【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
此処に来るのは三度目ぐらいだろうか。
俺自体、まず此処に来たのが母親に連れてきて貰ったのが初めてだった。初めての水族館ということで印象深い訳でもないが、母親に言われたことを今でも覚えている。
『結人、貴方はこの水槽の中に生きる魚たちのように綺麗で軽やかに生きるのですよ』
当時の俺は突拍子もなく言われて、「別にこいつらって自由じゃなくないか?」と違和感を覚えていた。俺の母さんは小難しい話ばかりする人ではあったが、俺には優しい人だった。父さんには厳しい人で父さんも尻に引かれていたみたいだが……。
『貴方にはその資格があるのです』
母さんの言っている……こと。
当時は水族館に来て空気の読めないことをしか考えられなかった。こんな小さな藍色の世界に閉じ込められて、一生を過ごす。こういう場所にいるからこそ、多くの友人や仲間に出会えるかもしれねえが、自由ははっきり言ってない。
いや、此処まで細かいことは流石に当時の俺でも考えてはいなかったはずだな。もっと、単純なことにちげえねえ……。自分のことを自分で苦笑いしそうになりながらも、俺は目の前に広がる世界を見つめる。
「マイワシが群れを作るのは……捕食者から身を守るためって言われてるんだ。群れれば、大きな魚のように錯覚できて、どんな魚にも狙いを定めにくさせる。他にも理由はあるが、これが一番だろうな……」
一旦自分の頭を整理するためなのか、俺は燈に解説しているフリをしつつも大きな青色の世界を見つめる。そこは水槽という小さな器とは思えないほど、大きな空間。ただ残念な点があるとすれば、黄色のテープで水槽が台無しになっているところ……。これは、色々な観点から仕方のないことなんだが……。
「繋がり……」
水族館のフロアの中で消えそうな声で発言してくれる燈。
「……ああ、そうだな。俺がよく言う繋がりって奴とも、ある意味では一緒かもな」
「こういう群れってのは統率が出来てないと意味をなさない。全体を調和してこそ、こうやって幻想的な景色にも見えるってこともある」
マイワシの群れを視界に入れる。
他の魚というか、大きな見どころとしてあるマグロを無視してそこに目を奪われていたのは群れというのが一番の要因。大群となった群れは、烏合になることもなく一つの塊となって幻想的な銀色の景色を作り上げている。写真の一枚にでも収めたくなるようなものなのは、確かだ。
俺は手にスマホを持って、その大群を写真の一枚に収める。
上手くカーブするところを通ろうとも考えたが、どうせ写真がブレるだろうと妥協して普通に泳いでるところを撮る。こうやって、一枚の写真として残すことでそれは物語として記憶となって残り続ける。今日はこういうことがあったと……。
「燈、繋がりの話してくれたよな?考えてたことがあるんだ」
「考えてた……こと?」
「ああ、こうやってマイワシの群れを見てさこんな水槽の中で無数の繋がりって存在すると思うんだ。きっと、魚たちの中にもお互いのことを好きな奴らもいれば、お互いのことを嫌っている奴もいる。好き嫌いだけじゃなくて、複雑な感情を持ち合わせているのかもしれねえ。こういうのはあいつらにでもなってみないと、分かんねえけどさ」
「この世界の中でもあいつらは生きている、生き続けてるんだ。限りある命というものを燃やし続けることによって……」
スマホの中に収められていた写真から視線を上に上げて、徐々に俺は燈の方へと変える。
燈の瞳は真っ直ぐで俺のことをしっかりと見つめてくれている。この時点でこのあまりにも重々しい言葉を言うべきなのか、どうかなんてのはもう消えていた。
「限りある命だから美しい。前に言ってたよな、燈……」
「この時間を大切にしたい。俺と過ごしてた時間を、ずっと心に刻んでいたいって……。限られた時間の中で生み出されたものだったとしてもって……。燈はしっかりしてるなって俺は聞いてて納得できたし、俺も頷けた。でも、やっぱり嫌なことがあるんだよ」
「俺は……」
軽々しく言うべきものじゃないのを知っている。
例え、自分が嫌だとしてもこういうことは口にしてしまえば、消えてしまうもののはずだ。だとしても、俺は振り払う。言葉の責任を知っているから。自分の中に抑えつけて理性として変えようとする言葉は時には凶器になるってことも……。
「お前に……いやお前達に死んで欲しくない」
だからこそ……。
俺は直球のものを刺す。凶器が尖っていようが、折れたものだろうが口にすることが大事だから。
はっきりとしたもので……。
…………。
重々しい。まるで、海の中で酸素ボンベを忘れてずっと呼吸を欲しているのに出来ない状況そのものだった。普段、優しくて暖かい彼の言葉が今だけは突き放したときのように苦しく感じさせる。
今回は自分を責める為じゃない。
傷つける為でもない。自分でもきっと分かっているはず。これがとてつもなく、形骸化したものにしてしまえば後悔することになる。結人君は口にした、責任を伴うことを知っているからこそ……。曇りなき両の眼が物語らせてくれている。
海の鮮やかのように……。
「ゆいくんの言っていること……苦しくて悲しくて痛い」
「悪い……」
自分の胸に手を置きながらも、結人君が投げてくれたものをしっかりと咀嚼する。
感情という感情が何重にも螺旋階段のように積み重なっているのを……。
「一瞬一瞬を大事にする……」
「燈の信条だよな」
「うん、結人君の抱えているもの……私もそう……だよ?」
「ゆいくんや立希ちゃん達に死んで欲しくない、立希ちゃんたちと一生バンドをやる。きっと厳しい道のりが待っている、死は絶対に訪れる。分かってるのに、受け入れるのが怖い。ゆいくんのことも……」
直接、この話を結人君にするのは初めてだった……。
池袋の水族館に行ったときもこの感情を抱えていたなかに、見つけ出した答え。この胸に秘めている……もの。
「アルバムにして……消えてしまっても心には……残る」
「確かに言われてみれば、だな……。矛盾してるかもしれねえが、例え誰かや俺が死んだとしても思い出が完全に消えるわけじゃない。誰かの中で覚えている限り、記憶というものは継承されていくことになる」
不死になって生きることが何も……幸せじゃない。
生きて日常を大切にして日々を生きる。結人君が語るように、これはきっと矛盾でしかない。自分の中で誤魔化しても霧を起こしても、消えることのない痛みには変わりない……から。だとしても、残り香となってしまったとしてもこの思いを消すことだけはしたくない……。
「燈……話しておきたいことがある。ちょっといいか?」
「うん……」
結人君の一声で私も結人君に続くようにして立ち上がる。
勿論、彼の背中ではなく隣を歩いて……。
「悪いな、水族館でちょっと話せる内容じゃなくてな……」
「大丈夫……だよ?」
連れ出したのは……観覧車の中。
さっきまで話していた内容も水族館で話すものとしてはどうかってのはあったかもしれねえが、此処から先はもっと話す内容に適してないからこそ、この密室空間を選んだ。空を見上げれば、もう夜の景色が世界には広がっていた。
「それで、話なんだが……」
観覧車が動き出してから、俺は燈に大事な話を迫ろうとする。
この先の話はさっきよりももっと滅茶苦茶な内容だ。下手をすれば、燈を困らせることになるかもしれねえ。迷いも必要かもしれない、言うこと自体の先延ばしも必要なのかもしれねえが……。俺は歩みを止めることはしなかった。
「俺は燈達の繋がりを断ち切りたくない、未来永劫死ぬことになるまで」
「え、えっと……?」
明らかに困惑している燈に俺は話を続ける。
ゆっくりとはっきりとしたもので……。
「だから、立希達も含めて……全員を幸せにしたい、寄り添える人間でありたい。傷つけることがあっても、俺はあいつらが傷つくまんまは嫌なんだよ」
「悪い、答えははっきりと出てねえ。それが断片的なものでも……」
「燈に一番最初に伝えたかった」
自己中心的なものでしかない。
言っていることが全く噛み合ってない。全部自分で分かってる。燈を突き放した頃の俺なら、今すぐ自分のことを殺してるはずだ。殺されることになろうとも、断ち切りたくないものがある。今まで築き上げたというものを……。
少なくとも、燈とは多く存在する。
キャンプ場で一緒に星を眺めたり、水族館で一緒にケープペンギンを見たり俺がコーヒーショップに行ったり映画館に連れて行ったりしたこともあった。そういう日常的なことから、燈がCRYCHICに入ってから日常的に俺は劣等感を抱えるようになって突き放した。
再会しても、日々は続かずにまた突き放したのに燈は諦めることはなく、俺のことを救ってくれた。俺の背中を押してくれた。それが燈だった。いつだって燈が居てくれたからこそ、一番最初に打ち明けたかった。
今更自分の気持ちに嘘はつけない。
そよがこの場にいたら、@結人君はMyGO!!!!!以外にも矢印を向けてて不純だよね』と言われそうだが、何もかも事実でしかねえ。
それでも、俺は今まで積み上げて来たものを壊したくなかった。
結人君の言っていることは凄く……凄くもやもやするものだった。既に渇いた唇に実感を思い出しそうになる。自分の心に棘が刺さった感覚をして、観覧車から見える夜に見える星空は見えなかった。棘が自分の心を曇り模様には一つの星空が見える。
『傷つかずに一生は無理……』
みんなの前で語ったもの、結人君は硬い石をまた手に取ってくれる。
傷跡が残ってしまったからこそ、拾い上げた石を結人君は意志に変えることが出来ていた……。これがきっと結人君なりの答えなんだって気づけたときに、心にある棘の痛みは若干薄れて、星空が浮かび……上がる。
星空の眩い景色が見えて来るなかでもう一つ思い出した……こと。
『一生忘れない……よ?』
『俺もだよ……』
結人君が繋がりを大事にしたというのは分かっているのに、頭では分かっているのに自分の中では上手く感情が追いつかない、処理が出来ていない。でも、でも分かってる結人君が何を言おうとしているのか……。
だから、私は……。
「結人君の……」
深呼吸する時間もなかった。
「答え待ってる」
解答は観覧車が上に辿り着くまでの間に出ていた……。
また手を繋ぐ、聞こえてくるのは結人君の早い心臓の鼓動と観覧車が軋む音だけ……。
「待ってる、結人君の答え……」
「悪い、ありがとう……。ちゃんと答えを出すから、燈のためにも……」
結人君の手が震えている。
それだけで見て気づけることがあった。それはかつて彼の心の中であったもの……。
『怪物……』
何度も何度も引き止めようとしたとき、心の悲鳴として聞こえていたのは自分を責める心の声だった。ましろさん達の前で自分を変えて曲げないで生きていくと誓ったのに彼は今不安でしょうがない。
自分のしていることが正しいのか自分でも分からない……から。
なによりも結人君が言っていた……。
人間らしさそのもの……だよ。
結人君の手を握る手を弱めつつも、「大丈夫……だよ」と言い聞かせる。
結人君のことを握る自分の手も震えているように錯覚してしまう。私は自分の気持ちを伝えられているか不安だった。だったはずなのに、目の前にある結人君の手をちゃんと握り締めながらも私は……視線を上に向かせる為のものを送る。
「星……」
「綺麗……」
夜空に輝き夏の大三角形を目にして……しっかりと観覧車から見つめる。待ち焦がれていたこの瞬間を……。そして、この景色は……この景色だけはきっとこれから先も変わることが……。
ないから……。
結人君と見上げる星空だけは……。