【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
結人君の心臓の音がしている。
早くなってるなんて生々しい言葉を使うのは嫌。私の心臓の音がどうなっているかなんて知らない。どうせ早くなってるだろうけど、気づきたくなかった。
「この後はどうするつもりなわけ?」
「は?俺が変なことするって言いたいのかよ」
「そっちじゃなくて、燈ちゃんが部屋に居るのにこんなことをしていいの?ってこと」
結人君の視線が泳いでいる。
向かい側のソファーを見たり、天井の方を見たりしている。
「随分分かりやすいね、結人君って」
後先考えないで行動したでしょ?と図星を突いた言い方をすると、結人君は頭の中心を指で掻いている。苦し紛れの抵抗のようにも見えてしまう。
「結人君、私がさっき言ってた脆いって言葉どういう意味分かる?」
「俺の言っていることは所詮、偽善でしかねえって言いたいんだろ」
まるで、それは自分がしていることを「そうだ」と認めている言い方。
結人君ならこういうとき否定はしたり、逃げたりしない。
「そう、自分で気づいてるんだ」
こういう人だとは知っているつもりだった。
なのに、さっきみたいな行動に出たのは私が私を信じることが出来ないから、自分を未だに許すことが出来ないから。結人君達を信じることが出来ないからじゃない。日の光がある場所を自分が歩いちゃいけないから。
「怖いか?」
「……なにが?」
「震えてんぞ、身体」
こういうところだ、私が結人君から逃げたくなるのは……。
自分の罪の意識から逃がそうとしてくれない。身体が悲鳴を上げている。震えてしまっているんだ。出さないようにしていた、我慢しようとしていたのに私には仮面を被ることなんて出来なかった。
哀れでくだらなすぎる自尊心が彼の前で晒されて、どうしようもないほどの自分への苛立ちを覚える。
「許せねえのか?」
「やめて……」
「自分が許せねえのか?」
「分かったようなことを言わないで」
「本当はもう許してやりたいって思ってるんだろ」
ああ、ダメだ。
彼の前では自己否定なんて無力だということを思い知らされる。
結人君も私と同じだ。
燈ちゃんや立希ちゃんを傷つけて今此処に立っている。人を傷つけた、痛みなんてものは自分でしてきたことだから直視している。直視し続けているからこそ、彼はあの選択肢を選んだんだ。全員助けたいというお花畑みたいな信条を……。
「ほらよ、立てよ」
先にソファーから立ち上がったのは結人君の方からだった。
結人君はソファーから立ち上がっている。
「何処、連れて行くの?」
立ち上がることなんて出来なかった。
このまま自分が悪いと言い聞かせて此処で立ち続けたいと祈り続けたかったから。誰も居ない懺悔室の前で……。
「逃げるのは簡単だぞ、進むのも地獄だけどな」
腹部を一気に貫かれて、激しい痛みが伴ったように見えた。
結人君の強烈な二撃が致命傷になって私は今にも頭を掻き毟りそうになる。呼吸は荒い、立ち上がることができない。自分の頭が真っ白になってしまっている。
「手は伸ばしてやらねえからな。そこから立ち上がるなら、自分で立ち上がれ。立った後のことは俺が今はなんとかしてやるが……」
「自分の意志で立ち上がれ」
自分という人間がどれだけ惨めで弱い人間だと信じ切っているときにも結人君は決して、手を差し伸べようとはしてくれない。まるでソファーの上なんて小さな場所なんかよりも早く立ち上がって燈と直接話をしろと言われているような気がしてならなかった。
このソファーという場所から動いてもいいのだろうか?
私は睦ちゃんにも祥ちゃんにも謝れていない。陽だまりに包まれた先に行きたかったのに、自分を許すことが出来ないでずっと苦しんでいた。もうこれ以上、自分は幸せになるのはいけないと思い込んでいたのに、今は希望を向けられている。
『俺も一緒に進んでやるから』
ベランダに視線をまた向けてしまう。
『自分と向き合うってことになるから、結構やばいんだよ?』
歩道橋で燈ちゃんに伝えたもの……。
あのときは向き合うことが出来た。あれは進めている証拠だったのに、私は今また閉じこもろうとしている。今度は自分のためにまたこうやって……。何度目なの?何度やれば気が済むの?
立希ちゃん、燈ちゃん。
睦ちゃん、祥ちゃん。それに結人君だってもう進もうとしている。なのに、私は抜け出せない。
もういい、もういい。私は向き合う。
自分という存在に……。仮にもし、それが地獄への一方通行だとしても私の周りには色んな人達がいる。支えてくれる、今はきっと許せなくても、謝ることが出来なくても……。
迷子でも進みたいとなれた。
燈ちゃんへの独白。結人君のバカバカしい希望が私に見せてくれたからこそ……。
「なんだよ、ちゃんと歩けるんじゃねえのかよ」
腰に手を当てながらも、笑ってくれている。
暗がりでも充分はっきりと伝わっていた。
「……結人君」
ちょっと低めな声で真剣であることを伝えるための声を出す。
すると、結人君も腰に手を当てるのをやめて真面目に聞こうとしてくれている。
「なんだよ?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
くしゃっとした笑顔で結人君は返してくれる。
いつだってそうだ、結人君はこういうことをしてくる。こっちの気も知らないで、それがどれだけ自分にとってこれを幸せと思えるなら、どれだけ前に進んでいいとなれてしまう。
私はいつだって、そうだ。
そよは自分の部屋に入った。
燈とそよの間に今、俺が入る余地はないと考えて一人でベランダから外を眺める。此処の景色はいつ見ても飽きねえ。スカイツリーに比べたら大したことはないのかもしれねえが、今照明がついているあのビルの中でまだ仕事をしている人がいるとか、豆粒サイズみたいに見える車がこの先何処に行くのかってことばかり気になって妄想、空想が広がるからだ。
『そよりん、大丈夫そう?』
スマホの通知音に愛音からの連絡が来る。
マンションの前で張り込みをしているときは、呑気にしていたがどうやらちゃんとそよのことを気にしてくれていたみたいだ。
俺はそれに『大丈夫だ』とだけ軽く返すと、すぐに既読がついている。
静まり返ったスマホを軽く下ろして、俺はベランダの方からソファーの方を見つめる。もう誰も座っていない。
『自分の意志で立ち上がれ』
そよが何で傷ついているのかなんてのは……。
なんとなくだが、此処に来て押し倒された時点で気づいていた。あいつは、ただ一人ずっと自分で立ち向かおうとしていた。運悪く、敵が自分ということもあってどうしようもないほどの息苦しさを抱えていた。
奇妙なもんだ、表情だけでそれを読み取れたのは……。
いや、違う。俺があいつの苦しくて今にも壊れそうな表情で気づけたんじゃない。あいつとの共通点、燈や立希を傷つけた。片親である、心の中では何かを抱えている。そういうお互いにある腹の内を隠し通すことなく……。
『こんな私だけどこれからもよろしく』
『救われた人もいるんじゃない?』
『最後まで好きでいて、それとちゃんと……責任取って』
『こうやって誰かと一緒に朝ご飯を食べるの久々かな……。案外悪くないかも』
見せ合わせて来たんだから。
お互い通じ合えて当たり前でしかなかったんだ。
互いに……。
自分の部屋に入るだけでこんなにも勇気が必要なことなんだって不安になってしまう。
ドアノブに触れて燈ちゃんと話をするだけなのに、私はまた止まりそうになるのを堪えて部屋の中へと入った。
「そよちゃん、さっき凄い音してたけど……大丈夫?」
部屋に入ってすぐに燈ちゃんが「あっ」なんて声を出して心配してくれる。
「え?あ、あー……うん。大丈夫だよ」
一瞬ドキッとしてしまう。
やっぱり、結人君って何も考えてないで行動しているんだなって改めて思うなんて投げやり気味の八つ当たりに出る。
「燈ちゃん、前に話したよね?私の叫びでもあったってこと」
燈ちゃんの歌詞ノートを見たとき、私は自分の心の闇を無理矢理引き剥がされた気分だった。
此処まで自分の感情を言語化できるなんて凄いと思う部分もあったけど、目を瞑りたくなるほどの真実に目を逸らすことが出来ない。私はこんなものを読みたくないってなってしまうほどに……。
「言ったことなかったよね、私ね……。お父さん、子供の頃離婚しちゃったんだ」
燈ちゃんは黙り込んでいたけど、「え?」って顔に出ていた。
直接的に話したことがあるのは複数人程度だった。きっと誰にも言っても分かって貰えない。話しても、同情されるか可哀想な子だって見られるだけだから話したことなんてほとんどなかった。離婚しているってことを言ったことはあっても……。
「その頃から……かな。私はいい子で居なくちゃいけないって強迫概念に囚われて。自分のことを隠すようになった。運命なんてない、貴方の輝きが道を照らすなんて幻想でしかないなんて思うときもあった」
自分の人生に絶望していた。
来る日も来る日も自分を隠して生きて行くことしかできない。それでいいって言い聞かせているのに、自分の心が微塵も喜んでない。他人の顔を窺っているだけの嘘、偽りなんて知っていた。
「CRYCHICが始まって、自分の中にも運命って本気であるんだってなれたんだ。祥ちゃんに出会って、自分という人間を偽る必要もないってなれた。でも、もうCRYCHICはない。それから日々はどん詰まりの人生だった。四葉のクローバーを一生懸命探そうとしているのに、見つけることが出来ない。哀れだよね、燈ちゃん」
燈ちゃんは無言でいる。
何も言ってくれない。それでも、私は続けることにした。
「その後にMyGO!!!!!に出会えて私は……」
言葉が詰まる。
言えなくなってしまう。私はMyGO!!!!!なんてやりたくなかった。燈ちゃんの歌をまた聴くのが自分にとって心に来るからやりたくなかった。CRYCHICをやりたかったなんて言えなかった。自分の罪を認めてしまうことになるから。まただ、また私は逃げようとして──。
「そよちゃん、呼ぼう?」
燈ちゃんが私の手を握ってくれている。
灯火みたいな温かさを持つ燈ちゃんの手に自分を照らし出してくれている。
「誰を……?」
「みんなを……あのちゃん、立希ちゃん、楽奈ちゃん……。みんな呼ぼう?」
「え?」
「そよちゃんの言おうとしていたことはきっとそよちゃんの心の叫び……だから」
「心の叫び……」
そっか、私がずっと言い続けていたのは私の心の叫びだったんだ。
だから、燈ちゃんはみんなに聞いて貰おうって言ってくれていたんだ。聞いて貰えるだろうか、私がこれから語ろうとしていたことを……。心の中に書き留めようとしていたものを……。不安はある、不安はあるけど……。
「そうだね、分かった……」
もう誰かのために良い子を演じる必要もない。
「聞いて貰おうかな、みんなに……」
言ってすぐ、来てくれるような子達じゃない。
どうせ、遅れたとか言い出して私の決意が揺らいでしまうことになるかもしれない。
だとしても、私は……。
もう無邪気だった頃の一ノ瀬そよも、暗闇の中に溺れ続けていた長崎そよのことも許せることが出来るはず。記憶の中でずっと泣き続けている私に「大丈夫だよ」と言う為にも……。
今この場で集まってくれたみんなに……。
「私は……MyGO!!!!!をやりたくなかった」
伝えることだけを選ぶ……。