【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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化け物じゃないよ

 頬に痛みが炸裂する。

 痛みは音となり、俺の耳の中で残り続ける……。そよに何か言えることが出来たはずなのに、俺は何も言うことができなかった。ただ、手を伸ばして掴む。

 

 まるで「待て」って言わんばかりのことしか俺にはできなかった。

 案の定、手は払い除けられる。当たり前でしかない、俺は自分で言ったはずだった。殴られるだけのことは言っている資格があるって……。否定はしなかった、自分を正当化することもしなかった。唯一、心残りがあるとすれば……。

 

 そよを追いかけることができなかった。

 手を払い除けたそよはRINGを出てしまう。頬に残る実感が消えて行くなかで陽だまりに包まれたような声が聞こえる。

 

「そよりん、追いかけて来る!!」

 

 一番真っ先にそよへ反応を示していたのは愛音だった。

 自分の荷物を持って、愛音はカフェの方を出ようとしているが……。

 

「待て、愛音。お前は本当にい「ゆいくんが言ったんだからね?逃げるつもりはない、私達の関係からって……」」

 

 俺があいつのことを止めて答えを聴こうとした瞬間……。

 愛音は笑顔だった。後悔はない、満足してるって顔をしていやがる。

 

「怒ってくれたこともあったじゃん?」

 

「バンドを抜けようとしたとき、後さ……人と人との繋がりが大事だとも……。ゆいくんの言っていることは確かにクズだけど、向き合って来た重みっていうかさ少なくとも、そういうのがあるのは分かるから。なんかゆいくんに伝染してるみたいで複雑な気分だけどさ……!!」

 

 人のことを病原菌扱いしていることはともかく、愛音らしい言い方でしかなかった。

 初めて俺のエゴを感情のままにぶつけたのは愛音だった。何度も衝突して、何度もこいつから教えて貰ったから今がある。

 

「ありがとうな……お前が居なかったら俺は「はいはい、今はそれもなし!ゆいくんの話聞いてたら、こっちの気まで持たないってば!その分、私との時間もちゃんと作ってよね?作らなかったら、SNSに彼氏に捨てられたって言うからね」」

 

「……分かったよ」

 

 言いたかったことを全部遮られる。言い方はともかく、こいつにはちゃんと答えを出している、既に……。それに伴う当たり前も出来る限り、見せて来たつもりだった。

 

「じゃあ、私は追いかけて来るね!」

 

 それ以上、何も語ることはなく愛音はRINGを出る。

 足は軽やかで進み出してくれている、光のままに……。

 

 

 

 

 

 俺もちゃんと燈と向き合わないといけないよな、改めて……。

 ありがとうな、愛音。俺はいつだってお前に助けられてる。助けられてばっかで偶にこれでいいのかよって自分でなるけど、やっぱりお前に任せたい。俺を信じてくれた愛音に……。

 

 

 

 

「ゆいくん、ちょっといい?」

 

 だからこそ、俺は燈に声を掛けられてすぐに燈の方へと向くことが出来た。

 

「ああ……」

 

 燈はRINGのカフェを出て歩き出している。その背中は寂しさすら感じさせている。

 辛いに決まってるよな……。俺は燈を追いかけずに、俺は一瞬だけ立希の方を見てしまう。

 

「なにしてんのお前、燈のこと放置するつもり?その程度の覚悟だったってこと?」

 

 眉間に皺を寄せながらも、出入り口の方に合図を送っている。

 楽奈の方も見ると、「追いかけないの?」と顔に書いてある。立希の方はともかく、楽奈の答えをまだ聞いてないが、表情を察するに「おもしれー男」って顔に出ている。その様子を見てから……。

 

「悪い、二人共」

 

 口に出してから、俺は燈を迷わず追いかける。

 RINGを出てRINGの外階段へと昇って行くと、燈が立ち止まっていた。風が吹くことはない、まるで俺達の中で進展がないと言わんばかりに……。だけど、俺は此処に立ち続ける。これからの未来の為にも……。

 

 

「ゆいくん……そのね……」

 

 燈の方へと視線を向ける。

 今にもこの場から逃げ出してしまいそうなぐらい震えている燈の姿がある。足先を見るだけで靴が揺れ動いている。自分の言ったことを今更後悔なんてこそはしていなかったが、燈が耐えられるかという不安はあった。

 

 

 

 

 だとしても、俺はちゃんと燈が待ってくれていた上での答えを聞く必要があった……。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 身体の震えが止まらない。

 止まって欲しいのにゆいくんの誓いが耳元から離れようとしてくれていない。思いはちゃんと伝わっているのに、どうしようもないぐらい水深の深さに溺れてしまう。

 

「ゆいくん……」

 

 なんとか声を出そうとした。

 待つと答えたからには、答えなくちゃいけなかった。

 

「結人君が言っていることが本当のことだって……」

 

 ようやく絞り出せたもの……。

 

 

「分かるよ」

 

 掲げたいものが、自分の中で濁り始めてしまう。

 結人君の誓いは、汚れや傷が一つもない綺麗な石そのもの。触れてしまえば、傷すらつかずに壊れてしまう。指紋が浮いてしまう。置いておくだけでも全然汚れてしまう。無菌状態にでもしない限りは……。

 

「だとしても……辛い……」

 

 躊躇わないで、自分の意志を伝えてしまう。

 結人君が決めたことなのに、口を止めることができない。真剣に言ってくれたことだからこそ、自分の心が締め付けられる。

 

「結人君が決めたことは……きっと昔なら何も知ることができなかった。私には結人君を知ることが……できなかった。だけど、今は違うよ。結人君の弱さを知ってるからこそ……強さを知ってるからこそ此処まで乗り越えて来たもの」

 

 

「触れてしまいそうになる……」

 

 結人君が話してくれている間に、背負って来たものが流れ込んで来てしまった。

 夢じゃない、あれは紛れもなく彼が今までしてきたこと。

 

『俺は……怪物だったんだ……』

 

 いつ言っていたのかは分からない、多分私を突き飛ばした後のこと……。

 きっと突き飛ばされたこの体が痛みを覚えていたから。彼の記憶に触れることが出来たのかもしれない。結人君は結人君で答えを見つけてくれたのに……。

 

「燈……」

 

 現実に引き戻してくれる、結人君の声で……。

 途端に呼吸が苦しくなる。呼吸すらも強く否定してしまいそうになる。自分には出来ない、自分には結人君の意見を受け入れることが出来ない。「愛してる」と言ってくれたのに自分は誰も選べないと言われたから。違う、きっとそれもある。もっと一番苦しくてしょうがないのは、結人君の背負って来たものに触れてしまったから。

 

 今どんな思いで此処にいるのか分かってしまう。

 分かってしまっているのに、自分にはどう答えを出せばいいのか分からなかった。迷子でもいい、迷子で進め。今は自分がそれすら口にすることができない。

 

 なのに……。

 

 

 

 

 結人君がいつだって……。

 真剣にぶつかってくれた。思いをぶつけて、その上で自分も傷ついて、自分の気持ちを隠さないでくれていた。私に劣等感を抱えてくれていたということも、全部話してくれた。過去が教えてくれる。いや、過去よりも私にとって今大事にしたいもの……。

 

 

 

 

 

 

『星、綺麗……』

 

 一緒に見れたよ、結人君と一緒に……。

 会えなかった頃の結人君と思い描きたかったものの一つは……。

 

 

 

 

 

「この目で……これからも見て行きたい」

 

 結人君の身体を手で実感する。もう離れることはない。

 未来永劫なんてない、いつかは死ぬことになってしまう。傷つくことも、また手を放してしまうこともあるかもしれない。だとしても、私は結人君という()()の手をこの手から絶対に離したくない。

 

 結人君は何も言わない。

 何も言わないのに分かることがある。目線を合わせてくれて、「ありがとう」と言ってくれている。

 

 結人君の赤くなって痛みが残ってる頬を手で優しく触れる。少しくすぐったそうにしている。照明が私達のことを何処か導いてくれているような気がしながらも……。ちょっとだけ、私は結人君に勇気を出してみることにした。

 

 

 

 

 

「好きだよ、結人君……」

 

 思いを伝える。

 とても難しいことだけど、私はこうして結人君の唇に触れて今自分の感情を教えることは悪いことじゃなかった。

 

「俺もだよ……」

 

 結人君の答えを聞いてから、もう一度顔を近づける。こんなこと初めてだった……。

 ずっと時計の針の音が進む音だけがしている。震える指先で結人君の頬を支える。驚いたように見つめて来る結人君。自分が今なにをしようとしているのか、冷静になってしまうほどやっぱり無理なのかもしれないってなってしまう。

 

『一瞬一瞬をたくさん重ねたら一生になると思う』

 

 自分が口にしたものを思い出す。

 なによりも、これ以上結人君に自分のことを化け物だと思わせたくなかった。するのが怖くても、目を瞑って唇を重ねる。軽く触れるだけのつもりなんてなかった。

 

 

 

 

 

 舌先を結人君の唇の中に入れて……。

 目線で語り掛ける。身体が熱くてしょうがない、恥ずかしい。止まることが出来ない。大好きでしょうがない結人君に「化け物じゃないよ?」って教えてあげたかった。結人君が伝えてくれた想いが私をこうさせてくれたよって教えたかった。

 

 

 

「これが燈の答え……」

 

 私達のことを照らす光はなかった。

 曇り空が続いていて、光はない。自分達の示した答えの先にあるものがこれなのかも……しれない。仮にそうだとしても、私は後悔はしていない。結人君の目を見れば赤くなっていて……。

 

「うん……結人君のことを人間にしたかったから」

 

 目元が笑ってる。涙も瞼から出ている。

 自分の中できっと隠していたつもりだったのに、バレてしまった、自分はやっぱり醜いなんて思ってるのも……しれない。でも、今はそんなことよりも……。

 

「も、もう一回いい!?結人君……?」

 

 この熱い感情を優先したい。

 頬に触れた手が感じる熱さを……。

 

「……もう一回だけだからな」

 

 吐息が近くに感じる。

 

「うん、永遠に続くようにって願いたいから……」

 

 それだけで頭の中が麻痺してしまいそうになる。肯定してくれた、認めてくれたから私は次はもっとしてあげたかった。長い時間、永久を感じさせてあげられるぐらいに……。

 

「そうだな、俺も……死ぬと分かってても……」

 

 

 

 

 

 

「お前とは……傍にいたい。お前と……離れたくない」

 

「私も……だよ」

 

 お互いに泣きながらも、また自分達の世界に入る。

 ようやく手に入れることが出来た答え。前に言った、アルバムにして心の記憶には残る。誰かが覚えている限り、未来の中で生き続ける。

 

 

 これは違う。

 未来になっても残り続けるもの、残滓そのものだから。私からも言いたかった。

 

 

 

 

 

 

「あ、愛してるよ……結人君!!」

 

 ちゃんと……言いたかったのに自分の想いを結人君に伝えるという行為が直前で抑えてしまいそうになる。恥ずかしいとかじゃない、やったことがないことだから私は戸惑ってしまう。牛乳の味がしたときは違う。今度は頭の中が真っ白で何も考えられなかった。

 

「俺も……」

 

 

 

 

 

 

 

「愛してるよ燈」

 

 

 

 

 

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