【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
『力を貸して欲しい』
燈にようやく言えた一言は重たいものだったのは間違いない。
『立希ちゃんがやりたいとバンドをやればいいと思うよ』
山吹先輩は背中を押してくれていた。
自分なりにバンドを続けて行くことはとても難しいことだと思う。なによりも、個が強いバンドだからこそ全員がいつでも賛同してくれることなんて限らない。
「立希ちゃん……その……私はどうすればいい?」
「燈はそのままでいい」
RING内にて燈が座りながらも、これからのことを語り始めてくれていた。
燈は小さく声を漏らしているのが聞こえていた。
「燈の心の叫びはこのバンドで一番重要な部分をそれを失くすのはよくない」
「だからその……無くすことよりも、今の素材をどうやって活かせるかをちゃんと考えた方がいいと思う」
燈の表情が僅かに変わる。
口を開いて、私の方を見つめている。
方法なんて全く思いついてない。
打算がないことを確証を持って言うのなんておかしいのに、私は断言していた。個は強い、協調性も皆無。そんなバンドがこれからも一生続けて行くにはこれしかない。
「強みを活かす方に考えたい、燈はどう?」
あくまでも、燈の意見が聞きたいというのを念を押す。
すると、燈は手に持っていたノートを自分の手で強く持つ。
「わ、私も……私もそうだよ立希ちゃん!!」
燈の瞳は輝いていた。
ノートを置いて、開き出して書き始めている。
「ありがとう、燈」
改めて燈と私の間で意見が一致した。
紆余曲折を続けて私のせいで……。いや、バンドに亀裂が入ってしまったこの状態をなんとかしなくちゃいけない。
「燈、今日はもう夜遅いから帰っていいから」
「え?」
「ノートなら、帰りの情景でも見ながら考えてくれていい。私は待つから」
燈の歌詞ノートも優先してあげたかったけど、燈の体調も優先したかった。
だからこそ、私は今日は帰ってもいいと伝えた。
「う、うん……」
納得してくれたのか、ノートを閉める。
「また明日ね立希ちゃん」
「また明日……」
またという言葉に反応を示しそうになる。
MyGO!!!!!というバンドを組んでから、何度だって次の日会うなんてことはよくあったのに今更になって感傷に触れてしまいそうになっていたのは言葉にされてことでの可視化なのかもしれない。
「うん、また明日……燈」
普段、触れていないからこその深みなんてあるのかもしれない。
なんて、自分の腕に触れながらも実感を確かなものへと変える。今、言われたことを記憶の中に刻み込むために……。
次の日、すぐに授業道具を片付け始めていると……。
「まずは野良猫を探しに行……愛音?」
独り言を言いながらも、教科書をバッグの中に片付けようとしたときだった。
スマホに愛音からの連絡が来ていた。
『昨日はごめん!よく考えたら、りっきーの言ってることもムカつくけど的を得てるかなと思ってさ、今日もちゃんとバンド行くから!!』
一言余計な文が混じっている。
ムッとしてしまいそうになるのを今は我慢する。
愛音がこうもすぐ元気になるのは今に始まったことじゃないけど……。
もしかしたら、燈がなんとかしてくれたのかもしれない。後は……野良猫だけど、あいつは練習するって言えば来てくれるはず。
「立希ちゃんちょっといいかな?」
「三角さん?」
椅子に座っていると、教室に残っていた三角さんが話しかけてくる。
「昨日のライブのことで話しておきたかったことがあるんだ」
顔を俯かせたくなる。
観客席の方に、睦や三角さんが来ていたのは知っていた。二人が来ていたから、特別かっこつけたいとかそういう訳じゃなかったけど、プロも同然のムジカが来ているのに協調性の皆無のバンドの姿を見せてしまったということが嫌になってしまうからこそ、顔を下へと向けたくなってしまいそうだった。
「今、大丈夫かな?」
「少しだけなら大丈夫……」
「三角さん、祥子の奴元気してる?」
教室を出て、歩き出してから私は祥子のことを聞き出そうとする。
「祥ちゃん?うん、元気にしてるよ。この前もこれからのバンドについて語ってたんだ。これからはもっともっと色んな場所でライブをするべきだって」
「あいつらしい……」
実力をつけるじゃない。
ちゃんとその実力をライブという形で見せつけようとしている。
睦と違って、祥子とほとんど会うことはない。
ニュースでどういう近況なのかは知っているつもりだったから、ムジカを再結成してからの変わらない強さを持って歩み出している祥子もまた。
「連絡取ってないの?」
「あんまり、忙しいだろうから」
「きっと喜ぶと思うよ」
三角さんは自信満々で言ってくれていた。
連絡しないのには理由はある。私と祥子じゃ見ている世界がもう違う。連絡をしてもいいけど、連絡をしたところで今更何を話せばいいのか分からないというのもあった。ただ、心の中で頑張ってはいるっていうのは知っているつもりだった。
自分の納得させている理由を思い出していた。
三角さんの隣を歩いていると、三角さんの方を見て「あっ」なんて顔をする奴らが多い。アイドルだし、ムジカのドロリスだからこんな本能になるのは当たり前だけど、自分としては何か引っかかるものがあった。
本人よりも本人の肩書ばかりに触れているような気がしてならなかったから。
聞くことはしなかった。
肩書だけで見られるのなんて私もそうだ。それに、三角さんほどならきっと気にしてないというよりも、慣れているだろうから。いらないお節介でしかない。
「あのね、立希ちゃん」
校内の外にあるベンチに座って会話を始めようとしてる。
三角さんが足を宙に浮かせて、躊躇っている。何か言おうとしているが、言葉が詰まっているみたいだった。
「その……私ね、妹がいるんだ」
「妹……?」
三角さんに妹が居たなんて事実、全く知らなかった。
知らないというよりも、本当に話す機会なんて全くなかった。
だから、妹がいるという事実も知る由もない。
「初華はね……私のせいでずっとかなり辛い立場でいたの。それはもう今更謝ってもしょうがないぐらいに私はあの子に酷いことをしてしまった。どれだけ、償っても私がしてしまったことは許されることじゃない」
「それでも、あの子はお姉ちゃんってあの子は呼んでくれたの」
「仲いいんだね……」
不意に出てしまった。
自分に姉との関係が悪いあまりに、羨ましかったのか劣等感でもあったのか口に戻すことが出来なかった。
「うん、初華のおかげだよ。だからね、立希ちゃんにこれだけは言っておきたいの」
「例え、衝突することがあっても恐れないで欲しい。自分がしたいバンド、みんながやりたいものは違う。時には……逃げたくなることも目を背けたくなることもあるかもしれない」
「立希ちゃんがバンドを本気でやりたいって姿勢、凄く重要なことだと思う。何かを本気でやる、成し遂げることって大変なことだけど。今という自分を進ませるのにはちょうどいいもの……」
「絶対に諦めないでね!立希ちゃん!!」
私の手を取って、笑顔を向けてくれる。
気になっていなかった訳じゃない。
あるとき、三角さんが「初華」とクラスで呼ばれたときに自分は「初音」だと名乗っていた。
周りはみんな混乱していたし、明らかに困惑もしてた。あれは紛れもなく自分の罪を受け入れて進み出そうとしている三角さんの意志。
私と違って、姉妹の関係を取り戻して今こうして立ち続けている。
自分に得れなかったものを持っているというのは、なんとも複雑な気分になってしまう。
「三角さんは諦めなかったの?」
結人の前では平常心を保てていたのに聞いてしまう。
目の前にいる三角さんにあり得たかもしれない未来を見せてくれているような気がしていたから。
「初華と会うようになってからは一回もないかな……?前なら、何度だって諦めたり逃げようとしたことはあったのに、可笑しな話だよね」
「全然……おかしくない」
強くあろうとしているだけじゃない。
三角さんは前を向いて歩き出そうとする強さをちゃんと持っている。実感できない、目で確かめることが出来ないものをこの手で抱えている。本当の強さを……。
「強いと思う、私には出来ない……から。お姉ちゃんと向き合うなんて出来なかった。いつも真希さんの妹だって言われてばかりでそれが痛みだった。言われてもいないのに、真希さんの妹として見られているなんて思っているときもあった。だから、お姉ちゃんが持っていない、何かを得ようとした」
「あった?」
「分からない、分からないけど」
「結人や燈達が見せてくれた。私はお姉ちゃんの影じゃない。椎名立希は椎名立希だって……」
かつての私だったらこんなことは絶対に言えていなかった。
傷が言えた訳でも、影から脱出出来た訳でもない。お姉ちゃんより自分は劣っているという焦燥感は消えることは絶対にない。だとしても、今の私には支えなくちゃいけないものがある。
「立希ちゃん……なら大丈夫だね」
「立希ちゃん、立希ちゃんはこれからも……これまで以上に自分の道を選べて、自分の日常を大切にしてあげてね」
日常。
そうだった、私は三角さんからもう一つ教えられたことがあった。
『結人君との日常……楽しんでね』
息が詰まりそうなときこそ、日常は必要不可欠なものになる。
愛音の言葉を借りるなんてことをしたくないけど、休憩という栄養補給をしてこそ自分の道が現れるときだってあるのかもしれない。今までの自分はそれすら許すことが出来なかった。
今の自分が出来るかなんて自信はない。
出来ないと思う。だとしても、私は日常の味を知っている。
『一個だけ……だから』
結人と得た日常の経験はこの口が覚えている。
たこ焼きの熱さなんてものは全然頭が覚えていないけど、体の熱はまだ残ってる。
「ありがと──「なるほど、意外と立希さんにも弱点があったというわけですか」
お礼を言おうとしたときだった。海鈴に邪魔をされて言う機会を見失う。
その海鈴は紙パックの飲み物を一口飲んでから、再び喋り出そうとしている。人が折角、お礼を言おうとしていたのに……。
「悩みとは常に起こるものです。こういうときこそ、サウナで癒しませんか?」
「……は?」
今まで三角さんと真面目な話をしていたのに、サウナの話を振って来た海鈴に困惑する。
海鈴の言いたいのは、多分汗を流して腹の内を割るとかそういうのだけど私は全く興味がなかった。
「ご、語彙を強くしないでくだれませんか」
「海鈴ちゃん、泣いてる?」
「な、泣いてませんよ!!」
おでこに手を置きたくなる。
真面目な話をしていたのに、コントが始まって頭に手を置きそうになってしまう。さっきまでの会話はなんだったんだろうか……?
「ま、まあ、いいです……」
海鈴が咳払いをする。
「そんなことよりも、自分自身の弱点が分かった以上、立希さんがすべきなのは此処で立ち止まることではなく、彼女を連れて今後のバンドをどうするか考えるべきか。違いますか?」
急に大真面目になり始めた海鈴。
彼女?彼女って誰?って私が視線を別の方向へと向けようとしたとき、猫の鳴き声が聞こえて来る。
「野良猫、海鈴といたの?」
「抹茶キャンディ貰った」
もしかしてと思って、視線を猫の方に向けていると野良猫も一緒になって現れた。
手の中には猫がいつものようにいる。
「バンドやる、今日は作戦ある」
「作戦……?」
「聞かせる、バンドの音」
「……どういうこと?」
話が全く見えて来ない。
バンドの音を聞かせる?いったい、誰に?こいつはいつも抽象的過ぎて、何を言いたいのか判断するまでにかなり時間が掛かる。
「なるほど、そういうことですか」
「え?海鈴ちゃん分かるの?」
三角さんの目が点になっている。
完全に立場が私と同じになっている。ボケとボケしか居なくて、ようやくツッコミが増えた。
「はい、要楽奈さんの御祖母さん。確か、都築詩船さんでしたっけ?お祖母さんはちょっとした名の知れたバンドマンなんですよ。あの人に聴かせるというのは非常に効果的だと思います」
「なんで海鈴がそんなこと知ってんの?」
野良猫は海鈴から抹茶のキャンディを渡されつつも、頷いている。
突然、野良猫の翻訳機になった海鈴が解説を挟みだしていた。
そういえば、私野良猫の親がどうのとかの話全く知らない。
そもそも、こいつは自分の話すらもあまりしない奴だからこれまでの会話で一ミリも出て来なくて当然でしかない。
「バンドマンなので」
「答えになってないんだけど……」
バンドマンだから分かるなんて言われても、意味が分からない。
バンドの情報に精通しているなら分かるのに、海鈴も海鈴で話を端を折ろうとするから何を言っているのか分からなくなる。隣に三角さんが渇いた笑みを浮かべている。
「野良猫、いつ?」
「今日って言われた」
「はぁぁ!?今日!!?」
「言うの忘れてた、RING」
この感じを見るに前から見て貰うつもりでいたの確か。
説明を放棄していたから今日になったってことなのかもしれない。本格的に頭に手を置きたくなりつつも、私は立ち上がる。
「はぁ、野良猫……すぐ行くから準備して」
「……!分かった」
バンドをやるって言った瞬間、口元を明るくさせている。
私は野良猫にすぐに行くと言って、あいつに先に行かせてから立ち上がる。
「その……三角さん」
立ち上がった後に、ほんの少しだけ歩き出してから後ろを振り返る。
「ありがとう」
さっき言えなかったことを今度はちゃんと伝える。
私が言いたいことなんてこれだけで十分だった。
三角さんとの話を得て、改めて思ったことがある。
燈に言った。
支えて欲しいって……。
勿論、燈だけが支えるだけじゃ駄目。
そよも愛音も野良猫も揃って、全員がこのバンドを支えなくちゃいけない。
私も……。
出来るかなんて分からない。それでも、出来ないなんて逃げ出すよりはマシでしかない。当たって砕けろが正しい訳がない。だとしても、私はこのバンドをこれからも続けて行くなら今目の前に立っている壁を打ち砕かなくちゃいけない。
もっとより良いバンドにするためには……。
自分が今立ち上がった理由なんてこれで充分だった。
「うん、頑張ってね立希ちゃん!」
「立希さん、今度はジムにでも──「行かないから……」」