【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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記憶の渦が語り掛ける

「此処か、ライブ会場は……」

 

 こうやってライブ会場に足を運ぶというのは、いつも新鮮な気分にさせてくれる。

 まるで、新品の服を出掛けるために着ていくみたいに……。Ave Mujicaのライブに来るのは、これで三回目になる。いよいよ、そよ辺りに「ムジカに乗り換えたの?」なんて本気で言われそうな気がしてならない。とはいえ、一回目はにゃむが横入りしたこともあって、ライブはほとんど中断になった。あんときは、仮面を外したムジカの存在に驚かされたもんだったが……。

 

 二回目は睦なりの答えを聴かせて貰うことになった。

 ある意味では新生Ave Mujicaの誕生とも言えたのかもしれない。ある意味、二回目が俺にとってムジカのライブは初めてのライブになる。

 

「答えか……」

 

 公園で楽奈が言っていたことを思い出しそうになる。

 

『ギター弾けてる、分かってない』

 

 楽奈の言うことを信じるなら、睦自身は自分でまだギターを弾けることを気づいていない。楽奈の奴は自分が来ない方がいいとも言っていた。弾けるようになるためには……。

 

「あいつのギター……」

 

 個人的な興味はある。

 二回目のライブ、俺の耳には睦のギターが月の輝きそのものだった。懐中電灯を持っていないと光すらない世界であいつは月という存在になって、全体を照らし出す音だった。もし、睦が自分で自覚できたら……。きっと、とんでもない音に変わることに違いない……。

 

 腕には血管が浮き出ている。期待と言うものを表すには充分だ。

 周りを見れば、ライブ会場へと一直線で向かおうとする人達、物販列に並んでいる人達。集団で集まってそれぞれ思い思いの場所に行こうとする人達。このAve Mujicaというグループのために時間を作ってきた人たちが多いんだろう。まるで自分のことのように飛び跳ねそうになっていると、俺は後ろから声を掛けられる。

 

「結人君?」

 

 後ろから呼ばれて、振り返ると立っていたのはましろさんだった……。

 

「ましろさん……」

 

 声をかけてくれたましろさんは驚いた様子だったが、すぐに表情は戻っていた。

 

「結人君も来ていたんだね」

 

「はい、睦の……Ave Mujicaのライブを見に来ました」

 

 ましろさんのことを見る度に、俺は八潮さんの前で誓った。

 自分を曲げずに、自分を変えるという己の生き様を思い出す。俺はあの信条を胸に、此処までやってきた。時として、自由自在に俺の言葉は変わることはあれど、これだけは曲げたくなかったから。

 

「私も同じだよ、睦ちゃんの音楽を見に来た」

 

 ましろさんも睦の奴の音を確かめに来たのだろうか。

 その言い方的に俺が知らない間に、交流があったみたいだな。同じ月ノ森だから、先輩と後輩の絡みっていうことになるのは意外といいのかもしれない。なによりも、睦の交友関係が広がることはとてもいいことだ。

 

「楽しみだね」

 

「俺も……楽しみです!あいつがどんなものを見せてくれるのか!」

 

 俺の五感を何処まで楽しませてくれるのかが、楽しみで仕方なかった。

 あいつがこのライブで答えを出せたって言うなら、俺は知りたかった。睦自身の答えを……。なによりも、再びMujicaを聴けることがすげえワクワクしているのも事実だった……。

 

 

 

 

 

 事実だったが、事は順調には進まなかった。

 いや、上手くはいった。予想外な方向に……。

 

 

 

 

「まなさん……」

 

  電車の大幅遅延により、主催者側は開演時間を伸ばすという手段に出た。

 代わりに、まなさんが舞台に立って歌っていた。俺はあの人と会話したことこそは、少ないが初音に『逃げるな』と真っ向から対立したときに、まなさんは身を挺して自分は初音の味方であるってことを示してくれていた。

 

 あの場で来てくれなかったら、俺は初音の背中を押してやることは出来なかったはず。俺はまなさんに感謝してもしきれない。そのまなさんが今、こうしてMujicaという特殊なバンドの余興として立っている。不安そうにしている、苛立っている人達もいるなかで一人のアイドルとして歌を届けようとしている。

 

 明るく、不穏という闇すらも打ち砕くその歌声に誰もが熱狂的になっていたのは確かなことだって俺は自覚できていた。まなさんから観客に送られているその眼差しを見れば、一目瞭然だった。

 

「ありがとうございました……!!」

 

 まなさんの歌が終わると、俺はお辞儀の姿をしっかりと焼き付けていた。

 これがアイドル、まなの姿……。余興とすら思えないほどの凄まじさと力強さを見せてくれた。

 

 

 

 

 流石、アイドルだな……。

 拍手をしながらも、俺は敬意を表していた……。

 

 

 

 

 

 

 

「私たちは人間達に育てられた人形。心を失うことなど出来ませんわ」

 

 オブリビオニスの声がする。ムジカの人形劇が始まっている。

 電車の大幅遅延も解消したことで、ようやくムジカのライブが始まろうとしていた。自分の中に膨らませていた風船の空気を一旦止めて、舞台全体の方へと目を向ける。

 

「人間達から貰った思い出。それって、小さな積み重ねでもきっといいものだったはずだよ!」

 

 ドロリスが積み重ねという言葉を使っているのを聞いて、俺の背筋が伸びた感覚がする。

 積み重ねの大切さを知っている初音だからこそ、説得力があった。俺のことを神様だと思ってしまい、裏切られた痛みで失意のどん底に立たされたこと。初華から逃げたいと思って、逃げ続けて自分にはもう逃げ場がないと悟り、向き合う覚悟を決めたこと。どれもが、初音にとって積み重ねによって解消されたもののはずなんだ。

 

「私達にはちゃんと……心があるじゃん!!」

 

 痛烈に耳に届く……。

 モーティス。お前は人間らしい人格。何処か俗っぽくて、子供っぽくて無邪気ってのが似合う。お前と出会ったとき、俺はどうすればいいかすげえ悩んだ。多重人格の人間なんて会話すらしたことがなかったから、俺は俺なりに向き合ったつもりだった。

 

 その結果が、今こうして浮き彫り出ている。

 高揚感っていうのは、こういうことを言うのかもしれない。あいつが真面目に演技してるんだからな……。

 

 

 

「自分を信じてみるということですわ」

 

 最後に祥子としての宣言が聞こえて人形劇は終わりを迎える。

 舞台が一度幕を閉じたことで会場には拍手の音が鳴っていた。こういう人形劇で拍手というものは必要なのか、俺には何も言えねえが今だけは睦たちに伝えたかったものがある。

 

 祝福という想いを……。

 それぞれが思い思いで決めた色というものを見せつけられた気がする。勿論、にゃむや海鈴に関してもだ。バンド専門の人間とはいえ、ちゃんと演技が出来ている海鈴と、モーティスや睦を恐れることなく前を向いているにゃむ。五人がこのバンドに向き合っているからこそ、さっきの劇は成功した。

 

 さあ、見せてくれよ五人共。

 特に初音と睦。俺は知りたいお前らのことを……。

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと本物じゃねえか……」

 

 俺が思わず声を漏らしそうになった相手は、初音だった。

 流石は、Sumimiでアイドルをやっているだけあってちゃんと観客と目線を合わせながらも自分の歌を、音を込めている。一番最初に聴いたとき、何処か苦痛があるものだった。心臓を押さえたくなるほどの感情に俺は違和感を抱いていたが、それ初華として生きること。妹の夢である、アイドルを自分のものにしてしまっている罪悪感と肯定させようとする欺瞞の中にあるものだったのかもしれねえ。

 

 今だからこそ言える。

 あいつはもうそんなもんを完全に取り払っている自分だけの表現を見せつけている。闇夜の中でしっかりと自分を見せつけている。

 

「おめでとう」

 

 初音と目が合ったとき、俺は視線で送る。

 初音は唇を歪めさせながらも、しっかりと歌いきっている。いいぞ、初音。お前はお前なりのやり方をやってみせろ。俺は初音の音から睦のを確かめるために、耳を傾けようとしたときだった。

 

 

 

 

「っ……!!」

 

 なんだこれ、まるで耳栓をしているのに貫通するほどのものは……。

 禍々しい……。全身を突き刺すようなこの違和感はなんなんだ……?分からねえ、前のときはこんなことにはならなかったはずだ。

 

『……どうして?』

 

 耳元にスピーカーを当てられた気分になる。

 幻聴だって理解できてるのに拒むことができねえ……。真っ直ぐなのに、何処か歪んでいるものが……。

 

『どうして?どうして?』

 

 今度は更に爆音で聞こえて来る。心臓に思いっきり叩き込む音で……。

 耳を疑いたくなりそうな声がする。座席に座りながらも、胸が締め付けられそうになる。座って聴いてやるのがやっとだ。

 

『拒否したの?』

 

 拒否したという単語を聞いて、ハッとした自分がいる。

 初めてこの幻聴の言っていることが抱えていたものだったんだと分かってしまう。当たり前だよな、睦。お前は俺にああ言われて今も切り替えなんて出来る訳がねえ。言われたことは残るから……な。

 

『悪い、それは無理だ』

 

 どうしてこんなにも真っ直ぐに感じ取れたのか、俺は鼓膜を通して触れているうちに気づけたことがある。ある仮説を立てていた、これが睦の中にある自分の告白を俺に断られたという事実を受け入れられずにそのまま残っていた部分だとすれば辻褄が合う。

 

 受け入れなくちゃいけねえ、あいつのためにも……。

 あいつだって、辛いはずだ。俺の耳にも届いてしまうほどなら睦はもっと辛いはずなんだ。俺は必死に床に足をしっかりと押し付けて耐え続ける。歯を食いしばって聴き続ける。

 

 

 

 

 あいつの悲鳴を……!!

 

 

 

 

 例え、この心臓に負荷が掛かろうとも俺は聞き続ける必要がある……。自分という人間にしっかりと意志を持たせてひたすらあいつの演奏に耳を傾けていると、次第に何かが変わったような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 最後の一曲になったとき、様子が明らかに変わっていた。

 まだ負の感情に近いものは確かにあいつが弾き出すギターからはするのに、楽しそうなんだ。明らかにさっきとは違って、辛そうにもしていない。今にも倒れそうな顔もしていない。汗を流しながらも、自分の手元にあるギターを弾き続けている。

 

 今までギターを弾くことが出来なかった。自分でもどうすればいいのか分からなかった。真っ白なものはもう存在しない。真っ白な画用紙が、鮮やかな色彩が放ってくれている。それはまさしく、芸術そのものに……。

 

 

 

 

 ああ、そうか、そうかよ睦……。

 

 

 

 

『そういうのって自分の体験とか経験値とかにも繋がるかもしれない、だから好きなんだ』

 

 お前は答えを出せたんだな……。

 体験に繋がる経験を……。やっぱり、睦は……。

 

 

 

 

 敵わねえよ……。

 このライブに来てよかった。俺はこのライブに来て初音と睦という人間に触れることで自分自身の答えに近づけたような気がしてならなかった。睦自身が答えを見せてくれたからだ。俺に依存しそうになっていた睦が此処まで成長する姿を見られたからこそ……。

 

 

『全員を幸せにしたい、寄り添える人間でありたい』

 

『傷つけることがあっても、俺はあいつらが傷ついたままなのは嫌なんだよ』

 

 誰も傷つけたくないという理想、空想に手を伸ばせそうな気がしていた。

 まさか、その相手が睦だったっていうのは驚きでしかねえ……。

 

 

 

 

『待ってる、結人君の答え……』

『お前の愛、重すぎ』

 

 いや、睦だけじゃない。

 前に進もうと必死になっていた燈も、苦悩の上に立たされていた立希もみんなが教えてくれたんだ。

 

 

『当たり前を当たり前にやれる結人君って凄いと思う』

『救われた人もいるんじゃない?』

 

『もう向き合ってる』

 

 認めてくれたんだ。

 この結論でいいって……。

 

『私のことを裏切ったら、刺してやるから』

『前に進みたいから……』

 

 あいつら姉妹が示した。俺も進んでいいって……。

 このライブを見て今俺が進むべき変化に加筆ができるようになった。

 

 

 

 

 

 

 繋がりへの解答は続いていたんだ、此処までに……。

 ありがとう……。

 

 

 

 

 

 

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