆大島に用事があって付き添いで来たことはあった」

 

「ミモザ元気?」

 

「元気してるぞ」

 

 モーティスとミモザが仲良いのは知ってる。

 犬と仲良いのは羨ましいという気持ちもある。犬は純粋に人の心を理解できるという話も聞いたことがあるから。私みたいなあまり不慣れな手つきで撫でようとしたら、警戒されるかもしれない……けど。

 

「この前なんか大阪から帰って来たらすげえ顔舐められたしな」

 

「大阪……初華に会って来たの?」

 

「そんなところだ、あいつには色々と話しておきたいこともあったからな」

 

 初華……。

 初音の最近の顔を見る限り、初華との繋がりが戻すことが出来た。私には出来なかったことだけど、初音達には出来た。繋がりを戻すということを……。

 

「そよと……話せるようになった」

 

 昔の関係に戻ることは出来なかった。

 新しい道となってそよとの関係を作り直すことが出来たと結人に報告をする。

 

「あいつも言ってた」

 

 小さな声で「そよが……?」と漏れ出してしまう。

 自分が思っていたことをそよも同じことを思っていてくれていた……。

 

『強くなったね、睦ちゃん』

『そよのおかげも……ある』

 

 手に持っていたジョウロが震えていたのを知っていた。

 中に入っていた水が揺れ動いていたのも……。そよの心を表すみたいにどういう心境だったのかを知っているからこそ、疑問は徐々に霞んで行く……。寧ろ、知れてよかった……。

 

「にゃむともよくやれてるか?」

 

「ん……今は大丈夫」

 

 こうしてお互いのことを話しているだけで成長できているということを知ることができる。

 自分が成長出来ていない、一人じゃ何も出来ていないなんてことはなかった……。進めている、前に進めているんだって実感出来る。

 

「結人、行き先決まった?」

 

「ああ、決まった」

 

 

 

 

「そんじゃあ、今度こそ行くか」

 

 結人と共に歩き出す。

 東京にいた頃みたいに、体の熱さはない。焦りもない。今度こそ、結人の隣に胸を張って歩けている。呼吸も荒くなくて、ただ結人の手をゆっくりと繋ぐことが出来ている。それだけで自分が今こうして生きているんだってなれる……。

 

 

 

 

 

 

「プリン……」

 

 結人と一緒に来た場所はプリンが売られている場所。

 瓶詰めされていて、中には当然プリンが入っている。そんな当たり前のことを目で確かめていると、結人が一口食べている。口の中に入れたプリンを味わいながらも、美味しそうに食べている結人を見て私も一口食べることにする。

 

「美味しい……」

 

 口に広がるのは勿論、プリンの味。

 当たり前でしかない、当たり前でしかないのに私の中で広がる。食べながらも、気になっていたのは瓶のデザイン。

 

「カバ……?」

 

 温泉に浸かっていると思うカバが頭にはタオルを置いている。

 奇妙なデザインに首を傾げてしまう。

 

「熱海温泉の泉質は塩分が多くてな、しょっぱいんだ」

 

「塩入ってる……?」

 

「あーまあそれでいいと思うぞ」

 

 塩が入っている温泉、しょっぱそうな味がしそう……。

 温泉を舐めるなんてしたことがない……けど。

 

『美味しそうだね!』

 

「舐めたら駄目だと思う」

 

『え?そうなの?』

 

「飲料目的じゃないのも……あるから」

 

 突然、心の中で話しかけて来たモーティスに声をかける。

 何かでそんな話を聞いたことがあって応えると、「へぇ」とモーティスが言っている。

 

『でも飲めたら美味しそうだよね!』

 

「…………ん」

 

 それ以上、何も答えない。

 相変わらずのモーティスに表情が緩みそうになって、プリンを食べ終える。結人が片付けてくれている間にお店の前で待つことにする。

 

「……」

 

 待つことにしている間、商店街の方を見る。

 街行く人達の中には大荷物を抱えている人達もいる。お店の中に入って行く人達もいる。横断歩道を渡っている人もいる。そんななかで、結人のことを待っていると声がしてくる。

 

 

 

 

「睦さん……?」

 

 声を掛けられて振り向くと、知らない女性の人だった……。帽子を被っていなかったから、私だと気づいたのかもしれない……。多分、高校生ぐらいかもしれないと認識していると……。

 

「睦さんですよね!?」

 

 いきなり手を握られてしまって、どうすればいいのか分からなくなってしまう。

 多分、私のファンの人……なのかもしれない。

 

「あっ、ご、ごめんなさい……その睦さんのファンなんです」

 

 ファンだと思われる人はあわあわした顔になる。

 額にはちょっとだけ汗が流れていて自分にとって新鮮なものだった。そういう表情をされたことを全くなかったから。物珍しい顔で見てしまっていた……。

 

「…………大丈夫」

 

 こうやってファンの人に声を掛けられるなんて滅多になかった。

 あったとしても、いつも若葉の娘としか扱われることが多かった。

 

「本当にごめんなさい、オフの日に」

 

「大丈夫……」

 

 純粋な目で見られるのは初めてだった。

 こうして手を握られているだけで肌を通して、伝わって来る。応援してくれているということが……。私の中にいるモーティスが警戒している。多分、距離感が近すぎてモーティスは怪しんでる……。

 

「ファン……?」

 

「は、はい……!睦さんの大ファンなんです!」

 

「その……ひんながみさまで睦ちゃんを見たときに凄くいいってなれたんです!目を瞑りたくなるのに、何故か惹き込まれて憑りつかれた状態をこの目で焼き付けたいってなるんです!!」

 

 

『え?あの睦ちゃんが好きなの?』

 

 モーティスの直球な意見が聞こえて来る。

 あの映画は私のせいで発売禁止になったところもある。それにサウナのとき、ひんながみさまのタイトルを出したとき祥もちょっと顔色が悪くなっていた。あの映画に関しては、結人も怖いと言っていたから自分の中でいい印象がなかった。

 

 撮ったときは大して想いは込めていなかった。

 遠慮なく自分の力を見せたとはいえ、自分が出た作品が自分のせいで発売禁止になってそのまま世にもっと知られることがなくなったという事実は後味の悪いものになっている自分の中では……。

 

「……あの、やっぱり急に話しかけちゃまずかっ「ありがとう」」

 

 

 

「ありがとう、ひんながみさまのことを褒めてくれて」

 

 どれだけ後味の悪いだとしても、どれだけ想いを込めていないものだとしても……。

 こうして誰かが褒めてくれる。自分が若葉の娘だから、たあくんの娘だからとか関係なく褒めてくれることは悪い気はしなかった。なによりも、あの映画はもうきっと見ることは出来ないだろうから。尚更、嬉しかった。あの作品のファンがいてくれた。

 

「サイン書く?」

 

「えっ?いいんですか!?」

 

「ん……」

 

 彼女が取り出したのは……ひんながみさまの小さめなポスターだった。どうして、今持ってるんだろうか?という気持ちはあったけど、私は特に聞くことはせずにサインを書くことにした。

 

「どうかしましたか?」

 

「なんでもない」

 

 こういうサインというものに全く慣れてなくてどう書けばいいのか迷ってしまう。

 初音だったらきっとこういうのにも慣れているのかと悩みつつも、私は書き上げたものを彼女に渡す。

 

「あっ、ありがとうございます!!大事にしますね!!」

 

「ん……それじゃあ」

 

「はい!!これからも頑張ってください!!」

 

 素っ気ない、そう思われていない不安だった。

 向こうは私に笑顔で接してくれて見ていて笑顔になりそうな気持ちにあった……。

 

『睦ちゃん、良かったね。ところで……私の分は!!?』

 

 必死に抗議しているモーティスの声がする。

 心の中で「あっ」という声が漏れださないようにする。

 

『モーティスの分?」

 

『うん!!?私のサインはなんで書かせてくれなかったの!?』

 

「あの子は私のファン」

 

 モーティスには言わなかったことがある。

 忘れていたってことを……。自分のサインを書くという初めての行為をすることが僅かに楽しみだったという気持ちがある。手に残っているペンの感覚のみで私は……。

 

 

 ペンを再度動かせるイメージをする。

 その動きは軽やかでさっきよりも出来がいいものだったのかもしれない。もし、次に会うことがあれば描いてあげたい。そういう気持ちで結人も終わって、私も歩き出そうとしたときに……。

 

 

 

 

 

『ええ!?そりゃあないよ睦ちゃん!!?さっきの子、呼び戻そうよ!!』

 

 心の中で私のことを強引にさっきの子を連れ戻してきて、腕を思いっきり引っ張られている。

 ……痛い。

 

「あの子は私が好き」

 

『睦ちゃんのことが好きなら私のことも好きだって!早く追いかけよ!!』

 

「初めてだったから嫌」

 

『睦ちゃん!!意地悪しないでよ!!!』

 

 心の中で凄く駄々っ子になっているモーティスの声が聞こえていて、笑みを浮かべてしまう。

 モーティスを弄るのが日課になっている自分がいる。

 

「なにかいいことあったか睦?」

 

「ん、凄くいいことが……」

 

 

 

「あった」

 

 こうやって、誰かに認めて貰うということが自分の身近だけじゃなくて自分のことを知ってくれている人たちも触れ合って交流する。今までなかった体験でしかなかったけど、自分の中で知らない世界が経験できたとなれていた。

 

 この先もこの旅にはこういうものがあるのかもしれないと期待に胸を膨らませる。

 自分の鼻の中に残る商店街特有の匂い、色んな匂い。魚だったり、こういうデザートのお店。地元の人たちが行くような居酒屋の匂いを確かめて、結人と共に歩き出す。

 

 

 

 

  この先の旅路に、心を躍らせて……。

  自分の身体が風で揺れ動きながらも……。

 

 

 

 

 

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