【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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零れ落ちるものは温かった

『立希、今度空いているか?』

 

『なんで?』

 

『いや、一緒に出掛けたいなって思ってさ』

 

『今度の日曜とかなら空いてるけど』

 

 どうして誘ってきたなんて知ってた。

 出かける約束……。祥子の件で、それどころじゃなくなって出かけるという選択肢はなくなった。すぐに、睦の件もあったから出掛けるなんて尚更出来るわけがなんてなかった。きっと結人は埋め合わせをしてたかった。

 

 いつもなら、こういうとき余計な気遣わなくていいからって送っていた。

 了承したのは、あいつと出掛けたいという気持ちがあったから。珍しく、自分の気持ちに正直だった。いつも伝えることが出来ない自分の気持ちをスマホという端末を使って、送ることが出来る。あいつの顔がそこにはないから。ただ、あいつの場合は……。

 

 送って来る内容にも感情があるように見えて、しょうがなかった。

 出掛けたいとかそういう一文だけで、何処かあいつにとって申し訳ないとか、感情があるように透けて見えているって……。

 

 

『出掛ける奴だけどさ』

 

『どうした?』

 

『8月9日でもいい?』

 

『立希の誕生日だろ?いいのか?』

 

 日程を変更したのはわざとだった。結人とだったら誕生日に一緒にいてもいいとなれたから。

 誕生日という日を選んだのも……。あいつが、私の誕生日をちゃんと覚えてくれていたことは自分の心が落ち着いてしまうほどだった。その日は曲作りが難航していたのに一瞬にして心の情景が変わっていた。手に持っていた栄養ゼリーも力強く飲まずに、軽く飲んでいるほどに……。

 

 手紙でも結人は誕生日のことを覚えていてくれていた。

 何度も言われることで忘れてなかったと安心できた。

 

『そういうの気にしなくていいから』

 

 誕生日を誰かと過ごす……。

 そんなときが来るなんて、考えたこともなかった。自分にとって誕生日なんてどうでもいいもの。誰かに祝ってもらっても、その度にお姉ちゃんの名前を聞かされて自分にとって何も楽しくない誕生日でしかなかった。

 

 

 

 

「立希ちゃん?」

 

 待ち合わせの場所で待っていると、話しかけられる。

 誰?となって視線をスマホから上に向けると、そこに立っているのは三角さんだった。

 

「やっぱり立希ちゃんだ、誰かと待ち合わせ?」

 

「え?ま、まあ……そうだけど」

 

 いきなり話しかけられた。しかも、その相手が三角さん……。

 学校もクラスも一緒だけど、あんまり話したことがない。海鈴の奴は三角さんと割と話しているというか、同じバンドだからそんなの当たり前だけど……。

 

「もしかして……結人君?」

 

 首を傾げながらも三角さんが言ってくる。

 持っていたスマホを手から落としそうになって、急いで掴み直す。行動までは割と一瞬だったけど、自分が驚いているのがバレバレでしかない。

 

「やっぱりそうだったんだね。じゃあ、邪魔しちゃ悪いかな?」

 

「あっ、い、いや……別に邪魔とかは」

 

 三角さんとあまり話したことがないあまり、どうやって会話をすればいいのか分からない。

 同じクラスなのはそうだけど、そもそも三角さんは基本的に教室にいることは少ないから。

 

「ううん、やっぱりこういうのは水をかけちゃいけないよ。結人君との日常……」

 

 

 

 

「楽しんでね」

 

 三角さんは手を振りながらも、「じゃあね」と言う。

 手を振ることはしなかった。首を縦に軽く振ることもしなかったが、自分の表情が軽く緩んだ気はしていた。なによりも、一つだけ感じ取れたことがある。

 

 あいつとの日常を楽しむ……。

 少ない口数だけであいつ(結人)がまた余計なことをしたんだと分かる。勿論、その余計なことは今回ばかりは悪い意味じゃなかった。三角さんの口から出ている感情……。三角さんはきっと、結人に感謝しているって……。

 

 柔らかくて、穏やかな口調にヒントがあった。

 頭の中で全くあの馬鹿は……と呆れつつも、結人のことを思い浮かべていると足音が聞こえて来る。別の足音、聞き覚えのある足音がする。この駅の中で聞こえる無数の足音の中であいつの足音だけに耳を集中させてから、また顔を上げるとそこには……。

 

 

 

 

「悪い、遅れた」

 

「別に、来たばかりだから」

 

 時計を見ても、今はもう10分前……。

 結人には絶対言えない。此処に30分前からいてしまった……。結人に言ったら、絶対気にするし謝ろうともしてくる。なによりも、気づかれたくない。馬鹿みたいに浮き足立って誕生日を一緒に過ごしたかったって……思われたくないから。

 

 嘲笑ったり、馬鹿にしないと知っていても……。

 

「もしかして結構待ってたのか?」

 

「は?いや……ま、待ってないから」

 

 何か勘付いたのか、直感を働かせてくる結人。

 取り繕うことなんていくらでも出来るのに、何故か途中で焦り出す。これじゃあ、お前と出掛けるのが楽しみで仕方なかった。ベッドの上でやり取りを何度か確認してたとか、余計な深読みまでされる。

 

 致命的なのは顔を下に向けてしまっている……こと。

 上を向いて言えばいいのに、出来なかった。単純に恥ずかしい……から。今だって、絶対に顔が赤くなってる。

 

「悪い、俺ももっと早く来ればよかったな」

「いや、だから待ってないから」

「それでも、お前のこと待たせただろ?」

「お前のそういう質の悪いところ好きじゃない……嫌いでもないけど……

 

 また本音を最後に微かな声で言ってしまう、戻そうにも戻せなかった。

 結人はそれ以上問いかけて来たり、謝ったりすることもしない。まるで、「行くぞ」という視線だけ私に送りつけてくれている。気づいてもいるとも思う、小さく漏れた声にも……指摘しなかっただけで……。

 

「何処行くの?」

 

「一応、決まってるっちゃ決まってる」

 

「一応?決めてないの?」

 

「いや、俺もちゃんと調べたって訳じゃないって言うか事前に行くとかそういうのは難しそうだったからな」

 

 全然はっきりしていない……。

 日程変更したのは私の方だから、決めるべきは私の方……。なのに、結人に任せてしまった。時間帯もそう。自分で考えようとはしても、こいつが好きそうなものばかり選んでしまっていつもと何か変わらない気がしてならなかった。

 

 水族館だとかそういう場所に行ったことなんて一度もないから、行ってみるのも悪くはない。結人の方はそういう場所何度も行ったことがあるだろうから、あんまり行くのも違うとなってしまって誘うことが出来なかった。

 

「久々だな」

「……多分、最後に出かけたの中学のとき以来」

 

 駅の中を出て、街並みを歩き始める。ちょうどいい風に当たりながらも昔の話をする。

 CRYCHICとしてバンドをやっていた頃は偶に会うこともあった。自分にとって大切なのはやっぱり……。

 

 

 

 

『お前は変に気を遣い過ぎ……でも……ありがとう』

 

 忘れることが出来ない思い出……。

 どれだけ時が経っても、どれだけ歳月が経とうともこの思い出だけが自分にとって汚れることのない記憶。肯定してくれた自分の存在を……。真希さんの妹ではなく、椎名立希として結人は見てくれた。あいつのことを恨んでも憎んでも、心の何処かであいつという人間を完全に捨てきれなかったのは手を取ってくれたから。

 

 視界に入る。

 バッグに付けている、パンダのストラップは結人が譲ってくれたもの……。一度は外して、また付けた。信じることが出来ない、傷つきたくないから。それがかつての私だった。

 

「だよな……今度はちゃんと逃げねえから」

「言うだけなら幾らでも言えるから」

「それも……そうだな」

 

 結人は笑みを浮かべている。

 今は信じることが出来る、過去があったからこそ今の結人を信じきることが出来る。

 

「手繋ぐか?」

「は?……そ、それはいいから」

 

 差し出してきた手に戸惑いしかなかった。

 前言撤回、やっぱりこうやって何も考えてなさそうな行動をしてくるところは普通に嫌い。多分、きっと迷子になったら面倒だからとかだろうけど無神経に人の心の中に入ってこようとするから、いつもこっちの心が持たなくなる。

 

 というか、舌まで入れたのになんで手繋げないんだろ……。

 繋ぎたいのに……。

 

「と、とにかく手は繋がないから……」

 

 自分の中で素直になりたい、なれないという感情が渦を巻いて動けなくなって体が熱くなる。

 必死に自分は「繋がない」と誤魔化し続けていると、匂いがしてくる。

 

「……祭り?」

 

 公園でやっている催しみたいなものが目に入る。

 匂いがしていたのはお好み焼きの匂いだった……。小さなお祭りみたいだけど、人は割とにぎわっているみたいだった。

 

「実は行きたかったんだよ」

 

「……なんで私と?」

 

 心の中で「正気?」と言ってしまう。

 よりにもよって、どうして私とお祭り?となってしまう。目を細めて「なんで?」とも声に出してしまう。

 

「燈と愛音とかの方が絶対楽しいでしょ?」

 

 此処で愛音の名前を出したのは単純にあいつの方がこういうの好きでしょという意味だった。

 私みたいな奴とこういう場所に来ても絶対に楽しくない、結人のことを不機嫌にさせてしまうだけなのになんで此処を選んだのかが疑問でしかなかった。

 

「立希とだから来たかったんだよ、言っただろ?」

 

「傍にいてやれなくて悪かったって……」

 

「手紙……」

 

「ああ、だから今度はちゃんと傍に居て俺はバンド以外の感動を堪能したい。俺は貰ってるだけの側だけだからさ、お前とこうやって日々を生きるってこともしてみたかったんだよ。ぜってえ楽しいからさ」

 

「……馬鹿じゃないの」

 

 何を持って楽しいと言えるのかが分からない。

 一緒に居ても、楽しそうになんて出来ない。絶対に気を遣わせてしまうだけなのに、結人は楽しいと言い切った。根拠もないことなのに、私は捨てきることが出来なかった。してみたかったという気持ちがあるから、お祭りとまではいかないけど、結人と一緒に日常というものを……。

 

「いきなりお祭りは飛躍し過ぎ……でも」

 

 

 

 

「付き合ってあげるから、馬鹿みたいなことに……」

 

「ありがとうな」

 

 了承してくれ私に笑顔をまた向けてくれる。いきなりお祭りなんて段階を踏み越えすぎている。

 これが前に結人が言っていた「裏切らない」だとしたら、不器用にもほどがある。本当に結人はいつまでたっても結人ってなれる。いい意味でも悪い意味でも……。

 

「ベタだけどたこ焼きでいいか?」

 

「いいけど……」

 

 特にこれと言って、食べたいものが決まっていなかった私は結人の意見に賛同する。

 結人と私は列に並んで待つことにする。

 

「結人ってこういうお祭りとか燈とか来たことあるの?」

 

「小学生の頃はな、燈は俺の服の後ろ掴んで歩いててりんご飴とか食べてたな。あーでも、硬くて食べられないとか言ってた気がする」

 

「そ、そうなんだ」

 

 普通に可愛いと言いそうになってしまった自分を抑え込むために周りを見る。

 周りにはイカ焼きだとか、唐揚げだとか鉄板なものが置かれている。後は金魚すくいだとかそういうものが……。よくあるお祭りみたいなものと納得していると、自分達の番になる。

 

「たこ焼きどうする?」

「一つでいい、そんなに食べられないから」

「分かったよ」

 

 事前に確認をしてくれる結人。

 店主に一つと頼むと、どうにも数が合わない。多い。店主の方を見ると、何故かニコニコしている。結人は「ど、どうも……」と言って受け取って列から一緒に捌けると……。

 

「あれ、絶対カップルだと思われてたな」

「は!?なんで考えないようにしてたこと言うわけ!?」

「声でけえよ、つーか動揺しすぎだろ!」

「し、してないから……!!」

 

 何故かには気づいていた。

 考えないようにしていた。あの店主は結人との関係をカップルか何かだと勘違い……いや、舌まで入れて……入れてるし……。

 

「立希?」

「は?なに?」

「いや、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない、お前のせいだから……!!」

 

 いつもいつもそう、結人のせいで……。

 こっちの心臓が全然持たなくなることばかり起きる。私のせいのときもある、自分のせいでこういう事態になることもある。基本的には結人のせいでしかない。

 

「はぁ……」

 

 ベンチに勢いよく座る。

 力が抜けた状態になって、私は空を見上げていると青空が広がっている……。心とは裏腹に……。

 

「隣、いいか?」

 

「勝手に座れば……」

 

「じゃあ、遠慮なく座るぞ」

 

 宣言通りに、遠慮なく真横に座って来るけど空白が続く……。

 誰もたこ焼きを食べようとしない。私は空を見上げて自分の気持ちを落ち着かせようとしている。結人は……結人は今何を考えているんだろうか?気になってはいたけど、聞こうとはしなかった。

 

「日本の祭りの始まりは……天の岩戸隠れというものが関連しているそうだ」

 

 先に口を開いたのは結人だった。

 

「天の岩戸隠れってのは、天照大御神の弟、須佐之男命と呼ばれる神が居てな。この弟がとんでもなく荒れてる奴だったんだ」

 

 いつものように豆知識を語り始める結人……。

 多分、沈黙が無理でいつもみたいに語り出してくれた……。黙って耳を傾けていると、話が続いている。

 

「天照大御神は弟の行動に心を痛めて、岩戸の中に隠したそうなんだが世界は災いが多い世界へと変わってしまった。皮肉な話だよな、見るに堪えない弟を封じ込めたら災いが増えたんだから」

 

「そして、その状況をよくないと思った八百万の神々が話し合って、太陽神を招き出すために岩戸の前で祭りごとみたいなことを始めたそうだ。その楽しそうな様子に釣られて、太陽神は再び現れて、明るい世を取り戻したそうだ」

 

「天照なら知ってるけど、その話をして何が言いたいの?」

 

 空を見上げるのをやめて、結人の方を向く。

 お祭りの由来はともかく、その二つの神のことなら聞いたことはある。結人がこういうときに豆知識を語るのは大体何か話をしようとしているときだ。

 

「比喩だよ……俺が今から話すのはお前に隠していたこと。つまり、岩戸の中に隠していたことだってことだ。立希、俺は……」

 

 

 

 

「お前を傷つけるのが怖いんだよ」

 

 心臓に狂気が刺さる。

 鋭利で手入れもされていない狂気が心臓に刺さってくる。重くのしかかった言葉を自分の中で受け止めようとするのに時間がかかる。結人の本音そのもの……。自分の中で処理するのに時間が掛かりながらも……。自分の中に出てきそうになってる怒りだとかそういう感情を一旦沈めて……。

 

 

 

 

 私は結人の言葉を待つことにした……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 言っちまった……。

 比喩を使わないと言えないなんてダサくてしょうがねえけど……。

 山吹先輩、戸山先輩に背中を押されて此処までようやく来れたとはいえ口に出してしまった。恐れていることがないなんてわけがない。今だって全身が震えている。見られたくねえのに……。

 

「燈を傷つけて立希も傷つけて、呪いという約束を、その上俺は余計なことを「最後のは気にしたら嫌いになるって言ったでしょ」」

 

「傷つけたことに変わりない、今こうして言ってるのは俺の罪を吐き出してだけに過ぎねえ」

 

「お前、前に言ったこともう忘れたの?自分で髪の色変えた理由も」

 

 詰まる、空気が重くなる。明らかに怒ってる。

 何も言えなくなる、知ってるからだ。

 

「お前がそうやってくよくよしているところを見るのが嫌だって……。あれは、結人が傷ついているのも苦しんでいるのも辛そうにしているのも嫌だって意味」

 

 そうだ、俺は言われたんだ。

 立希にとって俺は希望だとも言われて尚もこうやってあいつを壊したくないと願ってしまう。あの表情を今でも忘れることが出来ないから。悲痛な顔を……。

 

「私にとっての結人……星乃結人は私のことを支えてくれた人間」

 

「お姉ちゃんのことで悩んでいるときに手を差し伸べてくれた、きっとお姉ちゃんのことなんて知らなかったと思う。その優しさが私には救いだった……!だから、お前がそうやって自己嫌悪になってると見ているこっちまで辛くなる。なによりも、私にとって一番な結人は……」

 

 

 

 

 

「隣に居続けてくれる存在……」

 

 俺は顔を隠してしまう。

 吐き出してよかったという気持ちもある一方で……今惨めで醜い俺の姿を見せたくなかった。声を出しそうだったから、あいつに見せたらきっとそれはあいつ自身が辛くなってしまう……から。

 

 

『お前、なんで燈と一緒にいるんだよ!?』

『二度と燈に関わるな……!!』

 

 過去の痛み……。

 

『お前が謝らないで……』

『食べたら後で感想教えて』

『…………当たり前でしょ』

 

 過去の苦しみ、過去の救済……。

 

『結人……約束絶対守るから……』

『お前のこと、殴るの……心が痛かった』

 

 過去の約束、過去の呪い……。

 

『結人だけには……もう裏切られたくないから……』

 

 現在へと続く道……。

 全部が全部俺にとって今を生きるためのものだった。立希に言われた言葉の数々は今でも覚えている。俺が余計なことをしたのも、俺が食べたケーキの味も、俺があげたパンダのぬいぐるみもそうだ。この口に、この手が覚えている。なによりも……。

 

 

 

 

「隣に居続けてくれる存在、か……」

 

 かつての自分はそれすら許さなかっただろう……な。

 隣に居るべきじゃないって……。

 

「ありがとう……な、大事に……してくれて」

 

 啜り声で俺は言う。

 目を向ける、立希のバッグにつけているパンダのストラップに……。綺麗なフィルムに入れてあって、傷一つもない。今でも大切にしてくれている、それだけで自分が満たされる気分だった。必死に抑えようとしているのに、堪えることが出来なかった。立希から貰ったものが大きすぎて、俺は今また身に染みてしまっている……。

 

 空を見上げたくなるのに、見上げることが出来なかった。

 涙が瞼から余計……。

 

 

 

 

 零れ落ちてしまうからだ……。

 あーもうクソこうなるんだったら、ちゃんと泣く覚悟ぐらいしときゃ……。

 

 

 

 

 よかったな……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 結人の声がしている、悲しい声が……。

 今まで溜まりにたまったものが溢れている。一人で抱えて、一人で傷つく。結人はいつもそうだった、私の前では特にそうだった……。納得させることが出来ない、納得させられるものがあっても自分を納得させられないから。

 

 ──大事にしてくれて、か。

 あいつちゃんと、自分であげたこと覚えてた。全く触れないから、忘れてる?となっていたけど、ちゃんと覚えていた。それだけで充分だった、あいつの本音が聞けた。怖いのなんて私もそうだった。結人のことを傷つけたくないなんて……。

 

 たこ焼きが入っている容器を手に取って輪ゴムを外す。

 爪楊枝が一つしかないことに一瞬驚いた後に、躊躇うことをせずに私は爪楊枝をたこ焼きに刺して結人に差し出す。

 

 口の中にたこ焼きを入れてから結人は……。

 

 

 

「うめえな、やっぱ祭りのは……」

 

 いつもみたいに笑顔になってくれる。

 そこにいるのはいつもの結人……。流れているものがある、込み上げるものがある。口の中で咀嚼した後に彼は言っていた。

 

「……」

 

 爪楊枝を見つめる、顔がまた赤くなった気がする。

 深呼吸をした後に、刺してたこ焼きを口の中に入れる。身体が徐々に熱くなっていたような気がしてならない。自分の中にある……。

 

 

 

 

 

 

 

 恥ずかしくて死にたいっていう感情を覚えながらも……。

 顔を下に向けなかった。結人にもう一つたこ焼きを……。

 

 

 

 

 差し出したかった……から。

 

 

 

 

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