【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「燈、いる……?」
楽屋の扉を徐々に開けて行く……。
自分で燈に会いに行くという意志を固めていたはずなのに、いざ会いに行くとなるとどうにも自分の中での蠢く恐怖心があった。今まで燈の前から逃げた事は二度ほどあった。
一度目はCRYCHICのとき、二度目は燈自身を傷つけたとき……。
私にとってどれも大切な時間を自分自身の手で都合よく壊したようなものだった。一度目なんかは特に酷い。私は燈に会いに資格がないと勝手に思い込んでいた。思い込んでいたからこそ、CRYCHICのことも燈に声を掛けることも出来なかった。
「燈?」
ようやく扉を完全に開けると、楽屋はもぬけの殻の状態になっている。
机の上を見ても楽奈や愛音が食べていたケータリングの菓子やパンが片付けられている。さっきまで山吹先輩のところで作っていたパンの香ばしい匂いが消えている。
疑問になって、楽屋の外をもう一度確認しても燈の姿がない。
「何処行ったんだろ?」
やっぱり、あんなことを言われてしまった後だ。
燈も愛音達と同様に帰ってしまったんだ、言うべきじゃなかった。
──燈は叫び過ぎている、なんてことを……。
悔やんでも悔やんでも体に力が入らない。寧ろ、脱力していくばかりで腕に力が抜けてしまう。これが私の果てだとすれば、嫌になってしまう。そんな重苦しい空気を楽屋と共に背負って、出ようとしたときだった。
「立希ちゃん?どうしたの?」
楽屋を出ようとしたときだった。
ライブの片づけを終えたように見える山吹先輩が私に話しかけてくれる。そんな優しい言葉ですら、今の私には届くことはなく口を開くことすら出来なかった。
「もしかしてバンドの子達探してる?そよちゃんなら、ムジカの睦ちゃんだっけ?その子と話しているし、愛音ちゃんと楽奈は分からないけど……」
「燈ちゃんなら今、香澄と話してるよ?」
「……え?」
足を止めてしまう。
耳を疑いたくなるなんていうのはこういうことを言うのかもしれない。あの燈が戸山先輩と話している。確かに、ライブの始まりだとか終わりのときとかは、先輩が声を掛けてくれることもあった。
先輩は偶によく分からないことを言い出す人ではあるけど、後輩バンドに対する思いは何処か真っ直ぐな人だから情熱みたいな思いがあったのかもしれない。
「先輩から……ですか?」
確認のため、聞いてしまう。
「ううん、燈ちゃんから。今はRINGのカフェの方にいるよ」
「え?」
また同じことで聞き直してしまいそうになる。
これまでの燈なら、考えられないことが起きてる。ポピパの曲は、基本的に戸山先輩が作詞しているものだ。燈がそこに着眼点を当てて、声を掛けたとは想像できない。それでも、後輩として話をするだけじゃなくて、何かを聞く姿勢に入っているのは、山吹先輩からの話だけでも確かなのは感じ取ることは出来た。
「行ってみます……」
「立希ちゃん」
「山吹先輩、なんですか?」
「肩の力抜くのは大変かもしれない、それでも……」
「立希ちゃんがやりたいとバンドをやればいいと思うよ」
山吹先輩の前を通過しようとしたとき、直接背中を押されたような気分になる。
まるで、それは信じたいものの自分の信条を貫くことは正しいと背中を押してくれていた。
「ありがとうございます、山吹先輩……」
貫くのはきっと難しいことのはず。
何れは根を上げてしまう日が来てしまうかもしれない。自分達のバンドじゃ、無理だ。今までの通りのバンドじゃ無理だって。
だとしても、諦めるわけにはいかない。
私は私が想像するバンド……。
燈が言っていたように……。
おばあちゃんになっても一生続けるバンドを作り上げたいから。
楽屋を出て、RINGのカフェに行った。
重みのある足を上げつつも、向かうのは至難の業だった。
目の前には戸山さんがいる。
ライブの片づけを終えているように見える。声を掛けたいのに掛けることができない。
「あ、あの……」
ようやく声を出したのに、戸山さんと言うこともできない。
そもそも、話しかけても「誰?」とならないか不安でしょうがなかった。声をかけてくれるときもあった。
『頑張ってね!高松燈ちゃん!!』
『応援してるね!迷子のみんな!』
元気がいい人だと言う認識をしていた。
偶々だった。ライブを終えての帰り道、戸山さんがバンドの楽曲を自分で作詞しているという話を聞いたことがあったからこそだった。
「あれ?燈ちゃんどうしたの?」
また声を口篭らせてしまう。
これでいいわけがなかった。立希ちゃんは私の詩を叫び過ぎているって言っていた。
実際にそうだった。
私は叫ぶことでしか、自分の感情を乗せることしかできない。それがバンドを続けて行く上で壁になってしまえば、窒息してしまう。息が出来なくなってしまう。
「あ、あの……今日のライブ……!!」
「だ、ダメだったところ……あ、ありますか!?」
何処からどう見ても、自信がないように聞こえてしまう。
バンドの一応リーダーなのに、私は自分の反省点を聞くのを狼狽えてしまう。声を何度も震わせて、その覚悟がないように見えてしまう。
「燈ちゃんはどうだった?」
「立希ちゃんには叫び過ぎているって言われてました」
「燈ちゃんの意見が聞きたいなーって思うの!」
「え?わ、私の意見ですか……?」
戸山さんは人から見た意見ではなく、自分から見た意見が欲しいと言ってくれている。
分からない、自分から見た意見なんて分からない。ずっと必死だった。歌う事に夢中になり過ぎてしまっていて、何処がダメだったのかなんて分からない。
今から、映像でもう一度確認をすれば反省点は出て来る……かも。
でも、違う。求めているのは自分がライブを終えてどう思ったのか意見のような気がしてならなかった。
「叫ぶことが……精一杯です」
「叫ぶことでしか詩に出来なくて……それで自分のやっていることのせいで立希ちゃんに迷惑を掛けているんじゃないか、不安になるんです。心の叫び、私の詩は心の叫びで……。それで、どうやっても声にするしか出来ないんです……」
何も変わらなかった。
私の中の答えは何も変わらなかった。MyGO!!!!!で初めてライブをやった頃、意志は変わることはなかった。祥ちゃんが言ってくれたこともあるけど、ようやく確信を持てた。
自分、一人でライブ会場に立ち続けることは勇気があることだ。
もし、立希ちゃん達が居なくなって私はあの場所に立てる?と言われても、立ち続ける。私にとって、心のままに詩を解放することが役目だから。
なによりも、繋がりを断ち切りたくない。
ようやく手に入れることが出来た。一生になれるかもしれないバンドを……。
「燈ちゃん、ポピパで作った曲でティアドロップスって言う曲があるの。知ってるかな?」
「ご、ごめんなさい……」
謝ってしまう。
多分、ファンの人なら知っていて当然の曲だけど私は他のバンドの曲に疎くて何も知らなくてごめんなさい。
「ううん、いいよ。ティアドロップスの歌詞にはね、友情の意味を込めて手を離さないっていう意味があるの。多分、その意志はきっと燈ちゃんの中にもあると思うの!」
「わ、私にもですか……?」
「うん!燈ちゃんの場合は掴んだ手を絶対に離したくない!心の叫びも、自分が作り上げるものも今はそのままでいいんだよ!」
そのままでいい……。
それはそう捉えることも出来るものだった。
『だって、私の歌は心の叫びだから……!!』
『もう、何があっても離さない……!一生、離さないからっ!!』
ライブの過去の独白を思い出す。
本当に……。
本当にそれでいいんだろうか?
叫び過ぎてる、周りに合わせることが出来ていない。自分を強く見たときにそう考えるのが当たり前だったのに、戸山さんはそのままでいいと言ってくれた。その光は確かに眩い光で目を瞑りたくなるのに、答えを導いてくれていたような気がしてしまう。
「燈ちゃんの歌は今のままでも凄いよ!だって、燈ちゃんは心のままに自分の想いを込められている。それって、凄いことなの!私も曲を作るときに、どうすればもっと強みとか想いとかそういうキラキラドキドキしたものを体現できるのかなんて悩んじゃうときもある」
「それはきっと自分がもっとこうしたい。ああしたい。こうした方がもっといいものに出来上がることを信じられるからだよ!今はただの落書きだとしても、いつかはキラキラとした星空のように輝く歌に出来ることに繋がる。燈ちゃんは特にそれを具体的に出来る強さがあるよ!だって……」
「自分の思うままに歌えるのは自分のキラキラドキドキを理解していることだもん!!」
キラキラドキドキ……。
多分、星空のように輝き歌声とその強みがある歌を活かしていることを言いたいのかもしれない。私が信じたいだけなのかもしれない、それでも指先や体の震えは止まっていた。
戸山さんの真っ直ぐな瞳、言葉が私を立ち上がらせるには充分だった。
心を体現させることを難しい。人に見て貰う、聴いてもらうことはもっと難しい。
考えてみれば、立希ちゃんは言っていただけだった。
全部が全部ダメとは言っていなかった。
『ごめん、燈……!』
楽屋を去ったときもそうだった。
私の心は曇りじゃなくて、晴れ模様が広がっていた。普通なら、曇っていてもおかしくないのに立希ちゃんが本音を言ってくれていたこともそう。なによりも、全部が全部ダメじゃなくて、ちゃんと私の詩を何処か褒めてくれていたからこそ、今なら湧き上がるものがあったんだのに気づけた。傷つきながらも、支え合う。結人君が言っていたことはきっとこういうこと。
「戸山さん……その……ありがとうございます……」
「ううん!全然いいよ!力になれたのならよかったよ!迷子のバンドこれからも頑張ってね!!」
「は、はい……!!」
心の叫びは、私自身の存在証明。
間違えしまうこともある、転んでしまうこともある。人と違うなんて直視したくなるときもある。それでも、自分を体現できるのがこれだった。私にとって、強さと繋がりを証明してくれる。
今日詩にした曲はまだ未完成。
もしかしたら、この先に答えが待っているのかもしれない。道半ばで屈折してでも、進んだ先に答えが待っている。そんな期待を抱きながらも、私はこの手に握られているノートを強く握り締める。
「燈……!」
声がした。
いつも聞く声だった。振り返ると、そこには……立希ちゃんが立っていた。
また手が揺れ動かないように堪えていると、戸山さんが視線で後ろから「大丈夫だよ」と向けていてくれていた。だからこそ、私は立ち続けていた。なによりも、立希ちゃんが今こうして目の前に立ってくれていることが全てだった。
「さっきはごめん!言い過ぎたけど、私も燈のが全部が全部ダメとか思ってる訳じゃない。叫び過ぎているなんて言ったけど、これは本心。言い訳にしか聞こえないけど、これからも燈と……」
「燈達と一緒にバンドをやって行きたいから、だから……」
「力を貸して欲しい!!」
一番聞きたかったものだった。
私にとって大事なこと。謝罪でもなく、力を貸して欲しいという一言が私を一歩前に進ませるのに充分そのものだった。
「う、うん……!!」
響いていたのは私の声。
戸山さんの方を見れば……。
「立希ちゃん、お祝いのケーキとコーヒーを持ってきたよ!」
「え?戸山先輩、私は何もお祝いされるようなことは……」
「いいから、受け取って!これは立希ちゃんと燈ちゃんがバンドとしてまた一つ進み出した大事な一歩なんだよ!飲まなきゃ、損だよ!!」
テーブルの上にコーヒーカップとケーキが二つ置いて、戸山さんが急がせるようにして私達の背中を押していた。
私達は無理矢理椅子に座って……。
「いただきます」
と二人で告げることにしていた。
口の中に広がる生クリームが今となっては……。
甘さを感じさせてくれていた。
RINGのカフェの前……。
私は自動ドアの前からちょこっとだけ顔を出して、二人の様子を見ていた。立希ちゃん、燈ちゃんいい先輩持ったんだね。
「いいの?初音」
私が退散しようとしたとき、睦ちゃんが首を傾げていた。
「今日のところはいいかなって思えたんだ」
「立希ちゃんも自分の中で何かが大切なのかを気づけている。だから、今日私が口出しする必要はなかったかな?だから、明日伝えるよ。学校で……」
「……分かった」
本当は伝えたいことがあった。
立希ちゃんはライブ中ずっと焦燥感に駆られているのを見ていたからこそ、それでも今は邪魔しちゃいけないと思えた。
「よかったね、燈ちゃん」
「立希ちゃん」