【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
さっきまで燈が俺のラテアートをじっくりと見てくれていた。
自画自賛するつもりはねえが、ラテアートに関しては自信があった。手先は器用な方だし、カフェに来るお客さんからも「写真、撮ってもいいですか?」なんて煽てられるほどだった。
嘘偽りのない、燈の感想を聞けてよかったのもある。
味の感想を聞けたのも……。燈にこうやって何かお手製のものをあげるのは、去年の誕生日以来だから、俺としても、やり遂げた達成感がある。実感として込み上げて来る感情をポケットの中に忍ばせて、俺は燈の瞳を見つめる。
燈もまた俺の瞳を見つめてくれている。
まるで視線でまたお礼の言葉を述べてくれているみたいだった。
照れ臭くなる。
テーブルの前から離れようとしたときに入口の方から声が聞こえる。今、一番声を掛けられたくない奴から……。
「……ふーん?」
そよは通学バッグを背負ったまま、入口の前で目を細めて俺達のことを見つめる。
「い、いらっしゃいませ……」
お客様として扱おうとしたのに、俺の声は弱気になる。自分でも情けないほどに……。
通常通りの運びで行こうとしたのに、怪訝そうな視線を送られてそのまま俺のことを素通りして燈の前に立つ。
「燈ちゃんが飲んでるのラテ?」
「う、うん……」
「美味しいよねそれ、結人君。ハーブティー貰える?」
周りに合わせることなく、自分を出して来るそよ。
俺は一歩前進したとホッとしながらも、聞き出すことにした。
「ハーブティー?そよにしては珍しいな」
軽はずみな質問だったが、俺にはこれぐらいがちょうどよかった。
昨日の夜の告白があったからこそ、こういう日常が俺達にとっては大切でどれだけ貴重なのか俺は知っているからこそ、俺は続けることにした。
「こういう場でハーブティーを飲む。優雅だろ?」
「急に愛音ちゃんみたいなことを言い出すのやめてくれる?」
露骨に嫌な顔をし始めるそよ。
「愛音は一人で充分だもんな」
「結人君は一度馬に蹴られた方がいいんじゃない?」
愛音は一人だからこそ意味がある。
拡大解釈をしているのを読み取ったのか、そよが椅子を強く引いて、燈に向かい合って座っている。燈は困惑して、周りをキョロキョロしそうになっている。
「燈ちゃん」
「え?そ、そよちゃん?」
「結人君は魔性の男の子だから気をつけた方がいいって睦ちゃんが言ってたよ?」
「む、睦ちゃんが……?」
いきなり話しかけられて、困惑している燈。
身体は既に動き出していたが、「え?え?」なんて声に出している。
「おい、あいつは絶対に言わねえだろ。どっちかと言うと、モーティスだろ」
呆れながらも、そよに言う。
今まで散々詐欺師だの、ドバイだの言われてきたからモーティスなら納得できる。
「にしても、モーティスともちゃんと仲良くしてくれてるんだな」
そよはあいつらとは学校同じだ。
偶にモーティスも睦と人格を交代して出て来るときもあるだろうから、仲良くやれているみたいだな。
「結人君、顔に出てるよ?」
俺のだらけきった表情を読み取ったのか、そよは手を弄りながらも言う。
「待てよ、俺は何も言ってねえだろ」
「そういうところ、何度も言えばいいのかな?燈ちゃんも本当に気をつけてね」
「う、うん……?わ、分かった……??」
「分からなくていいぞ、燈……」
混乱している燈に余計なことを付け込もうとしているそよを必死に止めようとする。
肝心のそよは俺で楽しめているようで愉悦に浸っているようだった。くそっ、此処最近そよに押されてばっかだ。どうにか、勝ちたいのに勝てない。
くだらないマウント合戦をしたくてしょうがない俺とそよ。
次なる勝利はいつになることやらなんて考えているとそよは窓の方を見つめだす……。
今日の朝のことを思い出す。
睦ちゃんから交代してモーティスちゃんが元気よく結人君のことについて語ってくれた。中でも、よくお話してくれたのは静岡の熱海に行ったことだった。自分のファンからサインを貰ったこと、海で一緒に写真を撮ったことを楽しそうに話してくれつつも、彼女はこう言っていた。
『結人君は女の子のことを手玉に取るのに長けてるから、そよちゃんも気をつけてね!』
事実、今日の朝、プランターの前で言っていた。
嘘はついていない、実際のことを喋ってる。私はそれに笑みを溢しながらも返してあげた。
『うん、知ってるよモーティスちゃん。結人君は魔性の男の子だもんね』
結人君には簡単に負けないなんて意志を互いに思いを背負って、結託。
お互いに気をつけようなんて馬鹿な光景かもしれないのに、案外悪くなかった。それからすぐに睦ちゃんに戻って……。
『そよ、水……』
モーティスちゃんのさっきまでの話を無視して、私にジョウロを渡してくれる睦ちゃん。
何も言わずに受け取り、私はプランターの土に水をあげる。睦ちゃん達が失踪していた一日の間にも私があげようか悩んでいたときもあった。睦ちゃん達に感化されて菜園でも始めようと感化されたときもあった。
結局私にはやり方が分からないから、やらなかった。
どうせ、枯らして終わらせちゃうのがオチだから。
『睦ちゃん、土弄り楽しい?』
ちょっと嫌味っぽい言い方になってしまう。
私は訂正しようにも後戻りはできず、自分の中でしまったなんて感情があったのに言うことが出来なかった。
『ん、楽しい。そよと居られるから』
『そっか……私も楽しいよ』
隣で私からジョウロを渡される睦ちゃん。
受け取った後にジョウロを持ったまま、固まっていた。謝れるなんてことは結局できない。祥ちゃんにもそう。睦ちゃんにも……。だとしても、私はこうやって今は睦ちゃんの隣に居ることが出来る。
何度でも問答をする、CRYCHICはもうない。
記憶の中にある。
それは悲しいこと。
私にとって、今こうして睦ちゃんの隣に居られることだけが込み上げるほどの嬉しさがあった。肩の力が抜けてしまうほどに……。
「ごめーん!!遅れた!!」
愛音ちゃんの声が聞こえて来る。
現実に引き戻された感覚がしながらも、私はRINGに意識を戻す……。
そよがカップを持ったまま、ボーっとしているのをチラッとだけ見ていた。
こいつがまだCRYCHICのことを引き摺っているのかもしれない。注意深く見ていると、違うとすぐに気づけた。
それは、カップの取っ手部分を手に掛けている指が若干緩んでいる。
表情自体はいつもと変わらない皮が厚い感じなのに、何処か嬉しそうだった。多分、睦との会話を思い出している……。睦もそよもちゃんと二人で仲良くやれている、安心感を覚えて私は椅子に奥深く座り込むと、ようやく最後の一人がやって来る。
「遅いんだけど、お前」
「学校で愛音ちゃん!お願い!今日の授業分からないところがあるから教えてよなんて言われちゃってさ!断る訳に行かなくて、ほらブランドのANON TOKYOを目指すならこうやってカリスマ性も大事にしたいじゃん?」
手を合わせた後に事情を話す愛音。
謝罪を二回もしていたから、多分全く悪びれてない。
「お前の承認欲求満たしたいだけでしょ……。はぁ、もういいから座って」
愛音がもう一度謝る。
こいつのことで一々目くじらを立てていたら面倒でしかないのに、心の中ではざわついていた。何かまるで思うところがある感じに……。それが何か分からないし、知らないけど。
「それでそれで、今日はなにやるの?やっぱり、そろそろグッズとか販売したいよねー」
「は?今はそんなことよりライブでしょ」
「りっきー、ライブやる?」
野良猫が喰いついてくる。
ライブが好きな野良猫は私が奢ってあげた抹茶パフェを食べながらも話を聞いている。野良猫が愛音より先に来るのは日常茶飯事だし、そもそもこいつはRINGに居ることが多いから時間自体は最近守ってくれては……いない気がするけど。
「燈からこの歌詞ノートを見せて貰った」
更新されたページを見たとき、私は思った。
この燈の叫びならきっと自信をもって曲を作れる。感情という重たいを此処まで直接文字として打ち込んである燈の叫びならきっとできる。
「これならきっといいものが出来る」
こんな簡単な言い方をしていいわけがない。
燈に込められた一ページ、一ページはどんな貴重なものよりも大事だから。貴重なこの歌詞を燈と一緒に作り上げていきたい。
「次のライブでこの曲を完成させて、歌いたい。燈、どう?」
「え?わ、私もいいよ?ライブ……やりたい」
MyGO!!!!!のリーダーの燈に一番最初に確認をする。
燈は戸惑いながらも、やるという意志を示してくれる。
「ありがとう、燈。野良猫と愛音は?」
「やる」
「ライブ?ちょ、ちょっと待って……時期いつ!?」
「二週間後、このライブで私達の今の実力を確かめるから」
「な、なら大丈夫かも!?」
野良猫は即答。
愛音は一旦スマホを確認してから、了承してくる。はぁ、
「そよは?やれんの?」
一番の懸念点はそよだった。
こいつはそもそもバンドをやれるのかやれないのか、此処ではっきりとさせる必要があった。結人の共犯者になるとは言っていたけど、バンドを続けるとは聞いていなかった。
「別にやらないとはまだ一言も言ってないけど?」
「もう私にはMyGO!!!!!しかない。この居場所が悪くないと思えていたのも事実。自分が許せないのも、CRYCHICを続けたかったのも……全部」
「じゃあ、やれるってこと?」
「そうだね、私は……」
「MyGO!!!!!のベース担当として立つ、それでいいんでしょ?立希ちゃん?」
そよの答えをちゃんと聞いて正解だった。
もし、この場で無理とか言われたら睦に言われた通りもう一度私のやり方……いやバンドとしてのやり方でそよをMyGO!!!!!に引き留めようとしたから。睦に言われたことは何一つ、私には出来なかった。結人や燈に任せてしまったことはよくなったと思う自分もいる。ただ、今はそれよりもこうしてMyGO!!!!!のライブに向けてまた動きだそうとしている。
「は?」
「元からそれ以外選択肢ないから」
バンドとして、一つの形として。
これがお前の言う支え合うでしょ?
奥の部屋へと入ろうと結人を見つめながらも、私はあいつに強く目で訴えると……。
口元でこう……声にしていたから。
「楽しみにしてる」