【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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幾度となく人は生まれ変わる

 睦は見せてくれた。誓いを呪いにしなかった。

 ライブ会場からの帰宅の合図と共に、あいつが言っていたことを思い出す。

 

『今は違う』

 

『結人から貰ったものを祝いに変えることが出来た。私が前に進む為の勇気だとかそういうものに……。だから、結人には本当に感謝してる。貴方のおかげで、前に進めたから……』

 

 また有言実行してみせてくれた。

 俺はあいつと最初に出会った頃、物静かな奴で燈と何処か似ていて、放っておけなかった。勿論、あいつが誰かの娘なんて言われるのが耐えられなかった。まさか、最初の印象からここまで強くなるなんてな……。

 

 もう勇気づけることすら必要はねえ。

 あいつは一人でも羽ばたいてみせた。俺も出来るのか?自分の中に眠る最後のパズルのピースを埋めようとしているのに、最後の一個を見つけることが出来ない。真っ暗な夜の自分の後ろを確認してしまう。

 

『これから先、俺は自分の罪や業という仮面を受け入れて、進む。一人で解決しようとせず、誰かを頼る』

 

 俺が今まで出来なかったこと。

 八潮さんの前で言い放ったこと……。

 

『人は輝き続けられるんだって……俺は少なくとも信じたいんです!!』

 

 もう何度目だ。

 いい加減似たような記憶で、自分を掘り進めては意味のない壁を掘り当てるなんて行為。

 

「俺の……信念」

 

 いつだって、記憶の中にあり続けている。

狂おしいほどに、続く螺旋階段そのもの。再確認を終えて、歩き出そうとしたときだった。後ろから、声をかけられた気がして振り返ると……。

 

「結人君、大丈夫?」

 

 立ち止まると、声をかけていたのはましろさん……。

 

「すみません、大丈夫です……」

 

 顔を覗き込みながらも、何度か俺の名前を呼んでいたみたいだ。

 

「ましろさんはどうして此処に?」

 

「睦ちゃんのためだよ」

 

 やっぱ、睦の奴はましろさんと交流があったのか。

 月ノ森だから後輩とか先輩とかの交流は普通にありそうだが、睦はそういうの薄いだろうし……。ましろさんは何かと睦と縁があるしな、モーティスの方が少なくとも、多かった記憶があるが……。

 

「あいつのギターどうでしたか?」

 

 一番気になるところを聞いてみることにした。

 

「睦ちゃんらしい音色だったかな?私はボーカリストだから、ギタリストになって語る事は出来ないけど、伝えたい、届けたい。必死に叫んでその音を込めたって感じがしたかな?抑圧も制御もない、聞いている人への負担は確かに強くて、ずっと恐怖心を植え付けるみたいな音楽だった」

 

「でも、途中から変わったかな?一枚の壊れたレコードが復活したいみたいになって、音を再生し続けていたの。私は此処にいるって、自分はこの歌を解放したいって。綺麗な音じゃないのかもしれない、何処か錆びついた音すらしていたけどね。きっと、睦ちゃんは楽しかったと思う。あんなにも自分に正直に歌えていたから」

 

 ましろさんも同じような感情を持っていたのか……。

 なんだか自分でも嬉しい気分になってしまい、高揚感があった。

 

「流石はボーカリスト兼作詞家ですね、ましろさん」

 

 俺は睦の完成した音色を、何も描かれていない画用紙に鮮やかな色が塗られ始めたと解釈していた。ましろさんが言うように、あいつのギターからには負の感情はまだあった。まさか、一致する点があるなんて……。案外、俺の五感とやらも馬鹿にならないのかもしれねえ。

 

 なによりも、あそこまで共感覚だったのは多分睦との関わりが強かったから……。

 

「えへへ、そうかな?思った事を口にしているだけだよ」

 

 照れ臭そうにしながらも指と指を擦っているましろさん。

 実りのある話が聞けてよかったとなっていると、後ろから見覚えがある人がまた声を掛けて来る。

 

「あれ?結人君、来てたの?」

 

「つくしさん、お久しぶりです」

 

 つくしさんも此処に……。

 ってことはやっぱり、つくしさんも睦と絡みがあるということなんだろうか。

 

「つくしさんも睦目当てで?」

 

「そんなところかな?後は最近のバンドの流行を知りたかったのもあるよ。あっ、ところで……立希ちゃんとは仲良くやれてる?」

 

 つぐみさんのところでバイトをしていることもあってか、立希のことを聞いてくる。

 俺達は並んで歩きながらも、会話を続ける。

 

「はい、あいつとは結構上手くやれています」

 

 安心したのか、つくしさんの肩から力が抜けている。

 こうやって、立希のことを誰かが気にかけてくれているのは、案外嬉しかったりする。多分、あいつのことちゃんと見てくれてるんだなって安心できるから……。

 

「なんだよ、シロ!男居たのかよ、隅に置けないな」

 

 金髪の如何にもギャルっぽい人、多分桐ヶ谷さんって言う人か?

 その人が、ましろさんを揶揄っている。なんだろうな、愛音をもっと光にしたみたいな感じの人だ。

 

「あーえっと……結人君は多分相手いると思うよ?」

 

「え?そ、そう答えるんですか?ましろさん」

 

 声に出そうになって、固まってしまう。

 いや、付き合ってるとか冗談でも言われたかったとかじゃねえ。ましろさん、なんかこう小動物みたいで可愛いが……。後、しっかりしてそうだし。ピクルス嫌いとか子供っぽい所はあるけど……。

 

「え?あーそうだったのか?なんか積もる話になりそうだから、あたしは先行ってるぞ!」

 

「うん、ごめんね」

 

 ましろさんは桐ヶ谷さんに手を振っている。

 服装を見た感じ、結構オシャレって人だ。多分、月ノ森の人だしやっぱりこだわりとかあるんだろうか……?なんか前にバンド雑誌みたとき自分で作ってるとか書いてあったような気がする。

 

「つくしさん、実は……立希に思いを伝えたんです」

 

「えっ!?告白したの!?」

 

 目を見開いて、大きな声を出す。

 隣にいるましろさんもちょっと困っているのか、上を向いている……。

 

「そうじゃないんです、そうじゃなくて……ちょっと色々と立希にぶちまけたって言うか、詳しく話すと長くなるんですけど」

 

「そ、そうだったんだ……ご、ごめん!」

 

「早とちりしちゃって」

 

 音を立てて、両手を合わせている。

 こういうのは、やっぱちゃんと言わないとダメだよな。話が複雑過ぎて、理解して貰えるかどうかを優先しちまった。というか、今は周りに人も居るからこういうことは控えるべきだったか……。

 

「ましろさん達、ちょっとこっちで会話しませんか?」

 

「うん、いいよ」

 

 了承を得てから、偶々見つけた冷え切ったベンチに座って俺は足を休める。

 まだ耳には睦の叫びが余韻として残っている。

 

「立希ちゃんっていう人は結人君にとって大事な人?」

 

「はい、俺にとっては燈と同じぐらい大事な人です。あいつは、ちょっと荒っぽいところもありますけどすげえ仲間想いなんです。この前なんかはケーキとか作ってくれて」

 

「そっか、ちゃんと届いたんだね。つぐみさんが前に言ってたんだ」

 

 ケーキが届いたという話を耳に入れて、何処か嬉しそうにしているつくしさん。

 羽沢珈琲店で作ったものだったんだな……。

 

「立希ちゃん、あんまり家ではデザートとか作らないらしいから不安だったんだけど、よかったぁ……」

 

 知らなかった。

 いや、確かにデザートとかお菓子って手を込んで作ることになるから。あいつはああいうのを作らない印象がある。何処でも栄養ゼリーを飲んでいる。もしかして、あいつ普段は料理としかしないのか……?

 

 あんまり料理とかもしているような気しないしな。

 新たな疑問が浮かび上がりながらも、俺はつくしさんと話を続ける。

 

「はい、あいつの想いはちゃんと俺に届いています、つくしさん。ただ、俺は此処からはどうしてもお二人に話しておきたいことがあるんです」

 

 ましろさんが無言で頷いてくれる。

 つくしさんの方は、僅かに首を傾けていたがすぐに分かってくれていた。

 

「此処だよな、重要なのは……」

 

 自分の身体に夜風が触れる。溢れ出る不穏な影を体に実感させてくれている。

 言葉と行動は、自分を示すのに相応しいものだ。何度も自分の中で問いかけて来たもの。呪いにしてきたことだって、何度だってある。だとしても、俺はこれだけはましろさんという誓いというまじないを言い放った一人だから聞いて欲しいという気持ちがあった。

 

 

 

 

「覚悟は決めたんです」

 

「俺は立希も燈も見捨てることは出来ない。勿論、睦達も……。自分でもクズだって分かってるんです、優柔不断だとも……。こういうのは免罪符にしか聞こえないですよね、俺は繋がりがある人をこの手から離したくない」

 

「俺の信条、思想はきっと誰かを守ることになっても誰かへの暴力に絶対になる。傷つかないで助かるなんて綺麗事は通用しない。勿論、怖いですよ。誰かを痛めつけるなんて」

 

 会話にほとんど呼吸を入れることなく、羅列しまくる。

 時々噛みそうになるが誤魔化していた。

 

「綺麗事だとしても、俺はこの手を伸ばしたい。神様だとか仏様になるつもりはないです、俺は人間ですから。俺がしたいのは、抱えてるものを共有して共に生きるということです。その為には支え合うことが大事なんです。誰か一人が全員を引っ張ったり、助けたりしないで一緒に助け合う」

 

「悩みも、痛みも、悲しみも、喜び、楽しかったこととかみんなで話して行きたい、共有したい。俺だけじゃきっと無理です、みんながいてからこそ意味があるんです。これが……」

 

 

 

 

「曲げずに変えることだって今なら胸を張って言えます!!」

 

 今此処に八潮さんがいたら、感情論とまた指摘されていたはず。

 感情論でいい、結構。俺はこれから先も自分がしたから、する。自分が思ったから、行動する。そよは俺のこういうところを苦手だとはっきりと断言して、救われた人もいると言ってくれていた。なら、これを最後のピースにしたい。俺自身の欠けていたピース……!

 

「るいさんに言っていた内容が色濃く変えたってこと……なのかな?」

 

「そういうことになります、多分俺はあの人が居なかったら何もできなかったかもしれません」

 

「ううん、違うと思う」

 

 ましろさんはきっぱりと「違う」と指摘してくれる。

 否定された俺は思わず声を漏らしそうだった。その声は「え?」という疑問ではあったが、まだ欠落しているものに気づいていない感があったんだ。

 

「結人君には強いものがある」

 

「きっと、今まで実ることなく力が出なかっただけで、きっと燈ちゃんや睦ちゃんっていう人の出会いの力で変わることは出来たって思うんだ。るいさんや私と出会わなくても……」

 

「人の出会いの力ですか?」

 

 考えたことはあった。

 俺は出会いの度に学んで、勉強になったこともある。燈が教えてくれた『傷つきながらも進むこと』。愛音が教えてくれた『本当の優しさ』。他にもまだたくさんあるが、人の出会いのおかげで俺は自分を蓄えることが出来た……。

 

「るいさんや私が居なくてもきっと結人君なら自分で気づくことが出来たって私は頷けるよ。だって、睦ちゃんに手を伸ばせたんだよね?」

 

「失い掛けましたけど、そうですね」

 

 自分を騙すことができない。

 ましろさんはこれも否定しようとしてくれていたが、一旦忘れようとしたのか言葉を続ける。

 

「だったら、私達が居なくてもきっと気づけたよ」

 

「私も同じ感想かな?」

 

 つくしさんが話に入って来る。

 

「つぐみさんと立希ちゃんが話しているところを聞いたことがあるだけだけどね、立希ちゃんは結人君のこと話していると満更でもない顔してたのを知っているから」

 

 やっぱり、立希は先輩達には吐き出せていたんだな。

 憧れのAfterglowの先輩、羽沢つぐみさんの前だからかっこつけようとしていた立希も居たのかもしれないが、あいつはちゃんと憧れの人の前でもちゃんと自分を見せられていた。

 

 よかった。

 やっぱり、あいつは一人なんかじゃねえんだ……。何処か嬉しくもあり、人を通して立希のことを言われると照れ臭くなるのを隠せなくてつくしさんから目を逸らしてしまう。

 

「それと、ちょっと気になったこと聞いてもいいかな?」

 

「結人君の表明って私達も含まれるのかな?」

 

 ベンチから勢いよく立ち上がる。

 ましろさん達が居なかったら、ベンチは後ろに下がってたかもしれないほどの力で……。

 

「あーそれなら……」

 

 

 

 

 

 

「つくしさん達が何か悩んでいたらすぐにでも俺は駆けつけますよ!」

 

 ましろさんが言うものが正しいのなら、俺は関係が薄いからという理由で見て見ぬふりはしない。俺は感じて、手を取りたいから伸ばす。そんだけでしかなかったのに、何故か先輩達に言った瞬間恥ずかしいという感情が込み上げてしまう。

 

「そ、そんじゃあ、俺は帰ります!!」

 

 馬鹿みてえに大それたことを言ってしまって恥をかいたような気がしてしまう。

 わざとらしくお二人に大きく手を振っていると、肩が大きな音を立てて痛みに耐えながらも見えなくなるまで手を振ることをやめなかった……。

 

 

 

 

 

「結人君ってあんな大きなこと言っちゃう人だったんだね、ましろちゃん。ってそういえば、結人君と会ったことあったの?ましろちゃん!?というかるいさんも!!?話聞かせてよ!!」

 

「え?う、うん……割と会うことが多いかな?その度に結人君が成長って言うのと、自分の未来を進んでるって分かる気がするんだ。るいさんもこれで……」

 

 

 

 

 

 

 

「納得してくれるかな?」

 

 二人が話している内容は、俺に届くことはなかった。

 届くことはなかったが、心の何処かで思っていて欲しいという気持ちがあったのは事実だった。風の中を切り裂いて、俺はコンビニの前を通り過ぎようとしたが流石に疲れて立ち止まってしまう。

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 やべえ、恥ずかしすぎて勢いよく走り過ぎた。

 というか、結構走ったな。ライブ会場からも離れ────。

 

 

 

 

 

「結人君……!?結人君かい!!?」

 

「清告さん!?」

 

 話しかけられた相手を俺はすぐに認識できなかった。

 何故なら、俺が知っている清告さんとだいぶ変わっていたから。髭はちゃんと剃っていて、猫背ではなくしっかりとした姿勢になっている。服装もスウェットではなく、外を出歩くための服装をちゃんとしっかりと着ている。

 

 嘘だろ、俺が色々と忙しかった間に此処まで変わってたのかよこの人!?

 いったい、どんなビフォアフターをしたんだ!!?驚きを隠せないで、俺は思わず口を開けてしまう。まるで緊張した人間のように……。

 

「驚き過ぎじゃない、結人?」

「初華!?」

「なんで私を見て驚いてんのさ……」

 

 ダルいって顔に思いっきり書いてある、清告さんの横から出てきたのは初華。

 どうして此処に初華が?となっていたが、手に持っているものを見る限り恐らくムジカのライブに来ていたようだ。手首にはリストバンドが付けられている。

 

「お前、それいつまで付けてんだ」

「あっやばっ!?外すの忘れてた、ムジカのオタクってバレる」

 

 慌てたように初華がリストバンドを外している。

 全然外せていなくて、清告さんが初華の動作に声を上げて大笑いをする。初華は何か言い返そうとしていたが、大事な人の父親だから何も言えないでいる。

 

「はは!!初華ちゃんは祥子や初音ちゃんが好きなんだね」

「祥子ちゃんはともかく、あの人はそこまでじゃないです!!」

「そこまでじゃないって言うのは好きってことか?初華」

「うっさい!!」

 

 心の何処かで初音のことを認めたとしか思えない反応の速さをしていたが、指摘することはしない。指摘したらこいつの反応面白そうだが、やったら怒って来そうな気がするからな。

 

「祥子にまだ今日のライブの感想を伝えていなかった、結人君、スマホあるかい?」

 

「えっ?ありますよ」

 

 清告さんはスマホを手に取って、祥子の奴の電話番号にかけている。

 

「ごめん、結人。この人酔っぱらってるから」

「会場で酒飲んだのか?」

「終わって、すぐコンビニ行きたいって言い出してさ、酒買うのに」

 

 娘と友人のライブだったからテンションが高くなっているのかと思えば……。

 どうやら、酒でかなり昂ってるということを知って「マジか」という感想が出ていた。よく見たら、手元にビール缶あるな。服装は清潔感があるし、酒でストレス解消するって言うのが抜けていないだけかもしれねえが……。

 

「つーか、お前なんで清告さんと?」

「現地で声かけられちゃってさ、祥子ちゃんのお父さんだし別にいいかなって思って相手してたら滅茶苦茶絡まれた」

 

 やっぱり、現地で声かけられて合流ってことか。

 清告さんのことだから大声で初華の名前呼んで話しかけてそうだな。

 

「やっと出てくれた!!いやぁ、今日のライブ良かったよ!!娘の晴れ舞台ってこんなにも素晴らしいものだったんだな!!」

 

 電話口から困惑している祥子の声がしている。

 そりゃあ、俺の携帯からまさか自分の父親の声が聞こえて来るなんて考えはしないだろう、普通は……。

 

「ん?結人君かい?いるよ?」

 

 俺に変わって欲しいのか、祥子に名前を呼ばれて俺はスマホを清告さんから受け取って電話に応じる。凸凹な壁に背中を寄りかかりながらも……。

 

「Ave Mujicaのライブはこれで見るのは三回目になるんだが、今回は前回よりもっとよかった。オブリビオニスが中心となった舞台劇は何処かお前の決心を感じるものもあったと思うんだが、違うか?」

 

 あれはお前自身の決意、そのものだろ?と問うと、祥子はそのまま「そうだ」と返してきている。やっぱり、そうだったか。自分を信じてみるということ。祥子はかつて自分を見失って自分だけの世界に閉じこもってしまった。

 

 助け出したのは海鈴と初音だと聞いている。

 初音の奴、あのときからもう既に家の中に入れるほどの覚悟はあったんだな。豊川という庭なのに、すげえよ本当に……。

 

「祥子ちゃん、私もよかったと思う」

 

 初華が変わって欲しそうにしている。

 スマホを差し出すと、初華は楽しそうにしながらも会話を続けている。久々でもねえんだろうか、二人の会話は……。

 

「結人君、キミには感謝をしてもしきれない」

 

 初華と祥子との電話から離れた距離から、会話をする。

 頭を下げられて、俺は「清告さん!?」とまた言ってしまう。

 

「道端に落ちているゴミのような俺をキミが助けてくれなかったから、俺は今でもゴミそのものだったのかもしれない」

 

 かつて俺が言った。

 なんで娘を近くで見てやらねえんだってのは、俺にとって父親にも自分を見て欲しかったからに過ぎない。エゴをぶつけたのに過ぎないはずなのに、清告さんはお礼を言ってくる。

 

「清告さんなら、きっと娘さんに感化されていい方向にいったと思います」

 

 早速、ましろさんから伝授したものを使おうとする俺。

 若干滑稽だなって、自分を笑う。

 

「はは、そうだったらいいだけどね……。今はキミの配達が無くても、なんとかやっていけているよ。仕事も見つけて、今では祥子に弁当を作れるほどになったんだ」

 

「弁当、いいですね。なんかすみません」

 

 家庭料理……。

 憧れはある。長い間、喉から手が出てしまう程に「いいな」と焦がれているものだ。

 

「ど、どうしていきなり謝るんだい?」

 

「ビフォアフターしたもんだって思って」

 

「あはは、ある意味ではそうかもしれないね。酷かったからね、あの頃は……」

 

 直前まであまりにも酷いことを考えていたもんで、俺は謝ってしまう。

 清告さんは自分のことを思い返しながらも、話を続ける。

 

「お弁当は、人に見せられるほどのものじゃないけどね。娘が頑張っている姿を見て奮起したくなった。勿論、キミや初華ちゃん、初音ちゃんのおかげもある。お義父さんに立ち向かうのは……みんな、怖かったと思う」

 

「定治さん、確か会社はそのまま取締役なんでしたっけ?」

 

「世間からは不倫男とパッシングを受けてるみたいだけどね。あの人なりに、姉妹のことも瑞穂、穂波さんのことも愛していたと思うんだ。大惨事を生み出すことになってしまったけどね、向き合うってことは大変だね結人君」

 

「清告さんが向き合えたのも祥子や初華達のおかげってことですか?」

 

「そうなるね、彼女達は見せてくれた。どんな困難でも立ち向かえるという強さを……。だったら、僕も応えなくちゃいけないってなれたんだ。キミが教えてくれたんだ。自分を貶していてもしょうがないって、だから本当にありがとう」

 

 再び、清告さんは俺に頭を下げる。

 俺が手伝えなんて回数なんて数え切れるほどだって言うのにこの人は俺にまた頭を下げてくれている。次は「大丈夫ですよ」なんて言えなかった。これこそが、清告さんの誠実さだと身に染みていたから。なによりも、俺は思い知らされていた。だから、何も言う事は出来なかった。

 

 清告さんが頭を上げていくのを見てから……。

 

「向き合う、か……」

 

 もう一度、初華に視線を向ける。

 頬の筋肉が完全に溶けてるみたいに、子供のようにはしゃいで祥子と話している初華の姿がある。

 

『己だった頃の想いって言うのはすげえ重要だからな』

『見誤るなよ?自分の傷の慰め方を』

 

 初華、お前は道を見誤ることはしなかった。

 定治ではなく、俺の手を取った時点で運命という神々の悪戯はお前って人間に闇を祓ってくれたんだ。復讐という怒りの地上戦を解き放った。そうだな、やっぱり話すならお前が一番最初の方がいい。お前は俺の馬鹿げた夢を絶対に直球で「死ね」と言い放ってくれるはずだ。

 

「生!生飲もう!!」

 

 突如として酔っ払いモードに戻った清告さんを見て、俺は思わず吹き出してしまう。

 日常というものが返って来たんだと思わせてくれる。さっきまでの重たい荷物を電車の中に置いて来てしまった気分だ。俺と初華は清告さんに肩を組まれる。

 

「いいな、こういうのも」

「私は全然よくない、酒臭いし……!」

「そこは同意かもな」

 

 鼻には酒の匂いと祥子から警告を受けている清告さんの声を耳にする。

 初華のことを見つめる。

 

「なに?」

 

「なんでもねえよ」

 

 やってみるか……。

 自分なりのやり方で進む道を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みが終わってすぐの日曜日に俺はあいつと会う約束を取り付けた、あいつの都合のいいように大阪にした。元々、あいつには大阪を案内してもらう予定だったしな……。

 

 覚えてるかも分からない約束を思い出しながらも、俺はポケットに入れてあったスマホを手に取る。あいつと会うために乗っていた新幹線内で、燈に送った連絡を見る。

 

『ごめん、待たせ過ぎて燈が納得できる答え。もうすぐ出せそうなんだ。悪い、いつも待ってくれて……』

 

 連絡を送っていて、既読が付いている。返事はない。送ったのは数日前だ。

 待ち続けているのも、辛いのも知っている。ムジカのライブを終えて、割とすぐに夏休みが終わった。答えはもう出ているのにすぐに言わないのは、どうしても一番難所を先に突破する必要があるからだ。

 

 

 

 

 

 今はあべのハルカスに来ていた……。

 

「どう?360度、何処からも見れる約300mの夜景は?」

 

 身体全体を回しながらも、全方位に身体を向けている初華に冷ややかな目を向ける。

 すると、頭を叩いて来て俺は「いって!!」って声を荒げる。

 

「悪くねえな」

 

「あっ誤魔化した」

 

「するだろ普通に……」

 

 景色を見ていた。

 流石に愛音も大阪に来ているってのは読めなかったが……。あいつのノリ的にこういう大阪という場所は違和感なさ過ぎる、遠慮がねえからだろうな……。

 

『明石海峡大橋とか関空とかも見れるってさ』

『私が住んでた島も見えるかも……』

 

 ほっこりしそうになって口元が緩みそうになっていた。

 かつての復讐に囚われている初華じゃない。姉に全部を奪われて『華音』として生きることも、初華として生きることを選んだ。アイフラメとして生きることも……。なにより、今此処にいる初華は自分を楽しんでいる。

 

 ちゃんと自分の道を進んでる初華。

 なら、俺が言うべきことも伝える必要がある……。

 

 

 

 

「真面目な話だ、お前はこの話を聞いてふざけんなって思うだろうが、最後まで聞いて欲しい」

 

 さっきまで景色に焦がれていた初華が一気に嫌そうな顔になる。

 思いっきり顔に出ている。俺は気にすることなく、自分の決意を口にする。一通り、自分の口から俺は説明した。ましろさんの前に言ったことをある程度口で翻訳して……。

 

 

 

 

「人と人との繋がりが、結び目があるからこそ信じてみたい。繋がりが断ち切りそうになったら、例えば……」

「関係が悪くなって、お互いにもう話す事も許されない。そんな関係になったら、どうすんの?」

 

 話を遮って、手すりを強く握り締めている初華。

 こうなるのは分かっていた……。

 

「断ち切らせねえよ、断ち切るならその手を伸ばす」

 

「初華が一番知ってるだろ?」

 

 手すりから手を放したのと同時に、俺の方を強く睨む。

 初華は言う。お前のやっていることは豊川定治と一緒だと……。ああ、そうだ。俺がしようとしていることなんて結局は誰かを選ぶことなんて出来ない。そんだけの話なのに、綺麗な川しか見つめていない。周りにあるごみを無視しているだけに過ぎない。

 

「さっき……お前は言っていたよな?逃げているだけだって……」

 

「全員を幸せにする、幸福にするっていうのは所詮お花畑かもしれねえ。きっと時が流れれば、互いに傷つくこともある。それは互いに喧嘩したからとかじゃない、時が進んだりすれば互いに何か悩んだり苦しんだりするっていうのは、人間としては当たり前のことでしかねえ」

 

「そこから阿鼻叫喚の地獄絵図が作り上げる可能性だって高い、お前が話していたように結び目が解ける可能性すらある。それでも、俺はそれを繋ぎ止めるし放すつもりはねえ」

 

 此処まで来ると、最早ましろさんのときとは違って噛むことはなかった。

 違いがあるとすれば、覚悟という大きな器と場所という空間のおかげだ。

 

 初華に語り掛けるためにも……。

 

「結人が決断を見誤った場合は?」

 

「そんときは遠慮なく……」

 

 

 

 

「俺のことを背中から刺せ」

 

 返しとしては、相応しいものなのかもしれない。

 かつて、俺に言い切った凶器と言う名の発言をそのまま初華に返すという意味では……。

 

「はぁ……」

 

 初華が息を吐いたと同時に……。

 ビルの中の照明の光が俺達のことを照らし出したような気がしてならなかった。光が満ちるということは、希望を表すのかもしれない。希望が必ずしも光とは限らないが、今あるこの希望を信じてみたいとなれたのは……初華の次の言葉があったからだ。

 

「アホみたい」

 

 息を吐き出しきった後に、初華は真っ白な歯を見せる。

 そして……。

 

 

 

 

「裏切ったら刺してやるから」

 

 俺の家で笑いながらも言ったときとは違う。

 今回は完全に顔の筋肉に力を入れ、眉を細めているが視線が徐々に上へと向けている……。完全に呆れたという顔をしてる。

 

『私のことを裏切ったら、刺してやるから』

 

 確実にやるという顔をしてやがる。脅しじゃない、完全にこれは約束だ。

 実際にあいつは「約束だからね?」って言っている。言い訳は聞いてやらない、お前が決めたんだからちゃんと実行しろ。実行しなかったら背中を刺して、ゴミ箱に死体を分解して捨ててやると顔にしているような気がしてならない。

 

「結人の信条って……お花畑もいいところだね」

 

 俺が了承をした後に、彼女は窓ガラスから大阪の景色を見つめる。 

 既に夜へと変わり果てている景色を上から見下ろして……。

 

「全員を説得できるつもりでいんの?」

 

 現実的な観点の話だ。

 俺が断ち切りたくなくても向こうが断ち切りたいことを願いたいと思うこともあるだろう。だとしても、俺のやることは変わらない。

 

「言ったろ、俺は繋がりを切らねえって……」

「はぁ……結人と付き合ったら絶対面倒なことになりそう」

「どういう意味だよ?」

「別れたいとか言ったら、滅茶苦茶なんか説得しようとしてきそう。束縛強そう」

 

 頭を手で押さえながらも、初華はあべのハルカスの窓ガラスから景色を見つめている。

 その瞳の先に映し出されていたのは果たしてどんな景色だったんだろうか。

 

「は?なんだよそれ」

 

「言葉通りの意味だけど?」

 

 初華は苦笑いで言う。まだ景色を見つめている。

 俺はあいつと同じ景色を見つめたくて、見える景色をビルの集団光ではなくもっと奥へと視線を送るとそれは島のようなものだった……。

 

「あれか?」

 

「お前が住んでいた島……」

 

 名前は確か、小豆島だったか……。

 1908年に国内で初めてオリーブ栽培が成功した「日本のオリーブ栽培発祥の地」である島。見えている景色の中には山のような影が小さく見えている。あいつもあの場できっと色んな体験をしてきたはずだ。

 

『自分の描いて地図通りになってよかったね』

 

 表情に『ありがとう』って書いてあった。

 さっきの顔を忘れる訳がない。姉と共に生きていた時間の中でも幸せがあったからこそ初華は道を誤ることをしなかった、踏み止まることが出来たんだ。

 

「うん、私の……」

 

 窓ガラスに手を触れつつも……。

 瞳は宝石のように綺麗な瞳になっているから……だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い出」

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